スタグフレーションは「インフレ(物価上昇)」と「景気停滞(成長鈍化・失業増)」が同時に起きる局面です。普通の景気後退ならインフレが落ち、普通のインフレ局面なら景気が強い。ところがスタグフレーションは両方が悪い方向に動くため、株も債券も同時に痛みやすいのが厄介です。この記事では、個人投資家が“耐性のある資産”を見極めるための考え方と、実際の組み立て手順、失敗しやすい落とし穴まで、具体例ベースで解説します。
なお、スタグフレーションは「必ず来る」と断言できるものではありません。重要なのは、当たるか外れるかの予想ゲームではなく、複数シナリオに耐えるように“構造的に弱い部分”を減らす設計です。
スタグフレーションで何が壊れやすいのか
スタグフレーションの本質は、供給側ショック(エネルギー・食料・物流・地政学など)と、金融引き締め(インフレ抑制のための利上げ)が同居する点です。企業はコスト上昇に直面し、家計は実質賃金が伸びず消費が弱る。一方で中央銀行はインフレに対応するため金利を下げにくい。結果として、企業利益と株式バリュエーションの両面が圧迫されやすくなります。
株式が弱くなるメカニズム(利益とPERの二重苦)
スタグフレーションでは売上が伸びにくいのに原材料費・人件費・金利負担が増え、利益率が削られます。同時にインフレが高止まりすると割引率が上がり、特に将来キャッシュフロー依存のグロース株はPERが縮みやすい。つまり「EPSが下がる」と「PERが下がる」が同時に起き得ます。
債券が弱くなるメカニズム(インフレで実質価値が毀損)
インフレが高いと名目金利が上がりやすく、既発債は価格が下がりやすい。さらに景気後退が来てもインフレが下がらないと、利下げ余地が小さく、債券が株のヘッジとして機能しにくい局面が出ます。近年のように「株安・債券安」が同時に起きると、60/40の古典的分散が効きにくいことがあります。
「耐性資産」を見極めるための4つの評価軸
スタグフレーションに強い/弱いは、資産クラス名だけで決まりません。同じ株でも業種・財務・価格決定力で差が出ます。ここでは“耐性”を定量・定性で判定するための4軸を提示します。
軸1:インフレ連動性(価格転嫁と名目成長)
重要なのは「インフレで売上も名目で伸びるか」「コスト上昇を価格に転嫁できるか」です。例として、生活必需品でも競争が激しくPBが強い分野は転嫁が難しい。一方、規制産業・寡占・契約で価格がスライドするビジネスは転嫁しやすい傾向があります。
軸2:金利感応度(デュレーションと負債構造)
株式にも“実質的なデュレーション”があります。将来の利益比率が大きい企業ほど金利上昇に弱い。さらに企業側の負債が変動金利中心、短期借換え中心なら金利上昇が即コストに跳ねます。資産側では、長期債や高PERグロースはこの軸で不利になりやすい。
軸3:供給制約の恩恵(コモディティと実物資産)
スタグフレーションの引き金が供給制約なら、その“ボトルネック”を持つ側は相対的に強くなり得ます。原油・天然ガス・金属・農産物などのコモディティは典型例ですが、ここで注意すべきは「現物価格が上がっても株やETFが同じ動きをするとは限らない」点です。ロールコスト、ヘッジ、税制、政策介入でパフォーマンスが乖離し得ます。
軸4:制度・政策リスク(価格統制・増税・規制)
インフレ局面では政府が価格統制や補助金、増税、規制強化を行うことがあります。エネルギー企業は儲かりやすい一方で、超過利潤税の対象になり得る。REITはインフレに強そうに見えても、金利上昇や規制、資金調達環境に左右されます。耐性資産は「経済要因」だけでなく「政治要因」も含めて評価する必要があります。
スタグフレーション耐性が期待される資産・戦略と、使い方の勘所
1)短期国債・キャッシュ相当:攻めではなく“防御の弾薬庫”
スタグフレーションでは「安全資産=長期国債」が必ずしも守ってくれるとは限りません。そこで有効になりやすいのが短期国債やMMFなどのキャッシュ相当です。インフレに完全に勝つわけではありませんが、価格変動が小さく、次の買い場で機動的に動けるという意味で“弾薬庫”になります。
具体的には、満期が短い国債(1年未満〜2年程度)のETFや、外貨建ての場合は為替ヘッジの有無もセットで考えます。日本の投資家なら、米短期金利が高い局面は魅力に見えますが、円高に振れると円換算の収益が削られるため、目的が「リスク低減」なのか「利回り獲得」なのかを先に決めるべきです。
2)インフレ連動債:期待インフレに対する保険として使う
インフレ連動債は名前の通り物価に連動しますが、万能ではありません。実質金利が上がる局面では価格が下がることもあります。したがって、短期の値動きで判断するのではなく、「インフレが思ったより長引いたときの保険」として位置づけるのが現実的です。
使い所は、期待インフレ(BEI)が低いのに供給制約が強いと感じる局面などです。逆に、期待インフレがすでに高く織り込まれているときは、追加の上振れ余地が小さくなります。個人投資家が実務で扱うなら、連動債ETFを“ポートフォリオの5〜15%程度の保険枠”として管理し、株のように売買頻度を上げない方が失敗が減ります。
3)コモディティ:現物高の恩恵を取りに行くが、商品特性を理解する
スタグフレーションの典型的な勝ち筋は「エネルギー・食料などの供給制約で現物が上がる」パターンです。ただし、投資商品としてのコモディティは癖が強い。現物価格に連動しにくい代表要因がロールコスト(コンタンゴ)です。先物カーブが上向きなら、期先へ乗り換えるたびにコストが発生し、現物が横ばいでもETFがじわじわ下がることがあります。
このため、コモディティを使うなら、“何に連動している商品か”を確認し、短期運用か中期運用かを先に決めます。例えばエネルギー単体はボラが高く、ニュース一つで急落します。初心者はまず「広く分散されたコモディティ指数」や、金(後述)など比較的理解しやすいものから始めた方が事故率が下がります。
4)金:インフレ耐性というより“通貨価値低下リスク”のヘッジ
金はインフレに強いと言われますが、短期では実質金利の影響を強く受けます。実質金利が上がると金は売られやすい。一方で、スタグフレーションが深刻化して「金融システム不安」「通貨の信認低下」が意識されると、金が買われやすい。つまり金は“インフレ対策”というより、通貨・信用のヘッジとして持つ方が整合的です。
日本の個人投資家が注意すべきは、円建て金の値動きに為替が乗ることです。ドル建て金が横ばいでも円安なら円建ては上がり、逆に円高なら下がる。ここを理解していないと「金なのに下がるじゃないか」と誤解します。ポートフォリオの5〜10%程度を上限にし、相場観で増減しすぎない運用が向きます。
5)バリュー株・高配当:利回りではなく“価格決定力と財務”で選ぶ
スタグフレーションで「高配当なら安心」と考えるのは危険です。景気が悪化すると減配が起きますし、インフレでコストが上がると配当余力が削られます。したがって選ぶ基準は利回りよりも、価格決定力(値上げしても売れる)と、財務の強さ(低レバレッジ・長期固定金利・十分なキャッシュ)です。
具体例で言うと、同じ“エネルギー関連”でも、上流(採掘)と下流(小売・精製)で強さが違います。上流は現物高の恩恵を受けやすいが政策リスクがある。下流はマージンが圧迫されやすい。生活必需品でも、ブランド力が強く価格転嫁できる企業と、PBに押されて値上げできない企業で明暗が分かれます。初心者は個別株選別が難しいなら、セクターETFや因子(バリュー)ETFを使い、“分散で選別ミスを薄める”のが現実的です。
6)クオリティ株:不況でも生き残る“収益構造”を買う
スタグフレーションは企業淘汰が進みやすい局面です。だからこそ、売上成長よりも「落ちない利益」に価値が出ます。クオリティの定義は色々ありますが、実務では次のような条件を優先すると再現性が上がります。
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粗利率が高い:原材料高でも吸収余地がある。
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リカーリング比率が高い:サブスク、保守契約などで景気変動に強い。
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価格を毎年見直せる契約:インフレに追随しやすい。
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ネットキャッシュ、もしくは長期固定金利:金利上昇の打撃が小さい。
こうした条件を満たす企業は、見かけのPERが高くても“質で割高に見えるだけ”のケースがあります。ただし金利急騰局面では質株も下がるので、買い方は分割・積立・リバランスが基本です。
7)実物資産(不動産・インフラ):契約構造と資金調達がすべて
不動産やインフラはインフレで賃料・利用料が上がるなら強い一方、金利上昇で資金調達コストが増えると逆風になります。ここで決定的に重要なのは、契約がインフレ連動か、賃料改定頻度が短いか、負債が固定金利で長期かの3点です。
例えばデータセンターや物流施設は需要が強いと言われますが、建設コスト上昇と金利上昇が同時に来ると新規投資の採算が悪化します。REITやインフラファンドを買うなら、物件の賃料改定条項(CPI連動、段階賃料など)と、借入の固定/変動比率、平均残存期間を見る癖を付けると“スタグフレーション耐性の見極め”として機能します。
やってはいけない“スタグフレーション対策”の典型ミス
ミス1:長期債を“守り”と決め打ちする
不況=金利低下=長期債高、という教科書的な発想は、インフレが高止まりする局面では崩れます。スタグフレーションでは利下げが遅れる可能性があり、長期債が株の損失を埋めてくれない時期があり得ます。守りの主役は長期債ではなく、短期債・キャッシュ・一部インフレ連動など“デュレーションを短くした守り”が基本です。
ミス2:コモディティを短期で振り回し、損切りで疲弊する
コモディティは値動きが荒く、ニュースで急落します。初心者が短期売買で追いかけると、高値掴み→急落→損切り→戻りを取り逃す、になりやすい。コモディティは“保険+分散”として小さく持ち、リバランスで増減する方が結果が安定しやすいです。
ミス3:高配当=低リスクと誤認する
スタグフレーションでは減配が増えます。特に景気敏感でレバレッジが高い企業は、配当政策が急変します。高配当戦略は「配当利回り」ではなく「フリーキャッシュフローの安定性」「配当性向の余裕」「負債の健全性」で見ないと、危ない銘柄を集めるだけになります。
ミス4:為替リスクを放置して“知らない損益”を抱える
日本の投資家が米国資産で対策する場合、為替がパフォーマンスの大部分を左右します。スタグフレーションが米国起点なのか日本起点なのかで、円高・円安の反応が変わり得ます。ヘッジコストも金利差で変動するため、ヘッジ比率は“永遠に固定”ではなく、目的(リスク低減か、期待収益か)に合わせてルール化しておくべきです。
個人投資家向け:スタグフレーション耐性ポートフォリオの作り方(手順)
手順1:自分の“最大損失許容”を数字で決める
まず、月次でどれだけ下がると生活・メンタル・意思決定が壊れるかを決めます。ここが曖昧だと、どんな資産配分も“理想論”になります。例えば「最大ドローダウン15%まで」「年内に取り崩す予定資金は価格変動の小さいものに寄せる」など、具体的に数字で固定します。
手順2:資産を“役割別”に分解する
資産クラスではなく役割で分けます。おすすめは次の4箱です。
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安定箱:短期債・キャッシュ相当。生活資金や買い場用。
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インフレ保険箱:インフレ連動債、金、広範コモディティの一部。
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実質成長箱:株式(クオリティ・バリュー・必需品など)。長期の期待リターン源泉。
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オプション箱:リスク許容がある人のみに限定。コモディティの上振れ、ヘッジなど。
この分解をすると、マーケット環境が変わっても「今はどの箱を厚くするか」という意思決定がシンプルになります。
手順3:スタグフレーションの“強度”で比率を動かすルールを作る
強度は主に「インフレの粘着性」と「景気悪化の深さ」で決まります。個人でも追える指標としては、CPI/PCEのトレンド、失業率、PMI、クレジットスプレッド、期待インフレ(BEI)などがあります。これらが同時に悪化しているなら、安定箱とインフレ保険箱を厚くし、実質成長箱は“質重視で減らしすぎない”くらいが現実的です。
例として、ルールを文章で定義するとこうなります。「インフレ指標が前年同月比で再加速し、かつPMIが50を割り込んだ月が2回続いたら、安定箱を+5%、インフレ保険箱を+5%、株式を-10%」のように、シンプルで検証可能な条件にします。細かくしすぎると運用できません。
手順4:売買は“リバランス中心”にする
スタグフレーション局面はボラが高く、短期予想は外れやすい。したがって、売買は当てに行くのではなく、比率を整えるだけに寄せます。具体的には、四半期ごと、もしくは比率が±5%ずれたらリバランス、といったルールが有効です。こうすると高値で増やし、安値で減らす逆をやりにくくなります。
ケーススタディ:3つの家庭内“典型ポートフォリオ”をどう直すか
ケース1:米国グロース集中(NASDAQ寄り)
状況:S&P500やNASDAQ100中心で、ハイPER銘柄比率が高い。債券は長期債ETFでヘッジしているつもり。問題は、インフレ高止まり+金利高止まりで、株も債券も同時に下がるリスクです。
改善:株は全売りではなく“質と値段”のバランスを取る。具体的には、①グロース比率を落とし、②バリュー・生活必需品・エネルギーなどへの分散を追加し、③債券は長期を減らし短期へシフト。さらに④インフレ保険として金・連動債を少量入れる。ここで重要なのは、入れ替えを一括でやらず、数回に分けることです。
ケース2:高配当株・REITで利回り追求
状況:利回りの高い株とREITを中心に組んでいる。問題は、景気悪化で減配・増資・借換えコスト増が重なると、利回りが“罠”になる点です。
改善:利回りではなく財務と契約構造へ軸足を移す。①配当性向が高すぎる銘柄を減らし、②ネットキャッシュや低レバレッジの銘柄比率を増やす。③REITは賃料改定が早いセクターを優先し、④金利感応度が高いものは比率を抑える。最後に⑤短期債・キャッシュ相当を入れて“増資ショックや急落への耐性”を作る。
ケース3:現金比率が低く、常にフルインベスト
状況:現金を持つのが嫌で、いつも株式100%。問題は、スタグフレーションは回復まで時間がかかることがあり、耐えきれず底で投げやすい点です。
改善:現金は“機会損失”ではなく“行動の自由度”と再定義する。例えば安定箱を10〜20%作るだけで、急落時に追加投資でき、心理的にも安定します。スタグフレーション対策で最も効くのは、実は銘柄選びよりも「投げない構造」を作ることです。
実践チェックリスト:買う前に必ず確認する項目
最後に、スタグフレーション耐性を見極めるために、個人投資家が“買う前に確認する項目”を文章でまとめます。チェックに引っかかったら即NGという意味ではなく、弱点を理解した上で比率を小さくするためのものです。
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株式(個別/ETF):価格転嫁力はあるか(ブランド・寡占・契約)/負債は固定金利か/借換え期限は近いか/粗利率は高いか/景気後退時に売上が落ちにくいか。
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債券:デュレーションは長すぎないか/実質金利上昇に耐えられるか/信用リスク(ハイイールド比率)は取りすぎていないか。
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コモディティ:先物カーブ(コンタンゴ/バックワーデーション)でロールコストが重くないか/商品は分散されているか/短期で追いかける運用になっていないか。
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金:目的はインフレか通貨ヘッジか/円建ての為替影響を理解しているか/比率が大きくなりすぎていないか。
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不動産・インフラ:賃料・利用料の改定頻度/CPI連動条項/負債の固定/変動比率/平均残存期間/増資リスク。
まとめ:勝ち筋は“予想”ではなく“構造設計”
スタグフレーションは、株と債券が同時に弱る可能性があるため、従来の常識が通りにくい局面です。耐性資産の見極めは、資産名で判断するのではなく、インフレ連動性・金利感応度・供給制約の恩恵・制度リスクの4軸で分解して考えると精度が上がります。さらに個人投資家にとって重要なのは、当てに行くよりも“投げない構造”を作ること。短期債・キャッシュ相当を弾薬庫として持ち、金や連動債、分散コモディティを保険として少量入れ、株はクオリティと価格決定力を中心に再構成する。この骨格ができれば、スタグフレーションだけでなく、他の厳しい局面でも生存確率が上がります。


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