このページでは、板情報(オーダーブック)と注文フロー(テープ)を使い、短期で再現可能なエッジを作る方法を体系化します。抽象論ではなく、指標の定義、売買ルール、約定管理、検証項目までを具体的に提示します。対象は日本株個別、FX(USD/JPY)、暗号資産(BTC/USDT)など板が厚めの銘柄や通貨ペアです。初心者でも読み進めれば手順通りに最小構成で実装できます。
なぜ「板」と「フロー」が効くのか
短期価格は、流動性テイカー(成行)とメイカー(指値)の相互作用で動きます。多くの個人はチャートだけを見ますが、価格はまず板の薄厚と成行の偏りに押されるのが現実です。価格形成の一次情報に近い順に並べると、注文流入 → 約定(テープ) → 気配の更新 → チャートです。後段のテクニカル指標より、板とフローを読むほうが一歩早い判断が可能です。
用語の最速復習
- 板情報(DOM):最良気配(ベストビッド/アスク)とその奥にある気配数量。価格優先・時間優先で並ぶ。
- 注文フロー(テープ/Time&Sales):実際に約定した売買の連なり。サイズ、方向(買い主導/売り主導)、タイムスタンプ。
- スプレッド:最良売気配−最良買気配。狭いほどテイカーのコストが低い。
- キュー順位:同価格の指値は先着順に並び、約定は先頭から消化される。
定量シグナルの設計
1. 気配不均衡(Order Book Imbalance; OBI)
最良からk段までの気配数量を集計し、買い/売りの偏りを測ります。
OBI_k = (Σ_{i=1..k} BidSize_i − Σ_{i=1..k} AskSize_i) / (Σ_{i=1..k} BidSize_i + Σ_{i=1..k} AskSize_i)
経験則:k=3〜5
が実用的。OBI > +0.20
は上方向の短期優位、OBI < −0.20
は下方向の短期優位を示唆。ただしニュース時は閾値を±0.35に拡張。
2. マイクロプライス(Microprice)
板の厚さで重み付けした理論的な「中立価格」。
Microprice = (Ask * BidSize_1 + Bid * AskSize_1) / (BidSize_1 + AskSize_1)
現在のミッド((Bid+Ask)/2)よりMicropriceが上なら買い優勢、下なら売り優勢。ミッドとの乖離がスキャルの方向性と利確幅の上限目安になります。
3. テープの方向性(Trade Sign Imbalance; TSI)
直近T秒の約定をティックルールで符号化。
TSI_T = (買い約定件数 − 売り約定件数) / (買い約定件数 + 売り約定件数)
T=10〜30秒
。|TSI| > 0.30
で一過性のモメンタムが発生しやすい。
4. キュー消耗速度(Queue Depletion Rate; QDR)
最良気配の数量がどれだけ速く減るか。
QDR_bid = − d(BidSize_1)/dt, QDR_ask = − d(AskSize_1)/dt
QDR_bid > QDR_ask
で売り圧、逆なら買い圧。成行が当たっていないのに減るならキャンセル主導=フェイクの疑い。
売買プロトコル(最低限の運用手順)
- 市場選定:スプレッドが安定的に狭く、出来高が分散せず単一板に集中する銘柄/ペアを選ぶ。
- 監視セット:
OBI_3
、Microprice乖離
、TSI_20
、QDR
を1秒足で更新。 - エントリー:買いは
OBI>0.2
かつTSI>0.2
かつMicroprice>Mid
。売りは対称条件。 - 発注タイプ:優先は指値でキュー先頭を確保。QDRが強いときのみ小ロット成行で「乗る」。
- イグジット:
TSI
が0に回帰、またはMicroprice
の乖離が半分に縮小したら利確。逆行時はスプレッド×2を最大損失とする。
具体的ルール例(3市場に汎用)
ルールA:オープン直後の板厚逆張り(日本株)
9:00〜9:05はギャップで板が歪む。OBI_3<−0.35
だが寄り直後にTSI_10>0.25
へ反転したら、最良買いに指値を置き、Microprice
がミッド上に復帰した瞬間に同値〜+1ティックで利確。損切りは−2ティック固定。中央値ベースでヒットレート55〜60%が狙える局面。
ルールB:狭スプレッドの小刻みブレイク(USD/JPY)
東京時間の板が厚い時間帯。Spread ≤ 0.2pips
かつOBI_5>0.25
で、最良買いキュー2割以内に並ぶ(約定ログで自分の順位を可視化)。QDR_ask
が立ち上がったら成行に切替えて通過させ、+0.3〜0.5pipsで利確。逆行は−0.3pips即時撤退。
ルールC:ニュース無しの板主導スカルプ(BTC/USDT)
経済指標無しの時間帯。TSI_20>0.3
、OBI_5>0.2
、Microprice>Mid
が3点一致でロング。利確はミッド+(Microprice−Mid
)の50〜80%。ボラが急増してスプレッド拡大したら即撤収。
約定管理とコスト最適化
- 実現スリッページ:
Slippage = 実約定価格 − 発注時Mid
。ここをゼロ付近に抑えるのがまず最優先。 - 実装ショートフォール:
IS = 実約定価格 − シグナル検知時価格
。検知→執行の遅延を可視化。 - 部分約定対策:板の先頭に置きつつ、同価格で分割して複数キューを確保。撤退は未約定分を即キャンセル。
- アイスバーグ検知:最良で数量が減らないのに大口約定ログが出続ける=隠し玉の可能性。QDRとTSIの乖離がサイン。
検証設計(再現性を担保)
最低限ログに残す項目:
- シグナル値(OBI, TSI, Microprice乖離, QDR)
- 発注タイプ(指値/成行)、発注数量、推定キュー順位
- 約定時刻・価格、部分/全約定、スリッページ、IS
- MAE/MFE、保有秒数、利確/損切り理由
評価指標はヒットレート、平均損益/トレード、分布の裾(テール損)、実現スプレッドコスト。勝ちの最大化より、負けの分散縮小を優先します。
落とし穴と対策
- 板寄せ/特別気配:日本株の寄り引けは特殊ロジック。通常ルールを適用しない。
- 複数板/ダーク流動性:出来高が店内・別会場に逃げる市場では、テープの完全把握が困難。保守的にロットを落とす。
- レイテンシ:家庭回線・Wi‑Fiの遅延でISが悪化。必ず有線+約定通知の遅延を数値化。
- 手数料・リベート:メイカー/テイカー体系を加味して期待値を再計算。手数料後プラスでなければ戦術不適合。
ミニマム構成のツール例
(1)板・テープを1秒でCSV化(銘柄、時刻、Bid/Ask、Size、約定方向、出来高)→(2)Pythonでシグナル算出→(3)発注は手動だが、指値価格とサイズだけは自動提案。まずはバックテストよりライブ小ロットの検証に重心を置き、IS/スリッページを最速で改善します。
まとめ
板情報と注文フローは、チャート指標よりも一段手前の「価格が動く理由」を映します。OBI、Microprice、TSI、QDRという4本柱で状況を数値化し、指値中心・小さく速い撤退を徹底すれば、個人でも短期の優位性は作れます。まずは1銘柄/1時間帯に絞り、上記プロトコルをそのまま写経するところから始めてください。
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