オプション取引に興味はあるものの、「売りは損失が無限大になりそうで怖い」と感じている投資家は少なくありません。その不安を和らげつつ、プレミアム収入も狙える代表的な手法が「信用スプレッド」です。
信用スプレッドは、同じ原資産・同じ満期で権利行使価格の異なるオプションを同時に売買し、利益も損失もあらかじめ上限が決まっている状態を自分で作る戦略です。仕組みさえ理解しておけば、裸のショートオプションよりもはるかにコントロールしやすくなります。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッド(Credit Spread)は、一般に「売りからお金が入る(ネットでプレミアムを受け取る)」タイプのスプレッド戦略を指します。具体的には、次のような組み合わせです。
- 権利行使価格Aのオプションを売る
- 権利行使価格Bのオプションを買う(同じ種類・同じ満期)
このとき、AとBの差が最大損失の上限を決める「保険」の役割を果たします。投資家はスプレッド全体としてプレミアムを受け取り(=信用取引のように「信用」を供与するイメージ)、時間の経過とともに価値が減少するオプションの特性を味方に付けます。
代表的な2つの信用スプレッド
信用スプレッドにはいくつかのパターンがありますが、個人投資家がまず押さえておきたいのは次の2つです。
1. ブル・プットスプレッド(強気のプット信用スプレッド)
相場が「大きくは下がらないだろう」と考えるときに使う戦略です。
- より高い行使価格のプットを売る(例:95プットを売る)
- より低い行使価格のプットを買う(例:90プットを買う)
投資家はネットでプレミアムを受け取ります。満期までに価格が上位の行使価格を下回らなければ、受け取ったプレミアムがほぼそのまま利益になります。
2. ベア・コールスプレッド(弱気のコール信用スプレッド)
相場が「大きくは上がらないだろう」と考えるときの戦略です。
- より低い行使価格のコールを売る(例:105コールを売る)
- より高い行使価格のコールを買う(例:110コールを買う)
こちらもネットでプレミアムを受け取ります。満期までに価格が下位の行使価格を上回らなければ、受け取ったプレミアムが最大利益になります。
具体例で見る損益構造
イメージしやすいよう、ブル・プットスプレッドの簡単な例を見てみます。
ある株価指数が現在100のとき、1カ月後満期のプットオプションを使って次のポジションを組むとします。
- 95プットを1枚売る(受取プレミアム 3)
- 90プットを1枚買う(支払プレミアム 1)
ネットで受け取るプレミアムは「3 − 1 = 2」です。これがスプレッド1組あたりの最大利益です。
一方、満期時に指数が90を大きく割り込むような大暴落が起きたとしても、損失は次のように上限が決まります。
- 行使価格の差:95 − 90 = 5
- 最大損失:5 − 受取プレミアム2 = 3
つまり、この戦略では1組あたり「最大3の損失で、最大2の利益を狙う」構造になっています。裸のプット売りであれば指数がゼロ近くまで下落すると理論上の損失は非常に大きくなりますが、信用スプレッドでは損失幅があらかじめ固定されます。
信用スプレッドのメリット
1. 損失上限が明確で精神的に管理しやすい
信用スプレッド最大のメリットは、「最悪どこまで損をするのか」が事前に分かることです。損失幅が読めていれば、ポジションサイズをリスク許容度に合わせて調整できます。これは、予期せぬ暴落が起きたときの心理的ダメージを大きく軽減します。
2. 時間価値の減少を味方にできる
オプションには時間価値があり、満期に近づくほどその価値は減少します。信用スプレッドはネットでプレミアムを受け取る戦略なので、時間の経過がプラスに働きやすい特徴を持ちます。相場が大きく動かない限り、日々の値動きで少しずつ含み益が増えていく感覚をつかめます。
3. 裸のショートオプションよりも必要証拠金を抑えやすい
多くの証券会社では、裸のショートオプションよりもスプレッドポジションの方が必要証拠金が小さくなるよう設計されています。理由は、買いオプションによって損失が限定されているためです。これにより、同じ資金量でもより分散した小さなポジションを複数に分けて持ちやすくなります。
デメリットと注意点
1. 利益幅が限定される
損失が限定される一方で、利益も受け取ったプレミアム以上には伸びません。相場が自分の想定通りに大きく動いたとしても、得られる利益は一定です。「大きなトレンドを狙い撃ちして大きく取る」というより、「大きくは動かないだろう」という前提でコツコツ積み上げる戦略になります。
2. ボラティリティの変化に影響を受ける
信用スプレッドは主に時間価値を狙う戦略ですが、インプライド・ボラティリティ(IV)が急上昇すると、一時的に評価損が大きく膨らむことがあります。特に決算発表や重要な経済指標など、イベント前後のボラティリティ変動には注意が必要です。
3. 損失幅に対して利益幅が小さいケースもある
設定する行使価格の距離と受け取れるプレミアム次第では、「最大利益1に対して最大損失4」のように、リスクリワードがあまり良くない条件になってしまうことがあります。勝率が高く見えても、少数回の損切りでそれまでの利益が吹き飛ぶような条件設定は避けるべきです。
信用スプレッドを組むまでの実務的な手順
ここからは、実際に信用スプレッドを検討するときの基本的な流れを整理します。
ステップ1:相場観を決める
まず、「上値は重そうか」「下値は固そうか」「レンジが続きそうか」といったおおまかな相場観を持ちます。
- 「大きくは下がらない」と考える → ブル・プットスプレッドを検討
- 「大きくは上がらない」と考える → ベア・コールスプレッドを検討
ここでは、テクニカル分析(トレンドライン、移動平均、ボリンジャーバンドなど)や、主要なニュース・イベントのスケジュールも参考にします。
ステップ2:満期(期間)を選ぶ
時間価値の減少を狙う戦略では、あまり長すぎない満期が好まれることが多いです。数週間〜1カ月程度の満期を使うと、時間価値の減少スピードとイベントリスクのバランスを取りやすくなります。
ステップ3:行使価格を決める
行使価格は、「どこまで来たらシナリオ崩れとみなすか」を基準に決めると考えやすくなります。
- ブル・プットスプレッドなら、「ここを割り込んだら相場観が外れた」と判断する価格を売り側の行使価格に
- さらにその下に、損失上限を決めるための買いプットの行使価格を設定
同様にベア・コールスプレッドでは、「ここを超えたら想定以上の上昇」とみなす価格に売りコールの行使価格を置き、その上に買いコールを設定します。
ステップ4:最大損益とリスクリワードをチェック
スプレッド幅と受け取るプレミアムから、最大利益・最大損失・リスクリワードを事前に計算します。
- 最大利益 = 受取プレミアム
- 最大損失 = 行使価格差 − 受取プレミアム
- リスクリワード = 最大損失 ÷ 最大利益
「勝率は高そうだが、リスクリワードが悪すぎないか」「数回の損切りで資金が大きく減らないか」といった観点で吟味します。
ステップ5:ポジションサイズと損切りルールを決める
最大損失が分かっているので、1回のトレードで口座残高の何%まで許容するかを決めることで、ロット数(組数)を逆算できます。
例えば、口座残高100万円で「1回のトレードリスクは2%まで」と決めた場合、許容損失は2万円です。スプレッド1組あたりの最大損失が5,000円なら、4組までが限度という計算になります。
また、満期まで持つか、含み損が一定以上になったら途中で決済するかなど、あらかじめ損切り・撤退ルールを決めておくことが重要です。
バックテストと検証の考え方
信用スプレッドも、感覚だけで取り組むのではなく、過去のデータを使って検証することで戦略の性質を理解しやすくなります。
1. 過去チャート上で「ここで建てたらどうなったか」を確認
まずはシンプルに、過去チャートで「この日ならブル・プットスプレッドを組んでいたかもしれない」というポイントを探し、その後の値動きを追いかけてみます。トレンドの強さやボラティリティの変化が、スプレッドの成否にどう影響するかを感覚的に掴めます。
2. 価格データとオプションデータを用いた定量的な検証
より踏み込むなら、価格データとオプションのプレミアム・IVの履歴を使って、一定のルールで信用スプレッドを組んだ場合の損益曲線を計算することもできます。
- 何日前にエントリーするか(例:満期の30日前)
- どの程度アウト・オブ・ザ・マネーの行使価格を選ぶか
- 含み損が最大損失の何%に達したら損切りするか
こうした条件を固定してバックテストを行うことで、勝率・平均損益・最大ドローダウンなどを把握し、自分のリスク許容度に合うかどうかを判断できます。
初心者が陥りやすい落とし穴
1. イベント前後にポジションを建てる
決算発表や重要な経済指標の前後は、ボラティリティが急変しやすく、オプション価格も大きく動きます。信用スプレッドは時間価値を狙う戦略なので、イベントで大きくトレンドが出てしまう局面は相性が良くありません。スケジュールを確認し、イベント直前に新規ポジションを増やしすぎないよう注意が必要です。
2. 勝率だけを追いかけすぎる
行使価格を大きく離すほど「負けにくい」スプレッドは作れますが、受け取れるプレミアムは小さくなります。勝率だけを見てエントリーを重ねると、たまに発生する損切り一回で、それまでの利益をまとめて失うというパターンに陥りがちです。常にリスクリワードと資金全体のバランスを意識しましょう。
3. ロットを急激に増やす
数回連続で利益が出ると、「もう少しロットを増やしても大丈夫」と感じやすくなります。しかし、信用スプレッドは「大きなトレンドが出た時」に損失が顕在化します。ロットを一気に増やした直後に大きなイベントが起きると、資金に大きなダメージを受けかねません。ロット調整は段階的に行い、常に最大損失額を意識することが大切です。
他の戦略との位置づけ
信用スプレッドは、それ単体でも運用できますが、他の戦略と組み合わせることでポートフォリオ全体のリスク・リターンを調整する役割も果たせます。
- 現物株やETFの中長期保有+信用スプレッドでプレミアム収入を積み増す
- トレンドフォロー戦略のサイドに、信用スプレッドで「レンジ局面でも稼げる」要素を加える
- ボラティリティが高い局面ではポジションサイズを抑え、低い局面では徐々に増やす
こうした組み合わせにより、単一の方向性に依存しすぎない収益構造を作ることが可能になります。
まとめ:リスクを見える化した上で小さく始める
信用スプレッドは、オプション売りのメリットであるプレミアム収入を活かしつつ、損失を限定するための基本戦略です。
- 同じ原資産・同じ満期・異なる行使価格のオプションを同時に売買する
- 最大利益は受取プレミアム、最大損失は行使価格差からプレミアムを差し引いた額
- 時間価値の減少を味方にしつつ、ボラティリティ変動やイベントリスクには注意
- リスクリワードとポジションサイズを事前に決めておくことが重要
いきなり大きな資金を投入するのではなく、ご自身のリスク許容度に合った小さなサイズからスタートし、検証と経験を積みながら、少しずつ精度を高めていくことが大切です。信用スプレッドの考え方を身につけることで、オプション市場をより立体的に捉えられるようになり、ポートフォリオ全体の設計の幅も広がっていきます。


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