インフレは「物価が上がる」だけの話ではありません。あなたの資産の購買力(同じお金で買える量)が削られるという意味で、投資家にとっては静かな損失です。名目で資産が増えて見えても、実質(購買力ベース)で減っていることは珍しくありません。
本記事は、インフレ局面で資産を守るための“実装”に焦点を当てます。理念ではなく、個人投資家が実際にやるべき順序、使うべき指標、やってはいけない失敗例、そして「自分の状況に合わせて組み替えるフレーム」を提供します。
インフレ対策の本質:敵は「インフレ率」ではなく「実質金利」
インフレ対策で最初に押さえるべきは、敵が単なるインフレ率ではない点です。市場が値付けする中心は実質金利(名目金利 − 期待インフレ)です。実質金利が上がる局面は、インフレがあっても「割引率が上がる」ためリスク資産が下がりやすく、逆に実質金利が下がる局面は金(ゴールド)や一部の成長株が強くなりやすい傾向があります。
つまり、インフレ局面は大きく2つに分けて考えると実務が楽になります。
- タイプA:インフレ加速+実質金利低下(金融が追いつかない、通貨価値への不安が強い)
- タイプB:インフレ高止まり+実質金利上昇(引き締めで金利が強い、バリュエーションが圧迫)
この2タイプで「効きやすいヘッジ」が変わります。以降は、タイプ判定→資産配分→運用ルールの順で組み立てます。
まず確認すべき指標:個人投資家の「見張り台」を作る
日々のニュースに振り回されないために、最低限の監視指標を固定します。情報過多は判断の質を落とすので、ポイントだけで十分です。
(1)CPIだけでは足りない:期待インフレを見る
発表されたCPIは「過去の物価」です。市場の価格形成には期待インフレが効きます。期待インフレは、米国ならTIPSブレークイーブン(BEI)などで観測され、インフレ懸念の温度感を掴めます。日本の個人投資家でも、米国の期待インフレはグローバル資産の動きの基礎として見ておく価値があります。
(2)実質金利:インフレ相場のハンドル
名目金利が上がってもインフレ期待が同じ以上に上がれば実質金利は下がります。実質金利の上昇局面では、金や高PER資産に逆風になりやすい一方、短期債や現金の魅力が増します。ここを見ずに「インフレだから金!」と単純化すると事故りやすいです。
(3)原油・商品指数:コストプッシュの早期警報
エネルギー・コモディティはインフレの火種になりやすく、コストプッシュ型インフレの兆候として機能します。ただし、商品はボラティリティが高いので“主役”にせず、補助輪として少量で扱うのが個人投資家向きです。
インフレに強い資産・弱い資産:機能別に整理する
「インフレに強い」には複数の意味があります。ここを混ぜると資産選択がブレます。機能別に分けます。
(A)購買力を守る:金(ゴールド)
金はキャッシュフローを生まない代わりに、通貨価値への不信が高まる局面で保険として機能しやすい資産です。特にタイプA(実質金利低下)で強くなりやすい。一方でタイプB(実質金利上昇)では重くなりがちなので、「いつでも勝つ資産」ではないと理解しておく必要があります。
実装としては、金を「増やす投資」ではなく「資産のダメージを減らす保険」と位置づけます。目標は勝率ではなく、最悪ケースの緩和です。
(B)インフレにスライドする利払い:物価連動債(TIPS等)
インフレ連動債は元本や利払いが物価に連動する設計です。米国TIPSは代表例で、期待インフレの変化に敏感です。ただし価格は金利(実質金利)にも影響されるため、タイプBでは値下がりすることがあります。ここで重要なのは、「保有期間」と「目的」です。
- 短期の価格変動を気にするなら、短期債・現金比率で耐える
- 長期の購買力維持が目的なら、TIPSを“長期保有”枠で見る
(C)価格転嫁できる稼ぐ力:株式(特にプライシングパワー)
株式は長期ではインフレに対する防波堤になりやすい一方、短期では金利上昇でバリュエーションが縮むため下落も起こります。インフレ局面で強いのは、単に景気敏感というより価格転嫁(プライシングパワー)を持つ企業群です。
具体例を挙げます。
- 生活必需品:ブランド力で値上げを通しやすい(例:日用品、食品)
- インフラ・規制産業:料金改定が可能なモデル(ただし規制リスクあり)
- ソフトウェア/サブスク:値上げ+解約率で評価、強い製品は価格が通る
一方、価格転嫁できないビジネス(コモディティ化、競争過多)はインフレでコスト増だけを被り、利益率が削られやすい。インフレ対策として株式を使うなら「指数を買う」だけでなく、指数の中身の特徴を理解し、必要に応じて補完します。
(D)実物資産の賃料:REIT・不動産
不動産・REITは賃料がインフレに追随する可能性があり、実物資産の代表格です。ただし、金利上昇局面では資金調達コストの上昇や利回り比較で逆風になりやすい。結論としては、REITはインフレヘッジというより「インフレも含む景気サイクルの中で、インカムを得る装置」として扱うのが現実的です。
(E)最も地味で強い:現金・短期国債(生活防衛と機動力)
インフレでは現金は目減りしますが、短期では“最大の武器”にもなります。理由は、暴落時に買えるからです。インフレ局面はボラティリティが上がりやすく、現金・短期債があると、下落局面でリバランスの実行力が上がります。
ここでのコツは「現金を増やす」ではなく、生活防衛資金と投資用待機資金を切り分けることです。生活防衛資金は減らさない。投資用待機資金はルールで使う。この二段構えが、インフレ相場でのメンタル崩壊を防ぎます。
インフレ対策ポートフォリオ:3つのテンプレを使い分ける
個人投資家が迷わないように、テンプレートを3つ用意します。あなたの時間軸と性格で選ぶのが実装として合理的です。
テンプレ1:王道(長期の実質成長+保険)
株式(広く分散)をコアに置き、金を保険として少量、現金・短期債でリバランス余力を持つ形です。最も汎用性が高いです。
- コア:株式インデックス
- 補完:金(保険)、短期債/現金(機動力)
- 必要に応じて:REIT(インカム目的)
テンプレ2:実質金利上昇に強め(タイプB想定)
引き締めで実質金利が上がる局面では、金が重くなりやすいので金比率は控えめにし、短期債やバリュー要素を厚くします。株式も高PERに寄りすぎない設計にします。
テンプレ3:通貨不信・インフレ加速に強め(タイプA想定)
金融が追いつかず実質金利が下がる局面を想定して、金や実物資産を厚めにします。ただし、過剰に偏ると反転局面で痛いので、上限を決めます。
具体例:月5万円の積立投資を「インフレ耐性型」にする手順
初心者が最も悩むのは「いま何を買うか」です。ここでは月5万円を例に、手順で示します。
ステップ1:生活防衛資金を別口座に確保
まず生活費の数か月分(目安)を現金で分離します。これがないと、相場下落時に積立を止める確率が跳ね上がります。インフレ対策で最悪なのは、途中で投資行動が壊れることです。
ステップ2:コアは「広く分散」から外さない
コアは全世界株やS&P500などの分散商品で構いません。インフレ時でも最終的に購買力を守りやすいのは、企業の稼ぐ力です。ここを捨てると、インフレが収束した後に取り残されます。
ステップ3:ヘッジ枠を固定比率で追加する
例えば、積立のうち10%を金、残りを株式、というように「比率を固定」します。重要なのはタイミングを当てに行かないこと。インフレ相場は情報が多く、当てに行くほどブレます。
ステップ4:年1〜2回のリバランスをルール化
インフレ局面では資産間の動きがバラけます。金が上がり株が下がる、あるいは逆が起きます。リバランスは“高くなったものを売り、安くなったものを買う”強制ルールです。これがインフレ相場での超重要インフラになります。
失敗例:インフレ対策でやりがちな事故
(1)ヘッジ資産を主役にしてしまう
金や商品は保険として有効でも、主役にするとボラティリティで精神が持ちません。結果として高値掴み→狼狽売り→再参入の繰り返しになりやすい。
(2)インフレ=何でも上がる、と誤解する
インフレでも、実質金利上昇局面ではリスク資産が下がることがあります。「インフレだから株は安心」と決め打ちすると痛い。タイプA/Bの視点が必要です。
(3)借入れでインフレに勝とうとして破綻する
インフレでは実質債務が軽くなる、という話だけを見てレバレッジを上げると、金利上昇で返済負担が増え、資産価格下落で追い込まれます。個人投資家のインフレ対策で、レバレッジは最優先で管理対象です。
最終チェックリスト:今日からできる「運用ルール」
- 生活防衛資金を分離し、投資資金と混ぜない
- インフレ対策は「実質金利」を軸にタイプA/Bを判定する
- コア(分散株式)を捨てず、ヘッジは上限を決めて少量で
- 年1〜2回のリバランスを固定ルールにする
- ニュースで配分を頻繁に変えない(変更はルールに基づく)
インフレ対策は、正解を当てるゲームではありません。壊れない仕組みを作り、資産の購買力を守りながら長期で積み上げることが最適解になります。


コメント