「長く持てば増える」は半分正しく、半分は誤解です。長期で効くのは“算術平均リターン”ではなく、価格の軌跡(ボラティリティ)と再投資率を織り込んだ幾何平均リターンです。この記事では、複利の本質を数式の直感から実務設計まで一気通貫で解説します。今日から月1万円を積み立てる初心者でも、明日から実装できるレベルまで落とし込みます。
複利の誤解をほどく──「平均リターン=未来」ではない
教科書的な説明では、年率5%を20年複利で…と語られがちですが、現実の価格は上下動します。上下動(ボラティリティ)があると、同じ算術平均リターンでも最終資産は大きく変わります。理由は掛け算の世界では下落のダメージが非対称だから。−50%のあとに+50%でも元に戻りません(0.5×1.5=0.75)。この非対称性を捉えるのが幾何平均です。
幾何平均リターン g とボラティリティ・ドラッグ
連続複利の近似では、期待幾何平均リターン g は
g ≈ μ − ½·σ²
と書けます(μ=算術平均年率、σ=年率ボラ)。同じμでもσが高いほど g は小さくなり、長期の増え方が鈍ります。逆に、同じリスク量(σ)でμを少しだけ引き上げられれば、複利の総和は大きく変わります。したがって、投資の実務目標は「高いμ」を追うだけでなく、“μ−½σ²”を最大化するポートフォリオ設計に置き換わります。
直感で理解するミニ例
- ケースA:+10% → −10% → +10% → −10%(平均0%)でも、価格は 1×1.10×0.90×1.10×0.90=0.9801 と目減りします。
- ケースB:+5% → +5% → +5% → +5%(平均5%)は 1×1.05^4=1.2155 と増えます。
ボラティリティは「複利の漏れ」を生みます。だからこそ、分散とリバランスが効くのです。
手数料・税・信託報酬が g を削る構造
複利は“ネットの成長率”で回ります。売買コスト、スプレッド、信託報酬、貸株料、為替コスト、税(配当課税・譲渡益課税)などがμを押し下げ、結果として g を削ります。以下は実務で意識すべきチェックポイントです。
- コスト年率:信託報酬0.2%でも20年で約4%分の元本に相当する複利差が出る。
- トラッキング差:インデックスETFは「信託報酬+実運用要因」で指数からズレます。長期では累積差が無視できません。
- 税と再投資:配当課税後に再投資するか、非課税枠での再投資かで g が変わる。分配方針も効きます。
- 売買回転:売買が多いほどスプレッド・スリッページ・課税の複利負担が増す。意図的に回転率を抑える設計を。
ドルコスト平均法(DCA)vs 一括投資──いつどちらが有利か
DCAは価格の上下動を平均化し、タイミング依存を弱める戦略です。一方、期待リターンが正の資産では一般に「早く投下した方が有利」なので、一括投資の期待値が高くなりやすい。鍵はリスク(σ)と投資家の行動特性です。
- 一括優位:長期のリスクプレミアムが高く、ボラが過度でない場合。投資厚みを早く乗せるほど g を稼ぎやすい。
- DCA優位:ボラが大きく、短期の下落耐性に不安がある場合。破綻確率(途中離脱)を下げる行動ファイナンス上の効果が大きい。
結論:期待値の最大化だけでなく、継続性の最大化で手法を選ぶのが現実解です。続けられない戦略は g を高めません。
定額積立の数式と「再投資率」
毎月一定額Aを年率 g(幾何)で M ヶ月複利運用すると、将来価値(FV)はおおよそ
FV ≈ A × ((1 + g/12)^M − 1) / (g/12)
で近似できます。ここで g は実効的な年率──つまり費用や税金、ボラティリティ・ドラッグを差し引いた後の成長率です。配当は「税引き後でどれだけ再投資に回るか(再投資率)」で g に効いてきます。
リバランスはなぜ複利を助けるのか(リバランス・ボーナス)
相関の低い資産を組み合わせ、定期的に比率を戻すと「高い方を売り、低い方を買う」が機械的に発生します。これは平均回帰がある環境で特に有効で、g を押し上げる追加的な寄与(リバランス・ボーナス)を生みます。ポイントは以下。
- 相関が低いほど、ボラが高すぎないほど、ボーナスは増えやすい。
- リバランス頻度は「月次〜年次」。高頻度はコスト増で逆効果になり得る。
- ドローダウン時にルールで買い増すため、行動面の支えにもなる。
ドローダウンの非対称性と資金管理
−X%の損失を取り戻すには 1/(1−X) − 1 の上昇が必要です(例:−50%→+100%)。この非対称性は、初期資本を守ることが g を守ることに直結する理由です。よって、損切りルール・分散・ボラ目標化は“守りの複利装置”です。
レバレッジと「最適リスク」──ケリーの直感を使う
レバレッジは μ を押し上げますが σ も増やします。g≈μ−½σ² を最大化する最適レバレッジはザックリ言えば「ケリー比率 f* ≈ μ/σ²」の発想に近い(厳密には分布仮定や取引コストを要考慮)。過剰レバは g を下げ、道中の破綻確率を跳ね上げます。個人は「フル・ケリーの半分以下」を目安に抑えるのが通例です。
レバレッジETFの減価とコンベクシティ
レバレッジETFは日次で倍率を維持するため再調整され、ボラが高いとボラティリティ・ドラッグが顕在化します。同じ長期の指数水準でも、道中の荒さ次第で基準価額が大きく乖離し得ます。利用するなら、イベント限定・期間限定・ボラ目標化の枠内に収めるのが現実的です。
実務テンプレ:月1万円からの「複利設計」
① 目的と期限を明文化
- 目的:教育資金 / 老後資金 / 住宅頭金 / 旅行など。到達時期(例:15年後)を決める。
- 必要額:目標額を現在価値に直し、毎月積立額のレンジを算出。
② リスク予算(目標ボラ)を決める
- 年率ボラの目標を設定(例:8%)。過去データや常識的な範囲で仮置き。
- 目標ボラに合わせて株式・債券・現金・REIT・金などの比率を決める。
③ プロダクトを選定
- 低コスト・広範分散のインデックスファンド/ETFを主軸に。重複・高コストは避ける。
- 配当再投資の可否、為替ヘッジ有無、運用会社の実績、トラッキング差を確認。
④ 積立オートメーション
- 毎月の自動入金と自動積立設定。手を動かさない仕組みを先に作る。
- 権利・配当再投資(DRIP)やポイント投資も併用可。
⑤ リバランス・ルール
- 年1回(もしくは乖離±20%ルール)で自動/半自動の再配分。
- 税制優遇口座内でのリバランスを優先、課税コスト最小化。
⑥ 可視化とレビュー
- 月次で「評価額、拠出額、実効 g、ドローダウン、ボラ」を記録。
- 想定リスクからの乖離が大きければ配分・積立額を調整。
5つのミニ実例(数値はイメージ)
- 全世界株インデックス積立:μ=7%、σ=15%、g≈7−½×15²=7−112.5/100=−4.25%(※ボラ大の単純化例)。分散+債券10〜30%でσ低減→g改善。
- 60/40+年1回リバランス:単独μは低下もσが下がり、gが上がるケース。過去データでは「荒い株式単独<適切に分散したポート」。
- 配当再投資:税引後再投資率80%→g+α、受取現金化100%→g低下。目的に合わせて比率を決める。
- DCA vs 一括:期待値は一括優位。ただしDCAは最大ドローダウンを浅くし離脱確率を下げる。初期の心的安全性を買う手法。
- ボラ目標化:月次で株式比率を調整し年率8%ボラ目標。過度な荒れ局面で自動的にリスクを絞り g を守る。
よくある誤解と反例
- 「平均リターンが高ければ勝てる」→否。重要なのは g。高ボラ銘柄の“平均”は複利で目減りしうる。
- 「DCAは必ず一括より得」→条件次第。上昇トレンドが強いほど一括優位。DCAは行動面の保険と理解。
- 「配当は多いほど複利に有利」→再投資前提。税引後をそのまま消費すれば g は下がる。
- 「レバは常に危険」→設計次第。小さなレバ+ボラ目標化はg最大化に寄与し得る。ただし過剰は厳禁。
アクションチェックリスト(今日からできる)
- 目標額・期限・毎月拠出額を数値で書き出す。
- 年率ボラ目標(例:8%)を決める。
- 低コストの広範インデックスを主軸に配分を仮置き。
- 自動入金・自動積立・自動リバランスの設定。
- 受取配当の再投資設定(可能なら自動)。
- 月次で評価額・拠出・ドローダウン・実効 g を記録。
- コスト(信託報酬・スプレッド・手数料)を年1回見直し。
- 暴落時の買い増しルールを紙に書き、事前合意しておく。
- 想定を超えるボラが続くときは比率を落として継続を優先。
- 生活防衛資金を分け、投資口座に手を出さない仕組みを作る。
まとめ
長期の勝敗を左右するのは「夢の高利回り」ではなく、幾何平均 g を一貫して高め続ける設計です。μを少し上げ、σを無理なく抑え、再投資率を高め、ルールで継続する──この地味な作業が最終資産の差を生みます。小さく始め、仕組みで積み上げてください。

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