ベータ値とは何か
ベータ値は「銘柄(またはポートフォリオ)が市場全体にどれだけ反応するか」を示す指標です。市場が1%動いたとき、ある銘柄が平均して何%動く傾向にあるのかを表します。ベータ1.2なら市場の1%上昇に対して1.2%ほど上がりやすく、ベータ0.6なら0.6%程度しか動かない、という理解で十分です。
統計的には次の式で表現できます。
β = Cov(R_i, R_m) / Var(R_m)
(R_i: 銘柄のリターン、R_m: 市場ベンチマークのリターン)
直感的には「市場と一緒にどれだけ動くか」の強さです。数値が高いほど感応度が高く、低いほど守備的です。
なぜベータを使うのか:勝率ではなく「リスク選択」を明確にする
相場が強い局面ではベータが高い銘柄は伸びやすく、逆に不安定で下向きの局面では低ベータ銘柄の方がドローダウンを抑えやすい傾向があります。相場の地合いに合わせて「どのタイプの銘柄を厚くするか」を切り替えるだけでも、体感リスクと資産曲線の滑らかさは変わります。勝率を無理に上げるのではなく、取るべきリスクの種類を選ぶのがポイントです。
ベータの入手法と簡易推定
1) 既存データを使う
証券会社や各種株式情報サイトには多くの場合、銘柄のベータが掲載されています。まずはそこを活用します。掲載がない場合は次の方法で概算できます。
2) Excel/スプレッドシートで概算する
- 対象銘柄とベンチマーク(日経平均やTOPIXなど)の終値データを同じ期間で取得。
- 日次(または週次・月次)の騰落率を計算。
- 関数
COVARIANCE.P(銘柄, 市場) / VAR.P(市場)でβを概算。
期間は12〜24か月程度の月次、または6〜12か月程度の日次が初心者には扱いやすいです。期間が短いほど最新の地合いをよく反映しますが、推定誤差も大きくなります。
高ベータと低ベータの意味合い
- 高ベータ(β > 1):グロース株、景気敏感株、テーマ/中小型に多い。上昇局面では収益加速しやすい一方、下落局面のドローダウンは大きくなりがち。
- 低ベータ(β < 1):ディフェンシブ株(生活必需・公益・通信など)や大型バリューに多い。急落時の耐性が比較的高く、資産曲線がなめらかになりやすい。
戦略の骨子:地合いで「タイプ」を切り替える
戦略の中核はシンプルです。市場のトレンドが強気なら高ベータ寄り、弱気・不安定なら低ベータ寄りにローテーションします。
判定ルール(最小構成)
- ベンチマーク(例:TOPIX)が200日移動平均線の上→「強気」。下→「弱気」。
- 強気:高ベータ銘柄/ETFの比率を高める(例:70%高ベータ、30%低ベータ)。
- 弱気:低ベータの比率を高める(例:70%低ベータ、30%高ベータ)。
- リバランスは毎月第1営業日。シグナルが変わらない限り配分のみ微調整。
慣れてきたら、50日・200日のゴールデンクロス/デッドクロスや、ボラティリティ指標、信用残などを補助判定に足して精度を上げてください。
実践設計:日本株・国内ETFでの組み方
1) 個別株で組む
- スクリーナーでベータ上位(高ベータ)20銘柄と、下位(低ベータ)20銘柄を抽出。
- 各グループ内を同額均等で分散(1銘柄5%×20=100%)。
- 地合い判定に従って「高ベータバスケット」と「低ベータバスケット」の配分を切替。
- 月1回、入替え時にベータ値を更新(直近12か月のデータで再推定など)。
2) ETFで組む(初心者向け)
個別株の選定が難しければ、性質の異なるETFで疑似的に高低ベータを構成します。一般に、グロース・中小型・テーマ系は相対的に高ベータ、大型バリュー・ディフェンシブ・高配当系は相対的に低ベータになりやすいです。各ETFの値動き特性を実際に確認し、2〜4本程度に絞って配分比率でチューニングします。
ロング・ショート応用(中級)
市場方向の影響を抑えたいなら、βニュートラルを目標にロングとショート(または先物/インバースでのヘッジ)を組み合わせます。
- 高ベータ・バスケットをロング、ベンチマーク先物(またはインデックス連動ETF)をショート。
- ロング側の合計β ≒ ショート側の合計β になるよう枚数/口数を調整(
ロング時価×β_long ≒ ショート時価×β_short)。 - 毎月リバランスでβドリフトを補正。
こうすることで、市場が横ばい〜下落でも「高ベータが低ベータを上回る局面」で超過収益を狙う設計にできます。コスト(手数料・先物/CFDの保有コスト・配当落ち影響)には注意が必要です。
期待できる効果と前提条件
- 下落期の打撃緩和:弱気判定では低ベータ配分を厚くするため、資産曲線の荒れが和らぎやすい。
- 上昇期の取りこぼし軽減:強気判定では高ベータの伸びを取りに行ける。
- 前提:ベータは不変ではありません。レジームが変わるとβも動きます。定期更新が必須です。
ケーススタディ(数値は説明用の仮例)
以下はイメージです。実データの検証ではありません。
| 手法 | 年率 | 最大DD | ボラ | シャープ比 |
|---|---|---|---|---|
| 買い持ち(高低混合) | 7.0% | -28% | 16% | 0.44 |
| 高低ベータ・ローテーション | 9.5% | -20% | 13% | 0.73 |
| βニュートラル(ロング・ショート) | 6.5% | -8% | 6% | 0.83 |
相場の地合いに合わせたタイプ切替と、βニュートラルの活用で、資産曲線の安定と超過収益のいずれか(または両立)を目指せます。
実装チェックリスト
- ベンチマークを決める(TOPIX/日経平均など)。
- 高ベータ群・低ベータ群を定義(個別株20×2、またはETF2〜4本)。
- βの更新頻度を決める(月1または四半期)。
- トレンド判定ルール(200日移動平均など)を明文化。
- 配分比率、入替基準、売買の上限コストをルール化。
- バックテスト(過去データで仕様確認)と紙上トレードを1〜3か月。
- 小さく始めて、運用しながらドキュメントを更新。
よくある質問(FAQ)
Q. ベータの「正解期間」は?
A. 正解はありません。短い期間は最新の地合いに敏感、長い期間は安定。まずは「直近12か月の日次」か「直近24か月の月次」でβを推定し、運用しながら最適化してください。
Q. ベータは業種でほぼ決まる?
A. 業種傾向はありますが、個別要因でズレます。銘柄ごとに推定し、定期更新するのが安全です。
Q. 個人でもロング・ショートは可能?
A. 可能です。指数先物/ミニ、CFD、インバースETFなどを使えば個人でもβ調整ができます。コストとレバレッジ管理を厳格に。
まとめ:地合いとβで「タイプ」を選ぶだけでも結果は変わる
銘柄当ての難易度を下げ、「どのタイプを厚くするか」を決めるだけでも、資産曲線は滑らかになります。まずは高低ベータ・ローテーションから始め、慣れたらβニュートラルで市場の影響を薄める設計へ。必要なのは、ルールの明文化・定期更新・小さく始める慎重さの3点です。


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