この記事で得られるもの
投資の情報は「期待リターン◯%」のような平均値の話が多いですが、あなたの資産形成・資産運用で本当に重要なのは、どんな順番で上がり下がりするかと、いつ・いくら取り崩すかです。これが原因で「同じ年率でも、資産が増える人と尽きる人が出る」現象が起きます。
この記事では、初心者でも自分の条件を入れて考えられるように、次の3点を“数字”で設計する方法を解説します。
1) 積立(入金)フェーズの到達確率 2) 取り崩し(生活費化)フェーズの資産寿命 3) 暴落が来たときの行動ルール(撤退・減額・リバランス)
なぜ「シミュレーション」が投資の武器になるのか
投資の失敗は、銘柄選び以前に「前提の置き方」が原因のことが多いです。たとえば、年率6%で増えると信じて計算したら、数年の下落が先に来て心が折れて売ってしまった、というパターンです。平均値の計算は、現実の“順番”を無視します。
ここで登場するのが投資シミュレーションです。シミュレーションは「未来の当て物」ではありません。自分が耐えられる下落幅・取り崩し額・投資継続率を先に確認し、破綻しにくい運用設計に落とすためのツールです。
つまり、シミュレーションの本質は「当てる」ではなく「壊れない設計」です。壊れにくい設計ができれば、短期のニュースに振り回されず、行動を安定させられます。結果として、長期の複利を実装できます。
投資シミュレーションの種類:どれを使うべきか
シミュレーションには大きく3種類あります。それぞれ役割が違うため、目的に合わせて選びます。
1. 直線(平均)シミュレーション:学習用
「毎年+5%で増える」と仮定して将来資産を出す計算です。積立の効果や複利の感覚を掴むには便利ですが、暴落や横ばいが入らないため、資産寿命の検討には弱いです。
2. シナリオ(固定経路)シミュレーション:現実に近い検討
「最初の2年で−30%、その後は回復」など、経路(道筋)を固定して試します。自分の不安(たとえば“初期に暴落が来たら?”)をピンポイントで検証できます。
3. モンテカルロ(確率)シミュレーション:設計判断に最強
リターンのブレ(分散)を含めて、何百〜何万通りの経路をランダム生成して確率分布を見ます。結論が「平均いくら」ではなく「破綻確率は何%」や「下位10%のケースでどれくらい苦しいか」になるため、資産寿命の設計に向きます。
最重要概念:シーケンスリスク(順番リスク)
同じ年率でも、下落が先に来るか、上昇が先に来るかで結果が激変します。特に、取り崩し期(リタイア後や生活費補填)に入ると順番リスクは致命的です。
簡単な例で見ます。資産1,000万円があり、毎年100万円を取り崩すとします。
ケースA:最初に+20%、次に−20%。 ケースB:最初に−20%、次に+20%。
平均は同じですが、取り崩しが入ると結果がズレます。ケースBは最初に減ったところから取り崩すので、回復局面の“元本”が小さくなり、戻りが弱くなります。これが資産寿命を縮める主因です。
だから、取り崩し期の運用では「年率◯%」より、初期の下落に耐える仕組みが優先です。
初心者が最初に作るべき「最小シミュレーション」
いきなり複雑なモデルは不要です。まずは自分の投資計画を壊しやすいポイントを洗い出すために、最小構成で作ります。以下の7項目を決めれば、基本の検討が可能です。
(A)時間軸
積立期間(例:10年)と取り崩し期間(例:30年)を分けます。人は“貯める”と“使う”で心理が変わります。だから設計も分けます。
(B)初期資産
例:200万円。現金・投資信託・株式の合計でOKです(目的が資産寿命なら、生活防衛資金は別枠にしておくと判断がブレません)。
(C)毎月の積立額
例:毎月5万円。積立は「市場に居続ける仕組み」です。シミュレーション上は、入金が“下落時の追加買い”として機能します。
(D)資産配分(株式:債券:現金)
例:株式70%・債券20%・現金10%。初心者は“全部株式”に寄せがちですが、暴落時の継続率が下がるなら、期待リターンより継続率を優先した方が最終的に勝ちやすいです。
(E)期待リターンとブレ(平均と標準偏差)
ここは細かい数値より「ざっくり守り気味」で十分です。株式は平均5〜7%でブレは大きい、債券は平均1〜3%でブレは小さい、のように“性質”を入れます。初心者がやりがちなのは、期待リターンを高く置きすぎることです。設計は保守的に置いた方が現実に強いです。
(F)手数料・税・インフレ
資産寿命をやるなら必須です。インフレ2%が30年続くと、生活費の“実質”は大きく変わります。手数料も年0.5%違うと長期で差が出ます。税は取り崩し時に効いてきます(課税口座の取り崩しは、売却益部分に課税が乗ります)。
(G)取り崩しルール
一番重要です。取り崩しには代表的に2つのルールがあります。
定額取り崩し:毎月(毎年)一定額を引き出す。生活は安定するが、暴落時に資産寿命が縮みやすい。
定率取り崩し:資産の一定割合(例:年4%)を引き出す。資産寿命は伸びやすいが、生活費がブレる。
初心者には「定額+下落時は減額」というハイブリッドが実用的です。生活の安定と資産寿命を両立させやすいからです。
具体例:積立10年→取り崩し30年の“資産寿命”を考える
ここでは具体例として、次の条件を置きます。
初期資産200万円、毎月5万円積立、株式70%・債券20%・現金10%、積立10年。その後は取り崩し30年、生活費として毎月15万円を引き出す(インフレ2%で増える)。年1回リバランスを実施。手数料は年0.3%と仮定。
この条件のポイントは「取り崩しがそこそこ重い」ことです。積立期は入金があるので暴落がむしろ味方になりますが、取り崩し期は暴落が敵になります。だから取り崩し開始直後の下落が一番危険です。
まず“破綻ライン”を定義する
シミュレーションは「どこを破綻とするか」を定義しないと意味がありません。ここでは、資産残高が0円になったら破綻とします。現実は0円前に行動修正(支出削減、再就職、住居変更など)が入るので、破綻確率は“最悪ケース”の指標として見ます。
次に“安全資金(バッファ)”を定義する
取り崩し期に入るなら、生活費の数年分を現金または超低リスク資産で持つ「バッファ」が強力です。たとえば、生活費15万円×24か月=360万円を現金バッファとすると、暴落時に株式を売らずに済む期間が生まれます。これだけで資産寿命が延びます。
暴落対応をシミュレーションに組み込む
ここが“オリジナリティ”の核心です。多くの人は「暴落時に買い増し」だけを言いますが、取り崩し期の本丸は「売らない仕組み」です。以下の3つをルール化して、シミュレーションの条件にします。
ルール1:株式が−20%下落したら取り崩しを一時的に10%減額
毎月15万円→13.5万円に減らす、という程度の調整です。生活側での調整が可能なら、このルールだけで破綻確率が下がります。現実的な理由は、暴落時は心理的に支出も慎重になりやすく、削れる項目が増えるからです。
ルール2:株式が−30%下落したら、リバランスで株式を“買い戻す”
恐怖で株式比率が下がった状態は、期待リターンを下げるだけでなく、回復局面の恩恵を取り逃がします。年1回の機械的リバランスがあるだけで、行動が安定します。
ルール3:現金バッファが12か月を切ったら、取り崩しは債券→株式の順に売る
「何を売るか」も順番が重要です。暴落時に株式を売ると、回復の芽を摘みます。だからバッファで耐え、次に価格変動が小さい資産から売る設計にします。これを決めておくだけで、最悪局面の意思決定が軽くなります。
モンテカルロの読み方:平均ではなく“下位の世界”を見る
モンテカルロの結果で見るべきは、平均曲線ではありません。見るべきは以下の3つです。
・破綻確率:資産が尽きる経路の割合。 ・下位10%の資産推移:運が悪い世界でどうなるか。 ・最大ドローダウン:途中でどれくらい減るか(心が折れるポイント)。
なぜ下位10%を見るのか。投資は「平均的にうまくいく」ではなく、「運が悪いときに撤退しない」ことが勝負だからです。運が悪い年が最初に来るとき、あなたが継続できるか。それが資産形成の成否を決めます。
初心者がよくやる“シミュレーションの罠”と対策
罠1:リターンを高く置いて安心する
年10%で回る前提で計算すると、どんな計画も良く見えます。しかし現実はブレます。設計は保守的(低め)に置き、結果が厳しく見えるなら、積立額・支出・配分を調整するのが正攻法です。
罠2:下落を“平均化”してしまう
年率の計算は下落の順番を消します。取り崩し期は特に危険です。必ず「初期に−30%が来た」などのシナリオを固定して検証し、精神的に耐えられる設計にします。
罠3:税金とインフレを入れない
長期の資産寿命は、実質ベースで考えないとズレます。インフレ2%は、生活費の上昇として効いてきます。税金は、売却益があるほど取り崩し時の手取りを減らします。現実の破綻は“税と物価”で起きることが多いです。
シンプルで強い「資産寿命」運用設計の型
ここまでの内容を、初心者向けの実装テンプレに落とします。大事なのは複雑さより、継続できることです。
型A:積立期(貯める)
・毎月の入金を最優先(相場の予想より優先)。 ・資産配分は「眠れる」比率にする(下落で投げない比率)。 ・年1回だけリバランス。 ・暴落時の追加投資は“自動化”されているとみなす(積立継続)。
積立期の勝ち方は単純です。相場の良し悪しより、積立を止めない仕組みの方が効きます。
型B:移行期(取り崩し開始の前後3年)
・現金バッファを1〜3年分持つ。 ・取り崩し開始前後は、株式比率を少し落としても良い(精神安定を優先)。 ・下落時の減額ルールを決める。
この移行期が一番事故が多いです。理由は「取り崩し+暴落」の合わせ技が来るからです。だからここだけは、期待リターンより“事故率”を下げる設計が有利です。
型C:取り崩し期(使う)
・定額取り崩しを基本にしつつ、下落時は減額(ハイブリッド)。 ・売却順序を固定(現金→債券→株式の順など)。 ・年1回リバランスで株式比率を戻す。 ・生活費のうち「削れない部分」と「削れる部分」を先に分ける。
取り崩し期の勝ち方は、暴落時に株式を売らないことです。これを実現する手段が、バッファと減額ルールと売却順序です。
ケーススタディ:暴落が最初に来たらどうするか
最後に、最も不安が大きいケースを言語化します。取り崩し開始直後(1年目)に株式が−35%下落したとします。
設計がないと、多くの人は「生活費のために株を売る」→「さらに下がる」→「怖くて全部売る」という流れになります。しかしルールがあれば行動は変わります。
・現金バッファが24か月ある→最初の2年は株を売らずに生活できる。 ・下落時は取り崩し10%減額→バッファ消費速度が落ちる。 ・年1回のリバランス→株式比率が下がった分を債券から買い戻す(回復局面の伸びを拾う)。
この設計により、下落局面は「耐える」「機械的に整える」で終わります。相場予想は不要です。これが資産寿命の実務的な伸ばし方です。
あなたの条件に落とし込むチェックリスト
最後に、今日このまま手元で検討を始められるよう、確認ポイントを文章で整理します。
まず、毎月いくら積み立て、いつから取り崩すのか、期間を確定させます。次に、暴落時に何%下がったら不安で売ってしまうかを正直に書き出します。その不安が強いなら、株式比率を下げるのではなく、現金バッファを厚くして「売らない」仕組みに寄せます。
さらに、取り崩し額を固定するのか、割合にするのか、下落時にどれだけ減額できるのかを決めます。減額できないなら、バッファ年数を増やすか、取り崩し開始時点の株式比率を落とす設計が必要です。
この一連の判断を数字で裏付けるのがシミュレーションです。最初は粗くて構いません。粗くても、前提とルールが決まるだけで、あなたの投資は“運任せ”から“設計”に変わります。
まとめ:投資の勝率は「当てる力」ではなく「壊れない設計」で上がる
投資シミュレーションは、未来を言い当てる道具ではありません。暴落が来ても継続でき、取り崩し期でも資産寿命が尽きにくい設計を作るための道具です。平均リターンに依存せず、順番リスク・バッファ・取り崩しルールを組み込んだ設計に変えるだけで、投資は現実に強くなります。
次の一歩は簡単です。あなたの「積立額」「期間」「配分」「取り崩し額」「バッファ年数」を紙に書き、最悪ケース(初期に−30%)を想定しても続けられる設計に調整してください。それが、初心者が最短で“勝ち筋”に近づく方法です。


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