本記事では、ボラティリティ指標であるATR(Average True Range:平均真の値幅)を使ったトレーディング戦略について、株式・FX・暗号資産を横断して解説します。値動きの大きさを数値で把握できるATRは、「どこに損切りを置くか」「どのくらいのロットで入るか」を合理的に決めるうえで非常に役立つ指標です。
ATRとは何か:値動きの「大きさ」を測る物差し
ATRは、一定期間における「実際の値動きの大きさ」の平均値です。価格水準そのものではなく、どのくらい動いたか(レンジの広さ)を測るための指標です。トレンド系指標やオシレーターと違い、「今、相場がどれくらい荒れているか/落ち着いているか」を定量化する目的で使われます。
直感的に言えば、ATRが大きいときはローソク足の高値と安値の差が大きく、上にも下にもよく振れる相場です。ATRが小さいときは、値段の動きが小さく、レンジ内でおとなしく推移している状態だと理解できます。
True Range(真の値幅)のイメージ
ATRは、各バー(ローソク足)の「真の値幅(True Range)」を計算し、それを一定期間で平均したものです。真の値幅は単純な高値−安値だけではなく、前日の終値とのギャップも考慮して、実際にトレーダーが直面するリスクをより正確に反映するよう工夫されています。
数式そのものを覚える必要はありませんが、「ギャップを含めた実際の振れ幅の平均値」と理解しておけば十分です。
ATRの基本的な読み方:大きい・小さいで何が分かるか
ATRの読み方はシンプルです。絶対値そのものよりも、「最近と比べて大きいか、小さいか」という相対的な変化に注目します。
- ATRが以前より大きくなっている:相場が荒くなっている、値段が大きく振れている
- ATRが以前より小さくなっている:相場が落ち着いている、値動きが縮小している
例えば、日足ベースでATRが徐々に上昇している銘柄は、トレンドの初動や大きなニュースの後などでボラティリティが高まっている可能性があります。一方、ATRがだらだらと低下している銘柄は、レンジ相場に移行しているケースが多く、ブレイク待ち戦略と相性が良いことが多いです。
時間軸別に見るATR:デイトレとスイングでの使い分け
ATRは、どの時間足でも計算できます。重要なのは「自分がトレードしたい時間軸とATRの期間を合わせる」ことです。
- デイトレード:5分足や15分足のATR(期間14など)で、1日の中でのボラティリティを把握する
- スイングトレード:4時間足や日足のATRで、数日〜数週間の値動きの大きさを把握する
- ポジショントレード:日足や週足のATRで、より長期のボラティリティを前提にポジションサイズを決める
同じ銘柄でも、5分足ATRと日足ATRでは意味合いが変わります。短期売買なら短期のATR、スイングなら日足ATRと、時間軸に合わせて見ることで、損切り幅やロットサイズの設定が一貫したものになります。
ATRを使った損切り幅の設計:感覚ではなく数値で決める
ATRの最も実用的な使い方の一つは、「損切り幅をATRの倍数で決める」方法です。よくある例として、「エントリー価格から1.5〜2倍のATR分離れたところに損切りを置く」といったルールがあります。
例えば、日足ATRが100円の日本株があったとします。直近の高値ブレイクで3,000円に買いでエントリーするとき、
- ATRの1.5倍:150円
- 損切り価格:3,000円 − 150円 = 2,850円
といった形で、感覚ではなく、ボラティリティに基づいて損切り位置を決められます。ボラティリティが高い銘柄では損切りをやや広めに、低い銘柄では狭めに設定できるため、「ちょっとしたノイズで狩られてしまう」ことを減らしやすくなります。
FXでの具体例
FXのドル円4時間足でATRが0.5円(50pips)だとします。押し目買い戦略で145.00円付近でロングする場合、ATRの2倍を損切り幅とすれば、100pips下の144.00円にストップを置く、といった形です。ボラティリティに応じて損切り幅を調整できるため、相場環境が変わってもルールを機械的に適用しやすいのがメリットです。
ATRトレーリングストップ:トレンドを粘るための出口戦略
トレンドフォロー戦略では、「どこで利確するか」が難題です。ATRを使ったトレーリングストップは、トレンドが伸びる限りポジションを維持しつつ、反転したら機械的に手仕舞いするためのシンプルな手法です。
代表的なやり方は、「終値からN倍のATR離れたところにストップラインを置き、毎バー更新する」という方法です。
- 上昇トレンドなら、終値 − ATR×N をストップラインとして更新
- 下降トレンドなら、終値 + ATR×N をストップラインとして更新
Nには2〜3あたりがよく使われます。Nが小さいほど利確は早くなり、Nが大きいほどトレンドを粘りやすくなりますが、含み益のドローダウンも大きくなります。
株式スイングでのケーススタディ
日本株の強い上昇トレンド銘柄に日足終値ベースで順張りエントリーしたとします。日足ATRが80円、N=3とした場合、
- 初期ストップ:終値 − 80円×3 = 終値 − 240円
- 株価が上昇するごとに終値をもとにストップ位置を切り上げる
- 終値がストップラインを割り込んだ終値確定で手仕舞い
このルールなら、「チャートを見て感覚で利確」する必要がなくなり、トレンドが続く限りはポジションを維持しやすくなります。大きく伸びるトレンドをしっかり取るための仕組みとして有効です。
暗号資産での注意点
暗号資産は株やFXに比べてボラティリティが極端に大きいことが多く、ATRも高い値になりやすいです。そのため、同じ「ATR×2」ルールでも、損切り幅が非常に広くなりがちです。暗号資産では、期間を短くしたりNを小さくするなど、リスク許容度に応じてパラメータを調整することが重要です。
ATRを使ったポジションサイズ管理:1トレードの損失を一定に保つ
ATRは、ポジションサイズを決めるためにも活用できます。ポイントは、「1トレードあたりの許容損失額を事前に決め、その範囲でロット数を逆算する」という考え方です。
例として、口座残高100万円、1トレードの許容損失を1%(1万円)と決めたとします。ある銘柄の損切り幅がATRを基準に200円になった場合、
- 許容損失額:10,000円
- 1株あたりのリスク:200円
- 購入可能株数:10,000円 ÷ 200円 = 50株
という形で、ATRを使って「どのくらいのロットまでなら許容損失の範囲に収まるか」を逆算できます。FXでも同様に、損切り幅(pips)と1pipsあたりの価値からロット数を計算できます。
FXでのロット計算イメージ
ドル円でATRをもとに損切り幅を80pipsと設定し、1トレードの許容損失を1万円とします。1万通貨あたり1pips = 約100円とすると、
- 80pips × 100円 = 8,000円(1万通貨のリスク)
- 許容損失1万円以内に収まるため、1万通貨までは許容範囲
- もう少し余裕を持って8,000通貨に抑える、といった調整も可能
このように、ATRと許容損失額を組み合わせれば、「大きく動く通貨ペアはロットを小さく」「あまり動かない通貨ペアはロットをやや大きく」といった形で、相場環境に応じたリスクコントロールができます。
ATRフィルター:よく動く銘柄だけを選別する
ATRは、そもそもトレード対象を絞り込むフィルターとしても使えます。特に短期トレードでは、「よく動く銘柄」でなければ手数料やスプレッドを差し引くと効率が悪くなりがちです。
例えば、以下のようなルールが考えられます。
- 対象銘柄の平均ATR(過去数か月)に対して、直近ATRが一定割合以上高い銘柄だけをスクリーニングする
- 株価に対するATR比率(ATR ÷ 価格)を計算し、一定以上の銘柄だけをデイトレ対象とする
これにより、「ほとんど動かない銘柄」で時間を浪費することを避け、「動きが出ている銘柄」に資金と集中力を配分しやすくなります。
ATRと他のテクニカル指標の組み合わせ
ATR単体でも十分有用ですが、他のテクニカル指標と組み合わせることで、より戦略性を高めることができます。
- 移動平均線+ATR:移動平均線でトレンド方向を判断し、ATRで損切り幅とロットを決める
- ブレイクアウト戦略+ATR:レンジ上抜け・下抜けでエントリーし、ATRを使って損切り幅とトレーリングストップを設定する
- ボリンジャーバンド+ATR:バンドブレイク時にATRが上昇しているかを確認し、本当にボラティリティが拡大しているブレイクだけを狙う
重要なのは、「シグナル判定の指標」と「リスク管理の指標」を役割分担させることです。ATRは後者、つまりリスク管理に特化させると、戦略全体が分かりやすくなります。
ATRの落とし穴と注意点
便利な指標である一方で、ATRにも注意すべき点があります。
- 過去のボラティリティの平均であり、将来を保証するものではない
- 突発的なニュースで一時的にATRが跳ね上がると、その後しばらく異常値が残ることがある
- 銘柄や市場ごとに適切な期間設定が異なり、「14期間が絶対」というわけではない
また、ATRはトレンド方向を示さないため、「ATRが高いから上昇トレンド」「ATRが低いから下降トレンド」といった読み方は誤りです。あくまで「どれくらい動いているか」だけを教えてくれる指標として扱うことが大切です。
シンプルなATRベース戦略の例
最後に、株式・FX・暗号資産で共通して使える、シンプルなATRベース戦略の例をまとめます。
戦略の骨格
- トレンド方向の判定:移動平均線などで上昇トレンド/下降トレンドを判断する
- エントリー:押し目買い・戻り売り、またはレンジブレイクなどのルールを1つ決める
- 損切り:エントリー価格からATR×N(例:1.5〜2)の位置にストップを置く
- ポジションサイズ:1トレードの許容損失額を決め、ATRと損切り幅からロットを逆算する
- 利確・手仕舞い:ATRトレーリングストップ、またはリスクリワード比(2:1など)に基づいて決める
このように、ATRを軸に「損切り」「ロット」「手仕舞い」を数値化してしまえば、感情に左右されにくいトレードルールを構築しやすくなります。特に初心者のうちは、チャートの形だけで判断するよりも、ATRのようなボラティリティ指標を活用して、リスクを一定に保つことを優先する方が、長く相場に残りやすいと考えられます。
まとめ
ATRは、相場の「荒さ」を数値で表すシンプルな指標ですが、損切り幅の設定、ポジションサイズの決定、トレーリングストップ、銘柄選別など、リスク管理のあらゆる場面で応用できる強力なツールです。株式・FX・暗号資産のいずれにおいても、ATRをトレードルールに組み込むことで、感覚的な判断を減らし、再現性のある売買を目指しやすくなります。
まずは、自分が普段見ている時間足にATRを表示し、値動きが大きいとき・小さいときにATRがどう変化しているかを観察してみてください。そのうえで、損切り幅やロット決定のルールに少しずつ組み込んでいくことで、ATRの有用性を実感できるはずです。


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