本稿では、暗号資産の先物カーブに生じるコンタンゴ(期先が割高)とバックワーデーション(期先が割安)を定量評価し、カレンダースプレッドで収益化する方法を、初心者でも運用できる水準まで分解して解説します。ビットコイン(BTC)やイーサリアム(ETH)を中心に、現物・限月先物・パーペチュアル(無期限先物)の組み合わせ、約定手順、損益の分解、想定外イベントへの耐性設計まで網羅します。
- 1. 先物カーブの基礎:コンタンゴとバックワーデーション
- 2. 公平価値(フェアバリュー)とベーシスの考え方
- 3. カレンダースプレッドとは何か
- 4. なぜ暗号資産で機能しやすいのか
- 5. 代表的な構築パターン
- 6. 定量シグナル:スロープと年率換算ベーシス
- 7. 具体例:BTC 近月(1M)対 遠月(3M)のケース
- 8. 約定手順(チェックリスト)
- 9. 損益分解とロールの考え方
- 10. リスク管理:ここを外すと負けます
- 11. 資金配分:コア・サテライト
- 12. 取引所選定と手数料・保全
- 13. 検証フレーム:最低限のバックテスト
- 14. 運用オペレーション:日次・週次のルーティン
- 15. 具体的な発注設計のコツ
- 16. よくある失敗と回避策
- 17. 最小構成のスタータープラン
- 18. まとめ
1. 先物カーブの基礎:コンタンゴとバックワーデーション
先物カーブとは、同一原資産の異なる満期(限月)ごとの先物価格の並びです。通常、保管コストや資金調達コスト、機会費用などが反映され、期先が高くなりやすい=コンタンゴが一般的です。一方、需給逼迫やヘッジ需要が強いとバックワーデーションが発生します。暗号資産では、資金調達レート(ファンディング)や資金流入出の偏りにより、カーブの傾き(スロープ)が短期で大きく変化します。
2. 公平価値(フェアバリュー)とベーシスの考え方
理論上の先物価格は、先物理論価格 = 現物価格 × (1 + r - y)^{T}
の考え方で近似できます。ここで r
は資金調達・金利相当、y
はレンディング利回り等のキャリー、T
は満期までの年率換算期間です。実務上は連続複利や離散複利など厳密形は異なりますが、ポイントは 理論キャリー(r – y) と 実際の先物価格差(ベーシス) を比較して歪みを測ることです。ベーシスの過剰なプラスはコンタンゴ過剰、マイナスはバックワーデーション過剰を示唆します。
3. カレンダースプレッドとは何か
同一原資産の異なる満期の先物を同時に売買し、限月間の価格差(スプレッド)に賭ける戦略です。たとえば、近い限月を買い、遠い限月を売る(または逆)ことで、カーブの傾きが「通常」へ回帰する動きからリターンを狙います。現物を直接持たないため、原資産の方向性リスク(デルタ)を抑えつつ、形状変化(曲率・スロープ)への露出を確保できます。
4. なぜ暗号資産で機能しやすいのか
- 個人参加が多く、資金流入の偏りが発生しやすい
- パーペチュアルのファンディングが先物カーブへ波及し、短期歪みが大きい
- 先物の建玉・資金効率の事情により、限月ロール時に需給歪みが出やすい
結果として、短期〜中期でのスロープの過剰振れが繰り返し観測され、回帰的な値動きが収益機会を生みます。
5. 代表的な構築パターン
(A)近月ロング × 遠月ショート:バックワーデーション過剰時に実施。カーブがフラット化/コンタンゴ化すると利得。
(B)近月ショート × 遠月ロング:コンタンゴ過剰時に実施。ロール逼迫の解消や資金流出で傾きが緩むと利得。
(C)パーペチュアル介在:近月の代替としてパーペチュアルを活用。ファンディングのプラス・マイナスも損益に反映。
6. 定量シグナル:スロープと年率換算ベーシス
以下の簡易指標でエントリーの客観性を高めます。
- 年率換算ベーシス:
(((先物価格 / 現物価格) - 1) / 日数) × 365
。限月ごとに算出し、近月と遠月の差を観察。 - スロープ差:近月ベーシス − 遠月ベーシス。正の過剰=コンタンゴ過剰、負の過剰=バック過剰。
- Zスコア:スロープ差の直近n日平均と標準偏差からZ化。±1.0〜1.5超で歪み検出、±2.0超で強い歪み。
バックテストでは、Z閾値で仕掛け → フラット化(Z→0付近)で手仕舞いの単純ルールでも有効性が確認されやすい市場です。
7. 具体例:BTC 近月(1M)対 遠月(3M)のケース
想定:現物 1BTC = 10,000、1M先物 = 10,050、3M先物 = 10,300。1Mまで30日、3Mまで90日とします。
- 1Mベーシス ≒ ((10,050/10,000)−1)/30×365 ≒ 6.08% 年率
- 3Mベーシス ≒ ((10,300/10,000)−1)/90×365 ≒ 12.17% 年率
- スロープ差 ≒ 6.09%(コンタンゴ傾斜が強い)
この場合は(B)近月ショート×遠月ロングが候補です。スロープ差が縮小し、例えば 6.09% → 2.0% に戻れば、スプレッド縮小分が概ね利益となります。実運用では手数料・資金調達・価格乖離リスクを控除します。
8. 約定手順(チェックリスト)
- (1)対象取引所の限月一覧と建玉・出来高を確認(流動性の薄い限月は避ける)。
- (2)スロープ差のZスコアが閾値超過か確認(例:|Z| ≥ 1.5)。
- (3)同時成行はスリッページ大のため、板厚を見て指値分割。片側約定先行時のヘッジ方針を決める。
- (4)パーペチュアルを使う場合は直近のファンディング推移を点検(受取/支払が想定レンジ内か)。
- (5)ロスカット水準・証拠金配分・清算リスクの上限を先に固定(証拠金分散・クロスマージン管理)。
- (6)約定後はスプレッドのみをモニターし、原資産方向へのデルタ残りは都度中和。
9. 損益分解とロールの考え方
スプレッドの変化が主利益です。さらに、パーペチュアル側のファンディング収支と、限月先物のロールコスト/ロール収益が加減算されます。ロール期日が近づくと、近月の清算に伴う需給で歪みが出やすく、戦略にとっては利益・損失いずれにもなり得ます。日次でスロープ差・出来高・OI(建玉)を監視し、ロール週の板薄化に注意します。
10. リスク管理:ここを外すと負けます
- 流動性リスク:板が薄いとスリッページで期待値が消えます。建玉・出来高の高い限月だけを使う。
- 限月イベント:ロール週・四半期末・大型SQで歪み拡大。約定は分割・時間分散。
- 相関崩れ:BTC/ETHで相関前提のスプレッドにすると、突発ニュースで片側だけ動くことがある。
- 担保・清算:レバレッジは低倍率を基本に、マージン比率のアラートを自動化。強制清算を避ける。
- 取引所リスク:メンテ・API遅延・清算エンジンの仕様差。二重上場・担保分散で耐性を作る。
11. 資金配分:コア・サテライト
ポートフォリオの一部(例:総資金の10〜30%)を本戦略の「コア」とし、残りは裁量スキャルや現物DCAなどの「サテライト」に振ると、ボラティリティが平準化しやすくなります。レバレッジは総合の証拠金余力から逆算し、強制清算価格が直近の通常変動(ATR×2〜3)より十分遠い倍率に制限します。
12. 取引所選定と手数料・保全
メイカー・テイカー手数料の差、資金調達の平均水準、限月ラインナップ、ロール時の板の厚さ、過去の障害・清算挙動の実績などを総合判定します。担保はステーブルコインとBTC/ETHを分散し、片側暴落時でも証拠金が枯渇しにくい設計にします。
13. 検証フレーム:最低限のバックテスト
- ヒストリカルの近月・遠月終値からスロープ差を算出。
- Zスコアで仕掛け・手仕舞い(例:|Z| ≥ 1.5で建て、|Z| ≤ 0.3でクローズ)。
- 手数料・資金調達・スリッページを控除(悲観的仮定)。
- 最大DD、シャープ、勝率、平均保持日数、ロール週の寄与を計測。
シンプルなルールでも、過去のロール期や資金流入出イベントで明確なエッジが出るケースは多いです。
14. 運用オペレーション:日次・週次のルーティン
- 日次:スロープ差とZスコア、OI・出来高、資金調達実績、担保比率の点検。
- 週次:ロール予定の確認、建玉偏りの変化、相場イベント(指標・マクロ)を反映。
- アラート:スロープ差の急変、担保比率低下、取引所障害の報知を自動化。
15. 具体的な発注設計のコツ
- 板厚に合わせて数量を刻む(例:出来高上位の5〜10ティックに分散)。
- 両サイド同時指値、片側だけ約定したらすぐヘッジ。遅延時の代替ヘッジ(パーペチュアル)を用意。
- スプレッドで損益管理。原資産の方向は原則ノイズとして扱い、デルタ残りはパーペチュアルで都度中和。
16. よくある失敗と回避策
- 「Zだけで突撃」:流動性・イベントカレンダーを必ず併用。
- 「手数料軽視」:スプレッド縮小幅が小さい戦略で手数料は致命傷。メイカー比率を高める。
- 「ロール週の一括決済」:時間分散・数量分散でロールインパクトを平滑化。
17. 最小構成のスタータープラン
まずはBTCの近月(1M)と遠月(3M)に限定し、Z閾値1.5・手仕舞い0.3、最大レバレッジ2倍、担保はUSDT/USDCを7割、BTCを3割。ロール週は建玉を半分に圧縮する、といった保守設計から始めると安全度が高まります。
18. まとめ
暗号資産の先物カーブは、個人資金の流入出やパーペチュアルのファンディングに影響され、短期的に傾斜が歪みやすい市場です。カレンダースプレッドは、その歪みの回帰性に着目して一貫した期待値を取りに行く手法であり、適切なリスク管理と約定設計を行えば、裁量トレードのボラティリティを補完する「収益の第二の柱」になり得ます。
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