この記事のゴール:パーペチュアル先物のファンディングレート(資金調達率)を安定的な収益源に変えるために、仕組み、期待値、執行、コスト、リスクまでを一気通貫で理解し、再現可能な運用フローを手に入れていただくことです。相場の方向を当てるのではなく、構造的フローから収益を抜くという発想に切り替えます。
前提:本稿は教育目的の情報提供です。特定の銘柄・取引所・取引の推奨ではありません。実施は自己判断・自己責任でお願いします。
ファンディングレートの正体:無期限先物(パーペチュアル)は現物に満期がない先物です。現物価格との乖離を是正するため、一定時間ごと(例:8時間、1時間等)に多い側→少ない側へ資金の受け渡し(Funding)が発生します。価格が現物より上がりやすいロング過多の局面ではロングが支払い、ショートが受け取りになります。逆も同様です。
基本式(概念):
想定期間の受取額 ≒ 建玉名目 × |FR| × 期間数 − 取引費用(手数料・金利・スリッページ)
名目は「価格 × 契約数」。例えばBTCUSDなら価格×枚数、USDT建てなら口数×USDT価格です。
戦略のコア発想:方向性リスク(デルタ)を極小化しつつ、Fundingの受け取りを狙います。典型は以下の二系統です。
- 合成キャリー(ショート・パーペチュアル+現物ロング):現物でデルタを中立化し、パーペチュアルのFunding受け取りを狙う。
- 取引所間キャリー(取引所AのショートPerp+取引所Bの現物ロング):レートや金利、手数料構造の差を利用。担保や送金速度の制約に注意。
期待値の見方:過去のFR平均だけで判断するのは危険です。変動性、連続性、ドローダウン時のコスト増を必ず織り込みます。実務では以下の指標で評価します。
- 加重平均FR(時間加重・ボリューム加重)
- ネットFR(受取FR − 手数料 − 借入/レンディングコスト − 価格乖離修正費)
- ストレス時のネットFR(清算圧力や乖離拡大を想定)
簡易シミュレーション(定性的な例):
名目10,000 USDT、平均FR=0.01%/8h(年換算の目安:約11~12%程度)と仮定。
1日3回のFundingで、日次受取は概ね10,000 × 0.0001 × 3 = 3 USDT
。
これに対し、取引コスト(建玉手数料、資金調達、借入金利、スリッページ、価格乖離修正費)が1日あたり1.5 USDTなら、純受取は1.5 USDT/日。月換算で約45 USDT。名目の積み増し・複利運用・銘柄分散でスケールします。
よくある落とし穴:
- デルタずれ:現物ロングとショートPerpの数量・契約単位が一致せず、価格変動で損失が出る。
- ベーシス反転:一気にFRがマイナスへ傾き、支払い側に回る。イベント前後で要注意。
- 担保管理:証拠金通貨の価格変動で証拠金率が悪化、追加担保(マージンコール)や清算に繋がる。
- 資金コストの見落とし:借入金利・レンディングレート・出金手数料・ブリッジ費用を合算せず、ネットでマイナスに。
- 執行の滑り:薄い板でのヘッジ建て直し・ロール時のスリッページが累積し、期待値を削る。
実装フロー(ミニマム構成):
- 対象銘柄の選定:流動性、約定品質、清算エンジンの安定性、資金調達のルールが明確な銘柄を優先。BTC/ETHが起点。
- 口座・担保の分離:現物用とデリバティブ用を分け、担保は過剰に積み上げすぎない(効率悪化)。ただし清算余裕は十分確保。
- 建玉の初期化:現物ロングを構築 → 同名目でPerpショート。契約仕様(USDT建て/コイン建て、契約サイズ)を厳密に合わせる。
- Funding受取の確認:最初の数サイクルは小さくテスト。受取・支払の挙動、手数料の引き落とし通貨を目視で検証。
- ヘッジの微調整:価格が動けばデルタずれが生じる。閾値ベースで再ヘッジ(例:乖離0.3%超で建て直し)。
- 記録と検証:日次で名目、受取FR、手数料、スリッページ、純益をログ。週次でネットFRのトレンド確認。
名目とレバレッジの設計:無駄なレバレッジは清算リスクを増やすだけです。担保余裕(Maintenance Margin×数倍)を確保し、強制決済から遠ざける。名目は「月間で想定するFR受取 ≧ 月間最大想定損失(滑り+FR反転+清算バッファ)」を目安に逆算します。
FRレジームの理解:FRは局所的なトレンドを持ちます。強気相場ではプラス寄りが続き、弱気ではマイナス寄りが続く傾向。イベント日(大規模上場、半減期、マクロ指標、政策発表)前後は変動性が拡大し、レジーム転換が起きやすい。
シグナル例(定性的):
- FR×価格モメンタム:価格が上昇トレンド、FRもプラス拡大なら、過熱に注意し受け取りは続くが反転に備える。
- FR×OI(未決済建玉):OI拡大と共にFRが偏ると清算リスクが高まる。過度な片張りを警戒。
- 乖離(Perp–現物):乖離拡大時はヘッジコスト増。乖離縮小に賭けるスプレッド戦略も検討余地。
手数料と実コストの分解:
- 取引手数料:メイカー/テイカー、VIPティア、手数料通貨割引。
- 資金移動コスト:入出金手数料、ブリッジ、チェーン手数料、送金時間。
- 借入/レンディング:現物調達やステーブルの金利。
- 為替コスト:円⇄USDT/USDCのスプレッド。
- スリッページ:ヘッジ時の食われ、板の薄さ。
実装チェックリスト:
- 契約仕様(建玉単位、清算方式、Funding時刻、計算式、上限/下限)をドキュメントで確認。
- オーダー種別(指値・成行・ポストオンリー・Reduce-Only)と自動減少の挙動。
- 清算メカニズム(保険基金、自動デレバレッジ)。
- 証拠金モード(クロス/分離)、ヘッジモードの可否。
- APIの安定性とレートリミット。
サイズ調整の運用:FRが高いときだけサイズを増やし、低いときは縮小。これをルールベースで行います。例:
- 直近24時間の平均FRが+0.01%/8h以上 → 名目を基準の1.5倍。
- 平均FRが+0.005%/8h未満 → 名目を0.7倍へ縮小。
- FRがマイナス2サイクル継続 → 新規サイズ増は停止、デルタ解消を優先。
イベント耐性:急変時は支払側に転ぶストレスに耐える設計が要。想定は以下。
- 価格ギャップでヘッジが滑る。
- OI縮小でFRの符号が反転。
- 清算連鎖で極端なFRスパイク。
実践的なケーススタディ(概念図):
ケースA:BTCで現物ロング+Perpショート。FRは+0.015%/8hが続く。1万USDT名目で日次受取は10,000×0.00015×3=4.5 USDT
。
手数料合計が日次2.0 USDTなら、純受取2.5 USDT。月で約75 USDT。ここにETHでも同様に構築し、二銘柄でボラとFRの相関を分散。
ケースB:ETHでFRが一時的にマイナスへ。2サイクル継続で縮小ルールが発動、名目を0.5倍へ。FRが再びプラスへ戻るまで新規増しは停止。ヘッジは維持しつつ支払い額を抑制。
監視ダッシュボードの要件:
- 銘柄別:現物名目、Perp名目、純名目差(デルタ)、FR履歴、受取合計。
- コスト別:取引手数料、借入/レンディング、スリッページ推計。
- リスクKPI:証拠金率、強制決済価格までの距離、アラート閾値。
自動化の考え方:最初は手動で検証し、①データ取得 → ②判断(ルール) → ③執行 → ④記録のサイクルをPython/スプレッドシートで半自動化。完全自動化はAPI停止や異常FRへのフェイルセーフ(一時停止ルール)を必須に。
心理面の罠:方向感を当てたい衝動でヘッジを外すとただの方向性トレードに堕ちます。淡々とルール運用。日次+週次で検証し、月次でルールをアップデート。
撤退基準:ネットFRが3週間連続でマイナス、または支払FRサイクル比率が60%超で継続するなど、レジームが変化したと判断できる場合はクローズして待つ。市場が戻るまでサイズを抑制。
銘柄分散の設計:BTC/ETHを核に、流動性のあるアルトへ段階的に展開。ただし、清算エンジンの堅牢性・保険基金規模が小さい取引所やマイナー銘柄ではサイズを抑え、板厚を常に確認。
まとめ:ファンディングレートは市場構造が生むフローです。方向性を当てるゲームから降り、デルタ中立+ネットFRの最大化という別ゲームに移行しましょう。名目設計、コスト分解、ヘッジ精度、ルール運用、イベント耐性の5点を愚直に磨けば、安定的なキャリーが積み上がります。
注記:取引所仕様や法令・税務は必ずご自身で最新情報を確認してください。
コメント