暗号資産の「レイヤー1(L1)」は、いわばインターネットのOSに近い存在です。L1が選ばれると、その上にDeFi、NFT、ゲーム、RWA、決済などが積み上がり、ユーザー・開発者・資本が集まりやすくなります。一方で、L1は“良い技術”がそのまま勝者になる世界ではありません。性能が高いのに伸びないチェーン、逆に技術的な批判があっても伸び続けるチェーンが普通に出ます。
本記事では、個人投資家がL1を評価するときに必要な「勝者条件」を、技術・経済・市場構造・規制・ガバナンスまで横断して整理します。さらに、ありがちな失敗パターンと、銘柄選定から資金管理までの実践手順を提示します。特定の銘柄推奨ではなく、再現性の高い評価フレームを提供することが目的です。
L1競争の結論:勝者は“総合格闘技”で決まる
L1は、単一の指標で勝敗が決まりません。TPS(処理性能)だけでは足りず、次の要素が相互に噛み合って勝者が固まります。
- 安全性:攻撃耐性、クライアント実装、監査文化、バグ耐性
- 分散性:バリデータ/ノード集中度、検閲耐性、ハードウェア要求
- 経済性:手数料構造、MEV、トークン発行、ステーキングの設計
- エコシステム:開発者数、主要アプリ、TVL、流動性、取引所上場
- 規制・社会実装:法規制に対する耐性、企業/機関の採用、決済導入
- ガバナンス:アップグレード速度、合意形成、フォーク耐性
投資の現場で重要なのは「自分の評価軸が、どの勝ち筋に乗っているか」を明確にすることです。L1には大きく3つの勝ち筋があります。
勝ち筋A:セキュリティと中立性を軸に“基盤”になる
価値の源泉は、信頼・検閲耐性・長期の運用実績です。手数料が高くても、資産の最終決済層として残る可能性が高い。投資家視点では、アップタイム、重大事故の有無、ノードの分散、監査・バグバウンティ文化が重要になります。
勝ち筋B:アプリ主導で“ユーザーの居場所”を作る
技術が完璧でなくても、キラーアプリがユーザーを連れてくると勝てます。典型例は、DEX・ステーブル関連・ゲーム・ミームなどの「人が滞在する場所」が強いチェーンです。評価は、アクティブユーザー、オンチェーン取引回数、主要アプリの売上/手数料、開発者の増減を見ます。
勝ち筋C:特定領域に最適化し“用途特化”で支配する
RWA、企業向け、プライバシー、超低コスト決済など、特定用途で圧倒的に強いと、メインストリームのL1競争と別軸で生存できます。評価は、提携先、規制との整合、ユースケースの実需(オンチェーンに乗っているか)に寄ります。
個人投資家が見るべき「9つの勝者条件」
1)セキュリティの“実戦力”があるか
ホワイトペーパーや理論上の安全性ではなく、運用実績が最重要です。具体的には「重大インシデントの頻度」「チェーン停止の回数」「ブリッジや主要DAppのハッキングが起きた際の波及」「修正の速さ」を確認します。
例:チェーン本体が止まらなくても、主要ブリッジが崩れるとエコシステムが壊れます。投資家は“チェーン単体”ではなく、資金移動の要所(ブリッジ/ラップ資産/ステーブル)まで含めた耐久力を見ます。
2)分散性が“数字として”担保されているか
分散性は抽象論に流れがちです。最低限、次の数字で確認します。
- 上位バリデータの集中度(上位10/20がどれだけ支配しているか)
- バリデータ運用コスト(富裕層だけが運用できる設計になっていないか)
- 地理分散・クラウド依存度(特定クラウドに偏ると検閲/停止リスクが増える)
「速い=良い」ではありません。ハードウェア要求が高すぎると、結局は数社のデータセンターが支配しやすくなります。これは規制局面で致命傷になり得ます。
3)手数料モデルが“継続可能”か
L1の手数料は、ユーザー体験だけでなく、セキュリティとトークン価値に直結します。極端に安すぎると、①スパム耐性が弱い、②チェーン維持の収益が薄い、③トークンの価値が“利用”と結びつきにくい、という問題が出ます。
逆に高すぎると、利用はL2や他チェーンに逃げます。勝者は「用途に応じて手数料が適正化される設計」か「手数料が高くても“価値ある決済層”として使われる」のどちらかです。
4)開発者エコシステムが増えているか
L1の真のネットワーク効果は「開発者」です。投資家が見るべきは、SNSの盛り上がりではなく、次の現場指標です。
- 開発者ツール(SDK、ドキュメント、テストネット、監査支援)の充実
- ハッカソン後の定着率(イベントで終わらず、プロダクトが残るか)
- 主要言語/VMの互換性(EVM互換など)と差別化の両立
「互換性がある=勝てる」でもありません。互換性は参入障壁を下げますが、差別化が薄いとアプリも資金も移動しやすい。つまり、互換+独自の強みが必要です。
5)流動性が厚いか(取引所・ステーブル・デリバティブ)
流動性は価格形成と資本流入の前提です。個人投資家は、次の順で見てください。
- ステーブルの厚み:チェーン上の主要ステーブル残高が増えているか
- DEXの出来高:一時的なキャンペーンではなく、平常時も回っているか
- CEXの市場:主要取引所の現物/先物、資金調達率、板の厚み
「TVLが多い」だけだと、インセンティブで釣った一過性の可能性があります。“インセンティブが薄い時期”の数字を必ず確認します。
6)トークノミクスが“投資家に不利”になっていないか
ここで多くの個人が失敗します。勝者条件は「良いトークン設計」ではなく、悪い設計を避けることです。最低限のチェックポイントは以下です。
- 発行スケジュール:ロック解除が価格を押し下げる構造になっていないか
- インフレ率:ステーキング報酬で見かけの利回りが高くても、希薄化で相殺される
- 用途:ガス代以外の需要(担保、手数料バーン、収益分配など)があるか
- “誰が儲かるか”:VC、財団、初期参加者が過剰に有利になっていないか
投資家の実務としては「ロック解除カレンダー」「循環供給量」「主要アドレスの売買傾向(オンチェーン)」をセットで見ます。買う前に“売り圧”を数値化できるかが勝負です。
7)アップグレードの速度と安定性のバランス
暗号資産は“生き物”です。アップグレードが遅すぎると競争に負け、速すぎると事故が増えます。勝者は「大きく変える部分」と「変えない部分」を決めています。
投資家目線の見方はシンプルです。大型アップデートのたびに事故るか、そして事故った後に責任の所在と対応が明確か。この2点が安定しているチェーンは、資本が残りやすい。
8)規制ショックに耐える構造があるか
規制はチェーンの存亡に直結します。論点は「違法か合法か」ではなく、規制変更で資金が逃げる構造になっているかです。たとえば、特定の企業が強く関与しすぎると、当局の介入点が明確になり、取引所や決済企業が距離を置きやすくなります。
規制耐性は、①分散性、②中立性、③主要取引所の扱い、④法人・機関の採用状況、で総合判断します。
9)“物語”ではなく“キャッシュフロー代替”があるか
株式と違い、暗号資産の多くは法的な配当を持ちません。だからこそ、勝者は「価格の裏付け」を作ります。典型は、手数料バーン、ステーキング需要、担保需要、アプリ収益との連動などです。
注意点は、バーンや手数料があっても、供給増や売り圧が上回れば意味がないこと。評価は常に需要(買い圧)と供給(売り圧)の両建てで行います。
よくある失敗パターン:個人投資家が負ける典型
失敗1:TPSの数字だけで買う
ベンチマークは“理想条件”で出ます。現実は、ノード運用コスト、ネットワーク遅延、混雑時の挙動、障害対応などが勝敗を分けます。「速いチェーン=儲かる」ではなく、「速いことが、エコシステムの定着に繋がっているか」を見ないと外します。
失敗2:高利回りステーキングに飛びつく
年率20%でも、トークンが年率30%希薄化すれば実質はマイナスです。さらに、ロック期間があると、下落局面で逃げられません。利回りは“結果”であり、まずは発行と需給の構造を押さえるべきです。
失敗3:インセンティブで膨らんだTVLを信じる
短期の流動性マイニングでTVLが急増しても、報酬が切れた瞬間に資金は消えます。勝者条件は「平常時に残る資金」と「アプリが稼ぐ手数料」です。
失敗4:トークンアンロック(ロック解除)を無視する
チャートが強く見えても、ロック解除が始まると需給が変わります。特に、初期投資家が大きな含み益を持つ場合、解除は“計画的売り圧”になります。投資家は解除イベントをカレンダー管理し、ポジションサイズを調整する必要があります。
具体例で理解する:L1を“投資案件”として評価する手順
ここからは、銘柄名に依存しない形で、投資判断の実務フローを示します。個人がやるべきことは多くありません。ポイントを押さえて“外さない”ことが勝ち筋です。
ステップ1:勝ち筋(A/B/C)を決める
あなたが狙うのは「基盤の信頼(A)」「アプリで伸びる(B)」「用途特化(C)」のどれか。これが決まらないと、評価軸がぶれて売買が感情化します。たとえばAを狙うなら、短期の話題性よりセキュリティと分散性を重視します。Bなら、ユーザー数と主要アプリの成長を優先します。
ステップ2:需給を“数字化”する(供給と需要)
暗号資産の価格は需給で動きます。以下を最低限、数値で押さえます。
- 供給:循環供給量、インフレ率、ロック解除スケジュール、財団の保有比率
- 需要:ガス使用量、ステーキング需要、担保需要、手数料バーン、主要アプリの手数料
ポイントは「供給イベントの直前に買っていないか」「需要の増加が一時的なキャンペーンではないか」です。ここを外すと、いくら技術が良くても負けます。
ステップ3:エコシステムの“定着”を測る
定着とは「お金を配らなくても人が残ること」です。見るべきは、平常時のアクティブユーザー、DEX出来高、主要アプリの継続利用、開発者の増減です。可能なら、1か月・3か月・6か月でトレンドを追い、単発の盛り上がりを除外します。
ステップ4:リスクを3層に分けて管理する
L1投資のリスクは、単に価格変動だけではありません。次の3層で管理すると、事故に強くなります。
- マーケットリスク:暗号資産全体の下落(ビットコイン主導など)
- プロトコルリスク:チェーン停止、コンセンサス不具合、重大バグ
- 周辺リスク:ブリッジ破綻、主要DAppの崩壊、規制ショック
個人の実務は「1つのL1に偏らない」「保管先を分散する」「急落時に追加入金しないルール」を作ることです。特に“周辺リスク”は連鎖的に起きます。
投資戦略の落とし込み:買い方・持ち方・降り方
買い方:分割とイベント回避が基本
L1はボラティリティが大きく、底を当てるのは難しい。そこで、分割購入で平均取得を作り、明確な売り圧イベント(大型アンロック、規制イベントの集中、メインネット移行直後など)を避けます。上昇局面で焦って一括で入ると、下落局面で耐えられず損切りが遅れます。
持ち方:ポジションを“コアとサテライト”に分ける
勝ち筋A(基盤)をコアに、勝ち筋B/C(アプリ・用途特化)をサテライトにする考え方は有効です。コアは長期、サテライトはイベントドリブンで回転させます。こうすると、テーマ全体の成長を取りつつ、個別の失敗に耐えられます。
降り方:ルールを先に決める
暗号資産で難しいのは利確と損切りです。以下のように“価格”と“ファンダ”の両方にルールを置くと、感情を排除できます。
- 価格ルール:一定割合の上昇で段階利確、一定割合の下落で縮小
- ファンダルール:重大停止、ブリッジ崩壊、開発者流出、規制で主要CEXが上場廃止など
ファンダ崩壊の兆候が出たときに「戻るまで待つ」は危険です。L1は“勝者総取り”に寄りやすく、負け始めたチェーンは資金が戻りにくい構造があります。
最終チェックリスト:買う前にこれだけは確認する
- 重大インシデントの履歴と、その原因・再発防止が説明できるか
- バリデータ集中度と運用要件が、長期で分散を維持できる水準か
- 循環供給量・ロック解除・インフレ率を見て、半年先の売り圧を想定したか
- ステーブル残高・DEX出来高・アクティブユーザーが“平常時”に伸びているか
- 開発者が増えている根拠(ツール、互換性、ハッカソン後の定着)があるか
- 規制ショック時に逃げ道があるか(取引所、保管、チェーンの中立性)
- ポジションサイズは最悪の事態(50〜80%下落)でも維持できるか
まとめ:L1投資は“技術”より“構造”で勝つ
レイヤー1競争の勝者条件は、TPSや話題性ではなく、セキュリティ、分散性、エコシステム、流動性、トークノミクス、規制耐性が噛み合った“構造”です。個人投資家がやるべきことは、銘柄当てではなく、負けやすいパターンを避け、評価軸を固定し、需給を数字で追うことです。
最後に強調します。暗号資産は上振れも大きい一方で、致命傷も起きやすい市場です。勝者条件のフレームで候補を絞り、分割・分散・ルール化で運用すれば、少なくとも「よくある負け方」は回避できます。
補足:L2(レイヤー2)とモジュラー化がL1競争をどう変えるか
近年は「L1が全部やる」モデルから、実行(Execution)・データ可用性(DA)・決済(Settlement)を分離する設計が増えています。個人投資家の視点では、ここを理解していないと「L1の手数料が減った=終わった」と誤解しやすい。
重要なのは、L2が伸びても、L1が価値を吸収できる設計かどうかです。たとえば、L2の最終決済が特定L1に依存するなら、そのL1は“安全な裁判所”として価値を持ち続けます。一方、L2が別の決済層へ乗り換え可能(移植が容易)なら、L1へのロックインは弱くなります。
投資家のチェックポイントは次の通りです。
- 決済依存度:L2がどの層に最終決済しているか、代替は容易か
- データ可用性:取引データをどこに置くか(同一L1か、専用DAか)
- 手数料の帰属:L2の活動がL1の手数料需要・バーン・ステーキング需要に繋がるか
つまり、L1投資は「L1単体の成長」ではなく、「周辺の拡張(L2/モジュラー)を含めた経済圏で価値が戻ってくるか」を見るフェーズに入っています。
MEV(マイナー/バリデータ抽出価値)を軽視すると判断を誤る
MEVは、簡単に言えば「取引の並び順を工夫して得られる利益」です。DEXのスワップ、清算、裁定など、オンチェーン取引が増えるほどMEVは増えます。これがL1競争に与える影響は大きく、投資家は少なくとも次の2点を理解すべきです。
- セキュリティ面:MEVが大きいほど、攻撃インセンティブも増える(特に短期的なチェーンリオーグや検閲)
- 経済面:MEVがどこに帰属するかで、トークン価値への還元が変わる(バリデータだけが儲かるのか、プロトコルに戻るのか)
“手数料が低いチェーン”でも、MEVが巨大なら実質的な取引コストは高くなり、ユーザー体験を損ねます。反対に、MEV対策(オークション、PBS、プライベートオーダーフローなど)が整うチェーンは、長期的に資本が残りやすい。
ガバナンスの乗っ取り(キャプチャ)をどう見抜くか
L1のガバナンスは「民主的だから良い」とは限りません。投票があると、トークン保有の偏りがそのまま意思決定の偏りになります。個人投資家が見るべきは、“誰が支配しているか”です。
- 財団・初期投資家・取引所が、投票力の過半を握っていないか
- 重要提案がいつも同じ主体で可決されていないか
- 反対意見が出たときの調整プロセスが機能しているか(フォークで分裂しやすいか)
ガバナンスキャプチャが進むと、短期的には開発が速く見えます。しかし規制局面では「実質的に中央集権」と見なされ、取引所・企業が撤退しやすい。勝者条件は“速さ”ではなく、長期の中立性です。
ケースで学ぶ:同じ「高性能」でも勝ち負けが分かれる理由
仮にAチェーンとBチェーンがあり、両方とも高速・低手数料だとします。違いは次の一点だけだとします。
- Aチェーン:バリデータ運用が高コストで、上位少数が支配。財団が強く運営。
- Bチェーン:運用要件を抑え、参加者が増えやすい。意思決定は遅いが透明性が高い。
強気相場ではAが勝ちやすい。理由は、マーケティングと資金配布で短期のエコシステムを作れるからです。しかし、規制ショックや大規模ハッキングが起きた局面では、Bの方が資金が残りやすい。中立性と分散性が“最終的な信用”として機能するからです。
投資家は、相場局面(リスクオン/リスクオフ)によって勝ち筋が変わることを前提に、保有比率を調整すべきです。これは株式でいう「グロースとディフェンシブの配分」に近い考え方です。


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