本稿ではトレーリングストップ(TS)を、初学者でもその日のうちに実装・検証・運用まで進められるレベルで徹底解説します。目的は明確です。伸びる利益は伸ばし、反転では自動で降りる。固定ストップより「感情の介入」を抑え、再現性の高い出口戦略を提供します。
1. トレーリングストップの基本
TSは価格の有利方向への進行とともにストップ水準を自動的に切り上げ(ロング)/切り下げ(ショート)ていく手法です。
固定ストップ:最初に決めた逆指値を動かさない。
TS:含み益の拡大に応じて逆指値も追随。利益のロック機能を備えます。
用語と数式
- トレール幅(
Trail
):価格から逆指値までの距離。pips/円/%/ATRなどで表現。 - トリガー:TSが始動する条件(例:含み益が
x
pips以上)。
ロングの単純な式(%ベース):
最良価格を H
、トレール%を t
とすると、逆指値は
Stop = H × (1 - t)
。
pips/円ベース:Stop = H - Trail
。
2. 方式比較:どれを使うべきか
(A) 固定幅型
Trailを固定数値。動作が読みやすい。低ボラ環境向き。過度に狭いとノイズで損切り多発。
(B) ATR型
ボラに応じてTrailを自動調整。一般式は Trail = k × ATR(N)
。
目安:トレンド市場で k = 2.0〜3.0
、レンジでは縮小。
(C) %型
資産価格が大きく異なる銘柄を横断運用しやすい。2%〜8%
など。
(D) 構造型
直近高安/スイングポイント/MA下抜け等に連動。テクニカルの「節目」を使うためだましに強い反面、更新は段階的。
(E) 時間加重(タイムトレール)
経過時間でTrailを狭める。イベントドリブンやデイトレに有効。
3. 初期設定の実務手順(例)
USD/JPY(デイトレ)
- ボラ測定:過去20日ATR(M15)= 0.18円。
- Trail:
k=2.5
→0.45円
。 - トリガー:含み益
0.30円
到達でTS始動。 - 手仕舞い:終値ベースでStop貫通時に成行。
日本株(スイング)
- %型:
6%
。決算前後は8%
へ拡大。 - ギャップ対応:寄りギャップでStop飛び時は寄付成行。
BTC/USDT(24h)
- ATR型:
N=14, k=3.0
。 - 手数料・資金調達コストを試算に含める。
- 清算価格の近接を避けるためレバレッジを抑制(例:
Cross → Isolated 2x
)。
4. 数値ケーススタディ
ケース1:USD/JPY ロング(固定幅0.40円)
エントリー:160.20円、初期Stop:159.60円(リスク0.60円)。価格が 161.10円で最良値更新、Stopは 160.70円へ。161.05円で反落・約定、実現益 +0.85円。
ケース2:日本株(%6%)
買値 1,000円。Stopは 最良高値 × (1 - 0.06)
。高値1,180円なら Stop=1,109円。1,110円で反落・約定、+110円。
ケース3:BTC(ATR×3)
ATR=500、Trail=1,500。最良値が 65,000 → 66,400 → 67,200 と進むたびに Stop は 63,500 → 64,900 → 65,700 と上がる。65,850で反落・約定、+850。
5. バックテストの設計
評価指標
- 勝率 / 平均損益比 / 期待値(
E = 勝率×平均勝ち − 敗率×平均負け
) - 最大ドローダウン / プロフィットファクター / シャープレシオ
- パラメータ安定性(±20%の摂動で優位性が持続するか)
プロセス
- 入出場ルールを固定(MAクロス等)
- TSのみを変化(
k
、%、固定幅) - 手数料/スリッページを実測に近づける
- 期間分割:インサンプル / アウトオブサンプル / ウォークフォワード
6. 環境別チューニング
- 強トレンド:Trail広め(ATR×3、%8%など)→ 走らせる。
- レンジ:Trail狭め(ATR×1.5〜2)or 一時的に停止し固定利確併用。
- イベント前:Trail拡大 or ポジション縮小でギャップ耐性。
7. ロジック雛形(疑似コード)
// Long 前提
if (entrySignal) {
entryPrice = Close;
stop = entryPrice - Trail; // or entryPrice*(1 - t)
armed = false;
}
if (positionOpened) {
highest = max(highest, High);
if (!armed && Close - entryPrice >= trigger) armed = true;
if (armed) stop = max(stop, highest - Trail);
if (Close <= stop) exitMarket();
}
8. MQL4 EA:最小構成のトレーリングストップ
エントリーは単純化(MAクロス)。トレーリングは固定幅/ATR切替。
#property strict
input int FastMA=20, SlowMA=50;
input bool UseATR=true;
input int ATRPeriod=14;
input double ATRmult=2.5;
input double TrailPips=40; // UseATR=false の時
input double TriggerPips=20; // 含み益トリガー
input double Lots=0.10;
input int Slippage=2;
double Pip(){ return (Digits==3 || Digits==5) ? 10*Point : Point; }
int OnInit(){ return(INIT_SUCCEEDED); }
void OnTick(){
double maF=iMA(NULL,0,FastMA,0,MODE_EMA,PRICE_CLOSE,0);
double maS=iMA(NULL,0,SlowMA,0,MODE_EMA,PRICE_CLOSE,0);
// エントリー(ポジションなし)
if(PositionsTotal()==0){
if(maF > maS) OrderSend(Symbol(),OP_BUY,Lots,Ask,Slippage,0,0,"TS-EA",0,0,clrBlue);
else if(maF < maS) OrderSend(Symbol(),OP_SELL,Lots,Bid,Slippage,0,0,"TS-EA",0,0,clrRed);
}
// トレーリング
for(int i=OrdersTotal()-1;i>=0;i--){
if(!OrderSelect(i,SELECT_BY_POS,MODE_TRADES)) continue;
if(OrderSymbol()!=Symbol()) continue;
double trail = UseATR ? ATRmult*iATR(NULL,0,ATRPeriod,0)/Pip() : TrailPips;
if(OrderType()==OP_BUY){
double profitPips = (Bid-OrderOpenPrice())/Pip();
if(profitPips >= TriggerPips){
double newSL = Bid - trail*Pip();
if(OrderStopLoss() < newSL)
OrderModify(OrderTicket(),OrderOpenPrice(),newSL,OrderTakeProfit(),0,clrBlue);
}
}
if(OrderType()==OP_SELL){
double profitPips = (OrderOpenPrice()-Ask)/Pip();
if(profitPips >= TriggerPips){
double newSL = Ask + trail*Pip();
if(OrderStopLoss()==0 || OrderStopLoss() > newSL)
OrderModify(OrderTicket(),OrderOpenPrice(),newSL,OrderTakeProfit(),0,clrRed);
}
}
}
}
注意:ブローカー仕様(最小SL距離、許容スリッページ)に合わせて調整してください。
9. TradingView Pine(補足・可視化)
//@version=5
indicator("ATR Trailing Stop (Helper)", overlay=true)
atrLen = input.int(14)
k = input.float(2.5, step=0.1)
dir = ta.ema(close,20) > ta.ema(close,50) ? 1 : -1
atr = ta.atr(atrLen)
longTrail = ta.highest(high,10) - k*atr
shortTrail = ta.lowest(low,10) + k*atr
plot(dir==1 ? longTrail : na, style=plot.style_linebr)
plot(dir==-1 ? shortTrail : na, style=plot.style_linebr)
10. 資金管理とサイズ決定
1トレードの想定損失を口座残高の 0.5%〜1.5% に抑制。ATR型なら「Trail=想定リスク」としてロットを逆算:
許容損失額 = 残高 × 1%
ロット = 許容損失額 / (Trail × 価値/1pips)
レバレッジは清算価格に接近しない水準まで抑える。連敗時の縮小ルール(例:連敗3でロット50%に縮小)を事前に固定。
11. よくある失敗と対策
- Trail狭すぎ:ノイズに刈られる → ATR/%で広げる。
- トリガー未設定:含み益ゼロで稼働し損益悪化 → 最低トリガーを設ける。
- 過学習:特定年だけ最適 → ウォークフォワードと摂動検証。
- コスト未計上:手数料・スリッページ・金利/資金調達を必ず反映。
12. 運用チェックリスト
- ① 方式(固定/ATR/%/構造)とパラメータを文書化
- ② 執行先の仕様(最小SL距離、TS対応可否)を確認
- ③ バックテスト → OOS → WF 結果を保存
- ④ コスト・滑り・ギャップの想定を織り込む
- ⑤ 連敗時ルール・最大DD警戒水準を設定
- ⑥ 自動売買のログ監視(約定拒否/改定失敗)
13. まとめ
トレーリングストップは「出口」をアルゴリズム化し、伸ばす・守るを両立させます。方法はシンプルでも、ボラ適合・コスト反映・検証手順・資金管理の4点を外さなければ、初心者でも実用レベルに到達できます。本稿の雛形とコードから小さく始め、再現性のある勝ち方を積み上げてください。
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