本稿は、相場の「その瞬間」に起きている需給の偏りを、分足・板・歩み値(ティック)で観測し、再現性のあるエントリー/エグジットに落とし込むための設計書です。
取り上げるのは短期売買の中でも、個人が現実的に実行しやすいルール化を前提としたテーマです。銘柄選定から執行、損失限定、そして翌日に再現できる“型”までを、具体例を交えて解説します。
1. このテーマで狙う「エッジ」の正体
このテーマの肝は「一度偏った短期需給が、どの条件で継続し、どの条件で反転するか」を定義することです。チャート形状だけで判断すると、似た形でも中身が全く違う局面を同じトレードにしてしまいがちです。そこで板(注文の厚みと変化)と歩み値(約定の連続性)を併用し、“今この価格帯を誰が支配しているか”を判定してから仕掛けます。
重要なのは、相場参加者の平均コストと、短期資金の損益分岐がどこに形成されているかです。そこを外すと「正しい方向」に乗っても、利確や損切りの連鎖で振り落とされます。
2. 事前準備:当日9:00前に決めること
短期トレードほど、寄り付き後に考え始めると遅れます。最低限、開始前に“観測項目”と“中止条件”を決めます。
2-1. 銘柄の条件(流動性と値幅)
板読みを使うなら、出来高が薄い銘柄はノイズが増えます。目安として、前日出来高が十分にあり、寄り前気配で売買代金が見込めるものを優先します。値幅が出ない銘柄は、スプレッドと手数料で期待値が削られるため避けます。
2-2. 需給イベントのチェック
決算・材料・指数イベントは、板の形を壊します。イベントを避けるのではなく、イベント“の種類”で扱いを変えます。例えば、取引所開示や確度の高いニュースは継続性が出やすい一方、SNS起点の材料は剥落も早い。自分が扱える情報の質に合わせて対象を絞ります。
2-3. 観測ツールの整備
最低限必要なのは、(1)1分足・5分足、(2)VWAP表示、(3)板(上下の厚みが見える)、(4)歩み値(約定サイズと連続性)です。これらが同一画面で見える設定にします。視線移動が多いほど判断が遅れます。
3. 5分足VWAPを使った優劣判定の基本
VWAPは「その日、買った人/売った人の平均取得単価」の代理変数です。価格がVWAPの上にあると、平均的に買い方が含み益、下にあると含み損になりやすい。ここが“押し目買いが入りやすい/戻り売りが入りやすい”の土台になります。
ただし、VWAPに触れたから反発する、という単純な話ではありません。VWAP近辺での板と歩み値が『吸収(absorption)』なのか『突破(initiative)』なのかを見極めます。
4. エントリー設計:VWAP接触〜跨ぎの「3段階」
4-1. 準備段階:価格がVWAPへ近づく時
価格がVWAPへ近づくとき、歩み値の約定が縮む(小口化)しながらも、板の厚みに吸収されて下がらない場合、売りの勢いが鈍化しています。逆に、約定サイズが大きいままVWAPへ突っ込む場合は、まだ主導権が売り方にあります。
4-2. 接触段階:VWAPに“刺さる”瞬間
接触時に見るべきは、VWAP直上(または直下)の板が連続で食われるか、食われてもすぐ復元されるかです。前者は突破の可能性、後者は防衛の可能性が高い。復元が繰り返されるなら、そこに隠れた買い(または売り)がいると推定できます。
4-3. 決定段階:跨いだ後に残る“残像”
VWAPを跨いだ直後が勝負です。跨いだのに歩み値が続かない、板がスカスカで価格が戻るなら、単なるストップ狩りや薄い時間帯のブレに近い。逆に、跨いだ後も約定が連続し、押し戻しの売りがVWAP付近で吸収されるなら“主導権の移転”が起きています。
5. 具体例:3つの典型パターンと対応
5-1. VWAP防衛で反発:押し目買い型
前場で上昇トレンドを形成し、途中で利益確定の売りが出てVWAPまで押す局面を想定します。VWAP直上に厚い買い板が出現し、歩み値で小さな売りが連続しても価格が割れない。ここでは“買い板の吸収”が確認できるため、VWAP近辺で分割エントリーし、直近の押し安値割れで撤退します。利確は直近高値の手前で一部、ブレイクで残りを伸ばす設計が合います。
5-2. VWAP突破で反転:トレンド転換型
前場は下落基調だが、VWAP下での売りが徐々に弱まり、VWAPへ向けて切り返す局面です。VWAP手前で売り板が薄くなり、歩み値に中〜大口の成行買いが断続的に入る。VWAPを跨いだ後、押し戻しがVWAPで止まり、再度買いが入るなら、そこで“初押し”として買う。損切りはVWAP明確割れ。利確は、前場の戻り高値や節目価格で段階的に行います。
5-3. VWAPで叩かれる:戻り売り型
寄り付き後に急騰した銘柄が、伸び切れずにVWAPへ戻ってくるケースです。VWAP直上に売り板が積み上がり、歩み値で買いが入っても上値が伸びない。ここでは“買い方の成行が吸収される”状態です。VWAPへの戻りでショートを入れるのではなく、VWAPを一度試して失敗した“二度目”を狙うと精度が上がります。損切りはVWAP上抜け+出来高増のセット。利確は直近安値と、出来高が細る地点です。
6. ルール化:再現性を上げるチェックリスト
感覚に頼るほど、相場環境が変わった日に損失が膨らみます。そこで、エントリー前に必ず満たす条件を文章化します。
・当日、VWAPが水平〜緩やかに傾いている(急角度だとブレが増える)
・VWAP付近で板が“置かれっぱなし”ではなく、食われた後の再提示がある
・歩み値で同方向の約定が最低でも一定回数連続する(単発は除外)
・直近の高値/安値が明確で、損切り幅が事前に固定できる
・スプレッドが許容範囲内で、成行にした場合の滑りが想定内
上の条件は、すべて揃う必要はありませんが、最低でも3つ以上が確認できないなら見送る、というように“中止基準”を持つと成績が安定します。
7. リスク管理:短期売買の致命傷を避ける設計
7-1. 損切りは“価格”ではなく“仮説の否定”で置く
VWAPを基準にする場合、損切りは『VWAPを割った/超えた』だけでは足りません。割った上で歩み値が同方向に加速し、板が空く(支えが消える)なら仮説が否定された、と判断します。逆に、割ってもすぐ戻り、板が復元されるなら、単なるヒゲの可能性があります。損切り条件は二段階にし、最初は建玉を軽くし、否定が確定したら全撤退、という運用が現実的です。
7-2. 1トレードの許容損失を先に決める
初心者が崩れる典型は『損切りが遅れ、取り返そうとしてロットを上げる』です。これを構造的に防ぐには、1回のトレードで失ってよい金額を先に固定し、損切り幅から逆算して株数(ロット)を決めます。ロットを先に決めるのは逆です。
7-3. 同一銘柄の連続トレードは回数制限
VWAP周辺は往復が増えやすく、取引回数が増えるほど手数料とスリッページが効きます。同一銘柄は最大2回までなど、回数制限を入れると期待値が守られます。
8. よくある失敗と回避策
VWAP戦略での典型的な失敗は、VWAPが“みんなが見ている”という理由だけで反発を信じてしまうことです。反発が起きるのは、そこで実際に吸収が起き、反対売買が負けているときだけです。
また、前日終値や節目価格がVWAP近辺に重なると、板が厚く見えても単に指値が溜まっているだけのことがあります。復元(食われた後に再び出る)を確認できないなら、支えとしての信頼度は下がります。
そして、指数が大きく動いている日は個別のVWAPが機能しにくくなります。指数主導で先物が走ると、個別の板は一瞬で崩れます。指数(先物)と該当銘柄の相関が高い場合、指数の5分足VWAPも同時に見ると事故が減ります。
9. 検証のやり方:初心者が最短で上達するログ設計
短期手法は“上手い人の感覚”を真似するより、ログで改善した方が速いです。以下の項目だけでも毎回記録してください。
・エントリー時刻/価格、VWAPとの位置関係(上・下・跨ぎ)
・エントリー理由(板の復元、歩み値の連続、出来高の変化)
・損切り/利確の根拠(仮説否定条件、直近高安、節目)
・執行方法(指値・成行・分割)と滑りの有無
・トレード後の反省:見送るべきだった要因があったか
これを10回〜30回分貯めると、自分が負けるパターンが“同じ形”で繰り返されていることが見えてきます。負けパターンを1つ潰すだけで、成績は一段上がります。
10. 実戦での運用:当日の時間帯別の注意点
10-1. 寄り付き〜9:30:ノイズが多いがエッジも大きい
寄り付き直後は、指値が一気に約定し、VWAPが急速に形成されます。VWAPがまだ安定していないため、最初の1〜2本(5分足)は参考程度にし、3本目以降で判断を強めるとブレが減ります。
10-2. 10:00〜11:20:最もルールが効きやすい
出来高が落ち着き、アルゴの癖も見えやすい時間帯です。VWAPの攻防も“ちゃんとした吸収”になりやすく、初心者はこの時間帯を主戦場にすると良い結果が出やすい。
10-3. 後場寄り〜14:30:ニュースと先物に注意
昼休み中のニュースでギャップが出た場合、前場のVWAPは参考度が落ちます。後場は後場VWAP(セッションVWAP)を別で表示できるツールなら切り替えるのが理想です。できない場合は、後場寄りからの新しいVWAP形成を意識し、前場の基準線に固執しないことです。
10-4. 大引け前:引けの需給で形が崩れる
引けに向けての投信や指数関連の売買が入る銘柄は、VWAP周辺の板が突然消えます。引けが近いほど、損切りは“機械的に短く”して撤退優先にします。
11. まとめ:VWAPは「線」ではなく「参加者の平均コスト」
VWAPの攻防は、見た目がシンプルな一方で、勝ち負けは板と歩み値の“質”で決まります。
本稿のポイントは、(1)VWAP接触時の吸収と突破を区別する、(2)跨いだ直後の残像で主導権移転を確認する、(3)仮説否定で損切りを置き、ロットを逆算する、の3点です。
最後に、同じVWAPでも、銘柄の流動性、指数の地合い、時間帯で挙動が変わります。まずは“最もルールが効きやすい時間帯”に限定し、ログで負けパターンを潰すことから始めてください。


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