「安全に置いておく場所」と「増やしに行く場所」を混ぜてしまうと、運用はすぐに破綻します。ここでは、米国債MMFを“資金の停泊地(キャッシュ同等物)”として徹底的に位置づけ、その上で必要最小限のレバレッジを使ってリターンを取りにいく考え方を解説します。
狙いは「一発で当てる」ことではありません。壊れにくい構造を作り、勝率よりも「破綻しない」ことを優先しながら、相場環境が良い局面で上振れを取り、悪い局面では被害を限定することです。
- この戦略の核心:MMFは“防波堤”、レバレッジは“増幅器”
- 初心者が最初に理解すべき3つのレバレッジ
- なぜMMFと組み合わせるのか:心理と運用を安定させるため
- 具体的な設計:コア(MMF)とサテライト(レバ)を分離する
- レバレッジを“安全に見せる”典型的な罠
- 実践テンプレ:3段階のルール(入る前・持っている間・出た後)
- 具体例:MMFを核にした「指数モメンタム×軽レバ」
- もう一つの具体例:T-Bills/短期債を土台に、オプションは“買い”だけ使う
- 金利局面別の注意点:同じ構造でも“運転”は変える
- リスク管理の実務:口座を壊す4つの事故パターンと対策
- 運用ルーチン:週1回のチェックで回す
- よくある質問:MMFはどれを選ぶべきか、為替はどうするか
- まとめ:勝ち筋は「レバを上げること」ではなく「壊れない仕組み」です
- 付録:最小実装の“チェックリスト”
この戦略の核心:MMFは“防波堤”、レバレッジは“増幅器”
米国債MMF(国債・政府系短期債に投資するMMF)は、一般に短期金利に連動しやすい利回りを目指し、価格変動が小さく、流動性が高い「現金に近い器」として使われます。ここで重要なのは、MMFを「リスク資産の代替」にしないことです。MMFは守りの中核であり、攻めは別レイヤーに分離します。
レバレッジは“増幅器”です。増幅器は、入力が小さければ出力も小さいですが、入力がノイズだらけならノイズも増幅します。したがって、レバレッジに回すのは「ルール化できる小さな優位性」に限定し、ロスカット(損切り)と資金管理を先に決める必要があります。
初心者が最初に理解すべき3つのレバレッジ
1) 証拠金レバレッジ(先物・CFD)
指数先物やCFDは、少ない証拠金で大きな建玉を持てます。便利ですが、逆行時の損失も同じ倍率で増えます。さらに、急変動時は追加証拠金(マージンコール)が発生し、最悪の場合は強制決済になります。「想定外のタイミングで降ろされる」のが最大の弱点です。
2) 借入レバレッジ(信用・マージンローン)
口座で資金を借りて株などを買う方法です。金利負担があり、保有期間が長いほど効いてきます。また、担保評価が下がると追証になります。初心者は「借入期間が長くなりがち」なので、短期ルールを厳格にしないと、じわじわ削られます。
3) オプションのレバレッジ(ガンマと時間価値)
オプションは支払うプレミアム以上の損失は限定される一方、価格変化(デルタ)の加速(ガンマ)や、時間経過による価値減少(セータ)の影響を強く受けます。設計を誤ると、勝率が高く見えても、稀な大損で全て吹き飛ぶ“ショートガンマ地獄”になり得ます。
なぜMMFと組み合わせるのか:心理と運用を安定させるため
レバレッジ運用の失敗原因の多くは、手法そのものよりも「感情」にあります。含み損が増えると、冷静な判断ができず、損切りできず、追加で建ててしまい、破綻します。MMFを大きめに置くと、口座全体の変動が緩やかになり、意思決定の質が上がります。
また、MMFは「待つ」ための武器です。相場のチャンスは常にあるわけではありません。無理にポジションを作ると、手数料とミスで削られます。MMFに停泊している間にも短期金利分のリターンが積み上がるため、焦りが減ります。
具体的な設計:コア(MMF)とサテライト(レバ)を分離する
ここからは、構造をコア(守り)とサテライト(攻め)に分けます。コアは米国債MMFで、目的は「資金保全+流動性」です。サテライトは、指数先物・ETF・オプション等で、目的は「上振れ」です。
重要なのは、サテライトの損失上限をコアの一部で吸収できる範囲に固定することです。つまり、毎回のトレードで「最大損失(Max Loss)」を先に決め、損失が一定割合に達したら撤退する“ルール運用”にします。
レバレッジを“安全に見せる”典型的な罠
初心者が陥りやすい罠を、具体的に言語化しておきます。
罠A:勝率が高い戦略を過信する
小さな利益を積み上げる戦略(例:プレミアム売りやナンピン)は、見た目の勝率が高くなります。しかし、負けるときに大きく負ける設計だと、稀な急変動で全損します。勝率ではなく、損益分布(どこで何回負けるか)で判断する必要があります。
罠B:含み損を“コアで相殺できる”と勘違いする
MMFが多いと「口座全体ではまだプラス」と見えます。すると、損切りが遅れます。コアは守りであり、サテライトの失敗を無制限に吸収するためのものではありません。吸収できる範囲は事前に固定します。
罠C:金利が高い=常に安全だと思う
短期金利が高い局面は、金融引き締め局面であることが多く、リスク資産が荒れやすいことがあります。MMF利回りだけ見て、攻めを同時に強めると、ボラティリティ上昇でレバ側が先に壊れます。
実践テンプレ:3段階のルール(入る前・持っている間・出た後)
入る前:エントリー条件を“トリガー”化する
初心者は裁量で入るとブレます。そこで、条件をトリガー化します。例えば株価指数(S&P500など)なら、「20日移動平均より上で、かつ直近高値を更新したら」など、誰が見ても同じ判断になる条件にします。
持っている間:損失上限と撤退条件を固定する
サテライト全体での最大許容損失(例:口座総額の1%や2%)を決めます。ここが最重要です。撤退条件は「価格がどこまで逆行したら」だけでなく、「時間で切る」も有効です。例えば“3日で伸びなければ撤退”のように、ズルズル持たないルールを追加します。
出た後:次の一手を“空白”にする
勝った直後ほど危険です。気が大きくなり、レバを上げがちです。出た後は、あらかじめ決めた“冷却期間”を入れ、次のトレードは翌日以降に回します。これだけで過剰取引が減ります。
具体例:MMFを核にした「指数モメンタム×軽レバ」
ここでは例として、米国株指数に対して「上昇トレンドでのみ軽くレバをかける」運用例を示します。個別銘柄ではなく指数を使うのは、初心者にとって分散が効き、突発的な悪材料(単一企業の決算ショック等)を減らせるからです。
配分例(イメージ)
口座100万円を想定します。
・コア:米国債MMF 80万円(流動性確保)
・サテライト:指数ETFまたは先物相当 20万円(ここにレバをかける)
このとき、サテライトで「実効レバレッジ1.5倍」を上限にすると、最大で30万円相当のリスク資産エクスポージャーです。口座全体では0.3倍です。ここがポイントで、口座全体では低いレバに抑えます。
売買ルール例
・エントリー:指数が50日移動平均の上、かつ高値更新
・エグジット:50日移動平均を終値で割れたら全撤退(翌営業日寄りで)
・損失上限:サテライト部分が-2%になったら強制撤退
この設計は「勝率を上げる」のではなく、負ける局面を早く切るためのものです。トレンドが出ない相場では小さく負け、トレンドが出る局面で伸びます。
もう一つの具体例:T-Bills/短期債を土台に、オプションは“買い”だけ使う
オプションは初心者にとって事故りやすい領域です。そこで、最初は買い(最大損失がプレミアム)に限定します。例えば、イベント前後にボラティリティが上がりやすい局面で、損失が限定された形で上振れを狙います。
ただし、買いオプションは時間価値が減るため、長く持つほど不利です。ここでも「時間で切る」ルールが重要です。例えば“2日以内に期待方向へ動かなければ損切り”のように、損失を小さくして試行回数を増やします。
オプションで大事なのは「当てる」ことではなく、一回の損失が小さいまま、何度も試せる構造にすることです。
金利局面別の注意点:同じ構造でも“運転”は変える
利下げ局面
短期金利が下がるとMMF利回りは低下しやすい一方、リスク資産には追い風になりやすい傾向があります。サテライトの期待値が上がる可能性があるため、トレンド戦略が機能しやすい一方、過熱局面の急落には注意が必要です。
利上げ・高金利局面
MMFの利回りは魅力的に見えますが、同時に株式のバリュエーション調整やボラ上昇が起こりやすいことがあります。サテライトはレバを落とし、エントリー条件を厳しくし、トレード回数を減らします。「やらない」ことがリターンになる局面です。
リスク管理の実務:口座を壊す4つの事故パターンと対策
事故1:ギャップ(窓)で損切りが滑る
夜間に大きなニュースが出ると、翌朝の寄りで大きく飛びます。ストップ注文が想定より不利な価格で約定することがあります。対策は、建玉サイズを小さくし、ギャップが起こりやすいイベント前はレバを落とすことです。
事故2:流動性低下でスプレッドが拡大する
市場が荒れると、スプレッドが広がり、思った価格で売買できません。対策は、流動性が高い商品(主要指数)を使い、成行を乱発しないことです。
事故3:追証で強制決済される
証拠金商品は追証が最大の敵です。対策は、証拠金に余裕を持たせる(MMFに加えて現金バッファを確保する)ことと、損失上限で先に撤退することです。
事故4:勝った後にレバを上げて取り返そうとする
“取り返す”発想が出た時点で危険信号です。対策は、月次・週次での最大損失(例:月-5%で停止)を設定し、停止ルールを自分に強制することです。
運用ルーチン:週1回のチェックで回す
初心者は毎日見すぎるほど判断がブレます。そこで、週1回のルーチンを作ります。
1) コア(MMF)の残高を確認し、生活防衛資金と混ざっていないか確認します。
2) サテライトの建玉サイズが上限を超えていないかを確認します。
3) ルールに従ったトレードかどうか、3行で振り返ります(理由、結果、改善点)。
4) 次週の“やらない条件”を決めます(例:重要イベント週はサイズ半分、など)。
これだけで、運用は驚くほど安定します。大事なのは、分析を増やすことではなく、例外を減らすことです。
よくある質問:MMFはどれを選ぶべきか、為替はどうするか
MMFの選び方
一般に、米国債・政府系短期債中心で、手数料(経費率)が低く、運用規模が大きく、日々の流動性が確保されているものが候補になります。名称が似ていても中身が違うことがあるため、投資対象とコストを確認します。
為替(円建てでの注意)
円から米ドルに替えてMMFを保有する場合、円高になると円換算の評価が下がります。ここを「許容する」のか「部分ヘッジする」のかは、目的次第です。短期運用なら為替の影響が支配的になり得るため、目的が“短期の待機資金”なら円ベースで管理する発想も必要です。一方で、米ドル建ての支出予定や米国資産への長期配分が目的なら、為替変動を受け入れる設計も成り立ちます。
まとめ:勝ち筋は「レバを上げること」ではなく「壊れない仕組み」です
米国債MMF×レバレッジの組み合わせは、派手な手法ではありません。しかし、運用で最も難しいのは「正しい判断」ではなく、同じ判断を繰り返せる仕組みを作ることです。
コアをMMFで固定し、サテライトの損失上限を事前に決め、ルールで撤退する。これだけで、初心者が陥りやすい“全賭け”の発想から離れられます。あとは小さく試し、週1回のルーチンで例外を減らし、相場環境に合わせてサイズを調整します。
増やすために最初にやるべきことは、増やすことではありません。減らさないことです。そこから積み上げていけば、結果として資産は伸びます。
付録:最小実装の“チェックリスト”
最後に、実際に始める際の最小チェックリストを置いておきます。迷ったらこの順で確認してください。
・口座総額に対して、サテライトの最大損失を何%にするか決めましたか。
・サテライトで使う商品は、流動性が十分で、スプレッドが小さいものに限定しましたか。
・エントリー条件は、移動平均や高値更新など、客観的に判定できる形にしましたか。
・撤退条件は、価格条件だけでなく、時間条件(例:◯日で動かなければ撤退)も入れましたか。
・イベント(雇用統計、CPI、FOMCなど)の週は、サイズを落とすルールにしましたか。
・週1回の振り返りで、例外行動を減らす仕組みを作りましたか。
このチェックリストが“全てYES”になるまで、レバレッジを上げないでください。上げるのは、勝ったからではなく、ルールを守れた期間が積み上がった後です。


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