株価が「地合い」にどれだけ反応するかを示す尺度がベータ値(β)です。β=1.2の銘柄は、相場が+1%動けば平均的に+1.2%動き、β=0.6なら+0.6%しか動かないという意味です。この記事では、βの定義から実務的な測り方、指数先物・ETFを使ったヘッジ比率の計算、低βロング/高βショートのβスプレッド戦略の作り方までを、初心者でも手順通りに再現できるレベルで解説します。
ベータ値(β)とは何か:定義と直感
数式で表すと、β=Cov(Ri, Rm)/Var(Rm)(Riは銘柄のリターン、Rmは市場のリターン)です。分子は銘柄と市場がどれくらい一緒に動くか(共分散)、分母は市場がどれくらい動くか(分散)。βが大きいほど「地合いへの感応度」が高く、βが小さいほど相場の波に左右されにくいという解釈になります。
直感的には次のイメージです。
- β>1:地合いの追い風で大きく伸びやすいが、逆風時は下げも大きい。
- β≈1:市場平均並みの感応度。
- 0<β<1:地合いの影響は受けるがマイルド。
- β≈0:地合いとほぼ独立(特殊要因が収益源)。
- β<0:市場と逆方向に動きやすい(希少)。
なぜβが儲けに直結するのか:3つの用途
- ヘッジ比率の基礎:個別株ロングを指数先物やETFで中和する時、必要ショート金額は概ね「ポジション金額×β」で近似できます。
- リスク配分:ポートフォリオ全体の「市場感応度」をβで見える化し、上げ相場で攻め、荒れ相場で落とすといったβターゲティングが可能です。
- ファクター収益:低β銘柄は長期的にリスク調整後リターンが良好という経験則があります(低ボラティリティ効果と近縁)。低βをロングし高βをショートするβスプレッドは、市場方向に賭けずに超過リターンを狙う代表例です。
βの測り方:Excel/Googleスプレッドシートでの再現手順
データ準備
銘柄と市場(ベンチマーク)の価格系列を用意します。日本株なら市場の代理は一般にTOPIX(ETF: 1306/1475)や日経平均(ETF: 1321)を使います。米株ならS&P500(SPY)など。暗号資産ではオルトコインの市場代理としてBTCを使う方法が実務的です。
リターンの計算
日次の対数リターン r_t=ln(P_t/P_{t-1}) を推奨します。スプレッドシートでは =LN(B2/B1) の形式です。週次・月次に集計するとノイズが減ってβ推定が安定します。
回帰でβを推定
シンプルには関数 =SLOPE(銘柄リターン範囲, 市場リターン範囲) がβを返します。同時に =INTERCEPT(銘柄リターン範囲, 市場リターン範囲) でα(市場と無関係な超過分)も推定できます。推定期間は一般に60~120営業日(約3~6か月)か、週次なら52週などのローリング窓がおすすめです。
実装上のコツ
- 極端な外れ値(急騰・急落)はWinsorize(上下1~2%を切る)でロバスト化。
- 配当落ちの影響はトータルリターン系列を使うか、少なくとも配当落ち日を把握。
- 業種バイアスを避けるため、同業種内でβを比較するセクター・ニュートラルも有効。
βで作る指数ヘッジ:比率の求め方
例:あなたが個別株Aを100万円ロング、直近60日の推定βが1.3、TOPIXをヘッジに使うとします。市場感応度を概ね打ち消すには、TOPIXを「100万円×1.3=130万円」相当ショートします。ETFなら評価額ベースで-130万円分、先物なら建玉の名目金額で合わせます。
先物の名目金額の概算
例としてTOPIX先物の名目は「価格×取引単位」で算出します(銘柄・限月で仕様は確認必須)。ヘッジしたい金額を名目で割れば枚数の目安が出ます。ETFなら売却金額ベースで揃えるだけなので初心者には扱いやすいでしょう。
複数銘柄のβ加重ヘッジ
ポートフォリオのβは、各銘柄の「時価×β」を合算し、全体の時価で割れば近似できます。これに基づき、指数ショート額を決めます。βが時間で変わる点に注意し、毎週または毎月見直してください。
低βロング/高βショート(βスプレッド)の作り方
- 投資対象のユニバースを決めます(例:TOPIX Core30や日経500など、または米大型株)。
- 過去6か月の週次リターンで各銘柄のβを推定し、外れ値を処理します。
- βで昇順に並べ、下位20%をロング、上位20%をショート(資金はロング=ショートに揃える)。
- 月次でリバランス。リスク管理として、1銘柄の上限比率、ボラティリティ・ターゲット(例:年率10%)を設定。
- 空売り規制・貸株コスト等で実装が難しければ、低ボラティリティ系ETFロングとインデックスショートのペアで近似します(米国ならSPLVロング×SPYショートのような構造)。
この戦略は市場方向に賭けないので、上げ相場でも下げ相場でも相対価値の差でリターンを狙えます。ただし、相場が急変して高βが一気に巻き戻す局面や、流動性が枯れる時はスプレッドが逆行することもあります。
イベント前後のβ調整:CPI・FOMC・決算シーズン
重要イベント前は、指数のボラティリティが上がりβ推定も不安定化しがちです。取り得る手は3つ。
- βを落として守る:指数ショートを厚めに、または高β銘柄の比率を減らす。
- βを一時的にゼロ近傍へ:イベントを跨ぐだけ完全ヘッジで方向性を消す。
- イベントドリブン:発表直後のトレンドに短期的にβを上げる(勝てる場面が限定されるため徹底した損切りルールを併用)。
初心者でもできるβ活用のベーシック3選
1. 個別株ロング+指数ヘッジ
高い確度で勝てると判断した個別株に絞り、相場全体の上下は指数で相殺します。βが1.2なら、ロング100万円に対し指数ショート120万円を目安に調整します。
2. β・リスク予算法
ポートフォリオβを毎週測り、ターゲット(例:0.4~0.8)に保つように資産配分を動的に変更。相場の波に合わせた「攻守の切替え」が機械的にできます。
3. βターゲティング×積立
長期の積立でも、βが高すぎる時は買付けを抑え、βが低い時に厚く買うなど、単純なドルコストにβの視点を一枚重ねるだけでドローダウンの体感が改善します。
よくある落とし穴と対策
- 推定期間の選び方:短すぎるとノイズ、長すぎると古い情報。週次52本や日次120本程度を起点に、リバランス頻度と整合させる。
- 非線形性:暴落局面では下落時の感応度が上昇する「レバレッジ効果」。βは線形近似にすぎず、極端局面では当てはまりが悪くなる。
- セクター偏り:高βはグロース、低βはディフェンシブに偏りがち。意図しない業種賭けが混入しないように注意。
- 実装コスト:空売りの貸株料、先物のロールコスト、スプレッド・手数料。バックテストでは必ず控除する。
- 流動性:出来高の薄い銘柄は推定自体が不安定。ユニバース選定で最初にフィルターする。
実装チートシート(数式と手順まとめ)
1) リターン列:=LN(価格_t/価格_{t-1})
2) β推定:=SLOPE(銘柄リターン範囲, 市場リターン範囲)
3) α推定:=INTERCEPT(銘柄リターン範囲, 市場リターン範囲)
4) 期待リターン(単回帰モデル):=α + β×市場リターン
5) ポートのβ:Σ(時価_i×β_i)/Σ(時価_i)
6) ヘッジ金額(ETF):ポート時価×β
7) ヘッジ枚数(先物目安):ヘッジ金額 ÷ 名目金額(価格×取引単位)
8) ローリングβ:期間ウィンドウをずらしながらSLOPEを再計算
ケーススタディ
A. 日本株の個別銘柄を指数でヘッジ
例:A社100万円ロング、推定β=0.8。日経平均ETF(1321)を-80万円分ショート。相場全体が-2%でも、A社の固有要因さえプラスならリターンを確保しやすい構図になります。
B. 米株:高βテック群を相対で抑える
QQQ(高βの代表)を抑えたい場合、SPYショートで全体βを落とす、あるいはSPLVのような低ボラETFをロングしてSPYをショートするなどの代替もあります。
C. 暗号資産:オルトコインのBTCβを測る
オルトコインXの日次リターンを、同日のBTCリターンに回帰。β=1.6なら、BTCの+5%に対して+8%前後動きやすいイメージ。アルトの固有テーマを取りに行くなら、BTCショートをあわせてβを落とすことでドローダウンを抑制できます。
チェックリスト(運用フロー)
- ユニバースの流動性・時価総額フィルターは十分か。
- 推定窓・頻度・リバランスの整合性は取れているか。
- βの外れ値処理(Winsorize、分位カット)は実装したか。
- セクターニュートラル(またはバリュー・サイズ等の他ファクター中立化)を検討したか。
- 実コスト・税コスト・金利(先物金利差/貸株料)を控除した期待値を確認したか。
- イベント前後のβターゲティング・ルールを明文化したか。
- 想定外の相関崩壊時(リスクオフ)に備える縮小ルールを持っているか。
まとめ:βは「見える化」してから使う
βは難しい理論ではなく、単回帰と四則演算で十分に扱える実用ツールです。まずは自身の持ち株やETFのβを毎週測る。次に、ポート全体のβを把握し、攻守の切替えをβターゲティングで機械化する。そして、余裕があれば低βロング/高βショートのスプレッドで市場中立の超過リターンを狙う。これらを段階的に実装するだけで、相場の波に振り回されにくいポートフォリオが組めます。


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