本記事では、個人投資家でも再現しやすく、初心者でも理解しやすい「PTS×寄り付き乖離ミーンリバージョン戦略」を解説します。発想はシンプルです。前営業日の夜間に行われるPTS(私設取引システム)で形成された価格と、翌営業日の現物市場の寄り付き価格にはしばしば乖離が生じます。需給が落ち着くと、寄り付き後は当日の出来高加重平均価格(VWAP)や前日終値、あるいは合理的なバリュエーションに向けて平均回帰(ミーンリバージョン)が生じやすいという経験則を利用します。
この記事は「勝てる魔法」を約束するものではありません。しかし、明確なルール・検証しやすさ・資金管理のしやすさという3点で、初心者にとって扱いやすい戦略です。最小単元・小さな金額で始め、実際の板や歩み値の見え方、指値・逆指値の置き方を体で覚えながら、定量ルールに沿って反復し、検証で改善していくことを目的にします。
戦略の全体像
目的:前夜のPTS価格と翌朝の寄り付き価格(始値)の乖離を観測し、寄り後の初期的なミーンリバージョンを取りに行くデイトレ戦略です。日中引けまで保有することもできますが、初心者は「午前中の流動性が十分な時間帯で勝負して、同日中に完結」させる方が管理が容易です。
対象:東証プライム/スタンダード上場銘柄(出来高が多く、板が厚い大型〜中型株を推奨)。新興市場の急騰・急落銘柄はスリッページとギャップリスクが大きいため、最初は避けます。
エッジの源泉:夜間PTSは参加者が限定的で、ニュースや決算直後などに過度の反応(オーバーシュート)が起きやすい一方、翌朝の寄り付きでは現物市場の参加者が増え、価格が合理的水準に引き戻される傾向がある点です。
前提知識:PTS・寄り付き・VWAP
PTS(私設取引システム)
証券取引所以外の株式売買システムを指します。夜間の時間帯に取引できるため、引け後のニュースや決算に機敏に反応します。参加者や板厚は通常市場より限定されがちです。
寄り付き(始値)
翌営業日、最初に成立する価格です。寄り付きは、前日までに溜まった成行・指値注文が一斉にぶつかって成立するオークションで決まります。需給の偏りにより、加熱した寄り付き価格がその後に反転するケースがあります。
VWAP(出来高加重平均価格)
当日の各約定価格に出来高を重みとして掛け合わせた平均値です。機関投資家の執行指標としても用いられ、日中の「重心」を把握するのに有効です。寄り後しばらくは価格がVWAPへ引き寄せられる動きが観測されることがあり、短期の反転目標として扱いやすい指標です。
コア・アイデア:乖離の測り方
戦略の起点は、前夜PTS終値(または出来高の最も多い価格帯の出来高加重平均)と翌朝の寄り付き価格の差を定量化することです。
代表的な定義は以下の通りです。
乖離率 = (寄り付き価格 − 前夜PTS価格) ÷ 前日終値
または
標準化乖離 = (寄り付き価格 − 前夜PTS価格) ÷ 直近20日の日中ボラティリティ(例えば日中高安の0.5×など)
初心者はまず乖離率で十分です。±1%〜±3%のレンジで閾値を設け、過度なオーバーシュートが起きたと判断できる場面のみトレードします。
売買ルール(初心者向けプロトタイプ)
エントリー
寄り付き後の最初の5〜15分の価格動向を観測し、以下の条件で仕掛けます。
ロング(買い): 前夜PTS価格よりも寄り付きが大きく下振れ(乖離率 −1.5%以下など)し、かつ寄り付き後に5分足で最初の陽線が出て直近高値を上抜けたタイミング。出来高は同時間帯の平均以上。
ショート(売り): 前夜PTS価格より寄り付きが大きく上振れ(乖離率 +1.5%以上など)し、5分足で最初の陰線が出て直近安値を下抜けたタイミング。出来高は同時間帯の平均以上。
イグジット
第一目標: 当日VWAP到達(VWAP±0.1%で利確)。
第二目標: 前日終値(強い回帰が出る場面)。
損切り: エントリー直後のスイング高値/安値の外側に逆指値(初期リスク0.8〜1.2%)。
時間切れ: 午前の後場開始までに目標未達なら成行またはVWAP付近で手仕舞い(持ち越しは原則しない)。
ポジションサイズ
1トレードの許容損失を口座残高の0.5〜1.0%に制限し、初期ストップ幅から逆算して数量を決定します。例:口座100万円、許容損失1%(1万円)、初期ストップ幅1%なら最大保有額は100万円相当=最小単元で調整。
実践ワークフロー(朝の1時間)
前夜(15分)
主要保有候補のウォッチリストを整備。決算発表銘柄、材料が出た大型株、指数寄与の大きい銘柄などを10〜20銘柄に絞る。前夜PTSの価格・出来高・VWAP近似(出来高の多い価格帯)をメモ。
寄り前(10分)
板気配・気配値を確認。前夜PTSとの乖離率を概算し、過熱している銘柄に付箋。寄り付き直後のスプレッドの広がりや連売り・連買いにも備える。
寄り後(30分)
5分足・出来高・VWAP(または近似)を確認しながら、トリガー出現時に小口でエントリー。約定後は逆指値を即時セット。第一目標(VWAP)到達で機械的に利益確定。
午前中(5〜30分)
再エントリーは原則しない。予定の時間を過ぎたら手仕舞い。記録を残し、午後に検証・改善。
ミニ検証:Excel/Googleスプレッドシートでの簡易評価
検証は複雑にするほど間違い(データサnoopingや過剰最適化)を招きます。まずは以下の列だけで十分です。
列: 日付、銘柄コード、前日終値、PTS価格、寄り付き価格、乖離率、エントリー価格、VWAP到達有無(1/0)、損益(円・%)、手数料、スリッページ。
式例:
乖離率:=(寄り付き価格 - PTS価格) / 前日終値
損益%:=(手仕舞い価格 - エントリー価格) / エントリー価格
(ショートは符号反転)
損益合計:=SUM(損益円)
、勝率:=AVERAGE(勝ちフラグ)
、プロフィットファクター:=SUM(勝ち損益) / ABS(SUM(負け損益))
まずはサンプル20〜30件を集め、乖離の絶対値が大きいほどVWAP到達確率が高いか、出来高が多い日ほど成功率が高いか、指数地合い(先物ギャップ)に左右されないかを手触りで確認しましょう。
具体例(架空データでの理解)
銘柄A:前日終値1,000円、前夜PTS 995円、翌朝寄り付き970円(乖離率 −2.5%)。寄り付き後5分で陽線確定、直近高値975円上抜けで買い。初期ストップ960円(−1%)。10:15にVWAP 985円到達で利確(+1.03%)。RR=約1:1、勝率60%前後でも期待値はプラス。
銘柄B:前日終値2,000円、前夜PTS 2,020円、翌朝寄り付き2,080円(乖離率 +3.0%)。5分陰線確定、直近安値2,070円割れでショート。初期ストップ2,100円(+1.45%)。9:55にVWAP 2,060円到達で利確(+0.48%)。乖離が大きいほど回帰が出やすい反面、ニュースが強い場合は踏み上げに注意。
執行テクニック(滑らせない工夫)
寄成は使いすぎない:寄り直後はスプレッドが広がりがち。トリガー確定後の指値・逆指値のOCOを基本にする。
半分利確:VWAP手前で半分を利確し、残りはトレーリングストップ。初心者は全利確の方が管理しやすい。
約定通知・価格アラート活用:PC前に張り付けない場合は、価格通知を細かく設定。
板の厚みを確認:薄い板では小口でも価格が飛びやすい。最小単元×複数回の分割執行で平均価格を整える。
コスト・リスク・想定外
手数料とスリッページ:勝ち幅が小さい戦略なので、コスト管理がすべてです。手数料体系を把握し、滑りやすい銘柄は候補から外す。
地合いリスク:先物・指数に大きなギャップが出た日は、個別もトレンドが強く出やすく、回帰が出にくい場合があります。指数のギャップ方向と同方向の仕掛けは控えめに。
ニュース継続性:決算サプライズが本質的な業績修正を伴う場合、ミーンリバージョンが機能しづらい。材料の質をざっくり把握し、弱い材料の過剰反応に絞ると安定。
流動性ショック:連売り・連買い、特別気配、売買停止等は初心者には危険。大型株優先、材料の読みやすい銘柄に限定する。
銘柄選定の基準
出来高上位・日中回転が良い銘柄:VWAP回帰の壁(板厚)が見込みやすい。
最低限の価格帯:1,000〜5,000円程度の中価格帯は、単元当たりの変動が扱いやすい。
ボラティリティが「程よい」こと:日中の平均真のレンジ(ATR)が大きすぎると逆行の痛みが大きい。まずは中庸。
口座開設・環境構築(要点のみ)
口座開設は各社オンラインで完結できます。初心者は次の観点で選定します。
取引手数料:アクティブ向け定額・1約定ごとの従量、どちらが自分の売買頻度に適するか。
執行ツール:板・歩み値・VWAP表示、逆指値・OCO・IFDなどの注文機能が使いやすいか。
アプリの安定性:寄り付き直後の混雑時でも快適に動作するか。
本人確認(eKYC)→ログイン→入金→取引ツール設定→ウォッチリスト作成、の順で準備します。
チェックリスト(朝のルーティン)
1. 前夜PTSの乖離メモを確認(±1.5%超のみ候補)。
2. 寄り直後の足形と出来高を確認(5分で陽転/陰転)。
3. 指値・逆指値OCOを準備(初期ストップ1%前後)。
4. VWAP到達で利確(±0.1%のバッファ)。
5. 予定時間を過ぎたら機械的に手仕舞い。
よくある誤解と失敗
全ての乖離が戻るわけではない:強材料ではトレンド継続が勝つ。材料の強弱をざっくり判定する習慣を。
損切り幅を甘くする:初心者ほど「戻るはず」に固執しがち。初期ルールの厳守が期待値の源泉です。
薄い銘柄を触る:一瞬で価格が飛ぶ。大型・高流動性を選ぶだけで成績は安定します。
拡張アイデア(中級者向け)
多変量フィルター:乖離率、指数ギャップ方向、直近の決算サプライズ度、出来高の標準化、寄り付後の板厚の非対称性などをスコア化。
目標の動的化:固定VWAPではなく、短期移動平均VWAPや分足VWAPバンドを目標に。
ポジションの分割:1回のフルサイズではなく、トリガー確定→押し戻り→VWAP接近の3段階で分割。
用語集(初心者向け)
ミーンリバージョン:価格が平均的な水準へ戻る傾向。過度な乖離ほど戻りやすい。
VWAP:出来高で重み付けされた当日の平均取引価格。執行の基準値。
逆指値:不利方向に動いたら自動で成行(または指値)で手仕舞いする注文。損失限定に不可欠。
OCO:利確と損切りの2つの注文を同時に出し、一方が約定するともう一方が自動取消になる仕組み。
最小ステップでの始め方(まとめ)
1銘柄・最小単元・午前中のみという超シンプル運用から開始し、「乖離が大きい」「出来高多い」「VWAP到達しやすい」という条件に絞って1日1トレード。20〜30回のサンプルを集めたら、データで改善点を見つけます。難しいことをやらず、「負けを小さく、勝ちをコツコツ」の設計を守るのが、この戦略の肝です。
付録:スプレッドシート雛形の列例
日付|銘柄|前日終値|PTS価格|寄り付き|乖離率|トリガー(買い/売り)|出来高(寄り後15分)|エントリー価格|初期ストップ|VWAP到達(1/0)|手仕舞い価格|損益円|損益%|手数料円|コメント
この通りの列で日々を記録するだけで、どの条件で勝ちやすいかが浮かび上がってきます。
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