この記事の狙い:先物・CFD・暗号資産のデリバティブ取引で最初に躓きやすいのが、「未実現損益(P&L)」と証拠金、そしてマークトゥーマーケット(Mark-to-Market; MtM)と清算価格(Liquidation Price)の関係です。これを正しく理解すれば、過大なレバレッジや勘違いによる突然のロスカットを避け、生き残ることができます。生き残りは勝ち筋の前提です。
- 1. マークトゥーマーケット(MtM)とは何か
- 2. 証拠金構造を最短で掴む(初学者の地図)
- 3. 清算価格の考え方(直感→簡易式)
- 4. 具体例で腹落ちさせる(BTC 無期限先物のケース)
- 5. 先物(株価指数/商品)でのMtMと「ロール・価格調整」
- 6. 初心者がやらかしやすい3つの誤解
- 7. 清算を遠ざけるための設計図(実務手順)
- 8. ケーススタディ(指数CFD・暗号資産・商品)
- 9. 実装:簡易フォーミュラとワークシート例
- 10. リスク管理のミニマム・ルール(チェックリスト)
- 11. よくある質問(初心者)
- 12. 小さく勝ち続ける設計
- まとめ
- 付録:数値シナリオで見る「清算距離」
- 付録:トレーリングストップの実務的置き方
- 付録:用語の最小セット
1. マークトゥーマーケット(MtM)とは何か
MtMは、保有ポジションを市場価格で「毎時点で」評価し直す仕組みです。先物では通常、日次精算で実施され、暗号資産の無期限先物では資金調達(Funding)とは別に、価格変動による損益が常時口座残高へ反映されます。CFDではブローカー仕様により日次のスワップ/価格調整と合わせてMtMが機能します。
要するに、損益は「決済していなくても」毎時点で財布に効きます。増えた損は証拠金を食い、増えた益は証拠金を厚くします。この動的な証拠金管理がMtMの本質です。
2. 証拠金構造を最短で掴む(初学者の地図)
取引所・ブローカーは用語が微妙に違いますが、骨子は以下に集約できます。
- 初回証拠金(IM):ポジションを建てるための最低額。
- 維持証拠金(MM):口座残高(正確には有効証拠金=残高+未実現損益)がこれを下回ると、強制ロスカット発動条件に近づく/入るライン。
- 有効証拠金(Equity):口座残高+未実現損益(MtM)。手数料・スワップ・資金調達等も加減。
- 証拠金維持率:Equity ÷ 必要証拠金。基準を下回ると追加証拠金や強制清算。
MtMはこのEquityを常時ゆらします。したがって、同じ建玉でもボラティリティが高い相場ほど、余力にバッファが必要です。
3. 清算価格の考え方(直感→簡易式)
清算は「あなたの有効証拠金が維持証拠金を割り込んだ瞬間」に起こります。以下は単純化したロング(買い)の場合の直感式です(手数料やスリッページ等は別途考慮)。
清算価格 ≒ 建値 − (有効証拠金 − 維持証拠金) ÷ (ポジション数量 × 乗数)
ショート(売り)の場合は価格方向が逆になります。実務では、取引所ごとに細かな定義(クロスマージン/分離マージン、手数料控除、Funding、インデックス価格 or マーク価格の採用)が異なるため、取引所の計算仕様を必ず確認します。
4. 具体例で腹落ちさせる(BTC 無期限先物のケース)
前提:
- 口座残高:10,000 USDT
- クロスマージン、レバレッジ表示は20x(実効はポジションサイズで決まる)
- 建玉:ロング 0.5 BTC、建値 60,000 USDT/BTC、乗数=1
- 維持証拠金率:0.5%(例)
必要証拠金(初回)は目安として名目=0.5×60,000=30,000
に対し、取引所の証拠金率で決まります。MtMで価格が59,000→58,000→57,000と下がると、未実現損はそれぞれ500
→1,000
→1,500
USDTと積み上がり、有効証拠金は10,000−損失に沿って減少します。維持証拠金は名目×0.5%=150 USDT程度(例)。
清算価格に近いかは、Equityがどれだけ残っているかで判断します。Equityが1,000USDTしかないのに1,500USDTの含み損が出れば、維持証拠金を割り込む前に強制縮小/清算トリガーに触れます。価格そのものより、余力で考えるのが肝です。
5. 先物(株価指数/商品)でのMtMと「ロール・価格調整」
株価指数先物や商品先物には限月があり、乗り換え(ロール)時に期近と期先の価格差が存在します。CFDではこの差分を埋めるために価格調整額が計上され、合算損益が連続になるよう設計されています。期先が高い(コンタンゴ)なら買い保有者にはマイナス調整が発生し得ますが、トータル損益は原則連続です。見かけの口座変動に驚いて縮小すると、本来の連続性を自ら崩すことがあります。
ポイント:ロール直前に一度スクエアにする運用は有り得ますが、連続性を自分で切る行為でもあります。裁量の妥当性は、ベーシス(期先−期近)の推移、コスト、執行リスクで判断します。
6. 初心者がやらかしやすい3つの誤解
- 「レバレッジ×口座残高=建てられる名目」:実効は必要証拠金とボラで決まります。表示倍率に引きずられない。
- 「清算価格は固定」:MtMによりEquityが変動するため、手数料・Funding・追加投入で動きます。
- 「ロスカットは悪」:任意の損切り(ストップ)で余力を守るのは善です。悪いのは想定外の強制清算です。
7. 清算を遠ざけるための設計図(実務手順)
7-1. 余力逆算で建玉を決める
「どれだけ動いたら困るか」から逆算します。例:BTCが一時的に-8%動いても清算に触れないよう、Equityバッファ=想定最大逆行損+αを持つサイズに制限します。
7-2. 価格ではなく損失額でストップを置く
価格ではなく、許容損失(口座の1〜2%など)で逆指値を置きます。ボラ急拡大を想定し、追従型(トレーリング)を検討。
7-3. クロス/分離の使い分け
初心者はまず分離マージンで被害を限定し、慣れたらクロスで柔軟に。分離はポジションごとに資金を区切る安全弁です。
7-4. 先物ロールとCFD価格調整の理解
ロールでのベーシス影響は期待収益/保有コストの一部です。スプレッドと手数料を合算し、実効年率で比較しましょう。
8. ケーススタディ(指数CFD・暗号資産・商品)
A. 株価指数CFD(S&P500)
コンタンゴ局面では、買いはマイナスの価格調整を受け取り、売りはプラスになります。見かけの減算に惑わされず、トータル損益で評価してください。短期ではロール日と流動性を考慮。
B. 暗号資産無期限先物(Perpetual)
8時間ごとのFundingがプラスならロングが支払い、マイナスなら受け取り。MtMでの未実現損益変動に加え、FundingもEquityに直接効くため、清算ラインが微妙に動き続けます。
C. 商品先物(原油)
在庫や金利、保管・保険・輸送コスト等でキャリーが決まり、期先−期近のベーシスに反映。戦略は、ベーシストレード(期近売り/期先買いなど)も含めて設計します。
9. 実装:簡易フォーミュラとワークシート例
Excel/スプレッドシートで最低限持ちたい項目:
- 名目(数量×価格×乗数)
- 初回証拠金=名目×IM率、維持証拠金=名目×MM率
- 未実現損益=(現在価格−建値)×数量×乗数(ショートは符号逆)
- Equity=残高+未実現損益−手数料−Funding
- 証拠金維持率=Equity ÷ 必要証拠金
- 清算価格(簡易)
// 清算価格(ロング・簡易)
= 建値 - ( (残高 + 未実現損益 - 維持証拠金) / (数量 * 乗数) )
厳密式は取引所ごとのマーク価格採用・手数料控除順序に依存します。まずは簡易で「余力の感覚」を掴み、仕様差分は都度上書きしましょう。
10. リスク管理のミニマム・ルール(チェックリスト)
- 1取引の許容損失は口座の1–2%を上限。
- 清算価格が「一日の平常ボラ内」に近いなら、ポジション過大です。
- 週末・重要指標・業績・政策のイベント前は余力を厚く。
- トレーリングストップで含み益を自動で守る設計に。
- 相関の高いポジション(同一方向の指数+個別株など)を重ねない。
- ロール/調整・Funding・スワップのキャリー収支を週次で点検。
11. よくある質問(初心者)
Q1. レバレッジ表記(20xなど)はどれだけ建てられるかの目安?
目安に過ぎません。実際は必要証拠金とボラで決まります。倍率に頼らず、逆行幅と損失額から逆算してください。
Q2. 清算価格は固定ですか?
固定ではありません。MtMでEquityが動き、手数料・Funding・追加証拠金で常に変動します。
Q3. ロール時のCFD価格調整で損した気がするのですが?
見かけの損益移転です。トータル損益が連続するように作られており、ロール差で手動決済した場合のみ裁量コストが乗ります。
12. 小さく勝ち続ける設計
プロは「大勝ちより大負け回避」を優先します。MtMと清算の仕組みは、まさに資金曲線の保全設計図です。清算を遠ざける=複利の土台が崩れない。ここに気づけば、戦い方は自然に保守的になります。
まとめ
MtMと清算価格は、デリバティブ取引の心臓部です。価格ではなく余力で判断し、ロールやFundingなどのキャリー要素を含めたトータル損益で評価する。これが初心者から中級へ進む最短ルートです。
付録:数値シナリオで見る「清算距離」
想定口座残高 300,000円、USDJPY=150円、USDT=150円換算で2,000 USDT相当。BTC無期限先物を分離マージンでロング0.05BTC、建値=6,000,000円(=40,000USDT相当)とします。名目は0.05×6,000,000=300,000円
。維持証拠金率を1.0%とすればMM=3,000円。
逆行幅ごとの未実現損益:
- -2%(-120,000円)→ 損益=-6,000円(0.05×-120,000)
- -4%(-240,000円)→ 損益=-12,000円
- -8%(-480,000円)→ 損益=-24,000円
分離に充てた証拠金が50,000円だとすると、-8%でEquityは50,000−24,000=26,000円
。MM=3,000円なので、まだ清算には距離があります。ところが数量を0.1BTCに倍増すると、同条件で損益は倍の-48,000円。一発でMM接近です。すなわち、清算距離は数量とボラで急速に縮む、が直感できます。
付録:トレーリングストップの実務的置き方
トレーリング幅は平常時の平均真の値幅(ATR)を基準にします。例:1時間足ATRが200ドルのBTCで、短期スイングなら1.5×ATR(=300ドル)、デイトレなら1.0×ATR程度から始め、勝てたら幅を短縮し利を伸ばす。重要指標前は幅を拡大してノイズを避けるのが定石です。
付録:用語の最小セット
- マーク価格:清算判定の基準となる公正価格。現物/指数/資金調達を加味。
- ベーシス:期先−期近。キャリーや需給で変動。
- Funding:無期限先物でロング・ショート間の支払/受取。
- クロス/分離:全口座で相互補完するか、ポジションごとに区切るか。
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