「株を買いたいが、今は高値掴みが怖い」。この悩みは個人投資家の定番です。そこで使えるのが、キャッシュ・セキュアド・プット(Cash Secured Put:CSP)です。CSPは、買いたい銘柄に対してプット(売る権利)を売り、プレミアム(受取金)を先にもらいながら、希望価格まで下がれば買うという発想の戦略です。
本記事は「オプション=難しい」を分解し、何を見て、どう決めて、どこで失敗しやすいかまで踏み込みます。単なる用語説明ではなく、個人が現実に回せる設計思想(銘柄選定、ストライク、期限、IV、資金拘束、ロスカット判断)を一気通貫で書きます。
- CSPの本質:やっていることは「指値買い+保険料受取り」
- CSPが向く投資家・向かない投資家
- 利益の源泉:プレミアムは何に対する対価か
- 最初の設計図:銘柄選定を間違えると全て終わる
- ストライクの決め方:デルタを“確率の目安”として使う
- 期限(満期)の選び方:30〜45日を基準に“回転率”と“事故率”を管理
- IV(インプライド・ボラティリティ)の使い方:高IVは“高利回り”ではなく“高保険料”
- 損益構造:最大利益・最大損失・損益分岐点を一発で把握する
- 資金管理:失敗の9割はロット設計のミス
- エントリー手順:初心者が迷わない“チェックリスト型”の進め方
- 手仕舞いの型:満期放置より“段階撤退”が安定する
- ロールの考え方:逃げではなく“条件の再設定”
- 割り当て後の次手:カバードコールで“プレミアム二段取り”
- よくある失敗パターンと、避けるための具体策
- ケーススタディ:3つの相場局面でCSPをどう変えるか
- 初心者の運用ルール例:月1〜2回転で“事故らない”型
CSPの本質:やっていることは「指値買い+保険料受取り」
CSPは、現金(あるいは証拠金)を確保したうえでプットを売ります。プットを売る側は、買い手からプレミアムを受け取る代わりに、満期に株価がストライク以下なら株を買う義務が発生します。
これを現物目線で言い換えると、「ストライク価格で指値を置きつつ、その指値が約定しなくても“待ち賃”が入る」という構造です。株価が上がれば指値は刺さらず、受け取ったプレミアムが利益になります。株価が下がれば、想定した価格で株を保有する(買う)ことになります。
つまり、CSPは「下がったら買う」と決めた投資家にとって、機械的に再現しやすい収益化の手段です。一方で、“下がったら買う”が本心でない銘柄にCSPをかけると破綻します。ここが勝ち負けを分ける第一分岐です。
CSPが向く投資家・向かない投資家
向くのは、次のようなタイプです。①現物で買いたい候補が明確、②短期の上昇益よりも確度の高いキャッシュフローを優先、③下落時に慌てず保有できる、④資金管理を守れる。CSPは「一発当てる」より「淡々と積み上げる」性格です。
逆に向かないのは、①買いたい銘柄がないのにプレミアムだけ欲しい、②暴落時に耐えられず投げる、③必要資金を見誤って過大ポジションになる、④“損失を取り返すためにロットを上げる”癖がある。CSPは資金拘束が大きいので、破綻すると戻りが遅いです。
利益の源泉:プレミアムは何に対する対価か
プレミアムは“タダ金”ではありません。買い手が払うのは、あなたが引き受けるリスクへの対価です。主に3つあります。
(1)方向性リスク:株価が下がると、あなたは株を買う義務を負います。下落が深いほど含み損は増えます。
(2)ボラティリティ(IV)リスク:IV(インプライド・ボラティリティ)が高いほど、プレミアムは増えます。市場が不安なほど“保険料”は高くなる。逆に言えば、IVが落ちる局面(ボラ低下)で売り手は有利になりやすいです。
(3)時間価値(シータ):時間が経つとオプションの時間価値は減ります。売り手は“時間が味方”。ただし急落が来ると、そのメリットは簡単に吹き飛びます。
最初の設計図:銘柄選定を間違えると全て終わる
CSPの銘柄選定は「オプションがある銘柄」ではなく、“最悪でも保有したい銘柄”から逆算します。初心者が最初にやるなら、次の条件を優先します。
①流動性:出来高が多く、スプレッドが狭い(板が厚い)こと。スプレッドが広いと、見かけの利回りがコストで消えます。
②決算・材料の癖:決算で毎回大きく飛ぶ銘柄は、プレミアムが高い代わりに“事故率”が高い。CSPで安定収益を狙うなら、まずは素直な値動きの銘柄が無難です。
③ビジネスの耐久性:一時的な人気テーマより、長期で需要が崩れにくい事業の方が、割り当て(株保有)になった後に落ち着いて判断できます。
④バリュエーションの目線:CSPは“買う”可能性がある戦略です。高PERの成長株を高IVで売ると、下落局面で想定以上に深く刺さります。
結論として、CSPは「あなたのウォッチリストを収益化する装置」です。銘柄の目利きがそのまま成績に出ます。
ストライクの決め方:デルタを“確率の目安”として使う
実務(=実際の手順)では、ストライクを“希望価格”だけで決めるとブレます。そこで、デルタを確率の目安として使います。
一般に、プットを売るときはデルタ -0.10〜-0.30あたりが議論の出発点になります(銘柄と地合いで調整)。デルタの絶対値が小さいほど、イン・ザ・マネー(割り当て)になりにくい反面、プレミアムも薄くなります。
ここで重要なのは、デルタは厳密な確率ではないが、「このストライクがどれくらい攻めているか」を統一言語で表せる点です。希望価格(バリュー)とデルタ(確率感)を両方満たすストライクを探します。
例:株価100の銘柄で、90で買いたい場合。90のプットのデルタが-0.15なら、割り当て確率は相対的に低く、プレミアムも控えめ。95で買ってもよいなら-0.25のあたりでプレミアムが厚くなる。自分の“買いたさ”をデルタで可視化すると、感情に引っ張られにくくなります。
期限(満期)の選び方:30〜45日を基準に“回転率”と“事故率”を管理
期限選びは、収益の回転率と事故率のトレードオフです。一般に、超短期はガンマが効きやすく(価格変化が急)、事故が起きると逃げにくい。一方で長期はプレミアムは厚いが資金拘束が長い。
そこで、初心者がまず使いやすいのが30〜45日(DTE)のゾーンです。この範囲は時間価値の減り方(シータ)が比較的読みやすく、管理もしやすい。満期ギリギリまで粘るより、プレミアムの50〜70%を回収したら早めに手仕舞いして回転させる発想が安定します。
また、イベント(決算、FOMC、重要指標)を跨ぐかどうかは戦略の性格を変えます。跨ぐとIVが上がりやすくプレミアムは増えますが、ギャップダウンのリスクも増えます。初心者は、まず“跨がない”設計で型を作ると良いです。
IV(インプライド・ボラティリティ)の使い方:高IVは“高利回り”ではなく“高保険料”
プレミアム売りで最も誤解されやすいのがIVです。IVが高い=利回りが良い、と見えてしまう。しかしIVが高いのは、市場が“下落や急変を恐れている”からです。つまり、高IVのプレミアムは、あなたが引き受ける尾のリスク(テールリスク)への上乗せです。
実際の手順としては、IVを次のように使うと事故が減ります。①IVパーセンタイル/IVランクで“平常時か異常時か”を把握、②異常に高い時はロットを落とす、③高IVでも、下に強い支持帯(過去の安値帯)を確認してストライクを置く、④急落後の反発局面でIVが落ちるとき(ボラ収縮)に“売り手有利”が出やすい。
逆に、IVが低い時にプレミアム売りを回すと“保険料が薄いのに事故だけ大きい”になりやすい。IVが低いときは、無理に売らず見送る判断も期待値の一部です。
損益構造:最大利益・最大損失・損益分岐点を一発で把握する
CSPの損益はシンプルです。
最大利益:受け取ったプレミアム(手数料等を差し引いた後)。株価がストライク以上で満期を迎えると、プレミアムがそのまま利益です。
損益分岐点:ストライク − 受取プレミアム。例えばストライク90、プレミアム2なら損益分岐は88。88より下で、含み損が出ます。
最大損失:理論上は株価がゼロまで下がる場合(ストライク − プレミアム)×株数。つまり、CSPは“株を買うのと同じ方向性リスク”を持ちます。ここを軽視すると破綻します。
この3点を、エントリー前に必ず紙に書きます。これだけで、無自覚な過大ポジションは大きく減ります。
資金管理:失敗の9割はロット設計のミス
CSPは「資金拘束」が本体です。1枚のプットを売ると、通常は100株分の購入資金が必要になります(米国株オプションの場合)。株価100なら、ストライク100で売れば約1万ドル規模が拘束されます。これを複数枚売ると、暴落時に一気に身動きが取れなくなります。
基本形は、(1)1銘柄あたりの最大拘束額をポートフォリオの一定割合に固定、(2)同じセクターに偏らない、(3)相場急変時に“追加で防御行動できる現金”を別枠で残す、の3点です。
具体例として、運用資金300万円で米国株オプションを触るなら、1銘柄の拘束を最大でも50万円程度に抑える、などのルールが現実的です。これなら割り当てになっても身動きが取れます。逆に、300万円で拘束150万円のCSPを2銘柄で回すと、下落が来た瞬間に詰みやすい。
エントリー手順:初心者が迷わない“チェックリスト型”の進め方
ここからは、実際の手順を時系列で整理します。
まず、銘柄の“買い理由”を文章で1〜2行書きます。「なぜ保有してよいのか」が言語化できない銘柄は、CSPに不向きです。
次に、買いたい価格帯(支持帯)を決めます。テクニカル的には、直近の安値、週足のレンジ下限、出来高の多い価格帯などが候補です。ここを“ストライク候補”にします。
次に、期限(30〜45DTE)を選び、ストライクごとのプレミアムとデルタを比較します。デルタが低すぎてプレミアムが薄いなら、期限を少し短くして回転率を上げる手もあります。
最後に、損益分岐点と拘束額を確認し、ロットを決めます。ここで「最大損失は許容範囲か」「割り当てになっても保有できるか」を再確認します。
注文は指値を基本にし、スプレッドの中間から入れて様子を見る。成行で入ると、薄い板では簡単に不利約定します。
手仕舞いの型:満期放置より“段階撤退”が安定する
CSPでありがちな失敗は、「あと少しで満期だから」と放置して、最終盤で急落を食らうことです。満期が近いほどガンマが強くなり、数日の下落で損益が大きく振れます。
そこで、手仕舞いの型を先に決めます。例えば、プレミアムの60%回収で買い戻し、残りは次の機会へ回す。あるいは、期限が20日を切ったら原則クローズして次へ、など。重要なのは、相場が静かなときに決めたルールで動くことです。
割り当てが近い(株価がストライクに接近)場合は、次の3択になります。①そのまま受け入れて株を買う、②ロール(期限を延ばす)して時間を買う、③損切りして撤退する。どれが正しいではなく、あなたの目的(保有したいのか、プレミアム収益が目的か)で決まります。
ロールの考え方:逃げではなく“条件の再設定”
ロールは、プットを買い戻して、より先の期限(場合によっては別ストライク)で再度売ることです。ロールを“損失の先送り”にすると危険ですが、条件を再設定する意思決定として使うなら有効です。
例えば、買いたい銘柄で短期的な悪材料が出たが長期視点は崩れていない、というケース。直近満期で割り当てになるより、期限を延ばしてIV低下と時間経過を取りに行く選択が合理的なことがあります。
ただし、ロールで重要なのは「クレジット(受取が増える)でロールできるか」。デビット(追い金)を払い続けるロールは、実質的に負けの拡大になりやすい。ロールの回数上限や、最終的に現物で受ける判断ラインを先に決めておくと良いです。
割り当て後の次手:カバードコールで“プレミアム二段取り”
CSPの強みは、割り当て後の展開が自然につながる点です。割り当てで株を保有したら、次はその株に対してコールを売るカバードコールが選択肢になります。これにより、買いのタイミング(CSP)→保有中の上値を売る(CC)と、プレミアムを二段で積み上げることができます。
例えば、ストライク90のCSPで割り当て、実質取得単価が88(プレミアム2差引)になったとします。保有後に、95コールを売ってプレミアムを受け取れば、上昇局面でも収益機会が増えます。もちろん上値が限定されますが、「売りたい価格帯」を決められる投資家には整合的です。
よくある失敗パターンと、避けるための具体策
失敗①:プレミアムだけ見て、買いたくない銘柄に手を出す。対策は単純で、“割り当てになってもOK”の銘柄だけに限定することです。
失敗②:高IVに飛びつき、イベント跨ぎでギャップダウンを食らう。対策は、まずはイベント跨ぎを避け、どうしても跨ぐならロットを落とす。
失敗③:ロット過大で、下落時にロールも受け入れもできない。対策は、拘束額上限を固定し、同時保有枚数を制限する。
失敗④:満期放置で最終盤に事故。対策は、回収率基準で早めにクローズするルール化。
失敗⑤:損切りできず、最終的に“最悪の銘柄”を保有してしまう。対策は、銘柄選定の段階で“最悪でも保有できるか”をチェックし、無理なら最初から触らない。
ケーススタディ:3つの相場局面でCSPをどう変えるか
(A)上昇トレンド:株価が強いとCSPは割り当てになりにくく、プレミアム収益が取りやすい一方、機会損失(株を買えない)が出ます。対策は、デルタを少し上げて(-0.20〜-0.30寄り)、“買える確率”を上げるか、期限を短くして回転率を上げます。
(B)レンジ相場:CSPの得意領域です。支持帯近くにストライクを置き、回収率で淡々とクローズ。レンジ下限で割り当てになったら、カバードコールへ接続。ここが最も“型”が決まりやすい。
(C)急落局面:IVが急上昇し、プレミアムは魅力的に見えますが、最も危険です。対策は、①ロットを半分以下、②ストライクを十分深く(デルタ小さめ)、③期限を短めにして状況確認、④“底打ちの兆候”が出るまで待つ。急落中に連発すると、資金拘束で窒息します。
初心者の運用ルール例:月1〜2回転で“事故らない”型
最後に、初心者が最初に作るべきルールの雛形を示します。
まず、銘柄は最大3つまで。全て流動性が高く、長期で保有してよいものに限定します。期限は30〜45DTE。ストライクは「買いたい価格帯」かつデルタ-0.15〜-0.25目安。ロットは1銘柄あたり拘束額が資金の15〜20%を超えない。
利確は、プレミアム60%回収で買い戻し。残り40%を取りに行かない。割り当てに近づいたら、(1)受け入れて現物化、(2)クレジットでロール、のどちらか。損切りは、銘柄の前提が崩れた時に実行(“値動きが怖い”ではなく、理由の変化で決める)。
このルールで回すだけでも、「待っている間は何もしていない」という状態から脱し、意思決定が整理されます。CSPは派手さはないが、再現性と学習効果が高い。まずは小さく回し、ログを取り、あなたの銘柄選定とリスク許容度に合わせて最適化していくのが正攻法です。


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