- 結論:歩留まりは「EVの原価」と「半導体企業の利益率」を同時に動かす
- そもそもパワー半導体はEVのどこに効くのか
- 歩留まりとは何か:投資家向けに超実務的に整理する
- なぜSiCは歩留まりが難しいのか:欠陥密度と高耐圧のトレードオフ
- 歩留まりが1%上がると何が起きるか:超具体例で理解する
- EVコストダウンへの伝播ルート:バッテリーより「周辺の損失」が効く局面がある
- 投資家が見るべき「歩留まりの代理指標」:決算のどこを読むか
- 歩留まり改善のボトルネック別「勝ち筋」:どこに賭けるか
- “コストダウンの順番”を読む:最初は供給制約、次に歩留まり、最後に標準化
- 具体的なチェックリスト:ニュースと決算でこう読む
- “歩留まり改善が進んでいるのに株価が弱い”局面が狙い目になりやすい理由
- リスク:歩留まり改善は万能ではない(落とし穴を先に潰す)
- 初心者向けの実践:監視するデータと、月1でやるルーティン
- まとめ:歩留まりは“半導体の供給能力”ではなく“収益の質”を測る
- 補足:SiCとGaNの棲み分けを投資視点で整理する
- 補足:歩留まり改善を加速する「装置・検査」テーマ
結論:歩留まりは「EVの原価」と「半導体企業の利益率」を同時に動かす
パワー半導体(主にSiC=炭化ケイ素、GaN=窒化ガリウム)の歩留まりが上がると、同じ設備・同じ原材料から「売れるチップ」が多く取れます。これは半導体メーカー側では原価低下(特にウエハ当たり原価の低下)と粗利改善を生み、同時にEVメーカー側ではインバータやオンボードチャージャー(OBC)など電力変換系のコストを押し下げます。投資の観点では、歩留まりの改善は「需給が強いから売れる」という短期材料ではなく、数四半期~数年スパンでの収益体質の変化に直結する“構造要因”です。ここを読み切れると、決算の数字が良くなる前に仕込めます。
そもそもパワー半導体はEVのどこに効くのか
EVはバッテリー(直流)をモーター(交流)で使うため、電力変換が必須です。主戦場は以下です。
・トラクションインバータ:バッテリー直流をモーター用交流へ。SiC化の効果が最も大きく、効率改善により航続距離が伸びるか、同じ航続距離ならバッテリー容量を小さくできます(バッテリーは車両コストの最大要素)。
・OBC(車載充電器):外部電源を車載バッテリーに充電する変換器。高周波化で小型軽量化しやすい。
・DC-DCコンバータ:高電圧バッテリーから12V系(補機)へ。
・熱マネジメント:電動コンプレッサー等にも電力変換が絡みます。
重要なのは、これらは「車1台あたりに必ず入る部品」であり、台数が伸びると半導体の数量も伸びることです。一方でEV普及が踊り場でも、プラットフォーム更新(800V化、効率規制、航続距離競争)が進むとSiC/GaNの採用比率が上がり、単価も上がりやすい。つまり、台数×採用率×単価の三つ巴で伸びます。
歩留まりとは何か:投資家向けに超実務的に整理する
歩留まり(Yield)は「投入したウエハやチップのうち、仕様を満たして出荷できる割合」です。パワー半導体は高電圧・大電流を扱うため、微細ロジックとは違う難しさがあります。投資判断では、歩留まりは次の3層に分けて捉えるとミスりません。
①ウエハ歩留まり(結晶欠陥・加工由来):ウエハ自体の欠陥密度、エピ成長、加工工程での欠陥が支配。SiCは材料欠陥が課題になりやすい。
②ダイ歩留まり(チップ単位の良品率):デバイス構造、電気特性、リークなど。高耐圧ほど難易度が上がります。
③モジュール歩留まり(実装・接合):チップをパッケージやパワーモジュールに組む工程の歩留まり。焼結、ワイヤボンディング、基板接合などがボトルネックになります。
この3層はボトルネックが違い、改善の主役も違います。材料メーカー(SiCウエハ)、デバイスメーカー(IDM/ファウンドリ)、後工程・モジュールメーカー、装置メーカーまで含むサプライチェーンで“誰が改善を取り込めるか”が投資の肝になります。
なぜSiCは歩留まりが難しいのか:欠陥密度と高耐圧のトレードオフ
SiCはシリコンに比べて高電圧・高温・高周波に強い一方、結晶成長が難しく欠陥(マイクロパイプや転位など)が性能・信頼性に直結しやすいのが特徴です。欠陥が一定以上あると、耐圧試験で落ちる、リークが増える、寿命試験で落ちる、といった形で歩留まりを削ります。
さらにEV向けは安全規格・長期信頼性が厳しい。短期的に動くスマホ向けと違い、車は10年以上の故障率を想定されます。だから“出荷はできるが長期で不安”な個体は検査で落とす必要があり、検査コストも増えます。結果として、歩留まり改善=材料品質+工程制御+検査最適化の総合格闘技になります。
歩留まりが1%上がると何が起きるか:超具体例で理解する
数字で腹落ちさせます。仮にSiCウエハ1枚から100個のダイが取れ、加工・検査・償却込みでウエハ当たりの総原価が10万円だとします。
・歩留まり80%なら良品80個。1個あたり原価は10万円/80=1,250円。
・歩留まり85%なら良品85個。1個あたり原価は10万円/85=1,176円。
歩留まりが5ポイント上がるだけで、原価は約6%下がります。半導体は粗利率が重要なので、販売価格が同じなら粗利は大きく増えますし、競争が激しい局面では“値下げしても利益が出る側”に回れます。EV部品はコストダウン圧力が強いので、最終的に勝つのは歩留まりで原価を潰せる企業です。
EVコストダウンへの伝播ルート:バッテリーより「周辺の損失」が効く局面がある
EVのコストはバッテリーが支配的ですが、近年はバッテリー単体の価格下落が鈍る局面もあります。そこで効くのが「効率改善による必要バッテリー容量の圧縮」です。SiC化が進むとインバータ損失が減り、同じ車格・同じ航続距離でも必要電力量が下がります。例えば航続距離を維持しつつバッテリー容量を5%小さくできると、車両コストはバッテリー比率の分だけ下がります。これは“半導体がバッテリーを節約する”という構造です。
また800Vアーキテクチャは充電速度を上げやすい一方、損失や熱設計が難しい。SiCの特性が生きるので採用が進みやすい。つまり、歩留まり改善でSiCコストが下がるほど、800V化の経済性が増し、普及が加速し、需要がさらに増える――というフィードバックが起きます。
投資家が見るべき「歩留まりの代理指標」:決算のどこを読むか
企業は歩留まりを直接は開示しません。だから代理指標を読む必要があります。私は以下をセットで見ます。
1)売上総利益率(粗利率)の階段状改善:需要増で良くなるのではなく、設備稼働が平常でも改善が続くなら歩留まり・プロセス改善の可能性が高い。
2)在庫回転と評価損の有無:歩留まりが悪いと、規格外在庫や仕掛品が積み上がり、評価損が出やすい。逆に改善局面では在庫回転が良くなりやすい。
3)設備投資の中身(前工程か後工程か):材料欠陥がボトルなら前工程投資、モジュール歩留まりなら後工程投資が増える。IR資料の設備投資内訳を追う。
4)顧客認定(Automotive qualification)の進捗:車載認定が進むほど“検査で落とすロス”が減る設計・プロセスが固まってきたと読めます。
5)製品ミックス:高耐圧・高電流品の比率が上がって粗利が維持・改善しているなら、難度の高い領域で歩留まりが出ている可能性がある。
歩留まり改善のボトルネック別「勝ち筋」:どこに賭けるか
歩留まりは一枚岩ではありません。投資対象も変わります。
材料ボトルネック(SiCウエハ/エピ):結晶欠陥密度の低下、ウエハ径の拡大(6インチ→8インチ)がテーマ。勝者は長期で供給契約を握りやすい。ここは“供給不足が解消した瞬間に価格が下がる”リスクもあるため、単なる数量増ではなく品質優位(低欠陥、歩留まりに効く)を見極めます。
前工程ボトルネック(デバイス製造):プロセス制御、欠陥検査、成膜・エッチングなどの装置とノウハウが効きます。ファウンドリ活用が進むと、装置メーカーや検査領域も恩恵を受けます。
後工程ボトルネック(モジュール実装):パワーモジュールは熱・機械応力が厳しく、実装技術の差が大きい。焼結や新材料(銀焼結、銅クリップ等)の採用で歩留まりと信頼性が改善すると、モジュールメーカーの付加価値が上がります。
“コストダウンの順番”を読む:最初は供給制約、次に歩留まり、最後に標準化
新材料はだいたい同じ道を辿ります。初期は供給が少なく高値で、投資家は「増産=成長」と読みがちです。しかし普及が進むと、増産だけでは利益が出なくなり、歩留まり改善と工程短縮が勝負になります。最終局面では標準化(互換性・規格)が進み、差別化が難しくなります。だから投資タイミングは“歩留まりが改善して利益率が上がる局面”が最も取りやすい。標準化でコモディティ化した後は、規模の経済と顧客ロックインがないと厳しい。
具体的なチェックリスト:ニュースと決算でこう読む
初心者がいきなり歩留まりを当てにいくのは難しいので、私は次の手順を推奨します。
Step1:サプライチェーン地図を作る:材料(ウエハ/エピ)→前工程(デバイス)→後工程(パッケージ/モジュール)→最終顧客(自動車Tier1/EVメーカー)を紙に書く。銘柄名を並べるだけでOK。
Step2:ボトルネックの“今”を仮説化する:例えば「6インチSiCウエハ不足」「車載認定の遅れ」「モジュールの熱設計が厳しい」など、どこが詰まっているか仮説を置く。
Step3:代理指標で検証する:粗利率、在庫、設備投資、受注残、顧客認定のコメントを追い、仮説が当たっているかを見る。
Step4:価格転嫁力を判定する:供給制約時は価格が通りやすいが、過剰になると通らない。コメントに「価格の正常化」「競争激化」「長期契約」などが出たら警戒。
“歩留まり改善が進んでいるのに株価が弱い”局面が狙い目になりやすい理由
市場は需要の強弱には敏感ですが、歩留まりの改善のような“製造由来の構造改善”には鈍いことがあります。理由はシンプルで、数字が出るまで確信が持てないからです。ところが歩留まり改善は、いったん軌道に乗ると数四半期続くことが多く、粗利率や営業利益率がじわじわ上がります。ここで株価が需要懸念で売られていると、期待値が下がっている分だけリスク・リターンが改善します。初心者でも取りやすいのは、①需要が弱いニュースで売られている、②しかし粗利率は改善している、③在庫は健全、という組み合わせです。
リスク:歩留まり改善は万能ではない(落とし穴を先に潰す)
1)技術ブレークスルーの陳腐化:SiCが伸びる前提でも、別技術(新電池、モーター方式、電力変換の別解)が出ると需要シナリオが変わります。過度に一点張りにしない。
2)顧客集中:特定EVメーカー向け比率が高いと、価格交渉で負けやすい。顧客分散と長期契約の有無を確認。
3)増産の波:供給過剰になると価格が崩れます。歩留まり改善が“価格下落に吸われる”と利益が伸びません。粗利率の維持が鍵。
4)車載品質問題:不具合が出るとリコールや認定停止で一発退場もあり得ます。品質関連の開示や報道には敏感になる。
初心者向けの実践:監視するデータと、月1でやるルーティン
毎日ニュースを追う必要はありません。月1の点検で十分戦えます。
・月1チェック:主要企業の粗利率推移、在庫、設備投資計画、EV販売台数の大枠、800V採用車種の増加。
・四半期チェック:決算説明資料で「歩留まり」「生産性」「コストダウン」「認定」「立上げ(ramp)」といった語がどう使われているかを比較。前年同四半期と並べると変化が見えます。
・価格を見るなら:SiCウエハ価格の単発ニュースより、複数社の粗利率の方向性を優先します。価格は交渉で動き、表面化しにくいからです。
まとめ:歩留まりは“半導体の供給能力”ではなく“収益の質”を測る
パワー半導体の歩留まり改善は、EVの普及という大きな波の中で、企業間の勝敗を分ける具体的なレバーです。初心者は「需要があるから上がる」という発想から一段進んで、「同じ需要でも利益が増える企業はどこか」を見るべきです。その判定には、歩留まりそのものではなく、粗利率・在庫・設備投資・顧客認定といった代理指標を組み合わせます。これができると、相場の短期ノイズに振られにくく、押し目で仕込む根拠が持てます。
補足:SiCとGaNの棲み分けを投資視点で整理する
SiCは高耐圧・高電力領域に強く、EVの主戦場(インバータ、急速充電)に直結します。一方GaNは高周波で効率が出やすく、比較的小~中電力の電源(OBCの一部や車載以外の電源領域)で優位が出やすい。投資家は「どちらが勝つか」を当てに行くより、用途別に市場が伸びる順番を読む方が再現性が高いです。一般に、EVの主戦場ではSiCの採用が先に進み、その周辺(高周波電源、軽量化が効く領域)でGaNが広がるケースが多い。したがって、SiC一本足打法の企業は景気循環や投資局面でボラが大きくなりやすく、SiC+周辺電源や産業用途に分散している企業は収益が安定しやすい、という見立てが立ちます。
補足:歩留まり改善を加速する「装置・検査」テーマ
歩留まりの改善は、材料やプロセスだけでなく、欠陥を早期に見つけて“無駄な加工”を減らす検査・計測が効きます。特にSiCでは欠陥の種類が多く、前工程での欠陥マップ取得や、工程間でのフィードバック制御が重要です。投資としては、デバイスメーカーだけでなく、検査・計測や後工程の実装技術に強い周辺企業にも波及します。半導体は「本体だけ買う」より、サプライチェーンの“痛点”に刺さる企業を押さえる方が、局面が変わっても利益を取りやすいことがあります。


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