つみたてシミュレーションは「未来予測」ではない
積立シミュレーションは、将来の資産額を当てる道具ではありません。使い方を間違えると、むしろ判断を誤らせます。理由は単純で、シミュレーションが前提としているのは「平均的な利回りが毎年同じように出る世界」だからです。実際の市場は、上がる年・下がる年が混ざり、順番(いつ下がるか)が結果を大きく変えます。
それでもシミュレーションには価値があります。正しい使い方は、自分の投資計画が破綻しない条件(必要積立額、許容下落、取り崩し可能額)を数値で確かめることです。この記事では、初心者でも再現できる「シミュレーションの作法」を、具体例と手順で徹底解説します。
結論:見るべきは「平均」ではなく「下振れ耐性」
積立投資で最も危険なのは、平均リターンに酔って生活設計を固定してしまうことです。例えば「年5%で回るから老後は毎月20万円取り崩せる」といった発想です。平均は、下落局面の痛みを消してくれません。特に取り崩し期に大きく下がると、同じ金額を引き出すだけで元本の減りが加速し、その後の回復を阻害します(これを順序リスクと呼びます)。
よって、見るべきは次の3点です。
- 想定リターンを複数置く(楽観・標準・悲観)
- 暴落が「いつ起きるか」を変えて試す(積立初期/中盤/直前/取り崩し直後)
- 実質利回り(インフレ・税・コスト控除後)で評価する
この3点を押さえるだけで、シミュレーションは「当て物」から「設計ツール」へ変わります。
まず押さえるべき用語:利回り・リスク・コストの現実
名目利回りと実質利回りは別物
シミュレーション入力でよく見る「年率◯%」は名目利回りです。しかし生活費はインフレで増えます。したがって、生活設計には実質利回りが重要です。例えば名目年5%でも、物価が年2%で上がるなら、実質は概算で年3%程度になります(厳密には複利で計算します)。
コストは「小さいようで効く」
投資信託やETFには信託報酬などのコストがあり、長期では効いてきます。年0.2%の差は、1年では誤差でも20〜30年では資産額の差になります。シミュレーションでは、リターン入力を「期待リターン − コスト」で置き換えるのが現実的です。
税の影響は出口で効く
非課税枠(例:制度による非課税)を活用できるかで、出口の手取りが変わります。課税口座で利益が出れば税金が発生します。シミュレーションの目的が「生活費にいくら回せるか」なら、税引後のキャッシュフローまで想定する必要があります。
積立シミュレーションの「よくある罠」7つ
罠1:平均利回り1本で試算してしまう
年3%と年7%では、30年後の資産額が別世界になります。平均利回り1本での試算は、見たい未来を見せてくれるだけです。最低でも3パターン(悲観・標準・楽観)で見ます。
罠2:下落を「年−10%が1回」程度にしか入れない
下落は複数年続くことがあります。しかも下落率の分布は左右非対称になりやすく、急落が起きます。シミュレーションに入れるべきは「1回の軽い下落」ではなく、複数年の低迷と急落です。
罠3:積立期間と取り崩し期間を同じロジックで扱う
積立期は安く買えるほど有利ですが、取り崩し期は逆です。取り崩し期の下落は致命傷になり得ます。積立と取り崩しは別シミュレーションとして扱います。
罠4:積立額を増やせる前提で計画する
給与が増える、ボーナスで増額できる、といった前提は不確実です。シミュレーションは「最悪でも守れる積立額」で作ります。増やせたら上振れです。
罠5:インフレを無視する
老後の月20万円は、20年後の20万円ではありません。インフレを反映しない試算は、ゴールを小さく見積もります。
罠6:現金比率(生活防衛資金)を入れない
暴落時に売らないためには、投資とは別に現金のバッファが必要です。投資資産だけの最大化は、生活設計の破綻につながります。
罠7:相場が悪い時にやめる「行動リスク」を想定しない
シミュレーションは理想的に積み立て続ける前提ですが、現実には不安で止めたり売ったりします。行動リスクは最大のコストです。だからこそ、下振れ耐性を先に数字で理解しておきます。
実践:初心者でもできる「3段階シミュレーション」
ステップ1:目的を1行で定義する
例:「60歳までに投資資産2,000万円を目指し、65歳から毎月10万円を20年間取り崩す」のように、ゴール(年齢)と金額、用途(取り崩し)まで決めます。目的が曖昧だと、入力が恣意的になります。
ステップ2:入力は「実質」で揃える
期待リターンは、世界株式等の長期レンジを参考にしつつ、過度に楽観しないのが基本です。ここでは例として、名目年5%を標準、名目年2%を悲観、名目年7%を楽観とし、コスト0.2%、インフレ2%を見込む、といった形にします。すると実質の目安は、標準で約2.8%、悲観で約−0.2%、楽観で約4.8%程度になります(概算)。
ステップ3:暴落の「タイミング」を変えて試す
同じ平均利回りでも、暴落がいつ来るかで結果が変わります。以下の4ケースを必ず見ます。
- 積立開始直後に大きく下落
- 積立中盤で下落
- 積立終了の直前で下落
- 取り崩し開始直後で下落(最重要)
シミュレーションツールが対応していない場合は、Excel等で簡易モデルを作るか、取り崩し期だけ別の前提で再計算します。
具体例:月3万円×25年の積立は、何が「現実的なゴール」か
前提:月3万円(年36万円)を25年間積み立てます。元本は900万円です。
ここで「年5%」だけで計算すると、かなり魅力的な数字になります。しかし重要なのは、目標を立てることではなく、途中でやめずに続けられる設計です。
ケースA:標準(実質年2.8%)
長期で緩やかに増える想定です。積立の後半に入るほど、増え方が大きく見えます。ここで注意すべきは、好調な時ほど「もっと増やしたい」「リスクを上げたい」と考えがちですが、むしろルールを固定し、増額は家計の余裕が確実な範囲に留めることです。
ケースB:悲観(実質年−0.2%)
インフレとコストで実質が伸びないケースです。この場合、積立しているのに「実感として増えない」期間が長くなります。ここで脱落する人が多い。対策は2つです。1つ目は、目標を「資産額」だけでなく「積立継続年数」に置くこと。2つ目は、生活防衛資金を厚くして、投資を生活費の変動から隔離することです。
ケースC:楽観(実質年4.8%)
うまくいけば到達できる範囲ですが、これを前提に生活設計を組むと危険です。楽観ケースは「上振れしたら何に使うか」を考える枠に使います。例えば、目標より増えた分を教育費の上積み、早期の繰上げ返済、あるいはリスク資産の比率調整に回す、といった使い方です。
取り崩し期の設計:積立より重要な「出口のシミュレーション」
多くの人は積立額と最終資産額に目が行きます。しかし本当に難しいのは、取り崩し期です。取り崩し期には、次の2つのリスクが支配的になります。
- 順序リスク:序盤の下落が致命傷になる
- インフレリスク:同じ金額では生活できなくなる
「定額取り崩し」だけは危険
毎月10万円を固定で引き出す方式は分かりやすいですが、下落時に資産を削り過ぎます。より現実的なのは、ルールベースの可変取り崩しです。
例:基準額10万円、ただし前年末の資産評価額が基準より−15%以下なら8万円、+15%以上なら12万円、のように変動させます。これにより、下落局面での資産毀損を抑えます。
「現金バケット」で順序リスクを緩和する
取り崩し開始時に、生活費1〜2年分を現金(または価格変動の小さい資産)として確保しておくと、暴落時にリスク資産を売らずに済みます。これがバケット戦略です。シミュレーションでも、取り崩し期の初期に現金バケットを入れた場合と入れない場合で、破綻確率が大きく変わります。
つみたてシミュレーションを「投資判断」に落とし込む方法
積立額の決め方:逆算→現実化→固定
まずゴールから逆算して必要積立額を出します。次に、それが家計で無理なく続く水準か確認し、最後に固定ルールにします。ここで重要なのは「固定」です。相場が良い時に増やし、悪い時に減らすと、最悪のタイミングで買えなくなります。
リスク許容度の決め方:最大下落で判断する
「年率◯%狙う」ではなく、「最大で評価額が◯%下がっても積立を継続できるか」で判断します。例えば、リスク資産100%だと一時的な評価額−40%程度を想定しても不思議ではありません。これに耐えられないなら、資産配分を下げるか、現金比率を上げます。
商品選定の最短ルート:分散・低コスト・継続性
初心者が最短で失敗確率を下げるなら、分散が効いた商品と低コストの組み合わせが有利になりやすいです。特定テーマや個別銘柄は、シミュレーションの入力(期待リターンやリスク)自体が難しくなり、ストーリー投資に流れやすい。まずは「続ける仕組み」を作るのが先です。
Excelでできる簡易シミュレーションの作り方(概念)
ツール任せでは、暴落タイミングや取り崩しルールを試せないことがあります。Excelで最低限やるなら、以下の列を作ります。
- 月次の積立額
- 月次リターン(一定でも良いが、暴落月を意図的に入れる)
- 評価額(前月評価額×(1+月次リターン)+積立額)
- 取り崩し額(ルールに基づき変動)
これだけで、順序リスクや取り崩しルールの効き具合が見えるようになります。難しい統計よりも、「自分が耐えられる計画か」を見える化するのが目的です。
チェックリスト:あなたの積立計画は破綻しないか
最後に、積立シミュレーションを判断に変えるための確認項目を提示します。ここを満たしていれば、計画の堅牢性は大きく上がります。
- 期待リターンを3パターン以上で試した
- インフレとコストを反映した(実質で見た)
- 暴落のタイミングを変えて結果を確認した
- 取り崩し期を別建てで試算した
- 生活防衛資金(現金バッファ)を計画に入れた
- 下落時でも積立を止めないルールを決めた
- 目標未達でも生活が破綻しない設計にした
まとめ:シミュレーションは「やる気」ではなく「防御力」を上げる
積立シミュレーションの本当の価値は、将来の金額を当てることではありません。自分の計画がどの程度の下振れに耐え、取り崩し期に破綻しないかを検証し、続けられる設計に落とすことです。平均リターンを眺めて安心するのではなく、悲観ケースで守れる形にして、標準ケースは達成、楽観ケースは上振れとして扱う。この姿勢が、長期で勝ち残る確率を上げます。


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