本稿では、暗号資産市場で「お削り」と呼ばれる超短期のスキャルピング手法を、パーペチュアル先物(perpetual swaps)とスポットの両面から体系化して解説します。狙いは「一撃の大勝」ではなく、1回あたりの期待値をわずかに正に保ちながら取引回数を積み上げ、日々の確度の高い損益を積み重ねることです。重要なのは、手数料構造・スプレッド・建玉管理・実行品質の4点を数式レベルで理解し、機械的に運用することです。
戦略の骨子
お削りは、(1) ミクロな価格歪み(スプレッドや一時的なフロー偏り)の平均回帰、(2) 手数料体系(メイカーリベート/テイカーフィー)、(3) 資金調達(ファンディング)と先物ベーシスの微差、(4) 低遅延な約定品質の4要因を組み合わせ、1トレードの期待値をプラスにする「確率の足し算」です。裁量の勘ではなく、統計的に優位性の源泉を分解し、再現できる形に固めます。
エッジの源泉:どこで勝つのか
1. メイカーリベート × スプレッド回帰
多くの先物取引所では流動性提供(メイカー)に対してリベートが支払われます。たとえばメイカー -0.01%/テイカー +0.05% の体系なら、指値で約定させた時点で理論的に+0.01%の優位性が生まれます。これにビッド・アスクの往復スプレッド縮小の期待値が上乗せされると、価格がほぼ動かなくても「削って」勝てます。
2. ミクロ・ミーンリバージョン
暗号資産は高頻度で「一方向のフロー」が出ます。数十秒~数分スケールで発生する小さな乖離は、板厚や成行フローが落ち着くと平均に回帰しやすい特性があります。標準化リターン(zスコア)と板の不均衡(bid/ask imbalance)を併用し、過去Nティックの乖離が一定閾値を超えたときに逆張りの指値を置くと、戻りで取りやすくなります。
3. ファンディングのミクロ波動
ファンディングは8時間毎など一定間隔で清算されますが、直前数十分にかけてレバレッジポジションの偏りが強まると、ミニ・スクイーズが起きやすくなります。直前の偏りが極端な場合は、先物で逆側に小さく傾け、清算通過後に均し戻す「ミニ・キャリー」が効きます(ただしイベントドリブンでボラが跳ねるためサイズは厳密に制御)。
4. 先物ベーシスの微差
パーペチュアルはスポットとの乖離(資金調達率に内包)を持ち、四半期先物は明確なベーシスを持ちます。お削りでは、広義のキャッシュ&キャリーを「秒~分」スケールに落とし込み、微小な乖離修正から数bpを取りにいきます。ベーシス縮小局面では先物売り・スポット買い、拡大局面では先物買い・スポット売り(またはステーブル借入で擬似ショート)でヘッジを効かせます。
手数料・期待値の数式
ロットをQ、価格をP、往復スプレッドをS(%)、メイカーリベートをR_m(%)、テイカーフィーをF_t(%)とします。指値→指値で回す理想パスの1往復期待値EVは、
EV ≈ S + 2×R_m − スリッページ − 諸税費
指値→成行に崩れる場合は、
EV ≈ S + R_m − F_t − スリッページ − 諸税費
したがって、スリッページとテイカーフィーが大きい環境(薄い板、乱高下)では優位性が消えます。最低でも「S + R_m > F_t + 期待スリッページ」を満たす時間帯・銘柄・板厚でのみ回します。
銘柄と取引所の選定
条件は、(1) 板厚が十分、(2) メイカーリベートが明確、(3) API安定、(4) 清算イベント時の異常拡大が少ない、の4つ。BTC/USDT、ETH/USDTのトップペアはスプレッドと板厚が安定しやすく、手数料も低い傾向。アルトは板薄で「勝つときは大きいが負けるときも大きい」ため、最初は避けます。
実行アルゴの設計
1. 指値の置き方
ベストビッド/ベストアスクの1~2ティック内側に置き、約定したらすぐ反対側に同数量の指値を回す「ピンポン」方式が基本。板の厚みと直近の成行フローに応じてティックオフセットΔを0~2で動的調整します。
2. キャンセルポリシー
一定時間(例:3~5秒)で約定しなければキャンセルし、価格を追随。成行で追いかけてはいけません。お削りは「待つ」ゲームであり、成行で勝とうとすると手数料とスリッページで期待値が負に傾きます。
3. 在庫(インベントリ)管理
片側だけ約定が先行すると在庫が偏ります。偏りが閾値(例:ポジションのδがATRのx%を超過)に触れたら、ミニヘッジでデルタを中立化。現物・先物・パーペチュアルを跨いで合算デルタを管理します。
4. フェイルセーフ
突然のニュースで片側に走ると指値は踏まれ続けます。事前に「急変警戒モード」を用意し、ボラティリティが一定以上(例:1分ATRが平常時の2倍)に拡大したら自動停止。手動運用でも「停止条件」を紙に書いてモニター横に貼っておくと実効性が上がります。
具体的な日次オペレーション
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取引所の手数料テーブルと当日のメイカー/テイカー水準を確認。
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銘柄の板厚・スプレッド・1分ATR・出来高をスクリーニングし、「S + R_m > F_t + 期待スリッページ」を満たす候補だけ残す。
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最小ロットでテスト稼働(約30~50往復)。勝率、平均利益/損失、スリッページ、成行比率を記録。
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在庫偏りが許容内で推移し、成行比率が20%未満に収まるならロットを段階的に引き上げる。
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ファンディング直前・直後、経済イベント時はロットを下げるか停止。
パラメータ雛形(最初の30日)
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銘柄:BTCUSDT パーペチュアル
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ロット:初日 0.002 BTC、勝率とスリッページが安定したら段階増
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指値オフセット:Δ = 1ティック(板が厚いときは0、薄いときは2)
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キャンセル猶予:4秒(成行追随は原則禁止)
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在庫上限:名目Δが口座総額の1.0%を超えない
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停止条件:1分ATRが直近3日の平均の2倍、または連敗5回
実トレード例(数値追跡)
前提:メイカー -0.01%、テイカー +0.05%、ティックサイズ 0.5、スプレッド通常1.0。
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ビッドに指値で0.002 BTC買い約定(+0.01%のリベート)。
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即座にアスク側ベストに0.002 BTCの指値売り。5秒以内に約定、スプレッドの半分0.5ティック(=0.5/価格)相当の利得。
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往復の理論EVは「スプレッド0.5ティック + リベート0.01%」。スリッページゼロなら1往復で約数bp。
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この往復を1時間で60回回し、うち5回が成行クローズ(テイカー費用発生)になった場合でも、総EVが正であればお削り成立。
記録と検証
お削りは「小さな優位性 × 回数」の世界なので、日報・週報が命です。最低限、(1) 往復回数、(2) 勝率、(3) 平均損益、(4) スリッページ、(5) メイカー/テイカー比率、(6) 在庫偏り、(7) 停止トリガー発火回数をスプレッドシートに残します。特に(5)が20%を超えると期待値が悪化しやすいので即見直し。
よくある失敗と回避策
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板薄アルトで開始:初学者はBTC/ETHに限定。アルトはプロでも難しい。
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成行で追う:テイカーフィーとスリッページで即死。キャンセル→再指値が基本。
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在庫管理の軽視:偏ったままニュースで飛ばされる。閾値を厳守。
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イベント時間帯の過信:ファンディング直前直後、米雇用統計などは停止または極小ロット。
発展:スポット×先物のマイクロ・キャリー
現物と先物の両建てでデルタ中立にし、ベーシスの微差だけを取りにいく「ミニ・キャリー」はお削りと相性が良いです。先物売り/現物買いでベーシス縮小を狙い、目標は数bp。片道のテイカーを避け、できる限り両サイドを指値で埋めるとEVが改善します。
運用の型(ルールの例)
・対象:BTCUSDT パーペチュアル ・取引時間:アジア時間 10:00–12:00/欧州序盤 17:00–19:00(板が整いやすい) ・指値:ベストからΔ=1ティック内側。約定後は即反対サイドに同数量を再指値 ・キャンセル:4秒で未約定なら取消して再配置。成行追随はしない ・在庫上限:口座総額の±1.0%(名目δ) ・停止:連敗5回、または1分ATRが平常の2倍 ・ロット調整:勝率>54%、成行比率<20%、平均スリッページ<0.5ティックを3日連続で満たしたら+25%
心理と作業環境
お削りは「退屈に勝つゲーム」です。約定待ちの時間を雑なクリックで壊さないよう、モニター配置・ショートカット・音通知を整え、集中のON/OFFを明確に。焦りが出たら休止ボタンを押す。これは戦術ではなく「装備」です。
まとめ
お削りは、(1) 手数料とスプレッドの数式、(2) 指値中心の実行、(3) 在庫と停止の厳格ルール、(4) 日次検証、の4点を守れば、初心者でも小さなプラスを積み上げやすい現実的な手法です。大勝ちは狙わず、日々の微益を積む。勝てる時間・板・サイズだけ戦い、その他は見送る。これが長く残るコツです。
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