相場の大きな転換点では、「株を持ち続けるべきか、いったんリスクを落とすべきか」で悩む投資家が多いです。完全に株を手放してしまうと、その後のリバウンドを逃してしまうリスクがあります。一方で、ポジションをそのまま維持すると、大きな下落に巻き込まれる可能性もあります。
こうした局面で役に立つ考え方の一つが、短期国債(T-Bills)と株価指数を組み合わせた「相場転換ヘッジ戦略」です。短期国債で値動きを抑えつつ利息収入を得ながら、株価指数で上昇の余地も残しておくことで、「リスクをゼロにしないが、致命傷は避ける」というバランスを狙います。
短期国債(T-Bills)とは何か
短期国債(Treasury Bills、T-Bills)は、期限が1年以内の国債を指します。日本の個人投資家にとって馴染み深いのは米国の短期国債で、残存期間3か月・6か月・1年程度のものが代表的です。一般に、短期国債の特徴は次のように整理できます。
- 信用リスクが極めて低い(国が発行するため)
- 価格変動リスクが比較的小さい(償還までの期間が短い)
- 利回りは政策金利水準に強く連動する
- 株式などリスク資産との値動きの相関が低い
特に、政策金利が高い局面では短期国債の利回りも高くなりやすく、「大きく値上がりはしないが、利息収入でポートフォリオを下支えしてくれる資産」として機能します。
株価指数と組み合わせる発想
一方、株価指数(たとえば、広く分散された株式インデックス)は、長期的には経済成長と企業利益の拡大に支えられて右肩上がりになりやすいとされています。しかし、短期的には景気後退懸念や金融政策の変更などで、大きく上下に振れることがあります。
相場の「転換点」が意識されるとき、典型的には次のような不安要因が重なります。
- 急速な利上げが一服し、これから景気後退が表面化しそうな局面
- インフレ率の低下が確認され、今後の利下げが意識される局面
- 株価指数が長期トレンドの天井圏にあり、ボラティリティが高まっている局面
こうした局面では、「株を持つメリット」と「急落リスク」の両方が同時に存在します。そこで、ポートフォリオを株だけでなく短期国債にも分散し、相場転換に備えながらも、完全にリスクを引き上げない構成を取ることが一つの選択肢になります。
相場転換ヘッジ戦略の基本設計
短期国債と株価指数を組み合わせる相場転換ヘッジの基本的な考え方はシンプルです。
- ポートフォリオの一部を短期国債や短期国債ファンドに振り向ける
- 残りの部分で株価指数や株式インデックスファンドを保有する
- 株式部分のボラティリティを、短期国債部分の安定性と利息収入でならす
ポイントは、「株をゼロにする」か「フルポジションで突っ込むか」という二択ではなく、その中間を柔軟に設計することです。たとえば、相場の天井圏が疑われる局面では、株式の比率を落として短期国債の比率を高めることで、下落リスクを和らげつつ、再度の上昇に少しでも参加できる余地を残します。
シンプルな配分例
極端な例として、次のような配分イメージを考えてみます(あくまで考え方の例であり、特定の商品を推奨する意図はありません)。
- 通常時:株価指数 80% / 短期国債 20%
- 相場の天井圏が疑われる局面:株価指数 50% / 短期国債 50%
- 本格的な景気後退局面と判断した場合:株価指数 30% / 短期国債 70%
このように、マーケット環境に応じて株式と短期国債の比率を調整することで、ポートフォリオ全体のリスク水準を段階的に変化させる発想です。
具体的な数値イメージで理解する
イメージを掴みやすくするため、単純化した仮想例で考えてみます。ここでは、次の前提を置きます。
- 株価指数の想定ボラティリティ(年率)を20%、期待リターンを年率6%と仮定
- 短期国債の想定ボラティリティ(年率)を3%、利回りを年率4%と仮定
- 株価指数と短期国債の相関はほぼゼロと仮定
もちろん、実際の市場ではこの通りになるとは限りませんが、概念を理解するためのイメージとして捉えてください。
ケース1:株100%の場合
ポートフォリオを株価指数100%で運用する場合、期待リターンは年率6%、ボラティリティは20%程度と仮定できます。相場の転換点で大きく下落した場合には、一時的に20〜30%程度のドローダウンが発生する可能性があります。
ケース2:株50%+短期国債50%の場合
一方、株価指数50%と短期国債50%を組み合わせたポートフォリオでは、ざっくりと次のようにイメージできます。
- 期待リターン:0.5 × 6%+0.5 × 4%=約5%
- ボラティリティ:ざっくり半分程度に低下(相関ゼロと仮定すると、約11〜12%程度)
期待リターンは少し下がるものの、下落局面でのダメージは大幅に抑えられる可能性があります。たとえば、株価指数が一時的に−30%の急落をしても、ポートフォリオ全体では−15%前後におさまるイメージです。
このように、短期国債を組み合わせることで、「期待リターンを大きく犠牲にせずに、下振れリスクを抑える」設計が理論的に可能になります。
相場転換ヘッジが機能しやすい局面
短期国債+株価指数の相場転換ヘッジが特に機能しやすいのは、次のような局面です。
1. 政策金利が高止まりしている局面
政策金利が高水準にある場合、短期国債の利回りも比較的高くなります。このため、短期国債部分の利息収入がポートフォリオのリターンを底上げしつつ、株式のボラティリティを中和する役割を果たします。
この局面では、「リセッションが来るかもしれないが、まだ企業収益は大きく崩れていない」といった不安定な環境になりがちです。株をフルポジションで保有するのは心理的にも難しいため、一部を短期国債に振り替えておくことで、メンタル面の安定にもつながります。
2. 利下げサイクル入りが意識される局面
インフレが落ち着き、今後の利下げが意識され始めると、「短期国債の利回りは将来的に低下するが、株式には再評価の余地がある」という状況になります。この局面では、短期国債の保有によって当面の利息収入を確保しつつ、徐々に株式比率を高めていく戦略が考えられます。
利下げが現実味を帯びてくると、株式市場は将来の金利低下を織り込み始め、株価指数が切り返していくことがあります。その過程で、短期国債から株式へのリバランスを段階的に行うことで、過度なタイミング依存を避けながら相場の転換に付き合うことができます。
3. ボラティリティ急上昇局面
株式市場のボラティリティ指標が急上昇している局面では、短期的に相場が荒れやすくなります。このようなタイミングで、株式の一部を短期国債に振り替えておくと、急落時のダメージを軽減しつつ、冷静な判断を保ちやすくなります。
ボラティリティが高まり続ける局面では、短期的な値動きに一喜一憂しがちですが、「ポートフォリオの半分は短期国債で守られている」という構造を作っておくことで、必要以上の売買を避けやすくなります。
実務的な運用イメージ
次に、より実務に近いイメージで、この相場転換ヘッジ戦略をどう運用していくかを整理します。ここでは、一般論としての考え方を示すものであり、特定の商品や取引方法を推奨するものではありません。
ステップ1:基準となるアセットアロケーションを決める
まず、平常時の「基準ポートフォリオ」を決めます。たとえば、長期投資として株式インデックス70%・安全資産30%を想定しているのであれば、その安全資産30%の一部または全部を短期国債で構成するイメージです。
基準ポートフォリオを決めておけば、「相場が落ち着いているときには、この配分に戻す」という指針ができ、相場転換のときにどの程度短期国債比率を増やすかという判断がしやすくなります。
ステップ2:相場環境ごとの目安レンジを設定する
次に、「通常時」「警戒モード」「防御モード」といった形で、株式と短期国債の比率レンジを自分なりに決めておきます。
- 通常時:株式 60〜80% / 短期国債 20〜40%
- 警戒モード:株式 40〜60% / 短期国債 40〜60%
- 防御モード:株式 20〜40% / 短期国債 60〜80%
あくまで一例ですが、このようにレンジで考えておくと、「今は警戒モードだから、株式比率を50%まで落とそう」といった判断がしやすくなります。逆に、何もルールがないと、その場の感情で大きくポジションを振ってしまいがちです。
ステップ3:定期的なリバランスで冷静さを保つ
ポートフォリオを構成したあとは、一定の頻度(たとえば半年に一度など)でリバランスを行うことを検討できます。相場が大きく動いた場合には、株式が増えすぎていないか、短期国債が減りすぎていないかをチェックし、元のレンジに戻すイメージです。
リバランスのルールを先に決めておくことで、「下がっているときに怖くて何もできない」「上がっているときに欲が出てポジションを増やしすぎる」といった行動バイアスを抑える効果が期待できます。
短期国債を使う場合の注意点
短期国債はリスクが低いとされますが、当然ながら「まったくリスクがない」資産ではありません。いくつか代表的な注意点を整理します。
金利変動リスク
短期国債は長期国債に比べて金利変動の影響を受けにくいものの、金利が急変すると価格が上下することがあります。特に、既に高金利環境にある局面でさらに金利が上昇した場合には、短期国債の価格が小幅に下落する可能性があります。
為替リスク
海外の短期国債やそのファンドに投資する場合、為替リスクが発生します。たとえば、外貨建てで保有している場合、為替レートの変動によって元本が目減りすることがあります。為替ヘッジ付きの商品を利用するかどうかも含めて、自身の通貨リスク許容度を確認しておくことが重要です。
再投資リスク
短期国債は満期を迎えるたびに再投資が必要になります。現在は高い利回りで運用できていても、将来の金利水準が下がれば、次に再投資するときには利回りが低下している可能性があります。この意味で、「今だけの高利回り」に過度に期待しすぎず、長期的な金利サイクルも意識する必要があります。
相場転換ヘッジを長期戦略に組み込む考え方
短期国債+株価指数の相場転換ヘッジは、「相場が怖くなったときの一時しのぎ」としてではなく、長期の資産運用戦略の中に組み込むこともできます。
たとえば、次のような発想です。
- 若い年代では株式比率を高め、短期国債は小さめにする
- 年齢を重ねるにつれて、短期国債などの安定資産の比率を高めていく
- その過程で、相場の天井圏が疑われる局面では一時的に短期国債比率を増やす
このように、人生のライフステージと相場環境の両方を踏まえて、株式と短期国債のバランスを調整していくことで、「長期の資産形成」と「短期的なドローダウンの抑制」を両立しやすくなります。
メンタル面への効果:眠れるポートフォリオを作る
短期国債を組み込む最も現実的なメリットの一つは、「夜ぐっすり眠れるポートフォリオ」に近づけられることです。株式100%のポートフォリオで相場の天井圏を迎えると、ほんの少しのニュースで大きく相場が振れ、毎日含み損益が気になってしまいます。
一方で、ポートフォリオの半分が短期国債で構成されていれば、1日の値動きはかなり穏やかになります。結果として、感情に振り回されて衝動的な売買をしてしまうリスクを抑える効果が期待できます。
長期の資産運用においては、「どの戦略が理論上最も効率的か」だけでなく、「その戦略を自分が実際に続けられるか」が非常に重要です。短期国債を組み合わせた相場転換ヘッジは、このメンタル面の安定にも寄与する実践的な手段の一つといえます。
まとめ:短期国債+株価指数で相場転換に備える
短期国債(T-Bills)と株価指数を組み合わせた相場転換ヘッジ戦略は、次のようなポイントを押さえた運用です。
- 短期国債の安定性と利息収入で、株式のボラティリティを緩和する
- 相場環境に応じて、株式と短期国債の比率を段階的に調整する
- 下落リスクを和らげつつ、上昇相場への参加余地も残す
- 感情に左右されないための「ルール作り」としても機能する
もちろん、どのような配分が適切かは、投資目的・運用期間・リスク許容度によって異なります。大切なのは、「相場の天井か底かを完璧に当てようとする」のではなく、「どのような展開になっても致命傷を避けつつ、長期的な資産形成を続けられる設計にしておく」ことです。
短期国債と株価指数を組み合わせる相場転換ヘッジは、そのための現実的な選択肢の一つとして検討する価値があります。


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