ゴールド(金)は「インフレに強い資産」として語られがちですが、実務(=実際の手順)で使うなら、見るべき中核はインフレそのものより実質金利です。実質金利が下がる局面では金が上がりやすく、実質金利が上がる局面では金が伸びにくい。この関係は、短期のノイズを超えて投資判断の軸になり得ます。
この記事では、実質金利の定義やデータの取り方から、ゴールドとの関係が崩れる典型パターン、売買の具体的な設計(エントリー・利確・損切り・サイズ)まで、初心者でも再現できる形に落とします。結論はシンプルです。「インフレ期待」と「金融政策」の綱引きを、実質金利で一本化して読むと、金の動きが整理できます。
- 実質金利とは何か:名目金利と期待インフレの差分
- なぜ実質金利が下がると金が上がりやすいのか
- 実質金利の代表的なデータ:何を見ればよいか
- 相関が効く局面、効きにくい局面:壊れ方を先に知る
- 投資家が儲けに近づくための実践:見るべきは「変化率」
- シナリオ別:金が上がりやすい「実質金利低下」の中身
- 売買設計:初心者が再現できる「2つのルール」
- ルール1:実質金利トレンドでオン/オフを決める
- ルール2:ドル高局面をフィルターにする(相関崩れ対策)
- 商品選び:現物・ETF・金鉱株・先物の違い
- ポートフォリオ実装:比率の決め方を「役割」で決める
- 具体例:実質金利低下が始まったときの行動手順
- よくある失敗:金を「インフレだけ」で語ってしまう
- リスク管理:金にも「下落相場」はある
- 応用:金と債券を「実質金利」でスイッチする発想
- まとめ:チェックリスト(毎週10分)
- 日本の投資家向け注意点:円建ての金は「金×ドル円」で動く
- チェック頻度と情報源:日次で追わない方がうまくいく
- 小さな検証のやり方:相関ではなく「局面分類」で見る
- もう一段だけ精度を上げる:5年実質金利と「期限ミスマッチ」
実質金利とは何か:名目金利と期待インフレの差分
実質金利は、ざっくり言えば「お金の購買力が増えるか減るか」を示す金利です。式はシンプルで、
実質金利 = 名目金利 − 期待インフレ率
名目金利は米国なら10年国債利回り(UST 10Y)など。期待インフレ率は、代表例としてブレークイーブン・インフレ率(BEI)があります。BEIは、通常の国債とインフレ連動債(TIPS)の利回り差から推計されます。
重要なのは「インフレ率(実績)」ではなく「インフレ(の見込み)」です。金は将来の購買力の不安に反応しやすく、実績のCPIが出た後に追いかけても遅いことが多い。だから、市場が織り込む期待インフレを使います。
なぜ実質金利が下がると金が上がりやすいのか
金は利息を生まない資産です。よって投資家は常に「金を持つ機会費用」を意識します。その機会費用の本体が実質金利です。
例えば、実質金利が+2%なら、米国債を持てば購買力ベースで年2%増える期待がある一方、金は利息ゼロ。相対的に不利になります。逆に実質金利が0%やマイナスなら、債券を持っても購買力が増えにくい(あるいは減る)ので、利息ゼロの金でも「持つ意味」が増します。
さらに、実質金利が下がる局面は「金融緩和」「景気悪化」「信用不安」「インフレ再燃」などとセットになりやすく、金にとって追い風のストーリーが同時に揃います。ここで大事なのは、金の上昇理由を一つに固定しないことです。実際の相場は複合要因で動きますが、判断軸としては実質金利が一番扱いやすい。
実質金利の代表的なデータ:何を見ればよいか
初心者が追うべき指標は多くありません。優先順位をつけます。
① 10年実質金利(米10年TIPS利回り)
市場でそのまま見られる「実質金利」です。金との相関を取りやすく、変化の方向が重要です。
② 10年名目金利(米10年国債利回り)
政策期待や景気観に反応します。実質金利を分解して理解するために必要です。
③ 10年BEI(期待インフレ:10年名目−10年TIPS)
「インフレが上がって実質金利が下がる」のか、「名目金利が下がって実質金利が下がる」のかを判別するために使います。
この3点をセットで見れば、金が動く背景が「インフレ期待の上昇」なのか「景気悪化の金利低下」なのかを切り分けできます。ここが、単に金だけ見ている人との決定的な差になります。
相関が効く局面、効きにくい局面:壊れ方を先に知る
相関は永遠ではありません。実質金利と金の逆相関が「効きにくい」典型パターンを押さえます。
1)ドルが急騰している局面
金はドル建てで取引されるため、ドル高が強いと金が押されやすい。実質金利が下がっていても、ドル高の圧力が勝つ場面があります。特にリスクオフでドル独歩高になった局面は注意です。
2)流動性危機(全部売り)
市場がパニックになると「現金化」が優先され、金も一時的に売られます。のちに反発することが多いですが、初動は相関が壊れます。
3)中央銀行の金買い・売りが支配的
新興国の外貨準備分散など、中央銀行フローが強いと、短期的にはファンダよりフローが勝ちます。実質金利の説明力が落ちる期間が出ます。
4)金以外の「利息ゼロ資産」が投機対象化
暗号資産などが代替的に買われると、金の資金流入が弱まることがあります。ただし、信用不安局面では再び金が選好されるなど、循環的です。
投資家が儲けに近づくための実践:見るべきは「変化率」
多くの人が「実質金利が高いか低いか」を見ますが、相場を動かすのは水準そのものより変化です。金の短中期トレンドは、実質金利が「上がっているか/下がっているか」に強く反応します。
具体的には、10年TIPS利回りの4週(約1か月)変化や13週(約3か月)変化を見て、実質金利が低下トレンドに入ったかどうかを判定します。水準は確認程度でよい。理由は、相場は「織り込み」のゲームで、変化が止まった瞬間に金も止まりやすいからです。
シナリオ別:金が上がりやすい「実質金利低下」の中身
実質金利が下がると言っても、内訳でトレードの難易度が変わります。
A)期待インフレが上がって実質金利が下がる(BEI↑)
この場合は金にとって素直な追い風です。市場が「金融当局は後手」と感じると、金はトレンドになりやすい。エネルギー価格上昇や供給制約、財政拡張などが背景になりがちです。
B)名目金利が下がって実質金利が下がる(名目↓)
景気後退観測やリスクオフで債券が買われるケースです。初動は株が崩れ、金は「守り」で買われやすい一方、ドル高が強いと金が伸びにくいこともあります。ここではドルの動きが重要になります。
C)名目も期待インフレも同時に下がるが、名目の下げが大きい(名目↓>BEI↓)
デフレ懸念に近い局面で、金の反応が鈍ることがあります。金は「インフレヘッジ」としての物語が弱くなるからです。ただし、信用不安が強ければ金が買われることもあり、判断が難しい。初心者は避けるのが安全です。
売買設計:初心者が再現できる「2つのルール」
ここからが実際の手順です。シンプルなルールを2つ用意します。目的は「当てる」ではなく、勝ちパターンを踏み外さないことです。
ルール1:実質金利トレンドでオン/オフを決める
金を「持つ期間」を実質金利の方向で決めます。
買い(オン)条件:10年TIPS利回りの13週変化がマイナス(=3か月で低下)
売り(オフ)条件:10年TIPS利回りの13週変化がプラス(=3か月で上昇)
これだけで「実質金利上昇局面で金を長期保有して消耗する」ミスを減らせます。細かなタイミングは完璧でなくてよい。トレンドに乗る発想です。
ルール2:ドル高局面をフィルターにする(相関崩れ対策)
逆相関が崩れやすいのがドル急騰です。そこでフィルターを入れます。
追加条件:ドル指数(DXY)またはドル円が「短期で急上昇」しているなら、金の新規買いを遅らせる
例えば、ドル指数が4週で+3%超、あるいはドル円が4週で+5%超など、あなたが扱いやすい基準を置きます。これで「実質金利は下がっているのに金が上がらない」期間に飛び込む確率が下がります。
商品選び:現物・ETF・金鉱株・先物の違い
金への投資手段は複数あります。初心者が迷いやすいので、目的別に整理します。
・現物(地金・コイン)
長期の購買力防衛には向きますが、売買コスト(スプレッド)や保管コストが重い。短期トレードには不向きです。
・金ETF(現物連動型)
売買が簡単で、実質金利のトレードに一番使いやすい。流動性とコストのバランスが良い。初心者の主戦場です。
・金鉱株(ゴールドマイナー)
金価格にレバレッジがかかりやすい一方、企業要因(コスト、政治リスク、事故、ヘッジ政策)でブレます。金が上がっても株が伸びないことがある。上級者向け。
・先物
少額で大きく動かせますが、証拠金管理が必要で、ロスカットのリスクが高い。初心者は手を出さない方がいい。
ポートフォリオ実装:比率の決め方を「役割」で決める
金をどれだけ持つかは、将来予測ではなく役割で決めるとブレません。代表的な役割は2つです。
1)購買力防衛(守り)
株・債券が同時に不安定になる局面のクッション。目安は総資産の5〜15%程度。あなたのリスク許容度で決めます。
2)マクロトレンド(攻め)
実質金利低下トレンドで上積みを狙う。こちらはルール運用が前提で、ポジションサイズも「最大何%まで」と上限を決めます。例えば、守り枠10%は固定、攻め枠は0〜10%で増減、のように分けると管理しやすい。
具体例:実質金利低下が始まったときの行動手順
仮にあなたが毎週日曜に点検する運用だとします。チェックは10分で終わります。
手順
① 10年TIPS利回りの13週変化を確認(低下ならオン)
② 名目10年とBEIを見て、低下の内訳を把握(BEI↑なら強気、名目↓ならドルを警戒)
③ ドル指数(またはドル円)の4週変化を確認(急騰なら分割で入る)
④ 金ETFを2〜4回に分けて買い下がり/買い上がり(建玉を均す)
⑤ 逆方向に転じたら(13週変化プラス)段階的に縮小
この手順の良さは、ニュースの解釈合戦から降りられる点です。「FRBはどうするか」より、実際に市場が織り込んだ実質金利の変化を使う方が、売買の再現性が上がります。
よくある失敗:金を「インフレだけ」で語ってしまう
初心者がやりがちなのが、「CPIが高い=金が上がるはず」という単純化です。現実にはCPIが高い局面でも、FRBが強く引き締めれば名目金利が上がり、実質金利も上がり、金は苦戦します。
逆に、CPIが落ち着いて見えても、実質金利が急低下すれば金が上がることがあります。つまり、金の要因はインフレ実績ではなく、実質金利に要約されると理解した方が勝ちやすい。
リスク管理:金にも「下落相場」はある
金は安全資産と呼ばれますが、価格変動は普通に大きいです。守りとして持つ場合でも、下落を許容できる設計が必要です。
・損切りを価格だけで決めない
金はレンジが長い資産です。価格の小さな上下で振らされると、何度も損をします。前述のように、実質金利トレンドが反転したら縮小というロジック型の出口が合います。
・一括で入らない
金はトレンドが出るまで時間がかかることがある。分割で平均取得する方が精神的にも合理的です。
・金鉱株で代替しない
「金が上がるから金鉱株」と短絡すると、株式市場全体の下落に巻き込まれます。まずは現物連動の金ETFで役割を果たすのが先です。
応用:金と債券を「実質金利」でスイッチする発想
ここからがオリジナリティの部分です。実質金利は金だけでなく、長期債券の魅力度にも直結します。つまり、実質金利を「金 vs 債券」の配分スイッチに使えます。
実質金利が大きくプラスで上昇トレンドなら、購買力を増やしやすいのは債券側です。逆に、実質金利がゼロ近辺〜マイナスで低下トレンドなら、金の役割が強くなる。ここで重要なのは、株を外して「金と債券のどちらが主役か」を決めることで、ポートフォリオのブレが減る点です。
運用例として、守り枠(例えば20%)を「金+長期債」で構成し、実質金利トレンドで比率を傾けます。実質金利低下局面は金比率を上げ、実質金利上昇局面は債券比率を上げる。こうすると、マクロ局面に応じて守りの質が変わり、結果として株のリスクを受け止めやすくなります。
まとめ:チェックリスト(毎週10分)
最後に、再現性を高めるためのチェックリストに落とします。
1)10年TIPS利回りの13週変化はマイナスか?(金オンの判断)
2)内訳はBEI↑か、名目↓か?(金の伸び方とドル警戒)
3)ドルは短期で急騰していないか?(相関崩れ回避)
4)商品は金ETF中心か?(余計なリスクを足さない)
5)出口は実質金利トレンド反転か?(価格ノイズで振らされない)
この5点だけで、金投資は「雰囲気」から「設計」に変わります。ニュースを追いかけるより、実質金利という一本の軸で判断する方が、結果として無駄な売買が減り、パフォーマンスのブレも抑えられます。
日本の投資家向け注意点:円建ての金は「金×ドル円」で動く
日本から金ETFや投信を買うとき、実際にあなたが持つのは多くの場合「円建ての金」です。円建て金価格は概念的に、
円建て金 ≒ ドル建て金 × ドル円
となります。つまり、ドル建て金が横ばいでもドル円が上がれば円建て金は上がるし、その逆も起きます。実質金利で金の方向を読めても、為替が逆方向に動くと円建ての損益は簡単にねじれます。
対策は3つあります。
① 為替ヘッジ付き商品を使う
金そのものの値動きに集中したいなら選択肢になります。ただしヘッジコスト(≒金利差)が効くため、長期保有ではコストが積み上がります。
② そもそも円安ヘッジとして金を持つ
ドル円上昇局面は日本の輸入インフレに直結しやすい。円建て金は購買力防衛の目的に合いやすいことがあります。あなたが「国内購買力」を守りたいなら、ドル円要因を完全に消す必要はありません。
③ 金とドル円を分解して管理する
金は実質金利で判断、為替は別ルールで管理します。例えば、ドル円はトレンド指標(移動平均や高値安値更新)でヘッジ比率を調整し、金の判断とは混ぜない。これだけで運用が読みやすくなります。
チェック頻度と情報源:日次で追わない方がうまくいく
実質金利は日々動きますが、個人投資家が日次で追うとノイズに巻き込まれます。この記事で提案した13週変化は「週次〜隔週」の管理に向きます。データは、金融情報サイトや公的統計、各種チャートサービスで十分です。
実務上のコツは、更新曜日を固定することです。例えば「毎週日曜の夜に確認」と決める。こうすると、イベント(雇用統計やFOMC)の直後に感情で動くことが減り、ルール運用が続きます。
小さな検証のやり方:相関ではなく「局面分類」で見る
「実質金利と金は逆相関」と言われると、相関係数を計算したくなります。しかし相関は、期間の取り方で簡単に変わります。個人がやるべきは相関計算より、局面分類です。
具体的には、過去数年を以下の4象限に分けて、あなたが買いやすい場面を探します。
① 実質金利↓・ドル↓:金が最も素直に上がりやすい
② 実質金利↓・ドル↑:金は伸びにくいことがある(分割が効く)
③ 実質金利↑・ドル↓:金は重い(無理に持たない)
④ 実質金利↑・ドル↑:金に逆風(オフ推奨)
この分類で自分の失敗パターンが見えます。特に②で飛び乗って含み損を抱える人が多い。ここを避けるだけで、体感の勝率は上がります。
もう一段だけ精度を上げる:5年実質金利と「期限ミスマッチ」
金は「超長期の価値保存」として語られますが、相場の反応は10年実質金利だけでなく5年実質金利に引っ張られることもあります。理由は、インフレ期待や政策金利見通しがまず中期(2〜5年)で動き、その波が長期へ伝播するからです。
もし10年TIPSが横ばいで判断が曖昧なら、5年実質金利も併用してください。5年が先に低下に転じたのに10年が追随していない局面は、金が「先回り」で動き始めることがあります。逆に、5年が上昇に転じたら、10年がまだ低下でも金が頭打ちになりやすい。ここは上級者の一歩手前として覚えておく価値があります。


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