本稿では、暗号資産デリバティブ、とりわけパーペチュアル先物取引で起こりがちな「お削り」(スプレッド・手数料・スリッページ・資金調達支払い・逆選択による微損の累積)を体系的に潰すための運用設計を解説します。派手な必勝法ではなく、日々の微損を止血することで、収益曲線のドローダウンを浅くし、リスクあたりのリターン(Sharpe/Sortino)を押し上げる実務的アプローチです。
お削りとは何か――損益分解で捉える
パーペチュアル先物における総合損益は、概念的に次の和です。
PnL = ΔP × 方向性エッジ − (テイカー手数料 + スリッページ + スプレッド跨ぎ) − 資金調達支払い + (メイカーリベート) − ファンディング乖離リスク − 機会費用
「お削り」は太字の減算項の総体です。勝率がそこそこでも、これらの摩擦が積み重なると日次ベースで資産曲線が横ばい〜右肩下がりになります。従って、まずは各摩擦を測定・可視化し、ボトルネックから潰します。
摩擦の測定フレームワーク
- 約定品質ログ:注文提出時刻、板スナップショット(最良気配・板厚・スプレッド)、約定価格・数量・約定遅延を記録。テイカー/メイカー別に集計。
- 手数料・リベート集計:取引所のVIPティア別実効レートを日次で反映。USDT建てでもUSD換算の一貫尺度で管理。
- ファンディング実効コスト:支払い・受け取りを時刻付きで累積。建玉方向・保有時間・イベント(指標/雇用統計/米CPI)で層別。
- アドバースセレクション:発注後直後の1〜5秒のミッド移動量の符号。追い風/向かい風の割合を算出。
- スリッページ関数:発注数量に対する期待スリッページをローカル線形回帰で近似。Lotサイズ最適化に使用。
まずは「テイカー比率 × 平均スリッページ × トレード数」の積を月次で可視化し、最大の漏れ口を特定します。
実務に効く止血テクニック(優先度順)
1. メイカー化とポストオンリー徹底
ポストオンリー+IOC拒否を標準装備。板の厚い時間帯(現物メジャー市場のオープン、米株RTH、アジア昼のBTC/ETH流動性集中)に限定してエントリーします。メイカー達成率を80%超に引き上げると、手数料項の符号がプラス化し、お削りの主要因を反転できます。
2. 価格改善(Price Improvement)とキュー優先
最良気配に対して1ティック内側で並ぶと、約定優先度が上がり、逆選択の確率も低下。板が薄い時は1〜2ティック不利に置いても期待値がプラスになることがあります(後述の逆選択メトリクスで検証)。
3. ロット分割と時間分散
スリッページ関数に従い、1回の発注数量を最適ロットに分割。秒〜分単位でランダム化し、機械的な発注痕跡を薄め、フロントランを防止します。
4. テイカー使用の条件分岐
イベント直前/直後の急変時はメイカー待ちが逆効果。気配変化速度(best bid/askの更新回数/秒)が閾値を超えたらテイカー許可に切替え、想定スリッページよりも価格変動リスクが大きい場面だけ成行を使います。
5. ファンディングのキャリー最適化
日内で正負が切り替わる市場では、支払いサイクル前の入替え(受取サイドに回る)で実効コストを低減。無理に保有を延命しない「ファンディング回避フリップ」をルール化します。
6. VIPティアと手数料アービトラージ
出来高を1〜2取引所に集約し、VIPティアを早期に引き上げるのが王道。成約手数料が0.02%→0.015%に下がるだけで、日次お削りは顕著に改善します。資金曲線に直結するKPIとして「実効手数料率」を監視。
7. スプレッド跨ぎの回避
薄板での成行連打は厳禁。板の累積出来高(例:最良から5ティックまでの合計)をトリガーに、発注可否とロットを制御します。
8. 清算・ADL・保険基金リスクの最小化
高レバの恒常使用はお削りの母集団を増やします。名目レバは相場状態に応じてダイナミックに(ボラティリティ・レジームが高い時は低く)設定。
逆選択(Adverse Selection)を数式で潰す
約定直後のミッド変化 dM_0→τ
の期待値 E[dM]
を、発注タイプ(maker/taker)、置き方(best/inside/outside)、時間帯で推定します。E[dM] < 0
が多い組合せを禁止し、E[dM] > 0
の設計に寄せます。
実務では、発注キュー順位(queue position)推定が鍵。板厚と自分の注文サイズから約定確率をモデル化し、期待お削り E[slip + fee − rebate]
がマイナスになる閾値でのみ発注許可します。
日次オペレーション設計(テンプレート)
- 市場時間:流動性の厚いブロック(例:東京10:00〜12:00、ロンドンオープン、NYオープン)に限定。
- ティッカー:BTC/ETH中心。アルトはイベント日だけ。
- 建玉保持:資金調達クロックの30〜45分前に見直し。
- 注文種別:デフォルトはポストオンリー指値。気配速度閾値超過で成行許可。
- サイズ:スリッページ関数に基づく最適ロット×分割。
- 撤退条件:お削り実効コストが日次目標を超過したらトレード停止。
ベーシスとファンディングを同時に見る
先物プレミアム(ベーシス)とファンディングは別物ですが、両者の組合せで「保有の旨味」が決まります。正ベーシス・正ファンディングはロング保有の二重逆風。ヘッジで現物ショートを当てるか、いったんスクエアに。
ケーススタディ:ETH-PERP スキャルピングの止血
想定:ETH-PERP、1回あたりの平均テイカー手数料0.05%、平均スリッページ0.02%、平均スプレッド跨ぎ0.01%、1日50トレード。方向性エッジは日次+0.1%程度。
お削り合計は約0.08%×50=4%/日(理論上)。実務では相殺されますが、それでも日次期待値を容易に圧迫します。メイカー化80%、ロット分割、イベント時のみテイカーの3点セットで、お削りを半減し、方向性エッジの純度を回復できます。
バックテストと運用ガバナンス
シミュレーションでは、約定品質をモンテカルロで再現し、テイカー使用率・ロット分割・ポストオンリー拒否率といった制御変数をチューニングします。本番では、日次で「お削りKPIダッシュボード」(実効手数料、メイカー比率、平均スリッページ、資金調達コスト、逆選択指標)を監視。
実装の最小セット(チェックリスト)
- 発注ラッパーにポストオンリー/IOC拒否フラグ。
- 板スナップショットと約定ログを永続化。
- スリッページ関数の週次リフレッシュ。
- 気配速度の閾値と成行許可の条件分岐。
- 資金調達クロック基準の建玉見直しジョブ。
- VIPティア達成の出来高配分最適化。
まとめ
勝ち方を増やす前に、負け方を減らす。パーペチュアル先物の「お削り」を潰す運用設計は、地味ですが最も再現性の高い改善策です。測定→優先順位付け→ルール化→自動化のサイクルで、収益曲線を「滑らかに右肩上がり」に整えましょう。
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