株式投資で「なぜ同じ利益水準でも株価が急に高く(または安く)見えるのか」を説明できると、相場の見え方が変わります。鍵になるのが実質金利です。名目金利(政策金利や米国10年金利)だけ見ても判断がぶれますが、インフレ率を差し引いた実質金利で見ると、PER(株価収益率)が伸びる・縮む理由が筋道立って理解できます。
本記事は、実質金利を「観測→解釈→ポジション設計→リスク管理」まで一気通貫で落とし込むための実践ガイドです。数式を最小限にしつつ、初心者でも手順通りに確認できるように具体例で説明します。
実質金利とは何か:名目金利との違いを3分で理解する
実質金利は、ざっくり言うと「お金の価値(購買力)がどれだけ増えるか」を示す金利です。一般的には次の関係で整理します。
実質金利 ≒ 名目金利 − 期待インフレ率
ここで重要なのは「期待インフレ率」です。過去のインフレ率ではなく、これから市場が織り込むインフレです。米国ならTIPS(物価連動国債)を使うと、市場ベースの期待インフレ(ブレークイーブン・インフレ率:BEI)を近似できます。
初心者が最短で追うべき2つの数字
実務的には、次の2つを押さえれば十分スタートできます。
- 米国10年実質金利(10y Real Yield):株式の「割引率」に直結しやすい
- 10年BEI(期待インフレ):インフレ再燃・沈静化の市場織り込みを可視化
名目10年金利だけだと「金利は上がったが、インフレ期待も上がったのか下がったのか」が見えません。株のPERに効きやすいのは名目より実質、これが大原則です。
なぜ実質金利でPERが動くのか:割引率と株式デュレーション
株価は将来キャッシュフロー(利益・配当・自社株買いの原資)を現在価値に割り引いたもの、と考えると整理が早いです。割引率が上がるほど、将来の価値は目減りします。実質金利はその割引率の「土台」になりやすいので、PERに影響します。
PERを分解すると相場が読める
株価=利益×PER です。利益が同じでも、PERが伸びれば株価は上がり、PERが縮めば株価は下がります。実質金利は主にPER側に効きます。
イメージで理解しましょう。例えば、ある企業の来期EPS(1株利益)が100円で、PERが20倍なら株価は2,000円です。実質金利が上昇し「割引率が上がる(将来が安く評価される)」と、市場が許容するPERが16倍に縮むことがあります。EPSが変わらなくても株価は1,600円まで下がります。利益が減っていないのに株価が下がる局面の正体がこれです。
株式デュレーション:成長株ほど実質金利に弱い理由
債券にはデュレーション(価格が金利変動にどれだけ敏感か)があります。株式にも似た概念があり、遠い将来に利益が集中するビジネスほど「株式デュレーションが長い」と考えられます。
典型例は、高成長テックやバイオなど「今は利益が小さいが将来に大きい」タイプです。実質金利が上がると遠い将来の価値が大きく割り引かれ、PERが縮みやすくなります。一方で、エネルギーや金融、生活必需品など「足元のキャッシュフローが厚い」セクターは相対的に影響が小さくなりやすい、という構図です。
実質金利上昇・低下で勝ちやすい株の特徴
実質金利が上がる局面:PER縮小に耐える設計
実質金利上昇=割引率上昇=PERに逆風です。この局面では「PERが下がっても耐える」構造を持つ銘柄・セクターが有利になりやすいです。
具体的には次の要素を優先します。
- バリュエーションに安全域がある:PERが高すぎない、FCF利回りが高い
- 価格決定力(プライシングパワー):コスト増を価格転嫁できる
- 財務が健全:金利上昇で資金繰りが悪化しにくい(低レバレッジ、長期固定調達)
- 短期でキャッシュが回収できる:利益が近い将来に出る(株式デュレーションが短い)
セクターで言うと、金融(利ざや拡大が追い風になりやすい)、エネルギー、生活必需品、ヘルスケア(ディフェンシブ)、一部の高配当・自社株買い銘柄などが候補になります。ただし、個別の優劣は企業の財務・競争力で逆転するので「セクターだけで決める」のは避けます。
実質金利が下がる局面:PER拡大を取りに行く
実質金利低下は、割引率低下としてPERを押し上げやすい環境です。ここでは「遠い将来が評価される」ので、成長株や長期テーマが息を吹き返しやすくなります。
ただし、実質金利が下がる理由が重要です。景気後退で下がるのか、インフレ沈静化で下がるのかで、相性の良い銘柄は変わります。後ほどシナリオ表で整理します。
観測手順:実質金利を毎週5分で点検するチェックリスト
ここからが実践です。初心者でも再現できるように、確認項目を固定化します。
ステップ1:名目10年金利・10年実質金利・10年BEIを並べる
基本は3点セットです。
- 名目10年金利:金利の大枠(債券・株の割引率の表面)
- 10年実質金利:PERに効きやすいコア
- 10年BEI:インフレ期待の変化(実質金利の裏側)
名目が上がっているのに実質が上がっていないなら「インフレ期待上昇が主因」です。逆に名目が横ばいでも実質が上がるなら「インフレ期待低下」か「金融環境の引き締まり」が効いています。PERの方向性は実質を優先します。
ステップ2:実質金利のトレンドを「3区分」で判断する
細かい分析より、まずは区分けが大事です。
- 上昇トレンド:PERに逆風。バリュー・ディフェンシブ比率を上げる
- 横ばい:利益(EPS)と需給が主役。決算・業績サプライズが効きやすい
- 低下トレンド:PER追い風。成長・長期テーマを段階的に増やす
判断のコツは「1日で反応しない」ことです。週足で見て、2〜4週間続いているかを確認します。短期ノイズで売買すると往復ビンタになりやすいです。
ステップ3:株式の“割高/割安”を実質金利に合わせて相対評価する
PERは絶対値で見ると罠があります。金利水準が違えば妥当PERも変わるためです。ここでは、単純で実用的な見方を提示します。
実質金利が高いほど「高PERの許容度」は下がる。逆に実質金利が低いほど許容度は上がります。したがって、同じPER25倍でも、実質金利が高い局面では割高に見え、低い局面では許容されやすくなります。
この発想で、保有銘柄やウォッチ銘柄を「今の実質金利に照らすとPERは妥当か?」で点検します。点検の結果、妥当性が薄い銘柄は「買うなら分割・損切り条件を厳しめにする」「買わない」という判断ができます。
4象限シナリオ:実質金利×景気でポートフォリオを決める
実質金利だけでなく「景気(利益の伸び)」が絡むと精度が上がります。ここでは、実質金利(上/下)と景気(強/弱)で4象限に分け、打ち手を整理します。
① 実質金利上昇 × 景気強い(強い成長・引き締め)
典型は「景気が良く、金融政策がタカ派寄り」で実質金利が上がる局面です。利益は伸びるがPERは縮みやすいので、EPS成長でPER縮小を相殺できる企業が強いです。
具体例:
・景気敏感(資本財、工業、金融)で、価格転嫁できる企業
・強い需給を持つエネルギー(ただし原油要因で上下しやすい)
・高PERの赤字グロースは厳しめ(資金調達コストが上がる)
② 実質金利上昇 × 景気弱い(スタグ寄り・リスクオフ)
この局面は最もきつい組み合わせです。利益が伸びにくいのにPERも縮むからです。ここでは「守り」が主役になります。
具体例:
・生活必需品、ヘルスケアなどディフェンシブ
・キャッシュフローが厚い高品質バリュー(過度な高配当は要注意)
・現金比率を上げる、短期国債・MMF等を活用する
③ 実質金利低下 × 景気強い(“ゴルディロックス”寄り)
利益が伸びつつ、PERも伸びやすい理想形です。強い上昇相場になりやすく、成長株が走りやすいです。
具体例:
・高品質グロース(売上成長+利益率改善が両立)
・半導体、ソフトウェア、AIインフラなど長期テーマ
・指数でも取りに行けるが、過熱シグナルには注意
④ 実質金利低下 × 景気弱い(景気後退・利下げ)
景気悪化で利下げが進み、実質金利が低下する局面です。PERは支えられやすい一方、利益が悪化しやすいので「何を買うか」で差が出ます。
具体例:
・ディフェンシブ成長(医療機器、必需品の強者)
・金利低下で資金調達が改善するが、需要が死ぬと厳しい業種は回避
・指数買いは“底打ち確認”後に分割で
具体例でわかる:実質金利変化を売買判断に落とす
例1:実質金利が+1.0%上がったら、PERはどれくらい縮むのか
ここは「どれくらい縮む」と断言できる世界ではありませんが、考え方は作れます。仮に、ある市場の平均PERが20倍で、実質金利上昇でリスクフリーの魅力が増し、株式の期待リターン要求が上がるとします。結果として平均PERが18倍に落ちるだけで、指数は10%下落します(利益一定なら)。
このとき、もともとPER40倍の成長株は「40→30」など大きく縮むこともあり、下落率が高くなりがちです。一方でPER10倍のバリューは「10→9」程度で済むかもしれません。つまり、実質金利ショックでは高PERほどダメージが増幅します。
例2:名目金利が上がったのに株が上がるケース
名目10年金利が上がっているのに株が堅調、という局面があります。ここで実質金利を確認すると、名目上昇の主因が「期待インフレ上昇」で、実質があまり上がっていないことがあります。
この場合、割引率の悪化が限定的で、むしろインフレ期待上昇が売上名目成長を押し上げる(利益が増える)期待が勝って株が上がることがあります。名目金利だけで怖がって降りると機会損失になりやすいので、3点セットで確認します。
例3:実質金利が低下しても成長株が上がらないケース
実質金利低下=成長株追い風、が必ずしも当たりません。理由は2つあります。
1つ目は、実質金利低下が「景気後退」によるもので、売上・利益の下方修正がPER押し上げ効果を打ち消すケース。2つ目は、資金が安全資産へ逃避し、株式リスクプレミアムが上がっているケースです。実質金利だけでなく、クレジットスプレッドやVIXなどリスク指標も併用すると、誤判定が減ります。
運用に落とす:個人投資家向け“実質金利ドリブン”配分ルール
ここでは、商品選択の自由度が高い個別株ではなく、まずは再現性が高い「ETF中心」のルールを例示します。個別株に応用する前に、骨格として使えます。
コア:株式(広範囲指数)+実質金利に応じたサテライト
考え方はシンプルです。コアは全世界株や米国株の指数を持ち、サテライトで実質金利環境に合わせて傾きを作ります。
・実質金利上昇トレンド:バリュー株ETF、クオリティ株、ディフェンシブ、短期債を厚め
・実質金利低下トレンド:グロース株ETF、テック比率、長期テーマを段階的に増やす
「段階的に」が重要です。トレンド転換を一発で当てるのは難しいので、3回に分けて移す、などのルールを決めます。
リバランスのトリガー:実質金利の“方向”で決める
水準で売買すると、最悪のタイミングで反転を食らうことがあります。そこで、初心者には「方向性(上昇/低下)」を重視するルールが扱いやすいです。
- 10年実質金利が4週移動平均で上向き→防御寄りへ
- 10年実質金利が4週移動平均で下向き→成長寄りへ
このくらい単純でも、金利環境に逆らって高PERを掴む事故が減ります。
落とし穴:実質金利だけで判断すると負けるパターン
落とし穴1:インフレ期待の急変で読み違える
実質金利は「名目−期待インフレ」で決まるため、期待インフレが急に動くと解釈が難しくなります。例えば、景気指標が弱くインフレ期待が急落すると、実質金利が上がってしまうことがあります(名目が同じでも引き算の結果が上がる)。このとき株は「景気悪化」を嫌って下がるので、実質金利上昇が原因に見えて実は景気が原因、という混乱が起こります。
落とし穴2:株式リスクプレミアムの変動を無視する
割引率は実質金利だけではありません。投資家が株を持つために要求する上乗せ(株式リスクプレミアム)が拡大すれば、実質金利が低くてもPERは縮みます。リスクオフ局面で起きがちです。
対策として、次のいずれかを併用します。
- VIXなどボラティリティ指標(急騰ならリスクプレミアム拡大を疑う)
- 社債スプレッド(信用不安の代理指標)
- 為替(安全通貨高が進むならリスクオフの可能性)
落とし穴3:企業の“金利感応度”を見ない
同じセクターでも、負債構造で金利感応度は全く違います。短期借入が多い、変動金利が多い、借り換えが近い企業は、実質金利上昇局面で利益が圧迫されやすいです。逆に、固定長期で調達済みなら耐性が高いです。個別株では必ず財務注記を確認します。
実践チェックリスト:この記事を読んだら最初にやること
- 名目10年金利・10年実質金利・10年BEIを同じ画面で見られるようにする
- 10年実質金利を週足で見て、上昇/横ばい/低下の区分を付ける
- 保有株・検討株のPERを「今の実質金利で妥当か?」で点検する
- 実質金利上昇期に弱い“高PER・資金調達依存”を洗い出す
- 配分変更は一括ではなく3分割などで行うルールを決める
よくある質問
Q:日本株にも実質金利は効きますか?
効きます。ただし、グローバル資金は米国実質金利を強く参照するため、米国の実質金利変化が日本株のバリュエーションに波及することが多いです。加えて、円金利・為替も絡むので、まずは米国実質金利を主軸に見て、次に為替の方向性を確認する順番が扱いやすいです。
Q:実質金利は短期売買にも使えますか?
短期でもヒントになりますが、日々の変動はノイズが多いので、初心者は週次で判断する方が再現性が高いです。短期でやるなら、重要指標発表やFOMC前後の「実質金利の急変」に限定して、ポジションサイズを小さくするのが無難です。
Q:実質金利が低いのに株が弱いのはなぜ?
景気悪化で利益が下がる、株式リスクプレミアムが拡大する、需給が悪化する(ファンド解約)などが理由になり得ます。実質金利はPERの重要因子ですが、万能ではありません。4象限シナリオで景気側の判断を必ず入れてください。
最後にまとめます。株価は「利益」と「PER」の掛け算で、実質金利は主にPERを動かします。名目金利だけで怖がるのではなく、実質金利と期待インフレを分解して見れば、相場の“説明不能”が大幅に減ります。毎週5分の点検を習慣化し、実質金利に逆らわないポジション設計を作ってください。
※本記事は情報提供を目的としたもので、特定の銘柄・金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
もう一段深掘り:実質金利と株式リスクプレミアムを“セット”で見る方法
実質金利は割引率の土台ですが、投資家が株式に求める上乗せ(株式リスクプレミアム:ERP)も同時に動きます。そこで、実質金利とERPをセットで確認すると「実質金利は追い風なのに株が弱い」などの違和感を説明しやすくなります。
初心者向けの簡易ERPチェック
厳密なERP推計は難しいですが、入門としては次のような簡易指標で十分です。
- 株式益回り(E/P):市場のPERの逆数(例:PER20倍ならE/P=5%)
- 実質金利:10年実質金利(例:+1.5%)
この2つの差(E/P − 実質金利)をざっくり「株式を持つ上乗せ」と見立てます。例えば、E/P=5%で実質金利=1.5%なら差は3.5%です。差が急に縮む(=株が相対的に割高化)と、少しの悪材料でPERが崩れやすくなります。逆に差が広い(=株が相対的に割安)なら、押し目が機能しやすくなる、という見立てができます。
実務での使い方:3つのルール
この簡易ERPを、次のようにルール化すると迷いが減ります。
- 差が縮小しているのに高PERを買い増さない(“追いかけ禁止”)
- 差が拡大し始めたら、指数の分割買いを再開する(“押し目の条件”)
- 差が急縮小したら、リスク量を落として現金・短期債を増やす(“守りの合図”)
要するに、実質金利だけでなく「株の価格(PER)がその金利環境に見合っているか」を定量っぽく点検する、という発想です。これだけで、相場が過熱しているのに“金利が低いから大丈夫”と楽観してしまう事故を減らせます。
ファクター投資への応用:実質金利レジームで傾ける
個別株が難しい場合でも、ファクター(バリュー、クオリティ、モメンタム等)に分解して考えると運用が簡単になります。
一般に、実質金利が上昇しやすい局面では、割引率上昇に弱い「ロングデュレーション(高PERグロース)」が不利になり、相対的にバリューやクオリティが優位になりやすい傾向があります。反対に実質金利が低下しやすい局面では、グロースやモメンタムが走りやすいことが多いです。
ここで大事なのは、“当たり前の話”をルールに落とすことです。例えば、実質金利上昇トレンドでは「グロース比率を0にする」のではなく、上限を決めて持ちすぎないだけでも効果があります。極端な予想より、運用の継続性が勝ちます。


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