コモディティ先物のロールイールド戦略:コンタンゴ/バックワーデーションを使いこなす実戦ガイド

先物取引

コモディティ先物やボラティリティ先物には、期近(フロント)と期先の価格差が常に存在します。この「カーブの傾き」から生まれる超過収益がロールイールド(roll yield)です。単に値上がりを当てにするのではなく、時間の経過そのものを味方につけて稼ぐ――それが本稿で扱う戦略の核心です。実需・保蔵コスト・金利・在庫(コンビニエンス・イールド)などが織り込まれることで、先物の期近と期先はしばしば乖離し、曲線(タームストラクチャ)が前向き(コンタンゴ)または後ろ倒し(バックワーデーション)になります。この構造的な歪みを、個人投資家でもシンプルなルールで収益源に変える方法を、具体例・数式・チェックリスト・簡易バックテスト手順まで含めて体系的に解説します。

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1. ロールイールドとは何か——「時間の経過」が価値を動かす

先物価格 F(0,T) は理論的に F(0,T) = S(0) × e^{(r + c - y)T} と表せます。ここで S(0) はスポット価格、r は金利(資金コスト)、c は保管・保険などのコスト、y はコンビニエンス・イールド(現物保有の利便価値)です。
期近が割高(コンタンゴ)なら、時間の経過で先物は価値が「現物」に向かって下がりやすく、反対に期先が割高ならロールダウンで利得を得やすくなります。逆にバックワーデーションでは、先物が満期に近づくほど価格が上に向けて収束し、ロング側に自然な追い風(正のロールイールド)が発生します。

ロールリターンの分解

先物のトータルリターンは概ね次の3つの要素に分解できます。

  1. スポットリターン:現物価格の変動(需給・景気・地政学・在庫統計など)
  2. ロールイールド:期近→次限月へのロール時の価格差による損益
  3. キャリー:金利・保管費・コンビニエンス・イールドが暗黙に与える期待的ドリフト

多くのコモディティETF(例:フロント限月連動型)は、現物価格が動かなくても、コンタンゴでロールコストが積み上がり基準価額が毀損しがちです。逆に、バックワーデーション期にはロングだけでプラスのキャリーが乗ります。これこそが本戦略の獲得対象です。

2. コンタンゴ/バックワーデーションを定量化する

実務では、単なる主観ではなく、期先−期近の年率化スプレッドでカーブの傾きを定量化します。代表的な指標は以下です。

  • キャリー(年率)Carry = ln(F_{{t,T2}}/F_{{t,T1}}) ÷ (T2−T1) × 365
  • ロールダウン利得/損失(%)(F_{{t,T1}} − F_{{t,T2}}) / F_{{t,T1}}
  • カーブ形状指標TermSlope = (F_{{t,T3}} − F_{{t,T1}}) / (T3 − T1)

これらを毎日更新し、プラスならバックワーデーション優位(ロングが有利)マイナスならコンタンゴ優位(ショートまたはカレンダー・スプレッドが有利)と判断します。

3. 収益の直感を数値で掴む(ミニ事例)

例:期近が100、1か月先が102(年率化+24%相当のコンタンゴ)とします。価格が不変でも、ロール時に期近売100で決済し、期先を102で買い直すため、約2%のロールコストが発生します。一方、期先が98(バックワーデーション)なら、ロールで+約2%の利得が期待できます。スポットが横ばいでもキャリーが効くので、相場観ゼロでも期待値が傾く――これがロール戦略の肝です。

4. 基本形A:単純ロング&定期ロール

バックワーデーションが顕著なときにフロント〜セカンド限月をロング→満期前に次限月へロールするだけで、正のロールイールドを取りにいけます。実装手順は以下の通りです。

  1. 対象(例:WTI原油・ブレント・銅・小麦・トウモロコシなど)を選定。取引所はCME/NYMEX/ICE等。
  2. ロールウィンドウ(例:満期の7〜5営業日前)を固定し、常に同じタイミングで期先へ乗り換える。
  3. ポジションサイズは目標ボラ(例:年率10%)で調整。size = target_vol / realized_vol のルールでリスクを平準化。
  4. イベント(OPEC会合、在庫統計、FOMC、CPI)前後は一時的にレバレッジを落とす。

5. 基本形B:カレンダー・スプレッド(期先ロング/期近ショート)

コンタンゴ環境では、期先買い・期近売りのスプレッドが有利です。価格水準の方向性を当てずとも、時間差の収斂(ロールダウン)から利益を狙います。

実装のコア手順

  1. スプレッド対象(例:CL M1−CL N1 等)を定義し、Spread = F_{{T2}} − F_{{T1}} を日次でトラッキング。
  2. コンタンゴ強度がしきい値(例:年率+10%)を超えたら建玉、バックワーデーション化で手仕舞い。
  3. 証拠金・SPANの変動に注意。片張りより証拠金効率は良いが、急変時のスリッページ対策が必要。

6. ETF/ETNで実装する——個人投資家の現実解

先物口座を開かなくても、先物連動型ETF/ETNでロール効果を扱えます。フロントロール型はコンタンゴ期に減価しやすく、バックワーデーション期に優位。複数限月を分散保有する「最適ロール」型は減価耐性が相対的に強い反面、バックワーデーション期の取り分は薄くなりがちです。
実務では、キャリー(年率化スプレッド)×価格モメンタムの合成スコアで銘柄を選別し、押し目で段階的に追加・戻りで利確といったルール化が有効です。

7. リスク管理の要点

  • 変動率ターゲティング:過去20日実現ボラでロットを調整。急騰時は自動的に縮小。
  • ロール執行:出来高の厚い時間帯(原油なら米セッション)に分割執行。限月跨ぎのスリッページ最小化。
  • テールリスク:地政学・政策・在庫ショックはギャップリスク。ヘッジ(逆張りスプレッド/保険的コール・プット)を検討。
  • 相関管理:コモディティ間の相関は季節・需給で変動。同時多発ドローダウンに備え、資源タイプを分散。
  • ロスカット設計:価格×ボラ基準のATRストップ、スプレッド縮小率のトリガーでクローズ。

8. シグナル設計:キャリー×モメンタム×シーズナリティ

単独のキャリーより、モメンタムとの掛け合わせが有効です。例えば、

score = zscore(Carry) * 0.5 + zscore(Mom_3m) * 0.3 + zscore(Seasonality) * 0.2
position = clip( round(score), -1, +1 )  # -1: ショート, 0: 中立, +1: ロング
notional = base_risk * (target_vol / realized_vol_20d)

シーズナリティは需給サイクル(例:作付・収穫、ドライブシーズン等)をインデックス化して用います。過学習を避けるため説明変数は3〜5個に絞り、外挿可能性を優先します。

9. 簡易バックテスト手順(Excel / Python)

Excel最小構成

  1. 限月ごとの期近(M1)・次限月(M2)終値を整列。
  2. 年率キャリー =LN(M2/M1)/(日数/365)、3か月モメンタム =PRICE/PRICE[-63]-1 を計算。
  3. score を計算し SIGN(score) をポジション(−1/0/+1)とする。
  4. 日次リターン = pos[-1] × 先物日次リターン。20日ボラでロットを調整。
  5. 月次・年次の勝率、最大DD、Sharpe、Sortino、Calmar を集計。

Python疑似コード


# df: columns = ['M1','M2','Price']
df['carry'] = np.log(df['M2']/df['M1']) / df['days_to_M2'] * 365
df['mom3']  = df['Price']/df['Price'].shift(63) - 1
df['score'] = z(df['carry'])*0.5 + z(df['mom3'])*0.5
df['pos']   = np.clip(np.sign(df['score']), -1, 1)
df['ret']   = df['pos'].shift(1) * df['Price'].pct_change()
df['vol20'] = df['ret'].rolling(20).std() * np.sqrt(252)
df['w']     = target_vol / df['vol20'].clip(lower=1e-6)
df['pnl']   = df['w'].shift(1) * df['ret']
  

10. ケーススタディ(仮想シナリオ)

Case A:原油が緩慢にコンタンゴ

フロント−セカンドのスプレッドが年率+15%。価格は横ばい想定。フロント売・セカンド買のスプレッドを維持。時間経過に伴う収斂が主な収益源。

Case B:在庫逼迫のバックワーデーション

フロントが期先より2%安い。フロントロングを定期ロール。スポット横ばいでもロールだけで年率+10%程度の期待値が生じうる。

Case C:VIX先物の構造的コンタンゴ

平常時は強いコンタンゴ。フロント売/ミドル買のスプレッドや、減価特性を踏まえたヘッジ付きショート戦略などが考えられる。急騰時のテールリスク対策は必須。

11. 実務オペレーションのコツ

  • ロール・カレンダーを事前作成し、満期・休日・イベントを可視化。
  • 分割執行:板の厚い時間帯にVWAP的に分散。
  • ポジション報告書:週次でエクスポージャ、ボラ、VaR、相関行列を確認。
  • 異常値監視:スプレッドのσ逸脱、IV急騰、在庫サプライズ等をトリガ化。

12. よくある誤解と落とし穴

  1. 「先物は必ず減価する」——コンタンゴ期のフロントロングに限る。バックワーデーションでは逆に利得。
  2. 「ETFなら中身を見なくてよい」——限月配分・ロール規則・費用率・借株/保管コストを確認。
  3. 「スプレッドは無リスク」——基差飛び・薄商い・ロール最終日リスクは現実。許容逆行幅を定量化。

13. 小さく始め、段階的にスケール

まずは1銘柄×低レバでプロセスを固め、損益分解(スポット・ロール・コスト)を日次で記録。エッジの再現性を確認した上で、銘柄分散・資金増額・シグナル多様化へ進みます。

14. 実装チェックリスト

  • 対象コモディティ/限月群を定義済みか
  • キャリーとモメンタムの更新を自動化したか
  • ロールウィンドウと執行ルールを明文化したか
  • 20日ボラ基準のサイズ調整式を実データで検証したか
  • テールイベント時のヘッジ・縮小ルールを実装したか
  • 検証と実運用の乖離を週次レビューしているか

15. まとめ

ロールイールドは「時間」を収益化するアロケーションです。方向性に過度に依らず、カーブの傾き=キャリーを体系的に取り込むことで、ポートフォリオのシャープレシオ向上に寄与します。小さく始め、規律を守り、検証を続ける。この三点に尽きます。


付録A:ロール損益の簡易分解式


Total PnL ≈ SpotReturn
         + (F_t,near − F_t,far)/F_t,near   # Roll Yield
         − TradingCosts                    # Commission & Slippage
    

付録B:ミニ用語集

コンタンゴ
期先が期近より高い状態。ロングはロールコストが発生しやすい。
バックワーデーション
期先が期近より安い状態。ロングに正のキャリーが乗る。
ロールオーバー
満期接近に伴う建玉の次限月への乗せ換え。
キャリー
期先と期近の価格差を時間で年率化した値。期待リターンの一部。

付録C:運用で生じやすい質問(FAQ)

Q1. どの銘柄から始めるべきですか?

流動性・ロール透明性・取引時間帯の相性で選びます。原油や金、主要農産物、主要為替先物などが候補です。

Q2. どの程度の証拠金余力が必要ですか?

ボラとイベントを考慮し、必要証拠金の2〜3倍の余力を基本とします。強制ロスカットの回避が目的です。

Q3. 逆行時の対処は?

ATRやボラ基準のストップ、ロット縮小、オプションによる部分ヘッジを併用します。

Q4. マルチアセットでの位置付けは?

株式・債券と相関が低く、分散効果が期待できます。相関が上がる局面もあるため、総リスクの管理を徹底します。

Q5. 検証期間は?

最低10年、可能なら20年超。コンタンゴ・バックワーデーション・急変を一巡させるデータが望ましいです。

補遺:実装ディテールの深掘り

ロールウィンドウは「いつも同じタイミング」で行うことで、裁量の入り込む余地を排し、エッジの源泉を特定しやすくします。限月横断の出来高プロファイルを可視化し、スプレッド注文・アイスバーグ注文・時間分割の最適な組み合わせを事前に決めておきます。実効スプレッドやヒット率をモニターし、執行品質をKPIとして管理することがパフォーマンスの下振れを防ぎます。

さらに、キャリー指標は対象銘柄ごとにスケールが異なるため、z-score正規化や分位スコア化(0〜100)を導入し、銘柄横断の比較可能性を確保します。銘柄ごとの最大想定ドローダウン(例えばバックテスト上位5%タイル)を「保険料」とみなし、ポートフォリオ内の資源タイプごとに上限配分を設定するのが実務的です。

最後に、ログ設計を軽視しないでください。取引前のシグナル値、約定価格、スリッページ、ロールコスト、建玉推移、PnL分解をすべて時系列で保存しておくと、戦略の健康診断が容易になり、改善サイクルが速まります。

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