暗号資産先物のカーブ構造とロールダウン戦略——コンタンゴ/バックを収益化する実務ガイド

デリバティブ

本稿では、暗号資産の先物カーブ(期近から期先へ並ぶ限月の価格系列)を利用し、コンタンゴ/バックワーデーションロールダウンを収益源にする実務を、初学者でも実装できる水準で解説します。対象はBTC/ETHなど主要銘柄の定期先物とパーペチュアル(Perp)です。価格例と年率換算の計算式、執行・証拠金・清算・手数料・資金調達率、極端事象下の損益挙動までを一気通貫で説明します。

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先物・Perp・スポットの関係

スポット(現物)は即時受渡の価格、先物は将来受渡の価格です。Perpは実質的に満期のない先物で、理論価格からの乖離を抑えるために資金調達率(Funding)が定期的に授受されます。一方、定期先物(四半期・半期など)は満期日にスポットに収れんします。

先物価格は概ね以下のコスト要因で決まります。

  • ドル金利・借入コスト(無裁定で先物は現物より割高になりやすい=コンタンゴ)
  • 保管/保全・資本制約・ボラティリティ・ヘッジ需要(リスクプレミアム)
  • ステーキング/レンディング利回り・資金調達率などのキャリー相場

コンタンゴ/バックと年率換算ベーシス

期日 T 残存日数 D の先物価格を F、スポット価格を S とすると、単純な年率換算ベーシス(APR)は次式で近似できます。

APR ≒ (F − S) / S × (365 / D)

例:S = 60,000、F = 61,800、残存 D = 90 日の場合、APR ≒ (1,800/60,000) × (365/90) ≒ 12.17% です。これがコンタンゴ・キャリーの概算利回りです。

逆にバックワーデーション(F < S)ではベーシスは負になり、先物売りのプレミアムが減衰する方向にロールダウンが効きます。

ロールダウンのメカニズム

満期に向けて先物はスポットへ収れんします。期限が近づくほど、同じ傾きでもベーシスの年率は縮小します。カーブが滑らかなコンタンゴなら、期先ショートの評価益が時間経過で徐々に顕在化しやすく、これをロールダウンと呼びます。

ロールダウンを狙う戦略の勘所は「曲線の形状 × 残存日数」です。急峻なコンタンゴ(期先が特に高い)かつ残存が長いほど、時間価値の減衰から得られるキャリーが厚くなります。

戦略①:現物ロング × 期先ショート(デルタ・ニュートラル・キャリー)

もっとも基本的な実装は、スポットを買い、同数量の期先先物を売る手法です。理論上は価格中立(デルタ0)で、カーブがコンタンゴなら満期に向けた収れん分だけ利益が積み上がります。

数値例

スポット 60,000、90日先の先物 61,800。1BTCあたりの粗キャリーは 1,800。年率換算約 12.17%。

これから取引手数料(往復)、先物の資金調達相当(定期先物ならゼロ、Perpで代替するならFunding)、借入コスト(スポット購入の資金原価)等を差し引いてネットAPRを評価します。

主要リスク

  • 極端事象:急落時に先物ショートが利益でも、スポット保有側の証拠金が不足し清算されると裁定が崩れます。口座の分離/クロス設定、証拠金資産の配分に注意します。
  • ベーシス崩壊:イベントでコンタンゴが急に薄くなる/バック化すると、想定キャリーが縮みます。
  • 取引所リスク:上場停止・入出金停止・建玉制限・保険基金枯渇など。
  • 資金・為替:USDT/USDCの信用、円転コスト、金利変動。

戦略②:カレンダースプレッド(期近ロング × 期先ショート)

同一銘柄で満期の異なる先物を買い長・売り長に組みます。カーブが右上がりなら、期先ショートのロールダウンを取りつつ、期近ロング側は収れんで薄利/損失になり得ますが、ネットでは曲線の傾き分が利益源になります。

実装のポイント

  • 流動性:出来高・建玉とも十分な限月を選び、片側が薄い組合せは避けます。
  • ロール計画:期近の出来高が細る2〜3週間前から段階的に次限月へロールするのが無難です。
  • 執行:ペア注文/TWAP/VWAPで同時性を確保し、スプレッド拡大時の踏み上げを避けます。

戦略③:Perp × 定期先物のミックス

PerpのFundingがプラス(ロングが払う)で、定期先物が強いコンタンゴなら、Perpショート × 期近 or 期先ロングでネットキャリーを最大化できる場面があります。逆にFundingがマイナスでバック気味なら組合せを反転します。

ただし、Fundingは変動要因であり、見込んだ差が続かないリスクを常に織り込みます。過去実績の平均だけでなく、イベント時の裾(分布の肥大)を確認しましょう。

コスト・実務・執行のディテール

  • 手数料:メイカー/テイカー差、VIP階層、先物・Perp・現物で料率が異なります。ペア取引では約定の同時性と手数料最小化のトレードオフを管理します。
  • スリッページ:板厚・スプレッド・約定速度を測定し、想定より悪化しやすい側にバッファを置きます。
  • 証拠金:クロス/分離、資産別ヘアカット、安定通貨担保比率。清算価格の距離を常に把握します。
  • ポジション制限:取引所ごとの最大建玉・ティア制限・証拠金資産の種類制限。
  • ファンディング/金利:Funding×回数、借入レート、レンディング利回りを時系列で管理し、ネットキャリーに落とし込みます。

収益性評価:テンプレ計算

最小限のテンプレは以下です。日次で更新し、戦略ごとにネットAPRを比較します。

inputs:
  S(スポット), F1(期近), F2(期先), 残存日数 D1, D2
  手数料(往復), Funding(予想/実績), 借入/レンディング, 滑り

計算:
  Basis1 = (F1 − S) / S
  Basis2 = (F2 − S) / S
  APR1   = Basis1 × (365 / D1)
  APR2   = Basis2 × (365 / D2)
  Roll   = APR2 − APR1  (カーブの傾きの年率差)
  NetAPR = APR(対象レッグ) − コスト合計

ケーススタディ:90日コンタンゴでのキャリー

前提:S=60,000、F(90日)=61,800、手数料往復0.06%、滑り0.02%、借入年率5%、Funding 0%(定期先物)。

1BTCあたり粗キャリー1,800。APR=12.17%。スポット購入の資金原価は60,000×5%×(90/365) ≒ 739。手数料・滑りは概算60,000×(0.06%+0.02%)×2=96。ネットは1,800 − 739 − 96 ≒ 965、APRは約6.5%です。

資本効率を高めるために信用/先物レバレッジを使うと、名目APRは上がりますが、清算価格が近づき、極端事象時に崩れやすくなる点に留意します。

リスク管理:チェックリスト

  • 清算距離:どの資産がどの価格で清算か、口座横断で一目で分かる表を用意します。
  • イベント:経済指標・政策・大型清算・上場停止・保守点検。イベント前はレバレッジを絞る/スプレッド縮小に備える。
  • 建玉・出来高:期近から期先へのロールは、出来高と建玉の減少をトリガーに段階実行します。
  • 担保の多様化:ステーブル分散、チェーン分散、取引所分散。保険基金・破綻事例の把握。
  • オペレーション:アービトラージボットの同時約定検証、API遅延監視、フェイルセーフ注文。

環境別プレイブック

強気トレンド(出来高増・強いコンタンゴ)

現物ロング×期先ショートのキャリーが機能しやすい一方、急落時の担保不足に注意。スプレッド拡大時は利確・縮小を機械化します。

弱気トレンド(バック化/Fundingマイナス)

Perpロング×期近ショートや、カレンダースプレッドの比重を増やし、バックのロールキャリーを狙います。

レンジ(薄商い・週末)

滑りやすい時間帯を避け、TWAPでスプレッドの平均回帰を取りに行きます。手数料主導でネットAPRが細りやすいので、VIP料率や手数料フリーキャンペーンを活用します。

ミニ実装:Excel/コードの最小式

Excelなら、セルに S, F, D を入れて = (F - S) / S * (365 / D)。二つの限月 F1, F2 があれば = ((F2 - S)/S*365/D2) - ((F1 - S)/S*365/D1) でロールの年率差を評価できます。

APIで価格を取り、1〜5分足でTWAP発注するだけでもシンプルなカレンダースプレッドは回せます。重要なのは「同時性・手数料・清算距離」の3点管理です。

まとめ

先物カーブの傾きと時間価値の収れんは、方向に賭けずに収益化できる数少ない源泉です。年率換算ベーシス、ロールダウン、Fundingと借入レート、執行と証拠金、極端事象時の挙動をひとつの計算テンプレに落とし、日次でネットAPRを更新・比較してください。環境に応じて現物×期先、期近×期先、Perp×定期先物の比率を切り替える運用が、安定したキャリーの鍵になります。

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