オプション取引の世界では、「買い」よりも「売り」の方が時間的優位性があり、プレミアムをコツコツ受け取る戦略として人気があります。一方で、単純な裸のオプション売りは、理論上の損失が無限大になる可能性があり、個人投資家には非常に危険です。
そこで登場するのが「信用スプレッド(クレジットスプレッド)」というオプション戦略です。信用スプレッドは、オプションを同時に売りと買いで組み合わせることで、損失額をあらかじめ限定しながらプレミアム収入を狙う方法です。必要証拠金も限定されるため、個人投資家でも比較的取り組みやすい戦略のひとつです。
信用スプレッドとは何か
信用スプレッドとは、同じ原資産、同じ満期のオプションを、異なる権利行使価格(ストライク)で「売り」と「買い」を同時に組み合わせる戦略です。プレミアムの受け取りが差し引きでプラスになるように組むため、「クレジット(信用)」スプレッドと呼ばれます。
代表的なパターンは次の2つです。
- コール・クレジット・スプレッド(弱気〜横ばい見通し)
- プット・クレジット・スプレッド(強気〜横ばい見通し)
コール・クレジット・スプレッドの構造
コール・クレジット・スプレッドは、原資産価格が「一定水準より上には上がらない」と考えるときに使う戦略です。構造は次の通りです。
- 権利行使価格の低いコールを「売る」
- 権利行使価格の高いコールを「買う」
例えば、現在株価が100ドルの銘柄について、次のようにポジションを組むとします。
- 105ドルコールを売る(プレミアム 3ドル受取)
- 110ドルコールを買う(プレミアム 1ドル支払)
この場合、差し引きで2ドルのプレミアムを受け取ることができます。これがこのスプレッドの最大利益になります。
一方、もし満期時に株価が110ドルを大きく超えて上昇した場合、105ドルコール売りの損失が膨らみますが、110ドルコール買いがその上昇分をヘッジしてくれます。したがって、最大損失は「ストライクの差 − 受け取ったプレミアム」で頭打ちになります。
今回の例ではストライク差は5ドルなので、
- 最大利益:2ドル(受取プレミアム)
- 最大損失:5ドル − 2ドル = 3ドル
となります。損益が最初から明確なので、リスク管理がしやすいという特徴があります。
プット・クレジット・スプレッドの構造
プット・クレジット・スプレッドは、原資産価格が「大きくは下がらない」と考えるときに使う戦略です。構造は次の通りです。
- 権利行使価格の高いプットを「売る」
- 権利行使価格の低いプットを「買う」
例えば、現在株価が100ドルの銘柄について、次のようにポジションを組むとします。
- 95ドルプットを売る(プレミアム 3ドル受取)
- 90ドルプットを買う(プレミアム 1ドル支払)
この場合も、差し引きで2ドルのプレミアムを受け取ります。これが最大利益です。
もし株価が大きく下落したとしても、90ドルプット買いが一定ラインから先の損失を抑えてくれるため、最大損失は「ストライクの差 − 受け取ったプレミアム」となります。上の例では、やはり最大損失は3ドルです。
信用スプレッドの損益イメージを数値で確認する
もう少し具体的な数字でイメージを固めてみます。ここでは、1枚あたり100株をカバーする欧米型オプションを想定します。
先ほどのプット・クレジット・スプレッドの例を使うと、
- 95ドルプット売り:3ドル × 100株 = 300ドル受取
- 90ドルプット買い:1ドル × 100株 = 100ドル支払
- 差し引きプレミアム:200ドル受取(手数料等は考慮しない)
このとき、
- 最大利益:200ドル
- 最大損失:ストライク差(5ドル)×100株 − 200ドル = 300ドル
となります。つまり、1スプレッドあたり、300ドルをリスクにさらして200ドルを取りにいく構造です。このように「勝つときは小さく、負けるときはやや大きい」という非対称性がある点は必ず理解しておく必要があります。
どのような相場環境で使いやすいか
信用スプレッドは、「方向感は薄いが、一定のレンジ内には収まりそう」といった局面で使われることが多いです。具体的には次のようなケースです。
- 強いレジスタンスが意識される水準がある(その上にコールスプレッドを置く)
- 長期的なサポートラインがあり、その少し下にプットスプレッドを置く
- 重要指標や決算を通過して、ボラティリティが徐々に落ち着きそうな局面
一方で、イベント直前や、トレンドが強く出ている局面では、片側に大きく抜けるリスクがあるため注意が必要です。
ボラティリティとプレミアムの関係
信用スプレッドでプレミアム収入を狙う場合、インプライド・ボラティリティ(IV)が高いタイミングほど、受け取れるプレミアムが大きくなりやすいです。そのため、多くのトレーダーは、IVが高い銘柄やイベント前後に注目します。
しかし、IVが高いということは、それだけ大きく動くリスクも織り込まれているということです。プレミアムに目がくらんでポジションサイズを大きくし過ぎると、トレンドが一方向に走ったときに大きな損失を被る可能性があります。「プレミアムは暴風雨手当」と割り切り、リスクに見合ったサイズで取引することが大切です。
信用スプレッドの実践手順(イメージ)
ここでは、具体的な銘柄名には踏み込みませんが、一般的な流れをイメージできるように手順を整理します。
1. 銘柄と期間を決める
まず、自分が値動きやニュースを追いやすい指数連動ETFや流動性の高い銘柄を選びます。そのうえで、オプションの満期までの期間を決めます。初心者のうちは、2〜6週間程度の満期を選ぶと、時間価値の減少を活かしつつ、あまりに短期に振り回されるのを避けやすくなります。
2. 想定レンジとサポート・レジスタンスを確認する
チャートを見ながら、「このあたりを明確に超えたらシナリオ崩れ」と思える価格帯を自分なりに設定します。その水準よりも外側にスプレッドを置くことで、「そこまで行かなければ利益」という構造を作ります。
3. ストライクを決める
プット・クレジット・スプレッドなら、
- 売りプット:現在価格より十分下の、サポートライン近辺
- 買いプット:さらにその下のストライク
を選びます。コール・クレジット・スプレッドなら、その逆で、レジスタンスラインの上側にスプレッドを置くイメージです。
4. プレミアムとリスクのバランスを確認する
各ストライクのプレミアムから、
- 最大利益(受け取りプレミアム)
- 最大損失(ストライク差 − 受け取りプレミアム)
- リスクリワード比(最大利益 ÷ 最大損失)
を計算します。例えば、最大損失が300ドルで最大利益が150ドルなら、リスクリワード比は1:2です。この比率を許容できるかどうかを自分のルールとして決めておきます。
5. ポジションサイズと口座全体のリスク管理
信用スプレッドは、1スプレッドあたりの最大損失が明確なので、「口座全体に対して何%までリスクを取るか」を決めやすいです。例えば、口座残高100万円に対し、1回の取引で1%(1万円)までの損失に抑えたい場合、最大損失1万円以内に収まるよう、スプレッド枚数を逆算して決めます。
損切りルールの考え方
信用スプレッドは、満期まで持ち続けると、想定外の価格帯まで動いたときに最大損失をそのまま受けることになります。そのため、多くのトレーダーは満期を待たずに損切り(早期クローズ)するルールを決めています。
よく使われる目安として、
- スプレッド価格(買戻しコスト)が建玉時の2倍になったら損切り
- 証拠金に対して一定割合の含み損に達したら損切り
- レジスタンスやサポートを明確にブレイクしたら損切り
といったルールがあります。自分がチャートを見る頻度や、どれくらいのドローダウンに耐えられるかを踏まえて、あらかじめルールを決めておくことが大切です。
信用スプレッドのメリット
信用スプレッドには、次のようなメリットがあります。
- 最大損失が限定されるため、裸のオプション売りよりもリスク管理がしやすい
- 時間価値の減少を味方につけてプレミアムをコツコツ受け取れる
- 証拠金が限定されるため、必要資金をコントロールしやすい
- 相場が「方向感に欠ける」局面でも戦略を組み立てられる
特に、「大きくは動かないと思うが、はっきりした方向感もわからない」ときに、現物や先物でポジションを取る代わりに信用スプレッドを使うという発想は、個人投資家にとって有効な選択肢になりえます。
信用スプレッドのデメリットと注意点
一方で、信用スプレッドには次のようなデメリットもあります。
- 最大利益が限定されているため、一撃で大きな利益を狙う戦略ではない
- 相場が想定レンジを大きく外れた場合、短期間で最大損失に近いダメージを負う可能性がある
- ボラティリティが急低下するとプレミアムが減り、優位性が薄れることがある
- スプレッド取引に対応した証券会社やツールが必要になる
特に重要なのは、「勝率は高くても、負けたときの損失が大きい」という構造を理解することです。勝率に安心してポジションサイズを大きくし過ぎると、数回の損失で口座資金が大きく減ってしまうリスクがあります。
初心者が信用スプレッドを学ぶときのステップ
信用スプレッドは、構造を理解すれば合理的な戦略ですが、オプション自体が初心者にとって難しい分野であることも事実です。最初は次のようなステップで学んでいくことをおすすめします。
- まずはコール・プットの基本(権利と義務、時間価値、デルタなど)を理解する
- ペーパー取引やデモ環境で、スプレッドを組んだときの損益の動きを確認する
- 1枚だけの小さいサイズで実際の市場で試し、値動きや感情の揺れを体験する
- 自分なりの損切りルールや、1回あたりのリスク許容額を明文化する
いきなり複雑なアジャスト(ロール、反対側のスプレッド追加など)に手を出すのではなく、まずは「建てたスプレッドをどの条件でクローズするか」というシンプルなルールを徹底する方が、長期的には安定しやすくなります。
まとめ:信用スプレッドは「リスクを限定したオプション売り」
信用スプレッドは、オプションの売りでプレミアムを受け取りつつ、買いポジションを組み合わせることで損失を限定する戦略です。
- コール・クレジット・スプレッド:弱気〜横ばいの見通しで活用
- プット・クレジット・スプレッド:強気〜横ばいの見通しで活用
- 最大損失は「ストライク差 − 受け取りプレミアム」であらかじめ決まる
- 勝率は高くなりやすいが、負けたときの損失が大きくならないようポジションサイズ管理が重要
オプション取引に慣れてきた個人投資家にとって、信用スプレッドは「リスクを見える化しながらプレミアム収入を狙う」ための有力な選択肢になりえます。まずは小さなサイズから、ルールを決めて慎重に検証していくことが、長く相場に残るための近道です。


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