株式市場が順調に上昇しているときは、インデックスに連動する投資信託やETFを買っておくだけでも資産は増えていきます。しかし、相場には必ず「転換点」があります。金利の方向が変わったり、景気指標が悪化したり、地政学リスクが高まったりすると、それまでの上昇トレンドが一気に崩れ、短期間で大きなドローダウンが発生することがあります。
このような局面で「すべて株のみ」で運用していると、含み益が一気に削られたり、底値付近で恐怖に耐えられずに売却してしまうリスクがあります。そこで有効なのが、短期国債(T-Bills)と株価指数を組み合わせた相場転換ヘッジ戦略です。
短期国債(T-Bills)+株価指数ヘッジ戦略の基本コンセプト
まず、この戦略の骨格を整理します。
・株価指数(例:S&P500、NASDAQ、日経225など)をメインエンジンとしつつ、
・短期国債(T-Bills)を「安全資産+ヘッジ」として組み合わせて、
・相場の転換点(下落トレンド入り)でのダメージを小さくする
というのがこの戦略のコンセプトです。
短期国債は満期までの期間が1年未満の国債を指し、価格変動リスクが小さく、金利上昇局面でも長期債に比べて値下がり幅が限定的です。また、金利水準が一定以上にある環境では、短期国債そのものからも利息収入(利回り)を得ることができます。
一方、株価指数は長期的なリターンの源泉です。経済成長・イノベーション・企業利益の積み上がりによって、長い目で見れば右肩上がりになりやすい資産クラスです。ただし、短期的には大きく上下するため、相場の天井圏でフルインベストメントだと、下落局面のストレスが非常に大きくなります。
「オール株」ではなく「株+短期国債」にする意味
株式100%のポートフォリオは、上昇局面では最も効率的に資産を増やせる一方で、暴落局面ではそのまま全身で下落を受け止めることになります。例えば、株式インデックスが−30%下落すれば、ポートフォリオもほぼ−30%の評価損を抱えることになります。
しかし、株式70%+短期国債30%のような構成にすると、株式部分が−30%下落しても、ポートフォリオ全体の下落はおおよそ−21%程度にとどまります。短期国債部分は値動きが小さく、むしろ金利上昇局面では利回りが上がり、クッションとして機能するからです。
この「クッション」があることで、暴落局面でもメンタルが保ちやすくなり、底値付近で投げ売りするリスクを下げることができます。
なぜ短期国債(T-Bills)なのか:長期国債との違い
債券と一口にいっても、短期国債・中期債・長期債では性質が大きく異なります。相場転換ヘッジ戦略で短期国債を選ぶ理由を整理します。
デュレーションと金利感応度
債券価格は金利と逆方向に動きます。金利が上がると債券価格は下がり、金利が下がると債券価格は上がります。この「金利に対する価格の感応度」を表す指標がデュレーションです。
一般に、残存期間(満期までの期間)が長いほどデュレーションも大きくなり、金利変動の影響を強く受けます。長期国債は金利が上昇すると大きく値下がりし、逆に金利低下局面では大きく値上がりします。
一方、短期国債はデュレーションが小さく、金利が急に上がっても価格変動は限定的です。その代わり、金利が下がっても大きなキャピタルゲインは期待できません。そのかわり、「価格があまり動かない代わりに、利回りを比較的安定して受け取る安全資産」として使いやすいのが短期国債です。
相場転換ヘッジにおける短期国債の役割
相場の転換点では、金利・株価・景気指標が複雑に絡み合って動きます。ここで長期国債を大きく持っていると、「株は下落しているのに、金利上昇で長期債も下落」という二重のダメージを受けるリスクがあります。
短期国債であれば、金利が上昇しても価格変動は限定的であり、むしろ新しく買い直したときの利回りが上がるメリットがあります。したがって、「何が起きても大ダメージを受けにくい安全資産」として、相場転換時のヘッジの土台にしやすいのです。
戦略の基本構造:ポートフォリオ設計の考え方
ここから、具体的なポートフォリオ構造を分解していきます。
ステップ1:自分のリスク許容度を決める
まず最初に決めるべきは、「どの程度のドローダウンまで耐えられるか」です。
例えば、
- 最大ドローダウン−10%ならまだ冷静でいられる
- −20%までならギリギリ耐えられる
- −30%を超えるとメンタル的に厳しく、投げ売りしてしまいそう
といったイメージを持っておくと、株式と短期国債の比率を決めやすくなります。
ステップ2:株式と短期国債の基準比率を決める
リスク許容度の目安に応じて、例えば以下のような比率を仮決めします。
- リスク高め:株式80%+短期国債20%
- バランス型:株式60〜70%+短期国債30〜40%
- 守り重視:株式40〜50%+短期国債50〜60%
ここでの「株式」は、インデックスファンドや株価指数ETFを想定しています。日本株だけでなく、世界株・米国株指数など、自分がメインで投資したい指数を選べば問題ありません。
ステップ3:相場環境に応じた「ヘッジ強度」の調整
この戦略のポイントは、相場環境に応じて短期国債の比率を微調整することです。
例えば、
- 株価指数が長期トレンドの上昇線の近辺にあり、割安〜適正水準:
株式比率をやや高め(例:70%)、短期国債比率をやや低め(例:30%)に保つ - 株価指数が急上昇してバリュエーションが割高、かつ金利上昇リスクが高まっている:
株式比率をやや落として(例:60%)、短期国債を増やす(例:40%) - 景気指標の悪化や金融引き締めの長期化が見え、下落トレンド入りが濃厚:
株式をさらに減らし(例:50%)、短期国債を厚め(50%)にして守りを固める
このように、完全なマーケットタイミングを狙うのではなく、「割高感が強まったときに少しずつヘッジを厚くする」という発想で運用するのが現実的です。
具体例:シナリオ別の値動きイメージ
ここでは、株式70%+短期国債30%というポートフォリオを例に、株式市場の動きに応じてどのような結果になりやすいかをイメージしてみます。
シナリオ1:株価指数が+20%上昇した場合
株式部分:+20%の上昇
短期国債部分:価格はほぼ横ばい、利回りを年数%程度受け取るイメージ
ポートフォリオ全体では、おおよそ+14〜15%程度のリターンが期待できます。もし株式100%であれば+20%ですが、短期国債を30%混ぜているためリターンはやや抑えられます。その代わり、次のシナリオで守りが効いてきます。
シナリオ2:株価指数が−20%下落した場合
株式部分:−20%の下落
短期国債部分:価格はほぼ横ばい、利回り分がプラス要因
ポートフォリオ全体では、おおよそ−14%前後の下落にとどまります。短期国債が「下がらない資産」として働き、全体の下落幅を緩和します。
もしこのタイミングで、短期国債の一部を売却して株式を買い増せば、安値圏で株式を拾う「リバランス買い」ができます。これにより、次の反発局面でより大きなリターンを得られる可能性が高まります。
シナリオ3:株価指数が横ばい、金利はじわじわ上昇
このような局面では、株式部分のリターンはあまり期待できませんが、短期国債部分の利回りは徐々に上がっていきます。新規に買い直す短期国債はより高い金利で運用されるため、「待機資金」にもある程度のリターンが乗るイメージです。
結果として、「株の横ばい期間も退屈なゼロリターンではなく、短期国債でじわじわ増やしながら次のトレンドを待つ」という運用が可能になります。
実際の運用ステップ:初心者向けの手順
ここからは、実際にこの戦略を始める際のステップを具体的に整理します。
ステップ1:利用する金融商品を選ぶ
短期国債と株価指数に投資する手段としては、以下のような選択肢があります。
- インデックスファンド(投資信託)を利用する
- 株価指数ETF+短期国債ETFを組み合わせる
- 証券会社が提供する短期国債ファンドやマネーマーケットファンド(MMF)を利用する
初心者にとっては、インデックスファンド+短期国債ファンドの組み合わせがシンプルで分かりやすいです。毎月の積立設定や自動リバランス機能を使える商品・サービスを選ぶと、運用の手間も小さくできます。
ステップ2:積立比率と初期配分を決める
例えば、
・毎月の積立額10万円のうち、株式インデックス7万円、短期国債ファンド3万円
・すでに100万円の投資資金がある場合、株式70万円+短期国債30万円でスタート
といった形で、最初の配分と積立比率を決めます。
ステップ3:年に1〜2回のリバランス
時間が経つと、株式と短期国債の比率はズレていきます。上昇相場では株式比率が大きくなり、下落相場では短期国債比率が相対的に大きくなります。
年に1〜2回程度、
- 目標比率(例:株式70%+短期国債30%)と
- 実際の比率
を比較し、乖離が大きければ売買して元の比率に戻す「リバランス」を行います。これにより、高くなった資産を売り、安くなった資産を買い増すという逆張り行動を、機械的に実践できます。
相場転換ヘッジとして意識したいサイン
完全な予測は誰にもできませんが、「ヘッジ比率を少し厚くしておきたいタイミング」を判断するためのサインをいくつか挙げます。
サイン1:株価指数のバリュエーションが極端に高い
PERや株価売上高倍率(PSR)などの指標が歴史的に見てかなり高い水準にあり、ニュースでも「株高」「過熱感」といった表現が目立つ局面では、株式比率を少し落として短期国債比率を増やすことを検討する価値があります。
サイン2:中央銀行の金融政策がタイト化方向に傾いている
政策金利の利上げが続いている局面では、将来的な景気減速や株価調整のリスクが高まります。短期国債の利回りも上がってくるため、このタイミングで短期国債比率を厚くするのは合理的です。
サイン3:景気指標や企業業績の悪化兆候
失業率の悪化、製造業指標の落ち込み、企業決算の下方修正などが続くと、株式市場が「良いニュースだけでは支えきれない」状態に入りやすくなります。このような局面でも、防御力を高める意味で短期国債比率を意識的に増やすことが考えられます。
よくある失敗パターンと回避のコツ
この戦略にも注意点があります。ありがちな失敗と、その回避策を整理します。
失敗1:「暴落が怖くなって」株式をほとんどゼロにしてしまう
相場が不安定になると、どうしても株式自体を大きく減らしたくなります。しかし、長期的な資産形成のエンジンはあくまで株式です。短期国債だけに偏ってしまうと、インフレに負けて実質的な資産価値が目減りするリスクもあります。
回避策:自分のリスク許容度の範囲内で、最低限の株式比率(例えば40〜50%)は維持するルールを決めておく。
失敗2:マーケットタイミングを当てようとしすぎる
「天井で全部売り抜けて、底で買い戻す」ことを狙いすぎると、実際には何もできずに終わったり、むしろ逆のタイミングで売買してしまうリスクが高まります。
回避策:ヘッジ比率の変更は段階的に行い、「一度に全部動かさない」ことを徹底する。例えば、株式比率を70%から60%に落とす際も、数回に分けて実行する。
失敗3:短期国債以外のリスク資産を「安全資産」と勘違いする
高利回りの社債や高配当株などを、安全資産の代わりにポートフォリオの防御部分として組み込んでしまうケースがあります。これらはあくまでリスク資産であり、景気悪化や信用不安の局面では株式と同時に下落する可能性が高いです。
回避策:防御部分には「価格変動が小さく、信用リスクの低い短期国債」を中心に据える。利回りの誘惑よりも、生存確率を優先する。
この戦略から得られる実務的なメリット
短期国債+株価指数の相場転換ヘッジ戦略には、実務的に次のようなメリットがあります。
- 暴落局面でのドローダウンが抑えられ、メンタルが安定しやすい
- 短期国債部分を原資に、安値圏で株式を買い増す「リバランス買い」がしやすい
- 金利上昇局面では短期国債の利回りが上がり、待機資金にもリターンが乗る
- 過度なマーケットタイミングを狙わずに、「守りと攻めのバランス」を取りやすい
長期的に市場に居続けるためには、「一度の暴落でゲームオーバーにならないこと」が最優先です。その意味で、この戦略は「大きく勝つ」ことよりも、「退場しないこと」を重視する現実的なアプローチと言えます。
まとめ:短期国債+株価指数で「相場と付き合い続ける」ための仕組みづくり
短期国債(T-Bills)と株価指数を組み合わせた相場転換ヘッジ戦略は、華やかな必勝法ではありません。しかし、長期で市場に居続けるうえで非常に実用的な「土台」の役割を果たします。
株式100%のポートフォリオが不安に感じるとき、単純に現金に逃げるのではなく、短期国債という「安全資産」を通じて、金利収入を得ながら次のチャンスを待つという発想を持つだけでも、投資体験は大きく変わります。
自分のリスク許容度に合わせて、
・株式と短期国債の比率を決め、
・相場環境に応じてヘッジ比率を微調整し、
・年に1〜2回リバランスを行う
この基本サイクルを淡々と回すことで、「相場の転換点でも退場せず、むしろ次の上昇トレンドを冷静に迎えられる投資家」に近づいていくことができます。


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