株や投資信託に比べると、コーポレートボンド(社債)はどうしても地味に見えます。しかし、「同じような条件の債券なのに利回りだけ妙に高いもの」が放置されていることがあり、そこに合理的な理由がなければ「割安」な投資機会になり得ます。
本記事では、コーポレートボンドの最終利回り(YTM:Yield to Maturity)の「分布」に注目し、同じ棚に並んだ商品同士を比べるイメージで割安債を検出する考え方を解説します。難しい数式は使わず、投資初心者の方でもイメージしやすいように、ステップと具体例に落とし込んで説明します。
コーポレートボンド投資で「割安」を狙う基本発想
社債の投資家が受け取るリターンの源泉は、主に次の2つです。
- ① クーポン(金利)収入
- ② 満期まで保有した場合の価格変動(取得価格と償還価格の差)
同じ通貨・同じ残存期間・似た格付けの債券であれば、本来は「期待リスク」が近いはずです。にもかかわらず、ある債券だけYTMが明らかに高いなら、そこには以下のいずれかの理由があると考えられます。
- ・市場が見ている信用リスク(倒産・格下げリスクなど)が本当に高い
- ・流動性が低く、売買しにくい
- ・一時的な需給のゆがみで売られ過ぎているだけ
最後の「一時的なゆがみ」であれば、投資家にとってはチャンスです。本記事のテーマである「YTM分布からの裁定型アプローチ」は、このゆがみ部分だけを拾いにいくイメージの戦略です。
YTM(最終利回り)の基本と価格との関係
YTMとは何かをシンプルに押さえる
YTM(最終利回り)は、債券を現在の市場価格で購入し、クーポンを受け取りながら満期まで保有したと仮定したときの年率利回りです。クーポン収入だけでなく、購入価格と償還価格(通常は100)との差も含めて計算されます。
ポイントは、以下の関係が必ず成り立つことです。
- ・債券価格が下がる → YTMは上がる
- ・債券価格が上がる → YTMは下がる
つまり、同じような条件の社債群の中で、ある銘柄のYTMだけが高いということは、その銘柄だけ価格が相対的に安いということを意味します。
クレジットスプレッドという考え方
社債のYTMを考えるとき、よく使われるのが「クレジットスプレッド」です。これは、ほぼ無リスクとみなされる国債利回りと、社債のYTMとの差を指します。
例えば、同じ残存5年で
- ・5年国債の利回り:0.5%
- ・A社5年債のYTM:1.2%
であれば、クレジットスプレッドは「1.2% − 0.5% = 0.7%」です。これは、「A社に対して投資家が要求している信用リスク分の上乗せ利回り」と解釈できます。
同じ格付け・同じ残存期間の社債が並んでいるときに、このスプレッドがひときわ大きい銘柄があれば、「その銘柄にだけ何かリスク要因があるのか」「それとも単に売られ過ぎているだけなのか」を検討する価値があります。
YTM分布を見るという発想:同じ棚の中の「飛び値」を探す
ここからが本記事のコアです。「YTM分布を見る」とは、例えば次のように銘柄群を並べて比較することです。
- ・通貨:円建て
- ・残存期間:3〜5年程度
- ・格付け:同じレーティング(例:A格)
- ・発行体:業種はある程度バラけていても良いが、極端な個別リスクは除く
この条件でスクリーニングした社債を一覧にし、それぞれのYTMを見ていくと、だいたいは「0.6〜0.9%くらいの帯」に収まる、というようなイメージになります。その中で、ひとつだけYTMが1.1〜1.2%と高い銘柄があるとしたら、それがYTM分布の中での「飛び値」です。
この飛び値が
- ・信用リスクの顕在化(業績悪化ニュースなど)
- ・格付け見通しの悪化
- ・流動性が極端に低い
といった合理的な理由で説明できるなら、単にリスクが高いだけで割安ではありません。しかし、特段の悪材料がなく、発行体のビジネスも安定している場合は、需給要因で売られ過ぎた「割安債」の可能性が出てきます。
ステップ別:YTM分布から割安社債を検出する手順
ステップ1:投資可能なユニバースを決める
最初に、自分が実際に購入可能な範囲を決めます。例えば、日本国内の個人投資家であれば、次のような条件を置くと現実的です。
- ・国内証券会社で個人向けに販売されている円建て社債
- ・最低投資金額が手の届く水準(例:100万円単位など)
- ・残存3〜7年程度(長過ぎると価格変動リスクが大きくなる)
ここで重要なのは、残存期間と通貨をある程度そろえることです。残存2年と残存10年の債券を同じ土俵で比較しても、金利感応度(デュレーション)が違い過ぎて意味が薄くなります。
ステップ2:格付け・発行体のフィルター
次に、信用リスクを大まかにコントロールします。格付け情報が利用可能であれば、同じレンジのものに絞ります。
- ・例1:A格〜AA格の社債に限定
- ・例2:投資適格(BBB以上)のみ
格付けがない銘柄については、初心者のうちは無理に対象に含めない方が無難です。どうしても検討したい場合は、財務指標やニュースを十分に確認する必要があります。
ステップ3:YTM(できればクレジットスプレッド)を一覧化
ユニバースが決まったら、各銘柄の
- ・クーポン(金利)
- ・償還日(残存期間)
- ・現在価格
- ・YTM
を一覧にします。もし国債の利回りも確認できるなら、
- ・同じ残存期間の国債利回り
- ・社債YTM − 国債利回り = クレジットスプレッド
も計算しておくと、より立体的に比較できます。
ステップ4:分布を眺め、飛び値候補をピックアップ
一覧化したYTM(またはクレジットスプレッド)を眺めると、だいたい「こういうレンジに収まっている」という感覚がつかめます。その中で、上側に1〜2本だけ飛び出している銘柄があれば、それが候補です。
感覚的には、
- ・ほとんどの銘柄が0.6〜0.9%に収まる中で、1.1%の銘柄がある
- ・スプレッドで見ると、40〜70bpに収まる中で、100bpの銘柄がある
といったイメージです。ここでいきなり飛びつくのではなく、次のステップで「なぜ高いのか」を必ずチェックします。
ステップ5:飛び値の理由を丁寧にチェックする
飛び値銘柄については、少なくとも以下の点を確認します。
- ・直近の決算やニュースで、構造的な悪材料が出ていないか
- ・業界全体が厳しい状況に陥っていないか
- ・同じ発行体の他の債券も同様に高いYTMになっていないか
- ・出来高や売買気配が極端に薄くないか(流動性リスク)
ここで、「単なる需給のゆがみで売られ過ぎているだけ」と判断できる銘柄があれば、割安債候補になります。
ステップ6:ポートフォリオ全体の中でポジションサイズを決める
割安債候補を見つけても、そこに全資金を集中させるのは避けるべきです。あくまでポートフォリオの一部として組み入れ、
- ・1銘柄あたりの投資額を総資産の数%程度に抑える
- ・業種・発行体を分散する
- ・残存期間も完全に一点集中しない
といった基本を守ることで、万一の事態が起きたときのダメージをコントロールします。
具体例:架空データで「割安債候補」をイメージする
ここでは、あくまでイメージしやすくするための架空例として、同じ「円建て・残存5年・A格」の社債5本を考えます。
- ・A社5年債:YTM 0.65%
- ・B社5年債:YTM 0.70%
- ・C社5年債:YTM 0.68%
- ・D社5年債:YTM 0.69%
- ・E社5年債:YTM 0.95%
この場合、A〜D社は0.65〜0.70%のレンジに収まっているのに対し、E社だけが0.95%と明らかに高い水準になっています。ここでやるべきことは、
- ・E社特有の信用リスク要因があるかを調べる
- ・もし特に大きな悪材料がなければ、「一時的な売られ過ぎ」の可能性を検討する
というプロセスです。例えば、E社が一時的に業績予想を下方修正したが、その内容が市場の反応ほど深刻ではないと判断できる場合や、大口投資家の売却で一時的に価格が押し下げられている場合などは、「YTM分布から見て割安に放置されている」状態かもしれません。
個人投資家が取り組みやすい現実的なアプローチ
アプローチ1:国内個人向け社債の中での相対比較
最もシンプルなのは、国内証券会社が取り扱う個人向け社債の中で、先ほどの手順を使って相対比較する方法です。
- ・通貨:円建て
- ・残存期間:3〜7年
- ・格付け:投資適格(BBB以上)
この範囲でユニバースを作り、YTMの分布を確認することで、「明らかに飛び出している銘柄」を見つけることができます。特に、
- ・発行体が誰でも知っているような大企業
- ・業界全体としても安定している
- ・にもかかわらずYTMが周囲より明らかに高い
という条件を満たす銘柄は、検討対象になり得ます。
アプローチ2:外貨建て社債・グローバル社債は慎重に
外貨建て社債やグローバル社債にも同じ発想は応用できますが、
- ・為替リスク
- ・税制・手数料の違い
- ・情報量の不足
といった追加要因が入ってきます。初心者がいきなりここから始めるのはハードルが高いので、まずは円建て・国内発行体で感覚をつかみ、その後に段階的に検討する方が現実的です。
アプローチ3:社債ETFで「分散+相対的な利回り」を狙う
個別社債に絞らず、社債に分散投資するETF(上場投資信託)を使う方法もあります。この場合、個々の銘柄のYTM分布というより、
- ・同じような残存期間・格付けの社債ETF同士を比較する
- ・ベンチマークとの利回り差やコストを確認する
といった形になります。個別銘柄リスクを抑えつつ、社債全体への投資をしやすい手段として検討する余地があります。
リスク管理:割安狙いでも「守り」を最優先する
YTM分布から割安債を狙う戦略は、一見スマートに見えますが、基本はあくまで「債券投資」であり、最大のリスクは発行体の信用リスクです。いくらYTMが高くても、発行体がデフォルトすれば元本が大きく毀損する可能性があります。
そのため、次のようなルールを事前に決めておくことが重要です。
- ・投資適格未満(ハイイールド債)は、初心者のうちは原則避ける
- ・1発行体あたりの投資額はポートフォリオの数%に抑える
- ・業種分散を意識し、特定業界に偏らないようにする
- ・ニュースや決算を定期的にフォローし、悪材料が出たらあらためて保有を見直す
割安債を狙うときほど、「少額で試す」「時間をかけて分散していく」といった慎重なスタンスが重要です。
イールドカーブと残存期間の罠を避ける
YTM分布を比較する際にありがちなミスが、「残存期間の違いを無視してしまう」ことです。一般に、残存期間が長い債券ほど金利変動の影響を受けやすく、YTMも高くなりがちです。
例えば、
- ・残存3年の社債:YTM 0.5%
- ・残存10年の社債:YTM 0.9%
という数字だけを見ると、10年債の方が「高利回りで魅力的」に見えますが、実際には金利変動リスクが大きく、将来のインフレや金利上昇局面では価格が大きく下落する可能性があります。
YTM分布を比較するときは、同じ残存期間帯(例:3〜5年)に揃えることを徹底し、長期債の高いYTMを「割安」と勘違いしないよう注意が必要です。
ポートフォリオの中での位置づけと出口戦略
ポートフォリオ全体の中での役割を明確にする
YTM分布からの割安社債投資は、ポートフォリオ全体の中では、
- ・株式よりボラティリティが低い「ミドルリスク・ミドルリターン」枠
- ・現金や国債よりやや高い利回りを狙う「余裕資金の運用先」
といった位置づけになることが多いです。株式の比率が高く値動きが大きいポートフォリオに、安定的な利息収入とある程度予測可能なリターンを加える役割を持たせるイメージです。
出口戦略:満期まで保有か、ある程度の利回り確定で売却か
割安債を購入したあと、次のような出口戦略を事前に決めておくと迷いにくくなります。
- ・基本方針は満期まで保有し、クーポンと償還によるリターンを狙う
- ・途中で市場金利が低下し、債券価格が大きく上昇した場合には、一定の利回りが確保できた時点で売却を検討する
例えば、「想定していたYTMよりも実現リターンが十分に高くなった」「同じ発行体の新規債が低い利回りで発行され、既存債の価格が割高になっている」といった状況では、いったん利益を確定し、次の割安債候補を探すというサイクルも考えられます。
小口から始めるステップバイステップの行動プラン
最後に、投資経験が浅い個人投資家が、YTM分布からの割安社債戦略を小口ではじめる場合のステップを整理します。
-
まずは証券会社の社債ページで、現在募集・流通している社債一覧を眺め、「残存期間」と「利回り」の感覚をつかむ。
-
円建て・残存3〜7年・投資適格格付けの社債に絞り込み、YTMを一覧表にしてみる。
-
YTMの分布を眺め、平均的なレンジと明らかな飛び値をざっくり把握する。
-
飛び値銘柄について、ニュースや決算情報、同業他社の状況をチェックし、「本当にリスクが高いのか」「一時的なゆがみなのか」を検討する。
-
少額から1〜2銘柄を選び、ポートフォリオの一部として組み入れてみる。
-
保有後も定期的に情報を追い、必要に応じてポジションを調整する。
このプロセスを繰り返すことで、「どのくらいのYTMなら妥当か」「どのような時に市場が過剰反応するか」といった感覚が、少しずつ自分のものになっていきます。
まとめ:YTM分布は「社債市場のゆがみ」を見つけるレーダー
コーポレートボンドの世界では、株式市場ほど個人投資家の参加が多くない分、需給のゆがみがそのまま残りやすい側面があります。YTM分布を丁寧に眺め、「同じリスク水準の中で明らかに飛び出している利回り」を探すことは、そのゆがみを見つけるための一つのレーダーです。
もちろん、YTMが高いからといって必ずしも割安とは限らず、発行体の信用リスクや流動性リスクの見極めが欠かせません。しかし、適切なフィルタリングと分散を行い、小口から一歩ずつ積み上げていけば、社債ポートフォリオにおいて「リスクに見合った余分な利回り」を狙う、堅実で再現性のあるアプローチになり得ます。
株式や投資信託だけでなく、債券にも目を向けることで、ポートフォリオ全体の安定性と収益性のバランスを高めることができます。YTM分布を意識した社債選別は、そのための一つの有力な武器となるはずです。


コメント