本稿では、先物カレンダースプレッド(Calendar Spread)を用いて、相場の大トレンドに依存せずにリターン源泉を狙う方法を解説します。キーワードは「キャリー」「ベーシス」「ロール」です。裁定取引のような大規模資金が入りづらいニッチを突き、個人でも運用可能なサイズで“小さく勝ち続ける”ことを目的に設計します。
- 概要:先物カレンダースプレッドとは
- 基本用語の整理:キャリー/ベーシス/ロール
- なぜ個人投資家に適するのか
- 理論と直感:コンタンゴ/バックの力学
- 戦略デザイン:どちら側を仕掛けるか
- 損益分解:何で儲かり、何で損をするか
- 最小限の計測KPI
- 実装手順(株価指数先物の一例)
- 具体例(シンプルな数値検証)
- イベントドリブン:いつエッジが出やすいか
- リスク管理:素朴だけど効く原則
- 執行テクニック:スリッページ最小化
- ポートフォリオへの組み込み
- よくある失敗と対策
- 簡易チェックリスト(エントリー前)
- ミニマム自動化:スプレッド監視の疑似アルゴ
- ケーススタディ:コンタンゴ縮小の取り方
- 発展編:商品先物・金利先物への応用
- まとめ:小さく、繰り返す
- 付録:Q&A
概要:先物カレンダースプレッドとは
先物カレンダースプレッドは、同一原資産の異なる限月(期近と期先)を同時に売買し、その価格差の変動から収益を狙う戦略です。例えば、株価指数先物(例:日経225ミニ)で「期近を売って期先を買う(またはその逆)」ポジションを構築し、時間経過とともに収斂・拡散する価格差(ベーシス)から損益を得ます。方向(上昇・下落)の当てっこではなく、限月間の相対関係に賭ける点が特徴です。
基本用語の整理:キャリー/ベーシス/ロール
キャリーは、期先が期近より高い(コンタンゴ)または安い(バックワーデーション)ことによって時間経過とともに期待できるリターン成分を指します。原資産の保有コスト(資金調達金利、保管料、配当落ち等)が理論価格に反映されることで生じます。
ベーシスは、先物と現物(または限月間)価格差です。ここでは「期先−期近」の価格差を主に扱います。ベーシスは需給やイベント(配当、決算、指数入替、受渡事情)で動きます。
ロールは、限月到来に合わせてポジションを次限月に乗り換える作業です。ロール時の約定価格差が、キャリーの取り込みや損益確定に大きく影響します。
なぜ個人投資家に適するのか
トレンド依存度が低く、デルタ(方向性)を小さく抑えやすいからです。先物の買いと売りを同時に持つため、相場の急騰・急落リスクに対して相対的に頑健です。一方で、限月間スプレッドには季節性・イベント性・需給の歪みが定期的に生じやすく、そこに再現可能なエッジが生まれます。
理論と直感:コンタンゴ/バックの力学
金利と配当を持つ株価指数を例に考えます。先物理論価格は概ね「現物 × (1 + 金利) − 割引現在価値化した配当」で近似できます。金利が配当より大きければ期先が高くなりやすく(コンタンゴ)、逆なら低くなりやすい(バック)です。日々の時間経過で理論値に収斂する“キャリー取り”が期待されますが、実際の市場は需給で上下にブレるため、ポジション設計とロール戦術が肝心です。
戦略デザイン:どちら側を仕掛けるか
典型的には次の2系統です。
- ショートキャリー型:期先が割高(コンタンゴ拡大気味)と判断し、「期先売り・期近買い」を構築。時間経過で差が縮む(またはロール時に有利)と想定します。
- ロングキャリー型:期先が割安(バック気味)と判断し、「期先買い・期近売り」を構築。こちらは配当落ち・需給改善・イベントドリブンでの縮小を狙います。
損益分解:何で儲かり、何で損をするか
スプレッド損益は大きく「(期先−期近)の変化」と「ロール約定」の二要因で決まります。建玉時の差が+1.50で、手仕舞い時に+1.10へ縮小したなら、+0.40の利益です。ロールを跨ぐなら、ロールでの新旧スプレッド差もP/Lに寄与します。
最小限の計測KPI
- 現在のスプレッド水準:直近12か月のヒストリー中のどの分位にあるか(例:上位20%なら割高気味)。
- キャリー期待:理論モデル(簡易で可)に基づく1営業日当たりの収斂期待値。
- イベント・季節性:配当期、指数入替、SQ前後の歪みなど。
- 流動性・手数料:ミニ/マイクロの板、スプレッド、往復コスト。
- 証拠金効率:SPAN/PRIMEなど所要証拠金に対する期待収益率。
実装手順(株価指数先物の一例)
- 銘柄選定:国内なら日経225ミニ/マイクロ、TOPIX先物など、海外ならE-mini S&P 500、Micro E-mini等を候補にします。
- 限月選定:期近と期先(例:当限と翌限)。出来高と板の厚みを最優先します。
- 方向判断:直近のスプレッド分位・配当スケジュール・金利情勢から、ロングキャリー型かショートキャリー型かを決めます。
- 建玉数量:想定最大ドローダウンから逆算してロットを決めます。1スプレッド=1枚買い+1枚売りを基本単位にします。
- 約定管理:足のずれ(レッグリスク)を避けるため、同時約定(スプレッド注文)が可能な市場・証券会社を優先します。
- モニタリング:スプレッド水準、出来高、ロール期間の板状況をウォッチします。
- 手仕舞い/ロール:目標スプレッド到達、またはロール期間に入ったら、板の厚い時間帯に分割約定で滑りを抑えます。
具体例(シンプルな数値検証)
仮に日経225ミニの期近価格が 38,000、期先が 38,150 とします。スプレッドは +150(=期先−期近)です。ここで「期先売り・期近買い(ショートキャリー型)」を1枚ずつ構築します。
- 建玉時点の想定:コンタンゴがやや拡大気味で、配当・金利要因が薄れていくにつれて差が縮むと仮定します。
- 数日後、スプレッドが +110 に縮小してクローズした場合、+40の有利変化です。
- 日経225ミニの1ティックを 5円 とすると、40円の差は 8ティック相当で、片側1枚ずつのペアなら約¥40,000の損益インパクト(倍率や証券会社仕様に依存)となります。
重要なのは“指数自体の方向”を当てなくても、限月間の相対差だけでP/Lが決まる点です。
イベントドリブン:いつエッジが出やすいか
配当期(期近に配当落ちが集中)、決算集中期、指数リバランス、SQ週、連休前後などは需給が偏りやすいです。過去データで各イベント前後の分位とドローダウン分布を把握し、「やってはいけない日」を先に決めておくと損失の尾を短くできます。
リスク管理:素朴だけど効く原則
- 片張り禁止:原則としてレッグを必ず同時に建て、方向リスクを抑えます。
- 板が薄い時間を避ける:早朝・昼休み・引け間際などは滑りやすいです。
- イベント前の縮小:想定外のスプレッド拡大に備えて枚数を落とします。
- ストップ設計:「分位×ATR×倍率」で機械的にカット。期待値が崩れたら潔く撤退します。
- 資金管理:スプレッド1単位あたり“最悪ケース”の拡大幅を履歴から想定し、証拠金×3倍程度の余力バッファを持ちます。
執行テクニック:スリッページ最小化
スプレッド同時注文(カレンダースプレッドの専用注文)が使える証券会社を選ぶと、レッグずれが減ります。使えない場合は、板の厚い側を先に成行・薄い側を指値で待つ、あるいはアルゴのIFD/OCOで同時化を疑似的に実現します。ロールは通常、板が厚くなる時間帯に分割して執行し、約定平均を市場の中央値付近に寄せます。
ポートフォリオへの組み込み
カレンダースプレッドはデルタが小さいため、株式や債券と低い相関になりやすいです。資産全体のボラティリティを抑えつつ、独立したリターン源泉(キャリー)を追加できます。月次のロット上限、最大同時戦略数、想定相関の上限など、ルールベースで“過剰集中”を避けます。
よくある失敗と対策
- スプレッドの分位ではなく“見た目の絶対値”だけで判断してしまう → 分位と最近の分布(平均・標準偏差・歪度)をセットで見る癖をつけます。
- ロール週の板薄と広いスプレッドに飲まれる → ロール期間を事前にカレンダー化し、早めに縮小・分割・指値で対応します。
- 証拠金ギリギリで強制決済 → 余力3倍バッファと、枚数逓減のルールを固定化します。
簡易チェックリスト(エントリー前)
- 現在のスプレッドは直近12か月のどの分位か(例:上位15%/下位15%)。
- 配当・金利・イベントのスケジュールはどうか。
- 想定最大不利変動と証拠金余力の関係は安全か。
- ロール週の板・出来高は十分か(過去実績)。
- エグジット規律(分位戻り・時間切れ・損切り幅)は明文化されているか。
ミニマム自動化:スプレッド監視の疑似アルゴ
最初は手動で十分ですが、慣れたらスプレッド分位、ATR、イベント日を自動で表示する簡易ダッシュボードを作ると失敗が減ります。スコアリング(例:割安度+流動性+イベント遠近)に基づき、仕掛け/見送りを半自動判断するのも有効です。
ケーススタディ:コンタンゴ縮小の取り方
例として、期先が期近より+180の局面で「期先売り・期近買い」を構築し、配当イベント通過とともに+120まで縮小したとします。1スプレッドあたり+60の改善です。滑りを±10と見積もっても+50が残るなら、期待値は十分です。むしろ枚数過多でのドローダウン拡大が最大の敵です。
発展編:商品先物・金利先物への応用
商品は保管・季節性・供給ショックの影響が大きい一方、限月間カーブ(フォワードカーブ)に明確なパターンが出やすいです。金利先物はマクロイベントの影響が強いですが、限月間の感応度差(DV01差)を均すように枚数を決めれば、方向リスクを抑えた相対取引が可能です。いずれも、流動性とロールコストが最重要です。
まとめ:小さく、繰り返す
先物カレンダースプレッドは、相場観よりも“規律”で勝負します。分位とキャリー、イベントを前提に、小さく建てて素早く畳む。ドローダウンを浅く保ちながら、月次で薄く積み上げる。これが個人投資家でも再現可能なオペレーションだと考えます。
付録:Q&A
Q1. 最小資金はいくらから始められますか?
A. ミニ/マイクロのある市場を選べば、数十万円〜でも開始可能です。証拠金に対して3倍程度の余力を持ち、最大損失の想定に耐える設計にします。
Q2. いつが仕掛け時ですか?
A. スプレッドが統計的に極端(上位/下位分位)で、イベントまで時間があるときが有利です。逆に、ロール週直前や配当集中直前は見送りが賢明です。
Q3. 株価が急騰・急落したら?
A. 原則デルタは小さいですが、完全にゼロではありません。板の薄い局面ではスプレッドも広がりやすいので、枚数を落としておきます。
Q4. どの市場が良いですか?
A. まずはホーム市場で板と手数料が有利な銘柄から。次に海外のMicro/E-miniへの拡張を検討します。
Q5. 継続的に勝つコツは?
A. ルール化(分位・損切り・ロール手順)とロット管理です。月次で最大ドローダウンを記録し、翌月のロット上限に反映させます。


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