要点:「高配当=お得」と思って買うと、減配・業績悪化・一過性利益などの“罠”に捕まりやすいです。本稿は、ROE×EPS成長×配当政策の整合性でスクリーニングし、初学者でも再現できる売買フローに落とし込む実務ガイドです。株・ETFを問わず、配当戦略の基礎として有効です。
1. なぜ「高配当の罠」が起きるのか
配当利回り(=1株配当/株価)が高いのは、良い銘柄だからとは限りません。よくある要因は次の3つです。
- 株価下落型の高配当化:業績悪化で株価が下がり、見かけの利回りが跳ね上がる(=危険信号)。
- 一過性利益の配当:特益や売却益を配当に回した結果、翌期以降の再現性が低い(=持続性に乏しい)。
- 過剰配当(高い配当性向):内部留保・成長投資を犠牲にしてまで配当を維持・増額(=中長期の競争力を毀損)。
したがって、利回りだけでなく収益性(ROE)、稼ぐ力の伸び(EPS成長)、配当政策(配当性向・方針)を同時に評価する必要があります。
2. まず覚えるべき最小限の式
配当利回り(%) = 年間1株配当 ÷ 株価 × 100 配当性向(%) = 配当金総額 ÷ 当期純利益 × 100 ≒ 1株配当 ÷ EPS × 100 ROE(%) = 当期純利益 ÷ 自己資本 × 100 サステナブル成長率(SGR) = ROE × (1 - 配当性向)
解釈:SGRは「自己資本の収益性(ROE)」と「内部留保率(1-配当性向)」の掛け算です。持続的にEPSが増える企業は、ROEが充分に高く、過剰配当で将来の成長を枯らしていない傾向があります。
3. 5分でできるクイックスクリーニング
- 配当利回り:一度に飛びつかない。利回り上昇の原因が「株価下落」なら要警戒。
- 配当性向:目安は30–70%(業種・成熟度で異なる)。80%超は持続性を精査。
- ROE:目安8–12%以上。資本集約・規制業種は低めでも可、赤字常連は除外。
- EPS成長:過去3年の年率CAGRでプラスが望ましい。極端な凸凹は一過性要因を疑う。
- 営業CF/配当:営業キャッシュフローで配当を賄えているか(1.0倍以上が安心)。
この5点を「利回りの良い“配当成長株”」か「危険な“減配予備軍”」かを粗く振り分ける一次判定として使います。
4. 定量ルーブリック(A/B/Cスコア)
項目 | A(良) | B(可) | C(警戒) |
---|---|---|---|
配当利回り | 2.5–5% | 5–7% | >7%(要精査) |
配当性向 | 35–60% | 60–80% | >80% or 赤字で配当 |
ROE | ≥12% | 8–12% | <8% or 変動激しい |
EPS成長(3年CAGR) | ≥5% | 0–5% | <0% or 凸凹大 |
営業CF/配当 | ≥1.5× | 1.0–1.5× | <1.0× |
PBR | 0.8–1.5 | 1.5–2.5 | <0.8(資産毀損懸念) |
総合評価は、Aが多いほど「配当の持続性×再投資余力×株主還元のバランス」が良好と判断します。
5. ケーススタディ(架空データで手を動かす)
次の4社はすべて架空です。実データに似せた数字で、判定の感覚を掴みます。
指標 | A社(優良配当成長) | B社(減配予備軍) | C社(過剰成長投資) | D社(資本希薄懸念) |
---|---|---|---|---|
配当利回り | 3.4% | 8.2% | 1.2% | 5.5% |
配当性向 | 45% | 95% | 20% | 70% |
ROE | 14% | 5% | 10% | 7% |
EPS成長(3年CAGR) | +6% | -4% | +18% | +1% |
営業CF/配当 | 2.0× | 0.7× | 3.5× | 1.1× |
PBR | 1.3 | 0.6 | 3.0 | 0.9 |
結論:A社はバランス良好。B社は高利回りだが持続性に欠け、減配確率が高い。C社は成長余地は大きいが配当目当て投資には不向き。D社は可もなく不可もなく、割安に見えるが根拠の薄い自社株買い・希薄化の有無を精査。
このように、利回りの高さは単独では安心材料にならないことが分かります。
6. PER×PBR×ROEの「三角測量」
PERとPBRの関係は理論的にPBR ≒ ROE × PER / rのように整合チェックが可能です(rは期待収益/割引率の近似)。同業他社比で、ROEが低いのにPBRだけ高いなら過大評価の疑い、逆にROEが高いのにPBRが低いなら見直し余地があるかもしれません。
- スクリーニング観点:PER 8–15×、PBR 0.8–1.5×、ROE ≥ 10%付近を母集団に。
- ここに配当性向 35–60%を掛け合わせると、配当と成長のバランスが取れやすい。
7. 具体的なエントリー/エグジット設計
7-1. エントリー(分割)
- 一次判定でA/B混在の銘柄を3回に分けて買付(配当権利日を無理に狙わない)。
- 決算発表でEPS成長・配当性向が想定範囲に収まれば追撃、外れたら見送り。
7-2. エグジット
- 減配発表・配当性向急上昇(>90%)・営業CF/配当 < 1.0×が続く場合は撤退検討。
- バリュエーション拡大(PBR>2.0×で利回り低下)でリバランス売却。
7-3. リスク制御
- 最大ドローダウン管理:組入比率×想定下落率でポート全体の下振れを把握。
- トレーリングストップ:目安は+15〜25%の含み益から5–10%幅で追随。
8. 再現性の高いスクリーナー設定例
証券会社のスクリーナーや無料データでも、次の閾値を入力すれば概ね同じ母集団を得られます(単位は各サイト仕様に合わせて調整)。
- 配当利回り:2.5–7.0%
- 配当性向:30–80%
- ROE:≥8%
- EPS成長(3年):≥0%
- PBR:0.6–1.8
- 営業CF/配当:≥1.0×(指標が無い場合は除外、代替にフリーCF/配当を使用)
9. Excel/スプレッドシートの式(自作ダッシュボード)
# 例:過去4期EPS(E1..E4)、直近年間配当(D)、株価(P) 配当利回り = D / P 配当性向 = D / E4 EPS 3年CAGR = ((E4 / E1)^(1/3) - 1) SGR = ROE * (1 - 配当性向) # ランキングスコア(A=2, B=1, C=0の単純加点) Score = Score(配当利回り) + Score(配当性向) + Score(ROE) + Score(EPS成長) + Score(営業CF/配当)
このスコアを降順に並べ、上位のみを手作業で定性確認(ビジネス・競争優位・一過性有無)します。
10. 期待リターンの考え方(ざっくりフレーム)
トータルリターンは「配当利回り + EPS成長 ± バリュエーション変化」と分解できます。例えば、利回り3.5%、EPS成長+4%、PER変化±0%なら、年率おおむね7.5%の期待値。PERが1ポイント上がるとさらに上積み、下がると相殺されます。配当も成長も両方取りにいくのが配当成長戦略の肝です。
11. 配当再投資(DRIP)の威力:簡易シミュレーション
ケース | 初期100万円 | 利回り | EPS成長 | 期間 | 終価(概算) |
---|---|---|---|---|---|
再投資あり | 1,000,000 | 3.5% | +4% | 10年 | 約1,965,000 |
再投資なし | 1,000,000 | 3.5% | +4% | 10年 | 約1,642,000 |
複利で約+20%超の差。DRIPは地味ですが効きます。
12. セクター別の目線(ざっくり)
- 公益・通信:配当性向高めでもROEが低くなりやすい。過剰負債に注意。
- 金融:ROEは金利・信用コストに連動。PBR1倍近辺を軸に妥当性を検証。
- 資源:一過性の高収益→高配当は定番。サイクル反転時の減配耐性を重視。
- 消費・ヘルスケア:EPS成長の持続性が鍵。配当性向は中庸が無難。
- 工業・テック:成長投資が優先される局面は利回り控えめでOK。ROEとFCFで吟味。
13. 売買ルールの最終形(テンプレ)
- 一次スクリーニング:本稿の5条件。
- 定量スコア:A=2/B=1/C=0で合計7点以上。
- 定性確認:ビジネスの収益源・競合・規制・価格決定力。
- 分散:業種・通貨・配当時期の分散(最低8–12銘柄)。
- モニタリング:決算ごとにROE/EPS/配当性向/CFを更新、基準逸脱で縮小・撤退。
14. よくあるNG
- 利回り>7%を無条件で歓迎。
- 赤字転落でも「過去の実績」を根拠に保有継続。
- 営業CFが細っているのに自社株買い・高配当を評価。
- 一過性特益で膨らんだEPSを前提に永久成長を見積もる。
15. まとめ
配当戦略の王道は、魅力的な利回りと無理のない配当政策と着実なEPS成長の三点セットです。本稿のチェックリストとスコアで絞り込み、決算ごとのモニタリングで“罠”を避ける。これだけでも投資の体感が大きく変わります。
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