シャープレシオとは何か
シャープレシオは、超過リターン(投資リターン − リスクフリー金利)をリターンの標準偏差で割った値です。
Sharpe = (E[R] − R_f) / σ(R)
概念はシンプルですが、算出の設計(期間、頻度、年率換算、リスクフリー金利の選定、分布特性)で結果は大きく変わります。本稿では「比較可能性」を担保するための実装ルールを明確化します。
実装ルール:比較可能性を担保する標準
- 頻度の統一:日次リターンなら日次、1分足なら1分足でσを計算し、必要に応じて年率換算します。
- 年率換算:超過リターンを年率化(平均×
N)し、ボラティリティは√Nでスケールします(例:日次はN=252)。
Sharpe_ann = (μ_d × 252) / (σ_d × √252) - リスクフリー金利:評価通貨の短期国債利回り(円ならTB、米ドルならT-Bill)を年率で採用。超短期戦略(分足)ではほぼゼロ近似で十分な場合も。
- データ整備:欠損・スリッページ・手数料を必ず反映。実現可能性を意識し、発注約定の遅延やロット制約も組み込みます。
- ローリング評価:一定窓(例:6ヶ月)で推移を見る。単一時点のシャープはノイズが大きい。
- 外れ値耐性:分布の歪度・尖度が大きい戦略は、ボラの過小評価が起こりやすい。補助指標(Sortino, Calmar, Omega)も併用。
具体例1:ETFスイング戦略の評価
前提:日次リターン系列(手数料控除後)。平均日次超過リターンμ_d=0.08%、日次標準偏差σ_d=1.2%、N=252。
年率換算:
超過リターン=0.0008 × 252 = 0.2016(20.16%)
ボラ=0.012 × √252 ≈ 0.1905(19.05%)
よって、Sharpe ≈ 1.06。
解釈:年率20%の超過収益をボラ19%で獲得している。「安定した優位性」だが、資金拡大前にマックスDDと資金曲線の滑らかさも要確認。
具体例2:USD/JPYデイトレ(イベント回避型)
ルール:東京前場のみトレード。米重要指標発表日は回避。1回あたり想定スリッページ0.1pips、実コストを反映。
結果(過去2年):平均日次超過リターンμ_d=0.05%、日次標準偏差σ_d=0.6%。
年率Sharpe ≈ (0.0005×252)/(0.006×√252) ≈ 1.37。
考察:リスクイベント回避で分散は低下。取引回数が減るため、期待値×機会回数の最適点(トレード頻度)を探索する。
Sortino/Omegaとの補完関係
シャープは上下対称のボラを前提にします。下方リスクに重みを置くならSortino(分母=下方半分散)を併用。
タイル分位でリターン全域を捉えるOmegaは非対称分布に強く、暗号資産の戦略評価で有効です。
ローリング・シャープでレジーム変化を捕捉
6〜12ヶ月窓でシャープを時系列化し、上昇局面の持続と劣化局面の早期警戒を図ります。しきい値(例:0.5割れ)を撤退基準に組み込むと、裁量の迷いを削減できます。
ポートフォリオ設計:目標シャープから逆算
例:資金1,000万円、年率目標リターン10%、許容ボラ12%。
目標シャープは10% / 12% ≈ 0.83。
セクターETF、債券、ゴールド、現金同等物を組み合わせ、相関低位のペアを厚めに配分。
各構成要素の期待リターン・ボラ・相関から、最小分散に寄りすぎない現実的な組成を決定します。
実務チェックリスト
- データ頻度と年率換算ルールを固定(例:日次・252)。
- 手数料・スリッページを反映した実収益で評価。
- リスクフリー金利は評価通貨に一致させる。
- ローリング・ウィンドウで安定性を検証。
- Sortino/Calmar/Omegaで下方リスクやDDも併読。
- しきい値に基づく撤退・縮小ルールを明文化。
- 過剰最適化(パラメタ過学習)を避けるため、アウトオブサンプルと前進検証を実施。
落とし穴と回避策
1. ボラ低下の錯覚:薄商い市場での価格ギャップ未反映はσを過小評価。実約定ベースの損益系列を用いる。
2. 正規性の仮定:ファットテール戦略ではシャープが過大評価。極端損失の頻度はヒストグラムと分位で確認。
3. レバレッジ依存:シャープはレバレッジ中立だが、資金管理を誤れば破綻しうる。DD・証拠金管理を併置。
ケーススタディ:暗号資産のボラ戦略
現物×無期限先物のキャッシュ&キャリー(資金調達率の平準化)や、IVとHVの乖離を狙うカレンダースプレッドは、高ボラ資産でもシャープを押し上げやすい。
ただし、取引所・清算・ブリッジの信用リスクは別系統のリスクとして管理する。
まとめ:指標は「意思決定の約束事」
シャープレシオは万能ではありません。それでも、測り方を固定し、撤退・縮小・拡張の判断に落とし込めば、行動の一貫性が生まれます。
今日から、戦略・銘柄・ポートフォリオの「比較の共通言語」として運用を開始しましょう。


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