相場を見ながら「そろそろ天井かもしれない」「まだ下がりそうだ」と悩んでいるうちに、結局なにも買えないまま時間だけが過ぎてしまう——多くの個人投資家が一度は経験するパターンです。こうした「タイミングの悩み」を小さくし、淡々と長期で資産を増やしていくための基本戦略が、ドルコスト平均法です。
この記事では、ドルコスト平均法の仕組みだけでなく、「どんな商品で使うと相性が良いのか」「どこで失敗しやすいのか」「具体的にどう設定すればよいのか」まで、初めて投資をする人でもイメージできるレベルで丁寧に解説します。
ドルコスト平均法の基本:定額で買い続けるシンプルな仕組み
ドルコスト平均法は、価格の上下にかかわらず、あらかじめ決めた同じ金額を、決まったタイミングで機械的に投資していく方法です。例えば「毎月1日に3万円分のインデックスファンドを買う」と決めたら、相場が上がっていようと下がっていようと、ひたすら同じ金額で買い続けます。
ポイントは「定額」であることです。価格が高いときは少ししか買えず、価格が安いときはたくさん買えるため、結果として平均取得単価がならされるという特徴があります。
平均取得単価は、次のように考えます。
平均取得単価 = 今まで投じた金額の合計 ÷ 保有している口数(株数)の合計
ドルコスト平均法では、この平均取得単価が、相場の上下によって自動的に調整されていきます。特に下落局面では、安くたくさん買うことになるため、平均取得単価が下がりやすくなります。
具体例で見る:下落相場と上昇相場でどう変わるか
仕組みだけ聞いてもイメージしにくいので、具体的な数字で見てみます。ここでは、あるインデックスファンドを毎月3万円ずつ買うケースを考えます。
ケース1:価格が下がってから戻るパターン
次のように価格が動いたとします。
- 1ヶ月目:1口 10,000円
- 2ヶ月目:1口 8,000円
- 3ヶ月目:1口 6,000円
- 4ヶ月目:1口 8,000円
- 5ヶ月目:1口 10,000円
毎月3万円ずつ買うと、それぞれ次の口数を購入します。
- 1ヶ月目:30,000円 ÷ 10,000円 = 3口
- 2ヶ月目:30,000円 ÷ 8,000円 = 3.75口
- 3ヶ月目:30,000円 ÷ 6,000円 = 5口
- 4ヶ月目:30,000円 ÷ 8,000円 = 3.75口
- 5ヶ月目:30,000円 ÷ 10,000円 = 3口
5ヶ月の合計は、投資額が150,000円、保有口数が18.5口です。したがって平均取得単価は、
150,000円 ÷ 18.5口 ≒ 8,108円
となります。最終的な価格は10,000円に戻っていますから、評価額は 10,000円 × 18.5口 = 185,000円 となり、含み益は 35,000円です。
ここで注目したいのは、「価格がいったん6,000円まで下がってから元の10,000円に戻っただけ」なのに、ドルコスト平均法で買い続けた結果、平均取得単価が8,108円まで下がっているという点です。下落局面で安くたくさん仕込めたことが効いています。
ケース2:最初から右肩上がりのパターン
逆に、次のようにずっと右肩上がりのケースを考えます。
- 1ヶ月目:1口 6,000円
- 2ヶ月目:1口 8,000円
- 3ヶ月目:1口 10,000円
- 4ヶ月目:1口 12,000円
- 5ヶ月目:1口 14,000円
同じく毎月3万円ずつ買うと、
- 1ヶ月目:30,000円 ÷ 6,000円 = 5口
- 2ヶ月目:30,000円 ÷ 8,000円 = 3.75口
- 3ヶ月目:30,000円 ÷ 10,000円 = 3口
- 4ヶ月目:30,000円 ÷ 12,000円 = 2.5口
- 5ヶ月目:30,000円 ÷ 14,000円 ≒ 2.14口
5ヶ月の合計は、投資額が150,000円、保有口数が約16.39口です。平均取得単価は、
150,000円 ÷ 16.39口 ≒ 9,151円
となります。最終価格14,000円での評価額は、約 14,000円 × 16.39口 = 229,460円、含み益は79,460円です。
もし最初の6,000円のタイミングで一括150,000円投じられていれば、25口を保有でき、評価額は 14,000円 × 25口 = 350,000円 でした。右肩上がりの相場では、一括投資の方が有利になりやすいことが分かります。
このように、ドルコスト平均法は「下落と回復を繰り返す相場」に強く、「一直線の上昇相場」では一括投資に劣ることが多いという特徴があります。
ドルコスト平均法の本質:タイミングではなく「続けること」で勝負する
ここまでの例を見ると、「結局、上がると分かっているなら最初に一括投資した方が良いのでは」と感じるかもしれません。理屈としてはその通りですが、現実には「いつ上がるか」も「どれくらい上がるか」も事前には分かりません。
ドルコスト平均法の狙いは、「完璧なタイミングを当てる」のを目指すのではなく、タイミングを考えるストレスから解放され、長く投資を続けられる状態を作ることにあります。
相場が暴落すると、多くの人は怖くなって買えなくなります。しかし、ドルコスト平均法なら「今月もいつも通り3万円を買う」というシンプルなルールを続けるだけです。価格が下がっているときこそ、実はたくさん買えるチャンスにもなります。
長期の資産形成は、「どこで買ったか」よりも「どれだけの期間、市場に居続けたか」の方が結果に与える影響が大きくなります。ドルコスト平均法は、その「市場に居続けること」を支えてくれる仕組みです。
どんな商品に向いているか:分散されたインデックスや投資信託が基本
ドルコスト平均法は、価格が大きく上下しながらも、長期的には成長してきた資産クラスと相性が良いです。具体的には、次のような商品が典型例です。
- 株式インデックスファンド(国内株、先進国株、新興国株など)
- 広く分散されたバランス型ファンド
- 株価指数に連動するETF
これらは、短期的には下落することもありますが、数十年という長いスパンで見ると、経済成長とともに価値が増えてきたという実績があります。ドルコスト平均法は、そうした「長期的な成長が期待できるが、短期的には上下が激しい」資産に対して有効に機能しやすいです。
一方で、次のような商品は、ドルコスト平均法との相性に注意が必要です。
- ごく少数の銘柄に集中した個別株
- 価格がゼロ近くまで下落しうるテーマ型のハイリスク商品
- レバレッジ型やインバース型のETF・ETN
これらは、長期的なトレンドが読みにくく、場合によっては長期で右肩下がりになってしまうこともあります。価格が下がり続ける資産にドルコスト平均法で積立を続けても、平均取得単価は下がるものの、最終的な評価額が伸びないリスクがあります。
初心者がやりがちな失敗パターン
ドルコスト平均法はシンプルな戦略ですが、運用の仕方を誤ると効果が薄くなってしまいます。代表的な失敗パターンを整理します。
途中で怖くなって積立を止めてしまう
もっとも多いのが、相場急落時に積立を止めてしまうケースです。価格が大きく下がると、「これ以上下がったらどうしよう」と不安になり、つい積立を止めたくなります。しかし、ドルコスト平均法の強みは、まさにその「安くなった局面で多くの口数を買うこと」です。
下落局面で積立を止めてしまうと、安値での仕込みを逃してしまい、長期で見たときの平均取得単価があまり下がりません。ドルコスト平均法を採用するなら、「相場が荒れているときほど、ルールを崩さない」ことが重要です。
積立額を頻繁に変えてしまう
毎月の積立額を頻繁に増減させると、「定額で買い続ける」という前提が崩れ、平均取得単価のコントロールが難しくなります。もちろん、収入の増減に合わせて見直すこと自体は問題ありませんが、短期的な値動きに合わせて積立額をコロコロ変えるのは避けた方がよいです。
目安としては、「少なくとも1年~数年は無理なく続けられる金額」を最初に設定し、その範囲内で続ける発想が大切です。
短期で結果を求めすぎる
ドルコスト平均法は、数ヶ月〜1年程度の短期間で評価する戦略ではありません。数年〜10年以上というスパンで、景気の山と谷を何度も経験していく中で効果が出てきます。
開始から半年で含み損になっているからといって「この方法は意味がない」と判断してしまうのは早すぎます。むしろ、含み損になっている期間は「安く買える時期」と捉えた方が、長期のリターンにつながりやすくなります。
実際の手順:ドルコスト平均法をどう設計するか
ここからは、実際にドルコスト平均法を取り入れる場合の考え方をステップごとに整理します。
ステップ1:投資の目的と期間を決める
まず、「何のために」「どれくらいの期間」資産を作りたいのかを大まかに決めます。
- 老後資金として20〜30年かけて増やしたい
- 子どもの教育資金として10〜15年先を見据えたい
- 将来の選択肢(セミリタイアなど)を増やすために長期で資産を築きたい
目的と期間が曖昧なままだと、相場の上下に振り回され、「やっぱり今はやめておこう」と途中で投資を止めてしまいがちです。大まかでよいので、自分なりのゴールイメージを持つことが、継続の土台になります。
ステップ2:毎月いくらなら続けられるかを決める
次に、「毎月いくらなら、生活に無理なく積立を続けられるか」を考えます。理想は、給料日や収入のタイミングに合わせて、自動的に積立されるようにしておき、残りのお金で生活する形です。
例えば、毎月の手取りが25万円であれば、
- 3万円を長期投資の積立に回す(残り22万円で生活)
- あるいは1万〜2万円から始めて、余裕が出てきたら増やす
といった設計が考えられます。最初から無理をすると途中で続かなくなるため、「少し物足りないくらい」の金額からスタートする方が、結局長く続くケースが多いです。
ステップ3:商品を選び、分散の軸を決める
ドルコスト平均法では、「どの資産に積立をするか」がリターンの大部分を決めます。個別株一銘柄に全額積立するよりも、広く分散されたインデックスファンドやETFを中心に組む方が、初心者にとってはリスクを抑えやすくなります。
分散の軸としてよく使われるのは、
- 国内株式か、海外株式か(あるいはその両方か)
- 株式だけにするか、債券やリートも含めるか
- 通貨を自国通貨だけにするか、外貨建ても取り入れるか
といった切り口です。最初は、株式インデックスファンド1本から始め、慣れてきたら債券や他地域のインデックスも組み合わせる、といったステップでも十分です。
ステップ4:購入タイミングと頻度を自動化する
多くの証券会社や金融機関では、「毎月◯日◯円分を自動で買い付ける」という設定ができます。ドルコスト平均法の効果を最大限に生かすには、この自動積立の仕組みを活用することが重要です。
自分で毎月タイミングを見て購入していると、どうしても「今月は下がりそうだからやめておこう」「もう少し様子を見よう」と感情が入りやすくなります。あらかじめ自動で引き落とされるようにしておけば、半ば強制的に「淡々と継続する」状態を作れます。
出口戦略:売るルールもあらかじめ考えておく
ドルコスト平均法は「買うルール」ですが、それと同じくらい「売るルール」も重要です。せっかく長年積立しても、感情に任せて売買してしまうと、リターンが大きく変わってしまいます。
出口戦略の考え方としては、例えば次のような方法があります。
- 目標金額に近づいたら、毎年一定割合だけ取り崩す
- 定年やライフイベントの数年前から、株式比率を下げて価格変動を抑えていく
- 急な大きな出費がない限り、一度に全額売却せず、時間を分散して売っていく
出口のイメージを持たないまま積立を続けると、「いつ売ればいいのか分からない」という不安から、必要な場面で適切に取り崩せないことがあります。最初から完璧な計画を立てる必要はありませんが、「ざっくりとした出口イメージ」を頭に置いておくと、長期の方針がぶれにくくなります。
ドルコスト平均法をうまく使うための実践的なポイント
最後に、これからドルコスト平均法を取り入れる個人投資家にとって、押さえておきたい実践的なポイントをまとめます。
1. 「将来の自分への支払い」と考える
毎月の積立を「今の自分のお金が減る」と捉えると、どうしても心理的に重く感じてしまいます。逆に、「将来の自分に先にお金を渡しておく」「未来の自分に給料を振り分けている」と考えると、前向きに続けやすくなります。
2. 相場ニュースを見すぎない
毎日ニュースや値動きをチェックしすぎると、どうしても短期の上下に一喜一憂してしまいます。長期の積立であれば、月に1回〜数ヶ月に1回、残高や積立状況を確認するくらいでも十分です。
3. 積立の増額は「ボーナス分を一部回す」など段階的に
収入が増えたときやボーナスが入ったときに、いきなり積立額を倍にするのではなく、まずは5,000円〜1万円だけ増やして様子を見る、というように段階的に増やしていくと、家計への負担を感じにくくなります。
4. 投資額よりも「継続年数」にこだわる
月3万円を10年続けるのと、月5万円を3年だけ続けて終わってしまうのでは、長期の資産形成の結果が大きく異なります。金額を増やすことよりも、まずは「やめずに続けること」を最優先にする方が、長期的には成果につながりやすいです。
まとめ:完璧なタイミングは存在しないからこそ、仕組みで続ける
ドルコスト平均法は、相場の天井や底を言い当てることを諦め、その代わりに「時間」と「仕組み」を味方につける長期投資の考え方です。右肩上がりの相場では一括投資に劣る場面もありますが、実際の相場が常にきれいな右肩上がりになることはほとんどありません。
価格の上下に一喜一憂せず、毎月の積立を「生活の一部」にしてしまうことで、気づいたときにはしっかりとした資産が積み上がっている——ドルコスト平均法は、そんな状態を目指すためのシンプルかつ強力なツールです。
大きく儲けることよりも、「無理をせず、長く続けること」を優先したい個人投資家にとって、ドルコスト平均法は非常に相性の良い戦略と言えます。まずは無理のない少額から、自分なりの積立の仕組み作りを始めてみるとよいでしょう。


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