コモディティETFの逆張りローテーション戦略とは
株式や債券と違い、コモディティ(原油・金・銅・穀物など)は需給ショックや地政学リスクの影響を強く受けます。その結果、短期間で大きく上がりすぎたり、逆に売られすぎたりする局面が頻繁に生じます。この「行き過ぎ」を前提に、割安になっているコモディティセクターに分散投資し、一定期間ごとに入れ替えていくのが、コモディティETFを使った逆張りローテーション戦略です。
ここで扱うのは、あくまでETFを通じた分散投資という枠組みです。個別の商品先物をレバレッジ高めに取引するような高リスクなやり方ではなく、複数のコモディティETFを組み合わせて、サイクルの波をなるべく穏やかに取りに行くことを狙います。
なぜコモディティは「上がりすぎ・下がりすぎ」が起こりやすいのか
コモディティ市場で価格の振れ幅が大きくなりやすい理由はいくつかあります。第一に、供給側の調整に時間がかかる点です。たとえば原油や銅は、新しい鉱山や油田の開発に数年単位の時間が必要です。短期的に需要が増えても、すぐには供給を増やせないため、価格が急騰しやすくなります。
第二に、投機資金の出入りが大きい点です。世界のマクロファンドやCTA(システムトレードファンド)は、コモディティ先物を大きなポジションで売買します。トレンドフォロー戦略が多いため、上昇トレンドでは買いが買いを呼び、下落トレンドでは売りが売りを呼ぶ構図になりやすく、短期的なオーバーシュートが生じがちです。
第三に、コモディティETFの多くが先物を通じて投資していることによる「ロールの影響」です。コンタンゴ局面(先物が現物より割高)では、期先に乗り換えるたびにコストが発生し、長期的なパフォーマンスが押し下げられることがあります。一方でバックワーデーション局面(先物が現物より割安)では、逆にロール益が得られることもあります。このような構造的要因も、パフォーマンスの偏りや行き過ぎを生み出します。
逆張りローテーション戦略の基本設計
逆張りローテーション戦略では、複数のコモディティETFを「候補リスト」として用意し、その中から割安・売られすぎと判断される銘柄を一定数選んで保有します。具体的には、次のようなステップで設計していきます。
1. 投資ユニバースの決定
まず、どの種類のコモディティETFを対象にするかを決めます。代表的なセクターの例として、以下のような分類が考えられます。
- エネルギー系(原油、ガソリン、天然ガスなど)
- 貴金属系(金、銀、プラチナなど)
- 産業用金属系(銅、アルミニウム、ニッケルなど)
- 農産物系(小麦、トウモロコシ、大豆など)
- 総合コモディティ指数型(複数のコモディティをまとめたETF)
実務的には、上場本数や流動性を考慮して、5〜10本程度のETFに絞ると管理がしやすくなります。海外ETFを用いる場合は、売買代金やスプレッドも確認し、指値を活用して慎重に約定させることが重要です。
2. 割安度を測る指標の選択
次に、「どの銘柄が売られすぎか」を測る指標を決めます。代表的な指標としては、以下のようなものがあります。
- 一定期間のリターン(例:過去3か月リターン、過去6か月リターン)
- 移動平均線からの乖離率(例:価格が200日移動平均を何%下回っているか)
- テクニカル指標(RSI、ボリンジャーバンドの下限からの距離など)
初心者が取り組みやすいのは「一定期間リターン」です。たとえば、各ETFの過去6か月リターンを計算し、「リターンが低い順」に並べ、下位の銘柄を逆張りの候補とする方法です。より本格的にやる場合は、リターンを標準偏差で割って「標準化リターン(zスコア)」を用いると、ボラティリティの違いをある程度ならして比較できます。
3. リバランス頻度と保有銘柄数
ローテーション戦略では、一定の間隔で銘柄を入れ替えます。コモディティは変動が激しいため、毎日入れ替えるような頻度にすると売買が多くなりすぎ、手数料とスプレッドでパフォーマンスが削られます。個人投資家であれば「月1回」または「四半期に1回」のリバランスが現実的です。
保有銘柄数については、投資資金の大きさやリスク許容度にもよりますが、3〜5銘柄程度に分散するケースが多いです。たとえば、候補ETFが10本あるなら、「売られすぎスコア下位3本」を同じ金額ずつ保有し、月末にスコアを計算し直して組み替える、というイメージです。
具体的な銘柄とセクターのイメージ
ここでは、あくまでイメージをつかむために、海外市場でよく知られているタイプのETFを例示します(実際に投資する際は、ご自身で最新の情報と商品内容を確認してください)。
- 金価格に連動するETF
- 原油価格に連動するETF
- 総合コモディティ指数に連動するETF
- 産業用金属全体に分散投資するETF
- 農産物全体に分散投資するETF
日本の証券会社から投資する場合、海外ETFだけでなく、国内上場のコモディティETFや、コモディティ関連の投資信託を組み合わせることもできます。重要なのは「どのセクターにどれくらいの比率で投資している商品なのか」を目論見書や運用報告書で確認し、自分のイメージと合致しているかを確かめることです。
逆張りスコアの作り方:シンプルな例
ここでは、初心者でもエクセルなどで計算しやすいシンプルなスコアの作り方を紹介します。例として「過去6か月リターン」と「移動平均乖離」の2つの指標を組み合わせます。
ステップ1:過去6か月リターンの計算
各コモディティETFの月次終値を取得し、6か月前からの値上がり率(または値下がり率)を計算します。たとえば、6か月前が100、現在が90であれば、リターンは-10%になります。このリターンがより低い(マイナスが大きい)ほど「売られすぎ」とみなす考え方です。
ステップ2:200日移動平均からの乖離率
次に、終値の200日移動平均を計算し、「現在値が移動平均より何%低いか」を算出します。現在値が80で200日線が100なら、乖離率は-20%です。この値が小さい(マイナスが大きい)ほど、長期トレンドから下に外れていると判断できます。
ステップ3:スコアの統合
過去6か月リターンと乖離率を、それぞれランキングし、下位にいくほどポイントが高くなるように点数をつけます。たとえば、10銘柄ある場合、最もリターンが低い銘柄に10点、次に低い銘柄に9点……と割り当てます。乖離率についても同様に点数をつけ、両方を足し合わせた合計点で最終的な「逆張りスコア」を作成します。
このスコアが高い銘柄ほど「直近の下げがきつく、長期トレンドからの下方乖離も大きい」という状態とみなせます。ローテーションの際には、このスコア上位の銘柄を優先的に組み入れる、というルールにします。
売買ルールの一例
逆張りローテーション戦略を実際の売買ルールに落とし込むと、次のような流れになります。
- 月末の終値で、対象コモディティETFの価格データを更新する。
- 過去6か月リターンと200日移動平均乖離率を計算し、逆張りスコアを算出する。
- 逆張りスコア上位3本を選び、各銘柄に同じ金額を投資する。
- 翌月末に再びスコアを計算し直し、新しい上位3本にポートフォリオを入れ替える。
- 1銘柄あたりの比率が極端に大きくならないよう、1銘柄の上限比率(たとえば全体の40%まで)を決めておく。
このように、ルールをあらかじめ文章化しておくことで、「感覚」や「ニュースの印象」に振り回されず、機械的に売買を続けることができます。短期的にはうまくいかない期間もありますが、同じルールで長期的な検証を行うことで、戦略としての妥当性を判断しやすくなります。
リスク管理と注意点
コモディティETFの逆張りローテーション戦略には、いくつかの特有のリスクがあります。主な注意点を整理します。
1. 先物ロールコストと構造的なドローダウン
多くのコモディティETFは先物を通じて運用されており、コンタンゴ局面では先物の乗り換えのたびにコストが発生します。その結果、現物価格が横ばいでもETF価格がじわじわ下がることがあります。逆張りで「安く見える」局面が、構造的なコストによるものなのか、需給の行き過ぎによるものなのかを区別する意識が重要です。
2. 為替リスク
海外ETFに投資する場合、円建ての投資家にとっては為替変動がリターンに大きな影響を与えます。たとえば、ドル建てで見ればプラスでも、円高によって円ベースではマイナスになることがあります。逆に円安が進めば、コモディティ価格が横ばいでも、為替差益でプラスになることもあります。ポートフォリオ全体で、為替リスクがどの程度あるかを把握しておくことが大切です。
3. セクター集中リスク
エネルギー系や金属系など、特定のセクターの下落が続く局面では、逆張りスコア上位に同じセクターのETFばかりが並ぶことがあります。その場合、売られすぎに賭けたつもりが、結果的にセクター集中リスクをとりすぎてしまうことがあります。最大保有本数や1セクターあたりの上限比率をルール化し、一定の分散を保つ工夫が必要です。
4. 資源価格と株式市場の関係
インフレ懸念が強い局面では、コモディティ価格が上昇しやすく、株式市場が不安定になることがあります。一方で、景気後退局面では、株式と同時にコモディティも下落することがあります。逆張りローテーション戦略は、株式と完全に逆相関のヘッジではなく、「リスク要因が重なりうる」ことを前提に、ポートフォリオ全体のリスクを管理する必要があります。
シナリオ別に考えるコモディティETFの役割
コモディティETFの逆張りローテーション戦略がどのような局面で力を発揮しやすいか、いくつかのシナリオをイメージしておきます。
インフレ上昇局面
物価上昇が意識されると、原油や金属などのコモディティ価格が上昇しやすくなります。この局面では、すでに上がりきったセクターを追いかけるのではなく、一段遅れているセクターを逆張りで拾うイメージを持つと、リスクを抑えながらインフレヘッジの効果を期待できます。
景気後退〜回復局面
景気後退局面では、多くのコモディティが同時に売られ、逆張りのスコアも複数セクターで高くなりがちです。この局面で無理に大きなポジションを取るのではなく、少額でルールのテストを行い、景気回復の初期段階で徐々に資金を増やしていくアプローチが現実的です。
地政学リスクが高まる局面
産油国や鉱山国で政治的な緊張が高まると、一部のコモディティ価格が急騰し、その後の反動で急落することもあります。短期のニュースに反応して向きになって逆張りするのではなく、月次・四半期といったある程度の時間軸でデータを集計し、行き過ぎが落ち着くのを待ってからローテーションする姿勢が重要です。
日本の個人投資家が実践するためのステップ
日本の個人投資家がコモディティETFの逆張りローテーション戦略を取り入れる際の現実的なステップを整理します。
- ご自身が利用している証券会社で投資可能なコモディティETF・投資信託のリストを作る。
- それぞれの商品の連動対象(原油、金、総合指数など)と運用方法(現物型か先物型か)を目論見書で確認する。
- 月次終値や基準価額のデータをエクセルなどに取り込み、過去6か月リターンと移動平均乖離を計算する。
- 逆張りスコアの計算方法を決め、過去数年分について「もしこのルールで運用していたらどうなっていたか」を簡易バックテストする。
- 実際の運用では、最初は少額から始め、売買ルールを守れるか、想定したボラティリティに耐えられるかを確認する。
このプロセスを通じて、「なんとなく安そうだから買う」「ニュースで話題だから買う」といった感覚的な取引から一歩離れ、データとルールに基づいた売買に近づけていくことができます。
簡易バックテストの考え方
本格的なバックテスト環境がなくても、エクセルやスプレッドシートを使って、おおまかな戦略の検証は可能です。たとえば、次のような手順でシミュレーションができます。
- 対象とするコモディティETFの月次終値を数年分ダウンロードする。
- 各月末時点で、過去6か月リターンと移動平均乖離を計算し、逆張りスコアを算出する。
- スコア上位の銘柄を選び、その翌月のリターンを「ポートフォリオリターン」として記録する。
- この作業を期間の最初から最後まで繰り返し、累積リターンの推移をグラフにする。
- 同期間の株式インデックスや単純なコモディティ指数と比較し、戦略の特徴(ドローダウンの深さ、ボラティリティ、リターン)を確認する。
このように、自分の手で数値を扱ってみることで、「どの程度の下落に耐える必要があるのか」「どのくらいの頻度で大きな動きが起こるのか」といった感覚がつかめます。戦略の良し悪しを判断する際には、最大ドローダウンやシャープレシオなどの指標も参考になります。
少額から始めるときの実践ポイント
資金がそれほど多くない場合でも、この戦略の考え方を取り入れることは可能です。たとえば、月1回の積立の中で、株式や債券に加えてコモディティETFを1本だけ組み入れ、その銘柄を「売られすぎスコア上位」から選ぶだけでも、ポートフォリオの性質は変わってきます。
少額から始める際のポイントは、売買回数を増やしすぎないことです。あまり頻繁に銘柄を入れ替えると、手数料やスプレッドが相対的に重くなり、せっかくの戦略のメリットを削ってしまいます。「一定の金額が貯まったタイミングでローテーションする」「半年に1回だけ見直す」といったマイルールを決めておくと、運用を長く続けやすくなります。
よくある失敗パターンと対策
逆張りローテーション戦略でありがちな失敗パターンと、その対策をまとめます。
1. 「安いから」と過度に一極集中してしまう
売られすぎている銘柄は魅力的に見えますが、その銘柄だけに大きく集中してしまうと、想定以上の下落に耐えられなくなる可能性があります。必ず複数銘柄に分散し、1銘柄あたりの上限比率を決めておくことが重要です。
2. ニュースに振り回されてルールを変えてしまう
地政学ニュースやマーケットの話題が大きくなると、どうしても感情的になりがちです。しかし、逆張りローテーション戦略は、ニュースではなくデータに基づいて淡々と判断することが前提です。ルールを頻繁に変えると、過去の検証が意味を失ってしまいます。
3. 想定外のドローダウンで途中離脱してしまう
どんな戦略でも、運用期間のどこかで大きなドローダウンを経験します。あらかじめバックテストから「どの程度の下落が起こりうるか」を確認し、その範囲に収まっているうちはルールを継続する、と決めておくことが大切です。どうしても精神的に耐えられない場合は、戦略そのものよりも「ポジションサイズ」が自分に合っていない可能性があります。
まとめ:コモディティサイクルを自分の味方につける
コモディティETFの逆張りローテーション戦略は、価格が大きく振れやすい資産クラスの特徴を利用し、長期的なサイクルと短期的な行き過ぎの両方を取りに行くアプローチです。株式や債券だけではカバーしにくいインフレリスクへの備えとしても活用できます。
一方で、先物ロールコストや為替リスク、セクター集中など、特有のリスクも存在します。感覚やニュースだけに頼らず、データに基づいたルールを自分なりに設計し、小さく試しながら改善していくことが重要です。
最終的には、「どのくらいの変動を許容できるか」「どの程度の手間をかけられるか」といった個々人の状況に合わせて、戦略を調整していく必要があります。本記事の内容を参考にしながら、ご自身のポートフォリオにコモディティサイクルのエッセンスを少しずつ取り入れていくイメージで検討してみてください。


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