株式や債券だけで資産運用をしていると、想定外のインフレや供給制約、地政学リスクの局面でポートフォリオが一方向に傾きやすくなります。そこで注目されるのが、エネルギー・金属・農産物などの「コモディティ(商品)」をまとめて保有できるコモディティETFです。
ただし、コモディティは株式のように「成長に沿って長期的に右肩上がり」を前提にしづらく、価格は循環しやすい一方で、先物の構造(コンタンゴ/バックワーデーション)やロールコストの影響で“持っているだけで目減りする”ケースも起こります。この性質を逆手に取り、下げ過ぎた商品群に資金を回し、戻りで乗り換えるのが「逆張りローテーション戦略」です。
本稿は、特定銘柄の推奨ではなく、仕組みと手順を体系化することを目的にします。例で出す銘柄名・ティッカーは説明用のサンプルです。
逆張りローテーションとは何か
逆張りローテーションは、複数の資産(ここではコモディティETF)を並べ、一定期間で大きく下落したもの(=相対的に“弱い”もの)へ配分を増やし、反発したら利益確定・入れ替えを行う運用ルールです。ポイントは「当てに行く」ではなく「ルールで回す」ことです。
株式のモメンタム(強いものを買う)と逆で、商品は需給が急変しやすく、短中期で行き過ぎ→反転が起こりやすい局面があります。この“揺り戻し”を、分散とリバランスで取りに行く設計が基本です。
コモディティETFが特殊な理由:先物とロールコスト
コモディティETFには現物(例:金の現物保管型)もありますが、多くは先物(フューチャーズ)を通じて価格連動を目指します。先物は満期があるため、期近から期先へ乗り換える「ロール」が発生し、ここでコストや収益(ロールイールド)が生まれます。
コンタンゴ:持っているだけで不利になりやすい状態
コンタンゴは、期先価格が期近より高い状態です。期近を売って高い期先を買い直すため、ロールのたびに不利になりやすく、価格が横ばいでもETFの基準価額がじわじわ削られることがあります。特に天然ガスや一部エネルギー系で顕著になり得ます。
バックワーデーション:保有に追い風になりやすい状態
バックワーデーションは、期近価格が期先より高い状態です。ロールで安い期先に乗り換えられるため、保有に追い風になりやすいケースがあります。供給逼迫などで起きやすい一方、長く続くとは限りません。
戦略のコア設計:何を、いつ、どう入れ替えるか
逆張りローテーションを“投機”にしないために、最初にルールを固定します。以下は、初心者が運用に落とし込みやすい、実務的な設計案です。
対象ユニバースの作り方(例)
コモディティETFは種類が多いので、最初は「広い分散」と「メジャー商品」を混ぜた10本前後が扱いやすいです。例として、総合型(広く分散する商品指数連動)、金・銀、エネルギー、農産物、産業金属を組み合わせます。
例:総合型(例:DBC/PDBC等)、金(GLD等)、銀(SLV等)、原油(USO等)、天然ガス(UNG等)、農産物(DBA等)、銅(CPER等)など。商品ETFはコスト・構造・税制が異なるため、同じ“原油ETF”でも中身が違う点に注意が必要です。
評価期間:1〜3か月の“下げ過ぎ”を見る
コモディティの反発は短中期で起こりやすいため、評価期間は1か月(20営業日)〜3か月(60営業日)を主軸にします。長すぎるとトレンド変化を見逃し、短すぎるとノイズが増えます。
選定ルール:下落率の大きい上位を買う
基本はシンプルで十分です。各ETFの「直近60営業日のリターン」を計算し、下落率が大きい順に並べ、上位2〜3本を買います。月1回(例:毎月第1営業日)に入れ替えると運用負荷が下がります。
保有ルール:上位が入れ替わったら乗り換える
リバランス日にランキングを再計算し、買うべき対象が変わっていれば、機械的に乗り換えます。「もう少し待てば戻りそう」という裁量は、逆張り戦略の最大の敵になります。
配分:等金額 or ボラティリティ調整
最初は等金額配分(例:選んだ3本にそれぞれポートフォリオの10%ずつ、合計30%)が簡単です。慣れてきたら、値動きが荒い商品(天然ガス等)に配分が寄り過ぎないよう、過去の変動率で調整(ボラティリティターゲット)すると安定しやすいです。
“地雷”を避けるフィルター:商品特有のリスクをルール化する
商品は株よりも“構造負け”が起きやすいので、逆張りだけだと不利な局面があります。そこで、初心者向けに実装しやすいフィルターを3つ紹介します。
フィルター1:極端なコンタンゴを避ける
天然ガスや一部エネルギーで、先物曲線が強いコンタンゴのとき、逆張りしてもロールコストで戻りが削られやすいです。このため、可能なら「そのETFがどの先物限月を持つか」「ロール手法」「直近のロールコスト」を確認し、コンタンゴが強い局面では対象から外す、もしくは配分を半分にする、といったルールを入れます。
フィルター2:ドル高局面の“逆風”を理解してサイズを落とす
コモディティはドル建てで取引されやすく、一般にドル高は商品価格の逆風になりがちです。完全に相関が固定されるわけではありませんが、ドル指数(DXY)が急上昇している局面では、商品全体が沈みやすいことがあります。そこで、ドル高トレンド時は商品配分を抑え、逆張り枠を小さくするのが現実的です。
フィルター3:相関が跳ねる局面(危機時)は“現金比率”を上げる
市場が急落する局面では、本来分散が効くはずの資産同士が同時に売られ、相関が上がることがあります。この局面で逆張りを強めると、含み損が拡大しやすいです。例えば、株価指数の急落やボラティリティ上昇が起きているときは、商品枠を縮小し、現金(もしくは短期国債等)を厚くする、という“安全弁”を用意します。
具体例:月次で回す逆張りローテーション(イメージ)
以下は、あくまで手順イメージです。数字は仮定で、将来の成績を示すものではありません。
前提
・対象ETF:10本(総合型、金、銀、原油、ガス、農産物、銅、産業金属、など)
・毎月第1営業日に入れ替え
・評価指標:過去60営業日のリターン
・選定:下落率が大きい上位3本を保有
・配分:各10%(合計30%)+残り70%は株式/債券/現金など既存ポートフォリオ
リバランス日の判断(例)
ランキング結果が、(1)天然ガス -18%、(2)農産物 -12%、(3)銀 -10%だったとします。この3つをそれぞれ10%ずつ購入します。
翌月、天然ガスが反発して+15%戻った一方、銅が大きく下げてランキングに入ったとします。新しいランキングが(1)銅 -14%、(2)農産物 -9%、(3)金 -8%なら、天然ガスと銀を売却し、銅と金に乗り換えます。ここで重要なのは、天然ガスのその後を予想しないことです。ルール上は“役目を終えた”とみなして機械的に切り替えます。
収益源の分解:逆張り戦略は何で勝つのか
逆張りローテーションの収益は、主に3つの要素に分解できます。
1)行き過ぎの修正(ミーンリバージョン)
需給の偏りや投機資金の巻き戻しで、短期的に下げ過ぎた商品が反発する局面を拾います。コモディティは在庫・天候・輸送・政治など、供給ショックで振れやすく、行き過ぎの余地が生まれやすい点が特徴です。
2)リバランス効果(安く買って高く売るを自動化)
“毎月、弱いものを買い、強くなったら入れ替える”というだけで、裁量が入りにくくなります。分散ポートフォリオにおけるリバランス効果を、商品群の中で発生させるイメージです。
3)局面適応(インフレ・供給制約・景気後退のどこでも生き残る)
コモディティの中でも、強くなる商品は局面で入れ替わります。インフレ初期はエネルギー、景気後退なら貴金属、供給制約なら農産物、といった具合です。ローテーションは、商品内の“勝ち筋”の移動に追随しやすいのが利点です。
最大の失敗パターン:逆張りが“沼る”理由と対策
逆張りは、負け方が独特です。典型的な失敗パターンと、対策をルールとして用意します。
失敗1:落ちているナイフを拾い続ける
商品は需給の構造変化が起きると、下落が長期化することがあります。例えば、供給過剰が長期化するエネルギー、新技術や政策で需要が変質する商品などです。
対策は「損失限定の仕組み」を入れることです。例として、各ポジションに最大損失幅(例:-12%)を設定し、到達したら次のリバランスを待たずに縮小する、もしくは半分に落とすなど、明確な手当を決めます。
失敗2:ロールコストでじわじわ負ける
先物型ETFの構造で、価格が戻ってもロールコストで伸びが抑えられることがあります。
対策は、(a)構造の違うETFに入れ替える(例:アクティブロール、最適化ロール等)(b)コンタンゴが強い商品は対象外にする(c)対象を“総合型中心”にして個別エネルギー比率を落とす、のいずれかです。
失敗3:取引回数が増え、コストで削られる
ローテーションは入れ替えが前提なので、売買コストやスプレッドが収益を侵食します。
対策は、月次など低頻度に固定し、対象ETFも流動性の高いものを優先することです。さらに、入れ替え条件に“差が小さいときは維持”という閾値(例:ランキング差が1%未満なら据え置き)を入れると、無駄な売買が減ります。
ポートフォリオ全体での位置づけ:商品は“主役”にしない
コモディティは値動きが大きく、長期での期待リターンも局面依存です。このため、初心者は商品を主役にせず、株式・債券・現金のコアに対して「サテライト」として組み込みます。
目安として、商品枠は10%〜30%の範囲で設計し、残りは自分のコア戦略(インデックス、債券、短期資金など)で安定させます。逆張りローテーションは“エンジン”ではなく“サスペンション(揺れを減らす装置)”として使う方が破綻しにくいです。
実装チェックリスト:運用を“仕組み化”する
1. データの見方
・各ETFの直近60営業日リターン(下落率ランキング)
・過去1年の最大下落(ドローダウン)
・ドル指数(DXY)や米金利の変化(急変時は商品枠を縮小する判断材料)
2. ルールの固定
・リバランス頻度(例:月1回)
・選定本数(例:下落上位3本)
・配分(等金額かボラ調整)
・損失限定(例:-12%で半分縮小、-18%で撤退など)
・売買コスト対策(閾値で据え置き)
3. 記録と検証
・毎月の選定結果、売買理由(ルール上の理由)をメモ
・勝ち負けではなく、ルール逸脱がないかを点検
・3〜6か月単位で、配分や本数、評価期間の再調整を検討(頻繁に変えない)
よくある質問
Q1. 逆張りと長期保有、どちらが良いですか?
コモディティは、先物構造の影響で長期保有が不利になりやすい商品が混ざります。一方、金のように現物型に近いものは長期のヘッジとして機能し得ます。商品全体を一括で長期保有するより、局面で入れ替える設計の方が“構造負け”を回避しやすい、というのがローテーションの狙いです。
Q2. 逆張りのタイミングは裁量で早めても良いですか?
早めるほど当たり外れが増え、検証不能になりがちです。初心者は頻度を固定し、入れ替え日まで待つほうが結果的に安定します。裁量を入れるなら、最初から“安全弁(急落時の縮小)”のように、例外ルールを文章化しておくのが現実的です。
Q3. 商品は怖いのですが、最小構成は?
総合型ETFを中心にし、金を加える程度から始めるのが最小構成です。個別エネルギー(原油・ガス)は値動きと構造が強烈なので、慣れるまで比率を小さくするのが無難です。
まとめ:勝ちに行くより、崩れない仕組みを先に作る
コモディティETFの逆張りローテーションは、商品市場の“行き過ぎ”と“循環”を、分散とリバランスで収益化する発想です。肝は、(1)対象の選び方、(2)評価期間、(3)入れ替え頻度、(4)損失限定、(5)先物構造の罠回避、の5点をルール化することです。
予想を当てるゲームにせず、手順を固定して淡々と回す。これが、商品という難しいアセットを扱うときの最短ルートです。


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