「指数は上がったのに、自分のETFは増えていない」。先物連動型ETFで最初に直面する違和感の正体が、ロールイールド(期近から期先へ乗り換えることで発生する損益)です。本稿では、コンタンゴ/バックワーデーションという先物曲線の形状が、あなたのリターンをどう削り、どう押し上げるのかを、初歩から実装まで一本道で解説します。理論で終わらせず、実際の発注とリスク管理まで落とし込みます。
なぜ「価格は上がったのに儲からない」のか——ロールイールドの正体
先物ETFは、期近限月の先物契約を保有し、満期が近づくたびにロール(期先へ乗り換え)を行います。期先価格が期近より高い(コンタンゴ)状況では、安い契約を売って高い契約を買うため、保有中に目減りするような圧力(負のロールイールド)が発生します。逆に期先が安い(バックワーデーション)なら、買い持ちでも自然にプラスのロール収益が乗ります。
先物ETFのトータルリターンは、ざっくり以下に分解できます。
トータルリターン ≒ スポット変化(基礎指数) + ロールイールド ± リバランス誤差等
指数が+10%でも、ロールイールドが-8%なら、結果は+2%程度にしかならないことがあり得ます。特に原油・VIX系など、恒常的にコンタンゴに傾きやすい市場では、長期の買い持ちが不利になりやすいことを最初に理解しておきましょう。
先物曲線の読み方:スポット、限月、期近/期先、コンタンゴ/バック
先物は「今の価格(スポット)」ではなく、「将来の受渡し価格」です。限月が異なる複数の先物価格を並べた曲線(タームストラクチャー)を観察します。
- コンタンゴ:期先ほど高い右上がりの曲線。保管・金利・便利さのプレミアム等により、期先が割高になりやすい。
- バックワーデーション:期先ほど安い右下がりの曲線。目先の需給逼迫やショートカバーで期近が割高。
- 期近/期先スプレッド:最短限月とその先の限月の価格差。ロールのたびに実現しやすい損益源。
ETFの月次レポートや目論見書には、組入れ限月やロール方法(期近集中か、分散か、カーブ最適化型か)が記載されています。自分が何をロールしているのかを、必ず把握しましょう。
ロールイールドの数式と直感——1分でつかむ
ロールイールドは、単純化すれば次の感覚で理解できます。
期先買いのロールコスト(買い持ち) ≒ (期先価格 − 期近価格) ÷ 期近価格
期先売りのロール受益(売り持ち) ≒ (期先価格 − 期近価格) ÷ 期先価格 に符号反転
コンタンゴでは買い持ちが不利、売り持ちが有利。バックでは逆。方向(トレンド)と形状(ロール)の2軸で期待リターンが決まります。
原油ETFの実例:WTI系で起きる「構造的な減価」
原油市場は在庫・輸送・金利等の要因で、平常時はコンタンゴに傾きやすい傾向があります。WTI期近連動型のETFは、毎月のロールで高い期先を買い直すため、長期保有で指数に劣後しやすくなります。パンデミック期のような大きな需給ショックでは極端な形状(例:期近暴落・期先粘着)となり、価格の動き以上にロールで差が出ることもあります。
一方、最適化型(期近・期先の配分を調整)や、期先寄りに配分する設計のETFは、コンタンゴの影響を緩和する場合があります。ただし、期先はトレンドへの感度が下がりやすいため、ロールコスト低減とトレンド感度のトレードオフを理解して選ぶ必要があります。
VIX先物ETFの実例:恒常コンタンゴで「持つだけで減る」
恐怖指数(VIX)先物は、平時は期近が低く期先が高いコンタンゴが常態化しやすく、日々ロールで少しずつ価値が擦り減る構造を持ちます。短期の急騰取り以外の長期ロングは本質的に不利で、時間が味方になるのはショート側です。ただし、急騰リスク(テイルリスク)が巨大なので、ショートは厳格なリスク制御が前提条件です。
実践:ロールイールド主導の戦略テンプレート
戦略A:コンタンゴ売り/バック買い(方向と形状の整合)
コンタンゴが明確で、トレンドも弱い(下落基調)市場では、ショート + コンタンゴ受益を狙う合理性があります。逆にバックで上昇基調なら、ロング + バック受益を組み合わせます。ポイントは、方向と形状を同じ向きにそろえること。片方が逆風だと期待値が薄まります。
実装手順:タームストラクチャーの勾配(期近→期先の上昇率)を計測し、閾値(例:+1.0%/月以上でコンタンゴ)を超えたら形状シグナルを「-1」、バックなら「+1」。そこに移動平均やブレイクを用いた方向シグナル(-1/0/+1)を掛け合わせ、ポジション = 形状 × 方向で決定します。過剰最適化を避けるため、閾値は大雑把で十分。バンド型のポジションサイズ調整(傾きが大きいほどサイズを増やす)も有効です。
戦略B:小型ポジションの日次リバランス(ドリフト活用)
コンタンゴの市場では、小さめのショートを日次でメンテし、ボラティリティが急騰したら速やかに縮小・撤退するルールを採用します。ロール受益は日々のドリフトとして徐々に乗りますが、急騰時の踏み上げが最大リスク。損切りは価格ではなくボラティリティ閾値(例:日次実現ボラが直近20日平均の2倍超)で機械的に行い、再エントリーも指標化して一貫性を保ちます。
戦略C:カレンダースプレッド(期近ショート×期先ロング)
方向リスクを抑え、形状の歪みだけを狙う手段です。コンタンゴで期近ショート・期先ロングのペアを組むと、価格変動の一部をヘッジしつつ、期近→期先へと収斂するロールで利益を狙えます。バックでは逆ポジション。スプレッドの感応度(ベータ)を推定して、デルタ中立に近づける調整を入れると、方向への依存がさらに減ります。
銘柄ユニバースの選び方
ETFを選ぶ際は、次のパラメータを確認します。
- 連動方式:期近集中か、複数限月の分散か、最適化か。
- 経費率・ロール方式:ロール頻度、発注の透明性、スプレッドの傾向。
- 流動性:出来高、気配、基準価額との乖離(プレミアム/ディスカウント)。
- 信託報酬以外のコスト:先物・スワップの取引コスト、担保運用の利回り。
原油(WTI・ブレント)、天然ガス、金、トウモロコシなどのコモディティや、VIX先物、国債先物など、構造的な形状特性が比較的安定している市場から始めるのが実務的です。
執行とコスト:スリッページを戦略に織り込む
ロール戦略は回転が多くなりがちです。スプレッド×発注サイズがパフォーマンスに与える影響を、必ず事前に年率換算して許容範囲を見積もります。VWAP・TWAP、板厚の時間帯、先物のロール暦(ロールウィンドウ)に合わせ、コストの再現性を確保してください。
リスク管理:想定外シナリオを数字で持つ
コンタンゴのショートは、期近急騰とベーシス拡大が同時発生すると大きく損を抱えます。想定ボラの3σ・5σシナリオで必要証拠金とドローダウンを金額で事前把握しましょう。ロール日は板が薄くなりやすいため、事前の縮小・ヘッジも定型化します。
- 損切り:価格ベースとボラベースの二重化。
- サイズ管理:資産全体のリスク予算(例:年率ボラの上限)と整合。
- 相関リスク:コモディティやボラ資産の同時変動を想定。
バックテストの落とし穴と検証の勘所
先物ETFは実コスト(ロール、スプレッド、税)の影響が大きく、インデックス連動の単純シミュレーションは過大評価になりがちです。限月別の先物連結(ロール規則を忠実に再現)で曲線をつなぎ、現実的なコストを差し引いて評価します。パラメータは最小限、頑健性テスト(期間ズラし、銘柄入替、コスト上振れ)で崩れないか確認しましょう。
チェックリスト(印刷して机に貼る)
- 今日のカーブ:期近→期先の勾配(%/月)を把握したか。
- ロール方式:自分のETFはどの限月をどう配分するか理解したか。
- 方向×形状:トレンドとカーブの向きを合わせているか。
- 執行計画:板の厚い時間帯/TWAPでコスト管理できているか。
- リスク:急騰・急落の5σシナリオで耐えるサイズか。
- 撤退ルール:価格・ボラ・時間の三本柱で定義したか。
Q&A:よくある誤解
Q1. コンタンゴは必ず損?
いいえ。ショートやカレンダースプレッドなら有利に働きます。重要なのはポジションの向きと形状の整合です。
Q2. 最適化型ETFなら安心?
ロールの逆風は和らぎますが、トレンドへの感度低下や追随遅れという別のコストが生まれます。
Q3. バックならロング一択?
需給が急に緩むとバックが崩れ、ロール追い風が突然止むことがあります。形状の安定性を常に監視しましょう。
まとめと次アクション
先物ETFの成否は、「方向」だけでなく「形状(ロール)」を読むかどうかで大きく分かれます。今日から、期近/期先スプレッドを毎日メモし、戦略A〜Cのうち自分のリスク許容度に合うものを最小サイズで運用テストしてください。ルールと記録が、ロールを味方にする最短ルートです。


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