「どこで切るか・どこで取るか」を運に任せると、資金曲線はすぐにギザギザの下降線になります。本稿では、期待値(Expectancy)とリスクリワード比(RRR)、そして連敗耐性という3本柱で、損切り・利確の位置を定量的に決める方法をステップバイステップで解説します。理論だけでなく、現場でそのまま使える数式・テンプレート・具体例を提示します。
- なぜ「勝率」ではなく「期待値」か
- RRR(リスクリワード比)とブレークイーブン勝率
- 期待値を最大化する「5つの設計原則」
- 具体例①:RRR 1:2、勝率40%の短期トレード
- 具体例②:勝率は60%だがRRR 1:0.8のケース
- 連敗耐性と資金管理:何回負けても折れないサイズにする
- リスク・パー・トレード(1R)の決め方
- ストップと利確の置き方:構造×ボラで機械的に
- 時間軸とホールド時間:時間で優位性を管理する
- 部分利確とトレーリング:やるなら“期待値が上がる条件”だけ
- コストとスリッページ:RRRを削る見えない敵
- 検証フレーム:最低限これだけはやる
- テンプレ:実運用ルール(コピペ可)
- ケーススタディ:5つのよくある失敗を期待値で修正
- Q&A:よくある疑問
- まとめ:今日からのチェックリスト
なぜ「勝率」ではなく「期待値」か
勝率が高いだけでは資金は増えません。期待値がプラスかどうかが全てです。期待値は次式で定義します。
期待値 E = 勝率 × 平均利益 − 敗率 × 平均損失
ここで平均利益/平均損失は手数料・スリッページを含む実現値で評価します。取引の気分や一時的な成績に左右されず、1トレードあたりの価値で判断する思考です。
RRR(リスクリワード比)とブレークイーブン勝率
リスクリワード比(Risk:Reward Ratio, RRR)が決まると、損益分岐となる最低限の勝率(BE勝率)が求まります。
BE勝率 = 平均損失 ÷ (平均利益 + 平均損失)
たとえばRRR = 1:2(損1に対して利2)なら、BE勝率 = 1 / (2 + 1) = 33.3%です。33.3%を上回れば期待値はプラス。逆にRRR = 1:0.8のように利確が近すぎる設計では、BE勝率 = 1 / (0.8 + 1) ≈ 55.6%と必要勝率が一気に重くなります。
期待値を最大化する「5つの設計原則」
- 損切りは構造に合わせる:直近スイング安値/高値やATR×係数など、市場構造やボラティリティベースで置く。
- 利確は期待Rで置く:最低でも2R(損失の2倍)を基本に、環境で3R〜5Rを狙う。
- コストを先に引く:手数料・スリッページはRRRを直接削る。バックテストでも“ネット”で評価。
- 部分利確は期待値を毀損しやすい:利益伸長のロングテールを削るため、理由のない分割利確は避ける。
- 時間で切る:一定時間内に+1Rに届かないセットアップは優位性の不発として撤退。
具体例①:RRR 1:2、勝率40%の短期トレード
1トレードの損失幅を−1R(口座の0.7%)とし、利確を+2Rに設定、勝率は40%と仮定します。
期待値はE = 0.40×(+2R) − 0.60×(−1R) = +0.8R − 0.6R = +0.2Rでプラス。
1,000回繰り返すと理論上+200R。口座100万円・1R=7,000円なら+140万円の期待。もちろん分散はありますが、設計が正しければ長期で右肩上がりになります。
具体例②:勝率は60%だがRRR 1:0.8のケース
心理的には勝ちやすく快適ですが、E = 0.60×0.8R − 0.40×1R = 0.48R − 0.40R = +0.08R。
プラスではあるものの、コスト増やスリッページで即マイナス転落も。楽さより期待値を優先します。
連敗耐性と資金管理:何回負けても折れないサイズにする
敗率をq = 1 − 勝率とすると、L連敗の確率は近似的にq^Lです。勝率40%なら敗率60%。
- 5連敗の確率:
0.6^5 ≈ 7.8% - 8連敗の確率:
0.6^8 ≈ 1.7%
“起こり得る連敗”を前提に、1トレードあたりのリスク(1R)を口座の0.5%〜1.0%に制限すると、ドローダウンは現実的に制御しやすくなります。
リスク・パー・トレード(1R)の決め方
- 最大許容ドローダウン(MDD)を決める(例:−20%)。
- 「起こり得る連敗」をシビアに見積もる(例:8〜12連敗)。
- 1R = MDD ÷ 連敗想定(例:20% ÷ 10 ≈ 2% ⇒ さらに安全側で0.7%に設定)。
この逆算が、メンタル破綻を防ぐ最短ルートです。
ストップと利確の置き方:構造×ボラで機械的に
- 構造ストップ:直近スイングの外側に置く(安値/高値の下/上)。
- ATRストップ:
Stop = エントリー ± k × ATR(14)。トレンドならk=1.5〜2.5を目安。 - リワード:
TP = エントリー ± RRR × |Stop−Entry|。基本RRR≥2。
この3点のみで恣意性を排除できます。
時間軸とホールド時間:時間で優位性を管理する
短期なら「エントリー後N本以内に+1R未達なら撤退」と決めます。
時間の経過は期待値の低下と相関しやすいため、“時間ストップ”は思った以上に有効です。
部分利確とトレーリング:やるなら“期待値が上がる条件”だけ
部分利確は伸びる勝ちのサイズを削る傾向があり、期待値を押し下げます。例外は、ボラ急拡大局面で瞬時に3R超えなど、分布の裾を確保しつつ残り玉を伸ばせる場合。
トレーリングは価格が+2R到達後に直近スイングの内側に移動のような機械ルールを推奨。
コストとスリッページ:RRRを削る見えない敵
コストは“利確距離”を実質的に短縮します。平均往復コストが0.1Rあるなら、RRR 1:2は実質1:1.9。
バックテスト/検証時は、必ずコストを引いたネット成績で評価してください。
検証フレーム:最低限これだけはやる
- サンプル数:同一ルールで300〜500トレードは欲しい。
- 分布を見る:平均だけでなく勝ち/負けのヒストグラムを確認。
- 連敗の最大値:検証区間での最長連敗を抽出し、サイズに反映。
- レジーム別:トレンド/レンジ/乱高下に分けて期待値を測る。
テンプレ:実運用ルール(コピペ可)
【リスク管理】 ・1R = 口座残高の0.7%。 ・最大同時ポジション2、総リスクは1.4%以内。 【セットアップ】 ・直近スイング外側に構造ストップ、加えてATR(14)×2.0を下限に採用。 ・利確は+2Rを基本、強トレンド時は+3R〜+5Rに拡張。 【執行】 ・エントリー後、N本(5分足なら30本)以内に+1R未達→撤退。 ・+2R到達後、トレーリングは直近スイングの内側に移動。 【評価】 ・コスト控除後のE(期待値)> 0、かつ年初来MaxDD ≤ 12%。
ケーススタディ:5つのよくある失敗を期待値で修正
- 利確が近すぎる:RRR 1:0.8 → 1:2に再設計。BE勝率を55.6%→33.3%へ軽くする。
- 損切りがタイトすぎる:ノイズで刈られて勝率低下。ATR×係数で客観化。
- 部分利確の乱発:テールを切ってEが低下。+2R到達後の段階的処理に限定。
- サイズ過大:8連敗で崩壊。1Rを0.5〜1.0%に抑制。
- 時間切りが無い:“塩漬け”で機会損失。時間ストップ導入。
Q&A:よくある疑問
Q1. 勝率が低くても大丈夫?
A. RRRが十分に大きければ問題ありません。RRR 1:3で勝率30%でもEはプラスになり得ます。
Q2. トレーリングで利幅が縮むのが怖い。
A. +2R到達後にのみ実施するなど、期待値が上がる条件に限定すればOKです。
Q3. どの時間軸が良い?
A. 自分が“連敗を許容できる”頻度で回せる軸。短期は回転が利くがミスも増える。中期はノイズが減るが機会は減る。
まとめ:今日からのチェックリスト
- 1R(リスク)は口座の0.5〜1.0%に固定。
- ストップは「構造」かつ「ATR×係数」で恣意性排除。
- 利確は原則2R以上、条件が揃えば3R〜5R。
- 時間ストップで優位性の不発を切る。
- 部分利確は“期待値が上がる条件”に限定。
- コスト控除後の期待値で評価、連敗前提でサイズ決定。
勝率ではなく期待値。感情ではなく設計。資金曲線を守る損切り・利確に今日から切り替えましょう。


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