相場で勝てない理由は「当て方」ではなく、時価評価(Mark-to-Market:マークトゥーマーケット)を理解せずにレバレッジを使うことにあります。損益はポジションをクローズした瞬間にだけ発生する――そう思っていると、先物・FX・オプション・暗号資産の世界では簡単に破綻します。
なぜなら、これらの市場では多くの場合、あなたの口座は日々(場合によっては秒単位で)時価評価の損益により増減し、証拠金が足りなくなればロスカットや強制清算が走るからです。つまり「まだ損切りしていないから損は確定していない」という言い訳は通用しません。運用の勝敗は、時価評価で耐えられる設計かどうかで決まります。
この記事では、初心者が最短で意思決定の質を上げるために、時価評価の本質を「証拠金・清算価格・ヘッジ・ポジションサイズ」に落とし込み、株式の信用取引から先物・オプション、暗号資産(CEX/DEX、DeFi)まで横断して実戦手順を提示します。一般論では終わらせません。あなたが今日から使えるルールに変換します。
マークトゥーマーケットとは何か:結論は「あなたの口座残高を支配するルール」
マークトゥーマーケット(MtM)とは、保有中のポジションを「いまの市場価格」で評価し直し、含み損益を口座に反映させる考え方です。会計の用語として説明されがちですが、投資家にとっては会計ではなく強制終了(ロスカット/清算)を引き起こすエンジンです。
株式の現物投資だけをしていると、含み損益は単なる評価額の上下で済みます。しかし、証拠金取引(FX/先物/信用/暗号資産のマージン)では、含み損が拡大すると証拠金が削られ、一定水準を割ると追証や強制決済が発生します。ここに「時価評価が口座残高を支配する」という現実があります。
時価評価が必要になる理由:相手(清算機関/取引所)が信用リスクを負わないため
証拠金取引の本質は、あなたが借りてポジションを建てることです。相場が急変すると、あなたが支払えなくなるリスクが出ます。取引所や清算機関はそれを避けるため、ポジションを常に時価評価し、損が出れば証拠金から差し引き、足りなければ即座にポジションを閉じます。これがロスカットや清算のロジックです。
「確定損益だけ見れば良い」という誤解が危険な理由
初心者がよくやる失敗は、勝っているときは利確し、負けているときは「戻るまで待つ」ことです。現物ならまだ致命傷にならない場合がありますが、証拠金取引では戻る前に清算されます。あなたの意思とは関係なく、時価評価の損が一定水準に達した時点で強制終了します。つまり、損益を「確定」に限定して考える思考回路は、レバレッジ市場では構造的に不利です。
市場別に見る「時価評価があなたに与える影響」
FX(スワップポイント込み)
FXの損益は基本的に時価評価で口座に反映され、証拠金維持率が一定以下になるとロスカットされます。さらに厄介なのは、損益にスワップポイント(受取り/支払い)が絡む点です。スワップは毎日積み上がり、実質的に口座残高を削ります(支払いの場合)。つまり、相場が横ばいでも「時価評価+日次コスト」でジワジワ削られ、ロスカットに近づくことがあります。
先物取引
先物は典型的なMtM商品です。多くの先物は日々の清算(デイリー・セトルメント)により、含み損益が証拠金に反映されます。相場が不利に動いた日に証拠金が減り、追加入金が必要になります。ここで重要なのは、あなたが「長期で見れば勝てる」と思っていても、途中のドローダウンで追証が払えなければ強制退場になる点です。
オプション取引(プレミアムとギリシャ指標)
オプションの価値は、原資産価格だけでなくボラティリティ、時間価値(シータ)、金利などで変動します。つまり、原資産が横ばいでもオプション価格が下がる(買いの場合は損が増える)ことが普通に起きます。これも時価評価の世界です。さらに売り(ショート)を持つと、損失が急拡大し、証拠金が削られて強制決済が起きます。
暗号資産(CEX/DEX、Perp、DeFi担保)
暗号資産は「時価評価の厳しさ」が最も露骨に出ます。無期限先物(Perpetual)やマージンは、価格変動が大きいだけでなく、資金調達率(Funding)や急なボラティリティ拡大で清算が連鎖します。DeFiの担保借入(例:ETHを担保にステーブルコインを借りる)でも、担保価値が時価評価で落ちれば清算されます。しかもオンチェーン清算はMEVやスリッページの影響で想定より悪い価格で決済されやすい。MtMを甘く見ると一撃で終わります。
具体例で理解する:MtMを「数字」に落とす
例1:USD/JPYのFXで、なぜ“待つ”が破綻するのか
あなたがUSD/JPYを買い、逆行して含み損が拡大しているとします。重要なのは、含み損が増えると証拠金維持率が下がり、一定ラインでロスカットされることです。ここでのポイントは「その後に相場が戻るか」は関係ないということです。戻る前にロスカットされれば、あなたは復活できません。
このときの意思決定は、未来予測ではありません。最大逆行(ドローダウン)に耐えられるポジションサイズか、ロスカットまでの距離(=清算価格の距離)をどれだけ確保しているかです。MtMに強い投資家は、エントリー前にこの距離を計算します。
例2:先物で「中期目線の正しさ」が無意味になる瞬間
先物で中期的な方向性が当たっていても、途中の逆行で追証が発生し、資金繰りに詰むことがあります。ここで起きているのは、予測の勝負ではなく、資本の耐久戦です。つまり、あなたの戦略が「正しい」かどうかより、途中で資金が尽きない構造かどうかが勝敗を決めます。
例3:DeFiの担保借入で起きる“見えない損”
DeFiでETHを担保にステーブルコインを借りると、表面的には「借りたステーブルで運用して利回りを得る」ように見えます。しかし実際は、担保のETHが下落すると担保率が低下し、清算が走ります。しかも急落局面ではスリッページで想定より悪いレートで清算され、結果として手元のステーブル運用益など一瞬で吹き飛ぶことがあります。
この構造は、MtMを「担保価値のリアルタイム評価」として理解していないと見えません。初心者が「利回り」だけを見て突っ込むと危険です。
清算価格の考え方:MtMを“自分の守備範囲”に変える
時価評価が怖いのは、清算価格(ロスカット価格)が自分の意思と関係なく決まるからです。逆に言えば、清算価格を自分で遠ざける設計ができれば、MtMは味方になります。設計の要素は以下の4つに集約されます。
1) ポジションサイズ(最重要)
資金が小さいほど、レバレッジを上げたくなる心理が働きます。しかし、MtMの世界ではレバレッジを上げるほど清算価格が近づき、相場のノイズで退場します。まず「いまの資金で建てられる最大サイズ」ではなく、「最悪の逆行に耐えられるサイズ」で建てる。ここが分岐点です。
2) 証拠金の種類(クロスマージン vs アイソレート)
暗号資産取引所では、口座全体を担保にするクロスマージンと、ポジションごとに担保を切り分けるアイソレートが選べることがあります。クロスは清算までの耐久力が上がる反面、口座全体が巻き込まれます。アイソレートは被害限定ができる反面、清算に触れやすい。どちらが良いではなく、戦略とルールに合わせて選ぶべきです。
3) ボラティリティ(想定レンジ)
清算価格を計算するときに、初心者が見落とすのがボラティリティです。例えばBTCやアルトコインでは、日次で数%〜二桁%の変動が普通です。その市場で「2%逆行したら痛い」サイズで入るのは自殺行為です。逆にUSD/JPYのような相対的に低ボラの市場なら、同じ2%でも意味が違います。商品ごとに“許容逆行幅”を変える必要があります。
4) コスト(スワップ、Funding、金利、手数料)
MtMは「価格変動」だけでなくコストも含めた耐久戦です。FXのスワップ支払い、暗号資産のFunding、先物・信用の金利、オプションのタイムディケイ、取引手数料。これらが積み上がると、横ばいでも口座は削られます。耐久力を設計するなら、コストも逆行と同じくらい真剣に扱うべきです。
ヘッジでMtMを制御する:損益の“揺れ”を小さくする設計
ヘッジの本質は、当てることではなく口座の振れ幅(ボラティリティ)を下げることです。MtMを理解している投資家は、ヘッジを「保険」として扱い、保険料(コスト)を払ってでも清算を避けます。ここでは個人投資家でも実装しやすいヘッジの型を紹介します。
型1:現物+先物(デルタを落とす)
例えばBTC現物を保有しつつ、短期下落リスクを抑えたい場合、先物で部分的にショートを持つことでデルタ(価格感応度)を下げられます。重要なのは「完全ヘッジ」にしないことです。完全に消すと上昇も取れません。あなたが許容できるMtMの揺れに合わせて、部分ヘッジ比率を決めるのが現実的です。
型2:カバードコール(プレミアムで耐久力を作る)
現物(株やETF、暗号資産のオプションがある場合)を持ち、コールを売ってプレミアムを受け取るのがカバードコールです。これは“上値を一部差し出す代わりに”、受け取ったプレミアムで下落耐性を作る戦略です。MtMの視点では、プレミアムが毎月の「緩衝材」になります。ただし急落時の防波堤には限界があり、万能ではありません。
型3:プット買い(清算を避ける最後の安全弁)
オプションのプット買いは保険として強力です。コストはかかりますが、急落局面の損失が限定され、証拠金の毀損を抑えられます。MtMの恐怖は「損が増える」より「強制退場」なので、退場確率を下げることに意味があります。特にレバレッジを使う局面では、プットは“最後の安全弁”になり得ます。
意思決定のルール化:MtMに強い投資家が必ずやっている5つの手順
手順1:最悪ケースを“価格”ではなく“口座残高”で見る
「BTCが10%下がったら辛い」では弱いです。あなたが見るべきは「10%下がったら口座残高は何%減り、維持率は何%になり、清算まで何%残るか」です。価格予想より、口座の耐久力を定量化してください。
手順2:1トレードの損失上限を固定する
損失上限が曖昧だと、MtMの揺れに心理が耐えられず、最悪のタイミングで投げます。損失上限を固定するとは、「ストップを置く」だけではありません。ポジションサイズを決める段階で、許容損失に合わせてサイズを落とすことが本体です。
手順3:レバレッジを“利益の拡大”ではなく“清算確率の上昇”として扱う
レバレッジは利益を増やす道具ではありません。清算確率を上げる道具です。だから、使うなら「ここは勝率が高いから」ではなく、「ここは清算までの距離が十分あるから」「ここはヘッジで振れが抑えられるから」という条件で使います。
手順4:コストを見える化して、耐久期間を計算する
スワップやFundingが日次でどれだけ口座を削るのかを把握し、「何日耐えられるか」を計算します。横ばいでも削られるなら、戦略の前提が崩れます。利回りや期待値の議論は、コストを織り込んだ後にしてください。
手順5:流動性と約定品質まで含めて“実際の清算価格”を想定する
急変時は想定価格で約定しません。スプレッド拡大、スリッページ、取引所の不具合、DEXの価格乖離。これらを織り込んだ「実際の清算価格」を想定します。初心者ほど“理論値”を信じますが、退場を決めるのは現場の約定です。
よくある失敗パターン:MtMの理解不足が招く3つの事故
事故1:分散しているつもりで、実は相関が高い
複数銘柄に分けても、同じリスク要因(ドル高、リスクオフ、ボラ急騰)に支配されていると同時に逆行します。MtMでは、同時逆行が口座を一気に削ります。分散は銘柄数ではなくリスク要因で行ってください。
事故2:含み益を伸ばそうとしてレバレッジを上げ、反転で全て吐き出す
勝っていると気が大きくなり、サイズを増やす。反転するとMtMで含み益が消え、さらに清算に近づきます。勝ち局面ほどリスクを落とす。これはプロの基本です。
事故3:高利回りに惹かれてDeFiで担保率を攻め、急落で清算される
DeFiの利回りは魅力的ですが、担保率を攻めるほど清算確率が跳ね上がります。特にETH/BTCの急落局面では、オンチェーン清算が連鎖し、価格が飛びます。利回りは「平常時」の数字であり、MtMが支配するのは「非常時」です。
実戦テンプレ:あなたが今日から使える“MtM耐久”の設計図
最後に、具体的な運用テンプレを提示します。これは投資対象を問わず、FX/先物/暗号資産/オプションに横展開できます。
テンプレA:低レバレッジで生存確率を最大化する
まず、最大レバレッジの1/5〜1/10程度を上限にし、清算価格までの距離を厚く取ります。これだけで退場確率は劇的に下がります。利益が遅く見えるかもしれませんが、投資は「生き残った人」が最後に勝ちます。
テンプレB:ボラティリティに合わせてサイズを変える
USD/JPYとBTCを同じ“ロット感”で扱うのは誤りです。商品の平均変動(ATRなど)に合わせてサイズを調整し、どの市場でも口座の揺れを一定に保ちます。これにより、MtMの心理負荷が下がり、ルール遵守が容易になります。
テンプレC:急変リスクだけはオプションで切り落とす
常時ヘッジはコスト負けしやすいですが、イベント(指標発表、FOMC、重要決算、暗号資産の大型解除など)の前後だけプットやスプレッドで尾部リスクを切り落とす方法は有効です。MtMで最も破壊力があるのは“尾部”です。そこだけ保険をかけるのが合理的です。
まとめ:MtMを理解した瞬間、投資の難易度は一段下がる
マークトゥーマーケットは会計用語に見えて、投資家の生死を分けるルールです。あなたが制御すべきは相場ではなく、口座の耐久力です。清算価格までの距離、証拠金、コスト、ヘッジ、そしてポジションサイズ。これらを数字で把握し、ルール化すれば、相場のノイズで退場する確率は下がります。
「当てる」より「生き残る」。この順序に切り替えた人から、成績は安定します。


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