本稿では、東京時間の序盤(9:00〜10:30 JST)に形成されやすい「初動レンジ」を起点として、USD/JPYのブレイクアウトを狙う短期デイトレード手法を、初心者でも再現できる水準まで具体化して解説します。裁量要素は最小限に抑え、エントリー条件・損切・利確・ポジションサイズ・回避すべき指標までを運用マニュアルとして体系化します。必要な道具は一般的なFX口座とチャート(TradingViewなど)だけです。
1. 戦略の全体像(要点)
本戦略は「東京の前場で作られた値幅(モーニングレンジ)を、ロンドン勢参入前の流動性改善で抜けた方向へ素早く同調する」ことを狙います。期待値の源泉は以下の通りです。
- 日本勢の寄り付き後、実需・国内機関のフローで短時間にレンジが形成されやすい。
- レンジ上限/下限は短期参加者のストップが溜まりやすい明確な価格帯になる。
- 10:30〜12:00の持ち上がり・押し込み、あるいはロンドン前のポジショニングでレンジ抜けが伸びやすい。
この「時間×レンジ×ストップ誘発」を数量化し、ATRベースの損切と固定リスクリワードで統制します。
2. 取引仕様(初期設定)
- 銘柄:USD/JPY
- 時間軸:1分〜5分足(運用は5分足推奨、監視は1分足補助)
- 観測時間:9:00〜10:30に形成されるレンジ
- 執行時間帯:10:30〜12:00を中心(状況により14:00まで保有可)
- 指標回避:東京午前の重要イベント(要人発言、日銀関連ヘッドライン、国内CPI/失業、米祝日など)は回避
- 使用指標:ATR(14)、VWAP(任意)、出来高(CFDや先物を参考に可)
3. モーニングレンジの定義と計測
9:00〜10:30の高値・安値でレンジを定義します。例:10:30時点の高値=RH、安値=RL。レンジ幅はW = RH − RL(pips)。
フィルターとして以下の条件を追加します。
- レンジ幅が20〜60pipsの範囲内(極端に狭い/広い場合は見送り)。
- 前日のNYクローズ(JST早朝)からギャップが大きい場合、初回抜けのフェイクが増えるためWが60pips超なら慎重に。
- 直近の主要ヘッドライン(金融政策、介入示唆など)が続く日は取引頻度を落とす。
4. エントリールール
10:30以降、以下のいずれかを満たしたら成行または指値で参加します。
- 上方向ブレイク:5分足の確定足でRH + 3pips超え(スプレッド考慮)。
- 下方向ブレイク:5分足の確定足でRL − 3pips割れ。
初動フェイク対策として「確定足」を採用し、確定前のヒゲ抜けは無視します。1回のブレイクで最大2回まで再突入可(ただし同一方向に限る)。
5. 損切・利確の数量化
ボラティリティ連動の損切は再現性を上げます。ATR(14)を5分足で算出し、以下のように設定します。
- 初期ストップ:エントリー方向と逆にATR×1.2(最小15pips、最大35pips)。
- 利確候補:RH or RL からの距離 = W、1.5W、2.0Wの分割利確。
- トレーリング:含み益がATRに到達後、ストップを建値+スプレッドへ移動。以降、5分足の直近スイングの内側にATR×0.8で追従。
基本リスクリワードは1:1.5以上を必須とします。Wが小さすぎてRRが確保できない場合は見送りです。
6. ポジションサイズ計算
口座残高の1%を最大損失に設定します。必要ロットは以下で求めます。
許容損失(円) = 口座残高 × 1%
1pipsあたりの損益(円) = ロット × 100円(概算)
必要ロット = 許容損失 ÷ (初期ストップpips × 100円)
例)口座200万円、初期ストップ20pipsなら、許容損失=2万円、必要ロット=2万円 ÷ (20×100)=1.0ロット(10万通貨)。
7. 指標・イベント回避ルール
シンプルに以下を避けます。
- 日銀会合結果・総裁会見・国会での関連答弁。
- 日本のCPI、失業率、GDP速報等の午前発表。
- 米国が祝日の場合(薄商いでフェイク多発)。
- 介入観測が強く、要人発言が頻発する日。
「回避」は勝率を底上げする最大のレバーです。トレード数が減っても、無駄弾を減らすことを優先します。
8. 発注オペレーション手順(テンプレ)
- 9:00〜10:30の高値・安値をマーキング(RH/RL)。Wを計測。
- ATR(14)を確認。初期ストップpips =
max(15, min(35, ATR×1.2))
。 - RRが1:1.5以上になるか計算。満たさない場合は見送り。
- 10:30以降、5分足確定でレンジを明確に突破した方向へ参入。
- 含み益がATR到達で建値へストップ移動。以降、分割利確とトレーリング。
- 昼休み(12:00〜12:59)を跨ぐ場合、建値割れ回避とイベント確認。
- 14:00以降は新規建て禁止(ダレやすく、日中のノイズが増えるため)。
9. 具体例(ケーススタディ3本)
項目 | 例1(上抜け) | 例2(下抜け) | 例3(フェイク後再突入) |
---|---|---|---|
RH / RL | 151.80 / 151.40 | 150.60 / 150.10 | 152.20 / 151.90 |
W(pips) | 40 | 50 | 30 |
ATR(14) 5分 | 18 | 22 | 16 |
初期ストップ | 22pips | 26pips | 19pips |
参入価格 | 151.83 | 150.07 | 152.23 |
TP1/TP2 | +40 / +60 | +50 / +75 | +30 / +45 |
結果 | TP2到達後トレール | TP1のみ到達 | 初回ロス→再突入でTP2 |
注:上記は仮想例です。実運用ではスプレッドと滑りを必ず織り込みます。
10. フェイク抜け対策
- 「確定足での突破」のみ採用(成行の早押し禁止)。
- 突破直後の逆行がATR×0.7以内で収まり再上抜け(下抜け)なら再突入を許容。
- VWAPからの乘離が大きい時は利確を保守(TP幅をWの1.0〜1.2に短縮)。
11. バックテスト手順(手作業/半自動)
手作業検証:
- 過去3〜6か月の5分足データを用意(TradingViewのリプレイ機能推奨)。
- 各営業日の9:00〜10:30でRH/RLを記録、W・ATR・指標有無・エントリー・結果をスプレッドシートに記載。
- 「勝率」「平均R」「最大DD」「月次PF(損益/損失)」を算出。
半自動(Pine Script断片):
//@version=5
indicator("Tokyo Morning Range Breakout (USDJPY)", overlay=true)
isTokyo = time(timeframe.period, "0930-1030:1234567", "Asia/Tokyo")
var float Rh = na
var float Rl = na
if isTokyo
Rh := math.max(na(Rh)?low:Rh, high)
Rl := math.min(na(Rl)?high:Rl, low)
else
Rh := Rh
Rl := Rl
after1030 = time(timeframe.period, "1031-2359:1234567", "Asia/Tokyo")
longBreak = after1030 and close > Rh + syminfo.mintick*3
shortBreak = after1030 and close < Rl - syminfo.mintick*3
plot(Rh, "RH", color=color.new(color.green, 0))
plot(Rl, "RL", color=color.new(color.red, 0))
※執行・サイズ・分割利確等は実装を追加してください。コードは教育目的です。
12. 資金管理とメンタル運用
- 1トレードの最大損失は口座の1%(上限1.5%)。
- 同方向で2連敗したら当日終了(ドローダウン拡大防止)。
- 週次で「勝った日の無駄トレード」を棚卸し、エントリー前のチェックリストを改訂。
「取らない勇気」が最終的な資産曲線を安定させます。無理に毎日取引する必要はありません。
13. 実務チェックリスト(印刷推奨)
- 今日は重要イベントがあるか(要人発言・日銀関連・国内指標)。
- 9:00〜10:30のWは20〜60pipsか。
- ATR(14)×1.2のストップでRR≥1:1.5を確保できるか。
- 5分足の確定足での突破か(ヒゲ抜け禁止)。
- 建値移動の条件(含み益≥ATR)を事前に明文化したか。
- ロット計算を毎回電卓で確認したか。
14. 初心者が陥りやすい失敗と対策
- 前のめりエントリー:確定前に飛び乗らず、足確定まで待つ。
- ストップ幅の固定化:ATR連動にする。固定20pipsは環境依存で破綻しやすい。
- 指標無視:回避ルールを徹底。1回の無視で月間成績が崩れる。
- ロット過多:1%ルールを守る。月次の最大DD許容を数値で決める。
15. 応用(発展)
- Wボラ・フィルター:Wが狭い日はTPも短縮、広い日は分割利確を増やす。
- ニュース・センチメント:要人発言頻度が高い週は頻度を落とす。
- マルチアセット確認:米10年金利先物やドルインデックスの同方向性を参考にコンフルエンスを得る。
16. パフォーマンス評価のフレーム
月次で以下を必ず記録します。
- 取引回数、勝率、平均勝ちpips、平均負けpips、平均R。
- 最大連敗数、最大DD、月次PF。
- Wと成果の相関(Wが大きい日の勝率/期待値)。
暗記に頼らず、数字で判断する文化を最初から作ることが重要です。
17. よくある質問(FAQ)
Q. 5分足と1分足どちらが良いですか?
A. エントリー判定は5分足確定で一貫させ、1分足は板寄せやスパイクの把握だけに使います。
Q. 東京午前に伸びないことが多いのですが?
A. 伸びない日を避けるのがコアです。Wが15pips未満や、イベント密集日は参加しない選択を徹底してください。
Q. どのブローカーが良いですか?
A. スプレッドと約定品質が安定した国内大手を優先し、約定履歴を自分で監査する姿勢が大切です。
18. 運用開始までのステップ(まとめ)
- 環境整備:5分足チャート、ATR、価格アラート設定。
- ルール印刷:本稿のチェックリストを紙に出力し、机上に常備。
- 紙上トレード:2週間分をリプレイ検証し、勝率/平均R/最大DDを把握。
- デモ → 低ロット → 標準ロットの順で段階移行。
- 月次レビュー:回避ルールの精緻化とW閾値の調整。
以上を実行すれば、初心者でも「狙う日だけ狙う」デイトレ運用が可能になります。最も重要なのは、取らない日の選別と損失の極小化です。焦らずに、統計と手順で淡々と積み上げてください。
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