近年の金利上昇局面で、「米国債」や「米ドル建てMMF(マネー・マーケット・ファンド)」の利回りが話題になることが増えています。株式や暗号資産のような値動きの大きい資産と比べて、元本の値動きが比較的小さく、定期的な利息収入が期待できるためです。一方で、「利回りが高いから安全」「MMFは預金と同じ感覚で使える」といった誤解も少なくありません。
この記事では、米国債とMMFの利回りがどのように決まり、どのようなリスクとメリットがあるのかを、投資初心者の方にも分かりやすいように整理して解説します。数字の裏側の仕組みを理解することで、「なんとなく高そうだから買う」のではなく、「自分のポートフォリオの中でどう位置づけるか」を考えられるようになることを目指します。
米国債とは何か:最も基本的な「安全資産」
米国債は、アメリカ合衆国政府が発行する国債です。発行体が国家であり、世界最大規模の経済と深い資本市場を背景にしているため、「信用リスクが極めて低い資産」として扱われています。短期の国庫短期証券(T-Bills)、中期のノート(Treasury Notes)、長期のボンド(Treasury Bonds)といった種類があり、残存期間によって利回りも価格変動の大きさも変わります。
一般的に、残存期間が長いほど利回りは高くなる傾向がありますが、その代わり金利が変動したときの価格変動も大きくなります。たとえば、期間2年の米国債と期間10年の米国債がある場合、金利が同じだけ動いても10年債の価格の方が大きく動くのが通常です。表面上の利回りだけを見るのではなく、「利回りの高さ」と「価格変動の大きさ」はセットで考える必要があります。
米国債の利回りの見方:利率と利回りは違う
米国債の説明を読むと、「クーポン3%」「利回り4%」といった表現が出てきます。ここで混同されやすいのが、「利率(クーポン)」と「利回り(イールド)」の違いです。
クーポン(利率)とは
クーポンは、額面金額に対してどれだけの利息が支払われるかを表す固定の割合です。例えば、額面1,000ドル、クーポン3%の債券であれば、毎年30ドルの利息が支払われます。クーポンは発行時に固定され、その後は変わりません。
利回り(イールド)とは
一方で利回りは、「現在の購入価格」と「将来受け取る利息・償還額」から計算される、実質的な投資収益率です。債券は市場で売買されるため、価格は額面100ではなく、98や102などプレミアム・ディスカウントがつきます。そのため、クーポン3%の債券でも、価格が大きく下がっていれば実質利回りは4%を超えることもありますし、価格が高ければ利回りは2%台になることもあります。
イールドカーブと残存期間
米国債の利回りは、残存期間ごとに異なる利回りが付いており、その並びを「イールドカーブ」と呼びます。イールドカーブが右上がりであれば、期間が長くなるほど利回りが高い「通常の」状態です。一方、短期金利が高く長期金利が低い「逆イールド」の状態もあり、景気後退シグナルとして注目されることがあります。米国債やMMFに投資する場合、このイールドカーブの形を理解しておくと、どの期間の金利に乗るべきかのヒントになります。
具体例でイメージする米国債の利回り
イメージを掴むために、単純化した例で考えてみます。額面1,000ドル、残存期間2年、クーポン3%の米国債が市場で「額面100に対して98」で取引されているとします。つまり、1,000ドルの額面に対して980ドルで購入できる状態です。
この場合、毎年のクーポンとして30ドルを2年間受け取り、満期時には1,000ドルが償還されます。投資家は980ドルを支払って、合計60ドルの利息と、額面との差額20ドル(1,000−980)のキャピタルゲインを得ることになります。これらを年率換算したものが「到達利回り(YTM)」であり、クーポンの3%よりも高い利回りになります。
逆に、市場価格が額面より高い「102」であれば、1,000ドルを買うのに1,020ドルが必要になり、償還時には1,000ドルしか返ってきません。利息は同じ30ドルでも、購入価格が高いため、実質的な利回りはクーポンより低くなります。このように、米国債の利回りを見るときは、「クーポンではなく市場利回り(YTM)」に注目することが重要です。
MMFとは何か:超短期の安全資産に投資するファンド
MMF(マネー・マーケット・ファンド)は、国庫短期証券や短期の社債、コマーシャルペーパー、レポ取引など、満期の短い高格付けの債券や短期金融商品を中心に運用する投資信託です。日本国内の円建てMMFが縮小した歴史的経緯もありますが、海外では今も巨大な市場となっており、特に米ドル建てMMFは「短期金利に連動した運用商品」として利用されています。
MMFの特徴は、(1)運用対象の満期が短いこと、(2)分散投資されていること、(3)基準価額を1ドル(あるいは1口=一定値)で維持することを目指す設計であることです。ただし、「元本保証」ではありません。極端な市場ストレス時には基準価額が1を下回る「ブレイク・ザ・バック」が発生する可能性もゼロではなく、運用会社や商品ごとのリスクを把握する必要があります。
MMFの利回りはどう決まるのか
MMFの利回りは、組み入れている短期金融商品の利息収入から、運用報酬や経費を差し引いたものです。基本的には政策金利や短期金利の水準に連動して上下します。例えば、米国の政策金利が急速に引き上げられた局面では、MMFの利回りもそれに追随して上昇しました。
米国債との違いとして、MMFは「満期まで保有して額面で償還される」という概念が薄く、運用の中で常に短期債へのロールオーバーが行われている点が挙げられます。投資家から見ると、MMFは「常に今の短期金利環境を反映した利回りが勤勉に更新されていく商品」とイメージするのが近いでしょう。そのため、金利が高い環境ではMMFの利回りも高くなりやすく、逆に金利が低下すると素直に利回りも下がります。
米国債とMMFの利回りを動かす4つの要因
米国債とMMFの利回りは、主に次の4つの要因によって左右されます。
1. 政策金利(FF金利)の水準
米連邦準備制度理事会(FRB)が決定する政策金利は、短期金利の土台になります。FF金利が引き上げられると、短期国債やレポ金利、CPなどの利回りも連動して上がり、MMFの利回りも上昇します。逆に利下げ局面では、MMFの利回りは時間差を伴いながら低下していきます。
2. インフレ期待
長期の米国債の利回りは、「名目金利=実質金利+インフレ期待」という分解で考えられます。将来のインフレ期待が高まると、名目利回りも上昇しやすくなります。一方、インフレが落ち着き、中央銀行も利下げを示唆する局面では、長期金利は低下し、債券価格は上昇する傾向があります。
3. 残存期間とタームプレミアム
同じ国債でも、2年債と10年債では利回りが異なります。長期債は「長い期間リスクを負う代わりに余分な利回り(タームプレミアム)を要求される」ため、通常は短期債より高い利回りが付きます。ただし、景気後退懸念が強まり、「将来は金利が下がる」と市場が見込む局面では、長期金利が短期金利を下回る逆イールドが発生し、タームプレミアムがマイナスになることもあります。
4. 需給要因とリスク回避姿勢
世界的な株安や金融不安が高まると、安全資産である米国債に資金が流入し、利回りが急低下(価格は急上昇)することがあります。逆に、「リスクオン」で株式などに資金が向かう局面では、国債から資金が流出し、利回りが上昇することもあります。MMFも同様に、安全資産への待機資金として膨らむ局面と、そこからリスク資産へ移動する局面があります。
日本の個人投資家が押さえるべき3つのリスク
米国債やドル建てMMFは、「日本円より金利が高い」という魅力がありますが、日本の投資家が実際に使う際には、少なくとも次の3つのリスクを冷静に把握しておく必要があります。
1. 為替リスク
米ドル建て資産である以上、最終的に日本円ベースで評価するときには為替レートの影響を受けます。たとえば、ドル建てで年間4%の利回りを得ても、同期間にドル円が大きく円高に振れれば、円ベースでは元本割れになる可能性もあります。逆に、円安が進めば利回り以上の為替差益を得られる場合もありますが、「為替次第でリターンは大きく振れる」という前提を忘れてはいけません。
2. 金利変動による価格変動リスク
米国債は、満期まで保有すれば額面で償還されますが、途中で売却する場合にはその時点の金利水準によって価格が変動します。金利上昇局面で購入した債券を、金利がさらに上がった時点で売れば、評価損が出る可能性があります。特に残存期間の長い債券ほど価格変動が大きくなるため、「途中で売る可能性があるかどうか」で選ぶ銘柄の期間を変えるという考え方が大切です。
3. 商品ごとの運用や規約の違い
MMFは「安全性を重視した運用」を行いますが、投資対象や手数料体系、解約条件は商品ごとに異なります。特定の条件下で解約に制限がかかる仕組みや、基準価額が1を下回るリスクへの備えなど、目論見書や契約締結前書面に記載された内容を確認することが重要です。また、米国債そのものに投資するのか、投資信託やETFを通じて投資するのかによっても、為替ヘッジの有無やコストが変わります。
利回りだけを見ないためのチェックリスト
米国債やMMFに投資する際、「利回り○%」という数字だけで判断しないようにするために、次のようなチェックポイントを持っておくと役に立ちます。
チェック1:どの通貨で投資し、どの通貨で生活しているか
自分の生活通貨が日本円であれば、ドル建てでいくら増えたかではなく、最終的に円ベースでどのような結果になるかを意識する必要があります。為替ヘッジ付きの商品を使うかどうかも、この視点から判断します。
チェック2:満期まで保有する前提か、途中売却の可能性があるか
「途中で売る可能性が高いのに、長期債で少しだけ利回りを取りに行く」といった行動は、金利変動リスクを過大に取ってしまう原因になります。満期まで持てるかどうか、自分のキャッシュフロー計画と照らし合わせて選びましょう。
チェック3:商品ごとのコストとルールを理解しているか
信託報酬、為替手数料、スプレッド、解約条件など、表に出にくいコストやルールを確認しておくことが重要です。利回りが0.2%高いように見えても、為替コストや信託報酬でその差が相殺されてしまうケースは珍しくありません。
チェック4:ポートフォリオ全体の中での役割が明確か
米国債やMMFを、「とりあえず金利が高いから全部そこに置く」のか、「株式やリスク資産のボラティリティを緩和するクッション」として使うのかで、取るべき残存期間や通貨の配分は変わります。目的と役割が曖昧なままだと、環境が変化したときに慌てて売買し、結果としてリターンを損なう可能性が高まります。
金利サイクル別の考え方:上昇局面と低下局面
金利環境によって、米国債とMMFの位置づけは変化します。シンプルに整理すると、次のようなイメージが役に立ちます。
金利上昇局面
政策金利が引き上げられている局面では、MMFの利回りは比較的素早く上昇します。満期の短い資産に投資しているため、新しい高金利の商品に次々と乗り換わっていくからです。一方、既存の長期債の価格は下落しやすく、途中売却すれば評価損が発生することも多くなります。この局面では、「無理に長期債で高い利回りを固定しようとせず、短期ゾーン(MMFや短期国債)で金利上昇の局面に乗る」という選択肢も有力です。
金利低下局面
金利がピークアウトし、利下げが意識される局面では、長期債の価格上昇余地が出てきます。すでに高いクーポンを持つ長期債を保有していれば、今後の金利低下によって評価益が出る可能性があります。一方、MMFは金利低下とともに徐々に利回りが低下していくため、「金利低下局面でのキャピタルゲインを狙う」という意味では、長期債の方が有利になる場面もあります。
ただし、どちらの局面でも「未来の金利がどう動くか」を正確に当てることは困難です。現実的には、「短期ゾーンで柔軟性を確保しつつ、一部を長期債に配分して金利低下局面の恩恵も受ける」といったバランス型のアプローチが検討の対象になります。
米国債とMMFをポートフォリオに組み入れる考え方
実際にポートフォリオを組む際には、米国債やMMFを次のような役割で捉えると整理しやすくなります。
1. 生活防衛資金の外側の「安定ゾーン」
まず、生活防衛資金や当面の支出に備える現金は、日本円の普通預金・定期預金などで確保するのが基本です。その外側に、「中期的には使う予定がないが、株式ほどの値動きは取りたくない資金」がある場合、その一部を米国債やMMFに配分するという考え方が現実的です。
2. 株式ポートフォリオのボラティリティ緩和
株式やリスク資産を多く持っている場合、相場急落時のドローダウンを抑えるために、国債やMMFを組み合わせる手法があります。相場が大きく下がった局面で、米国債やMMFを一部売却して株式を買い増すことで、「安定資産からリスク資産へリバランスする」という戦略も取りやすくなります。
3. 為替分散の一部としての利用
将来的に海外旅行や海外居住、外貨建ての支出を計画している場合、ドル建ての安全資産として米国債やMMFを保有する選択肢もあります。この場合は、投資というより「将来のドル支出に備えた資金準備」という色彩が強くなります。いずれにせよ、「何のためにドル建て資産を持つのか」を明確にしたうえで活用することが重要です。
ケーススタディ:利回り4%の米国債とMMFをどう比較するか
最後に、仮の数字を用いたケーススタディで、米国債とMMFをどのように比較するかを考えてみます。例えば、ドル建てで「満期3年の米国債(利回り4%)」と「MMF(直近1年の実績利回り4%前後)」があるとします。
米国債は、満期まで保有すればおおむね4%前後の利回りが期待でき、金利が低下すれば途中売却でキャピタルゲインを得られる可能性もありますが、金利がさらに上がれば評価損が出ます。一方、MMFは価格変動が小さく、金利が高止まりしている間は4%前後の利回りが続くかもしれませんが、金利低下局面では利回りが素直に下がっていきます。
ここで重要なのは、「どちらが正しいか」ではなく、「自分が想定しているシナリオと時間軸に合っているか」です。金利が高止まりすると考えるなら短期ゾーン中心、近い将来に利下げが進むと考えるなら長期債のウェイトを増やす、といった組み立てが自然です。どのみち予測は外れる可能性が高いので、シナリオを一つに絞り込みすぎず、ポートフォリオ全体で複数の可能性に備える姿勢が重要になります。
まとめ:利回りの数字の裏側を理解して判断する
米国債とMMFは、いずれも「比較的安全性が高く、金利収入が期待できる資産」として、金利上昇局面で大きな注目を集めています。しかし、どちらも万能ではなく、為替リスクや金利変動リスク、商品ごとのルールやコストといった要素を正しく理解して初めて、自分に合った使い方が見えてきます。
利回りの数字だけを追いかけるのではなく、「どの通貨で、どの期間、どのリスクを取るのか」「自分のポートフォリオの中でどのような役割を持たせるのか」を常に意識しておくことが、長期的に安定した資産形成につながります。米国債とMMFの仕組みと利回りの動きを理解し、自分なりの判断軸を持って活用していくことが大切です。


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