本稿は、配当株の現物保有に対してコールオプションを売る(ライティング)「カバードコール(Covered Call)」を、投資初心者でも実践できる水準まで手順化した完全ガイドです。収益源は「配当」と「オプション・プレミアム」の二層構造。株価が横ばい〜緩やかな上昇局面で最も効率が良く、下落局面ではクッション(売りプレミアム)が下落ダメージを部分的に相殺します。
ここでは、何を・いつ・どの価格で売るのか、なぜその根拠か、そして想定外の動きにどう対処するかまで、実務で使う言葉と数式で整理します。特定銘柄や取引所を推奨するものではなく、教育目的の一般情報です。
1. カバードコールの設計思想(全体像)
戦略の目的は、株価の時間価値(θ)とボラティリティ(IV)を収益化しながら、配当を取りつつ、価格リスクを「ほどよく」受けることです。完全ヘッジでも完全投機でもありません。構成は次の二つのみ:
- 株式のロング(現物100株単位など)
- 同一銘柄のコールオプションのショート(1枚=100株相当など)
損益は以下の3局面で評価します。
- 上昇局面:株価上昇益は行使価格で頭打ち(キャップ)がかかる一方、売りプレミアムは確定利益化。強い上昇を取り切れないのがトレードオフ。
- 横ばい局面:配当+プレミアムの二重収益が最大限に効く“本命”局面。
- 下落局面:株価下落は避けられないが、受け取ったプレミアムが損失を緩和する。急落にはロスカット/ロールで対応。
2. まず押さえる専門語(初心者向けの最短ロードマップ)
- DTE(Days to Expiration):満期までの日数。短期(7〜45日)が実務上の主戦場。θ減価が速く、年率換算効率が高くなりやすい。
- デルタ(Δ):価格感応度。売りコールの目安は+0.15〜+0.35(おおむねOTM)。IVと需給により調整。
- IV(Implied Volatility):期待ボラティリティ。IVが高いほどプレミアムが厚い。ただし急落の前兆であることもある。
- 早期行使(Early Exercise):主に配当前に発生し得る。配当取りを目的に権利行使されることがある。
- ロール(Roll):満期前にポジションをクローズし、期限(カレンダー)や行使価格(ストライク)を差し替えて継続する操作。
3. 収益の算式と“年率換算”の考え方
1回の取引で得たプレミアムを、その保有日数で年率換算すると比較が容易です。
年率換算プレミアム利回り(概算)
年率換算 ≒ (受取プレミアム ÷ 元本) × (365 ÷ 保有日数)
総合利回りは配当も加味します:
総合年率 ≒ 年率換算プレミアム利回り + 配当利回り(年率) - 価格下落分の年率換算影響(発生時)
もちろん、急騰でキャップに到達すると上値は限定されます。そこをどう割り切るかが設計のキモです。
4. 数値シナリオ(具体例)
仮に株価5,000円、100株保有(元本50万円)。DTE=30、Δ≈+0.25のOTMコール(例:行使価格5,300円)を1枚売り、プレミアム=150円(×100=15,000円)を受け取るとします。配当は年率3%(15,000円/年=1,250円/月相当)。
期末株価 | 株式損益 | オプション損益 | 配当(月換算) | 合計(月) |
---|---|---|---|---|
4,500円(-10%) | -50,000円 | +15,000円 | +1,250円 | -33,750円 |
5,000円(±0%) | 0円 | +15,000円 | +1,250円 | +16,250円 |
5,300円(+6%) | +30,000円 | +15,000円 | +1,250円 | +46,250円 |
5,800円(+16%) | +80,000円 | -(上値は5,300円で頭打ち) | +1,250円 | およそ +46,250円で頭打ち |
この例では、横ばい〜小幅上昇で最も効率的に現金が積み上がります。急上昇時の機会損失は設計上のコストです。
5. 銘柄・期限・行使価格の決め方(実務フロー)
- 銘柄選定:オプション板が厚い(流動性)、配当が安定、IVがほどよく高い(ただし突発イベントに注意)。
- DTE:7〜45日を基本線。θの減価が速い帯で回転を効かせる。週次満期がある市場なら7〜21日中心でも良い。
- デルタ:+0.15〜+0.35を目安。プレミアム厚みと約定確率のバランス。強気ならやや高め、弱気なら低め。
- ストライク:直近高値の上やレジスタンス付近を候補に、IV・イベントカレンダー(決算・配当)で微調整。
- エントリー時間帯:板が厚い時間(寄り後の落ち着き〜引け前1〜2時間)を優先。スプレッドが狭い。
6. 配当イベントと早期行使の実務対応
配当落ち直前は、内在価値+時間価値<配当期待値だと早期行使の合理性が高まります。回避したい場合は:
- 配当前に買い戻してクローズ、あるいはIVの乗っている遠い期限へロール。
- 配当取りが主目的なら、配当月だけはストライクをやや遠くにする(Δを下げる)。
早期行使で現物が引き渡されたら、再度現物を買い直して継続するか、状況に応じていったんフラット化します。
7. ロール戦略(管理の型)
管理は「利益確定ロール」と「防御ロール」の2系統に分かれます。
7.1 利益確定ロール(勝っている時)
- 残りDTEが短く、プレミアムの70〜90%を回収できたら一度クローズして次の満期へ。
- 次は同等Δで期間を延ばすか、同一期間なら少し遠いストライクへ。年間の回転数で総合利回りを押し上げる。
7.2 防御ロール(負けている時)
- 株価が強く上抜け、キャップに食い込む時は、同時期でストライクを引き上げつつ買い戻す(デビットまたはクレジットでの入替)。
- 急落時は、ストライクを引き下げ・期限を延長して受取クレジットを厚くするか、現物の一部で損失コントロール。
8. リスク管理と資金配分
- 1銘柄偏重リスク:複数銘柄・セクターに分散。
- イベント・ギャップ:決算・ガイダンス・マクロ指標・地政学。IVの急変で想定外のPnLが出る。
- 流動性:板が薄いとスプレッド拡大=手数料増。出来高とオープン・インタレストをチェック。
- 心理面:強い上昇を取り切れない局面で“後悔”が出やすい。戦略特性として割り切る。
9. 実務レシピ(チェックリスト)
- 対象銘柄のIV、出来高、板、配当月、決算予定を確認。
- Δ0.20〜0.30帯のOTMコールから候補抽出。DTEは7〜45日。
- 約定はリミット注文。スプレッド内で丁寧にさす(板厚い時間帯)。
- 損益の閾値を事前に数値化(例:70〜90%回収で利確ロール)。
- 配当前後は早期行使リスクを再確認。必要ならロールまたは一時クローズ。
- 週次でPnL、IV、Δ、DTEを点検。必要ならロールで微調整。
10. ありがちな誤解と落とし穴10選
- 「常に勝てる」:急騰の機会損失、急落の元本毀損は残る。上振れを売って安定性を買う戦略であることを忘れない。
- 「プレミアム=タダ取り」:IVはリスクの値段。高いときは理由がある。
- 「配当日前でも安心」:早期行使は普通に起きる。配当との差し引きで合理的になる瞬間がある。
- 「満期まで放置」:θ減価の旨味は途中確定で最適化できる。ロール回転で年率効率を高める。
- 「板が薄くてもOK」:実現スプレッドが痛い。板厚い銘柄優先。
- 「DTEは長いほど安全」:θの効率は低下。IVイベントへの曝露時間も伸びる。
- 「ATMが一番儲かる」:上値キャップの代償が大きい。OTM帯でのバランスが肝。
- 「上昇は全部逃す」:キャップまでは取りにいく設計。強気相場が続くなら一部フラット+コール売り停止も一手。
- 「税務は同じ」:国・市場・口座区分で扱いが異なる。制度面は自分の環境に合わせて確認。
- 「一度の設計で永遠に最適」:IV・金利・需給は動く。ロールで追随してこそ戦略。
11. 応用:IVランクとイベント・カレンダーの使い方
IVランク(過去と比べた相対的なIV水準)が高いほど、売りプレミアムは魅力的です。ただし、決算や政策発表で方向性リスクが極端に大きい場合は、遠いΔを選ぶ・サイズを落とすなどの防御を入れます。イベント・カレンダーは必ず事前に織り込む癖を。
12. 価格調整とマークトゥーマーケットの理解
オプションは日々MTM(時価評価)され、含み損益として反映されます。IVの収縮(ボラティリティ低下)や時間経過でショート側に有利に働く一方、株価の急変で含み損が膨らむこともあります。評価差益・差損に一喜一憂せず、プレイブック(利確・防御ロールの数式)で機械的に対処します。
13. ミニ・プレイブック(定量ルール例)
- 利確ロール:受取プレミアムの80%(±10%)を回収or残DTE≦7でクローズ→次のDTE14〜35日、Δ0.20〜0.30へ差し替え。
- 上抜け防御:株価がストライクの98%に接近→同期限でストライクを一段上へロール(デビット容認)。
- 急落防御:株価-8〜-12%でΔ再計算→DTE延長+ストライク引下げのクレジット・ロールでクッション強化。
- 配当前:コールの時間価値<配当期待値なら早期行使リスク上昇→一旦クローズor遠いストライクへカレンダー・ロール。
14. まとめ:誰でも“再現”できる運用へ
カバードコールは「上昇の一部を諦め、安定収益を狙う」明確な思想の戦略です。成功の鍵は、(1)板厚い銘柄選択、(2)Δ0.20〜0.30、DTE7〜45日、(3)イベント前の管理、(4)ルール化したロール。小さく始め、毎回の取引に“理由”を明文化することで、結果は必ず安定します。
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