米国雇用統計(通称NFP:Nonfarm Payrolls)は、FX・株式指数・金利市場まで同時に揺らす「一発イベント」です。だからこそ、短時間で大きく動く=儲かりそうに見えます。しかし現実は、雇用統計トレードは難易度が高く、同じことを繰り返して勝つ(再現性を持つ)ハードルが非常に高い分野です。
本記事では、雇用統計トレードの「当たり外れ」の話ではなく、再現性が作れる部分/作れない部分を切り分け、個人投資家が実務的に運用できる形に落とします。結論から言うと、雇用統計で勝つ鍵は予想ではなく、値動きが起きる構造と実行コストを前提にした設計です。
- 雇用統計トレードは「何を当てれば勝てる」のか?
- 再現性を壊す3つの敵:スプレッド、スリッページ、約定拒否
- 敵1:スプレッド拡大
- 敵2:スリッページ(意図しない価格で約定)
- 敵3:約定拒否・リクオート・取引停止
- 雇用統計トレードの本質:予想ゲームではなく「不確実性の価格」
- 戦略1:発表直後を捨てて「二段目」を狙う(最も現実的)
- 実行ルール例(ドル円・5分足ベース)
- 戦略2:雇用統計の「前日〜当日午前」を取る(織り込み・ポジション調整)
- 実務的な運用例(ポジション管理)
- 戦略3:ニュースの読み違いを避ける“チェックリスト”
- チェックリスト(発表直後に見る順番)
- バックテストで「再現性があるように見える」典型的な錯覚
- 錯覚1:ティックやスプレッドを無視している
- 錯覚2:同じルールでも「流動性の質」が年で違う
- 錯覚3:サンプルが少なすぎる
- 検証のやり方:個人でもできる“現実的バックテスト”
- ステップ1:雇用統計日の抽出
- ステップ2:発表前後の1分足〜ティックを保存
- ステップ3:売買ルールを“動かさない”
- ステップ4:結果は「損益」ではなく「分布」で見る
- 現場の鉄則:雇用統計を“勝ちイベント”にしない
- まとめ:雇用統計トレードの再現性は「戦わない設計」から生まれる
雇用統計トレードは「何を当てれば勝てる」のか?
雇用統計で「結果が良い=ドル高」「結果が悪い=ドル安」と単純に言われがちです。ですが、実際の相場はもっと複雑です。雇用統計は単一の数字ではなく、複数項目の組み合わせと市場の事前織り込みで決まります。
最低限、以下の4点を分解して考える必要があります。
- ヘッドライン(非農業部門雇用者数):瞬間の反応を作りやすいが、改定も大きい。
- 失業率:金融政策の「雇用のタイトさ」評価に効く。
- 平均時給(賃金):インフレ圧力として解釈されやすく、長期金利に波及しやすい。
- 参加率・労働時間など周辺指標:矛盾があると反応が二段階になる。
さらに重要なのが、市場が「何を気にしている局面か」です。例えば「インフレが最大テーマの局面」では賃金が主役になり、「景気後退懸念の局面」では雇用者数の鈍化が主役になりやすい。つまり、同じ数字でも反応が変わります。ここが「当てても勝てない」理由の第一段です。
再現性を壊す3つの敵:スプレッド、スリッページ、約定拒否
雇用統計トレードを語るなら、分析より先に実行コスト(Execution Cost)を直視する必要があります。雇用統計の瞬間は、個人の成績を破壊する要素が同時発生します。
敵1:スプレッド拡大
通常時のドル円スプレッドが0.2銭でも、指標直後は数銭〜十数銭に拡大することがあります。ここで「思った方向に動いたのに勝てない」が起きます。なぜなら、エントリーと決済の両方で不利な価格を引かされるからです。
例:ドル円が発表直後に150.00→150.40へ上昇したとします。買いで取りたい人が150.05で入ろうとしても、実際は拡大スプレッドで150.15〜150.25で約定し、利食いも150.35〜150.45で滑る。見た目40銭でも、取り分は一気に縮みます。
敵2:スリッページ(意図しない価格で約定)
指標直後の板は薄く、注文が一気に殺到します。結果として、指値も成行も「飛び」が発生します。特に逆指値(ストップ)は最悪です。止めたいのに止まらないが普通に起きます。
例:150.00で買い、損切り149.80に置いたつもりが、実際の約定は149.60。想定損失20銭が40銭に膨らむ。これが複数回重なると、期待値がプラスでも資金曲線が崩れます。
敵3:約定拒否・リクオート・取引停止
海外・国内ブローカーに限らず、極端な相場では注文が通らないケースがあり得ます。ここは「攻略」ではなく「前提」です。再現性を求めるなら、約定しないときの損益も含めて戦略設計しないといけません。
雇用統計トレードの本質:予想ゲームではなく「不確実性の価格」
雇用統計で市場が実際に取引しているのは、数字そのものよりサプライズ(市場予想との差)と、そのサプライズが金融政策の期待に与える影響です。結果として、雇用統計の瞬間は「不確実性の価格(ボラティリティ)」が跳ね上がります。
だから、雇用統計トレードの再現性は、次の2パターンに分かれます。
- 方向を当てに行く型(Directional):難易度が高い。実行コストに弱い。
- ボラティリティを取りに行く型(Volatility):設計次第で再現性が作りやすい。
個人が最も負けやすいのは「方向を当てに行く型」を、根拠薄く成行で突っ込むパターンです。一方で、ボラティリティを取りに行く型でも、FX現物だけだと限界があります。そこで、現実的に個人がやれる範囲で再現性を作る具体策を示します。
戦略1:発表直後を捨てて「二段目」を狙う(最も現実的)
結論として、個人が再現性を作りやすいのは発表直後(0〜30秒)を戦場にしないことです。なぜなら、この時間帯は機関・HFTが最も強く、スプレッドとスリッページが最大化するからです。
狙うのは、よくある「二段目」です。雇用統計は以下の形になりがちです。
- 第1波:ヘッドラインに反応して瞬間的に飛ぶ
- 第2波:賃金・失業率などの整合性が確認され、方向が再評価される
- 第3波:米債利回り・株価・リスクオン/オフが絡んでトレンド化 or 反転
個人が取りやすいのは第2波〜第3波の「再評価」局面です。ここは速度が落ち、約定品質が改善します。
実行ルール例(ドル円・5分足ベース)
あくまで一例ですが、検証しやすく再現性を作りやすい枠組みです。
- 発表前後の10分は新規を禁止(特に成行禁止)
- 発表後1分〜3分で最初の高値・安値(レンジ)を確定
- 次の条件を満たしたら「二段目」エントリー
二段目エントリー条件(上方向の例)
(1)発表後の初動高値を、5分足の実体で上抜ける。
(2)上抜け後、1回だけ押し(高値付近までのリテスト)が入り、割らずに反発。
(3)その時点でスプレッドが平常時+α程度に戻っている(明らかな拡大なら見送り)。
損切り:リテストの押し安値割れ(例:15〜25銭)
利食い:1R(損切り幅と同じ)で半分利食い、残りはトレーリング(例:直近5分足安値割れ)
この型は「数字を当てる」のではなく、市場が方向を確定した後に乗る設計です。勝率は劇的に高くありませんが、実行コストが相対的に軽く、検証がしやすいのが強みです。
戦略2:雇用統計の「前日〜当日午前」を取る(織り込み・ポジション調整)
雇用統計そのものより、実は前日から当日(日本時間の夕方まで)に、ポジション調整でジワジワ動くことがあります。特に米金利がテーマの局面では、雇用統計前に債券市場が神経質になり、ドル円も連動しやすい。
ここでの再現性は「方向当て」ではなく、リスク管理とポジションサイズの最適化にあります。具体的には、雇用統計直前にポジションを軽くし、指標後に再構築するだけでも期待値が改善するケースがある。
実務的な運用例(ポジション管理)
- 雇用統計の24時間前:通常運用(ただし過大レバは避ける)
- 雇用統計の6時間前:保有を半分に落とす/ストップを遠ざけない(むしろ明確に)
- 雇用統計の30分前:短期目的のポジションは原則ゼロ(特に逆指値が狩られる)
- 雇用統計の10〜30分後:スプレッド・値動きが落ち着いたら再構築
「取引しない」も戦略です。雇用統計は、取引回数を増やすほどスリッページ負けしやすい領域なので、イベントを避けることでトータル成績が上がる人も珍しくありません。
戦略3:ニュースの読み違いを避ける“チェックリスト”
雇用統計で負ける人は、数字そのものより、解釈の罠にハマります。最低限、発表直後に以下を確認するだけで、無駄な逆張りが減ります。
チェックリスト(発表直後に見る順番)
(A)市場予想との差(サプライズ):ヘッドラインと平均時給をセットで見る。
(B)失業率と参加率:失業率が下がっても参加率も下がっていると「質」が悪い場合がある。
(C)前回分の改定:ヘッドラインが強くても、前回が大幅下方修正だと評価が割れる。
(D)米10年金利の反応:ドル円は金利に引っ張られやすい。金利が逆に動くなら、初動は罠の可能性。
特に(D)は重要です。ドル円の初動が上でも、米金利が下がっているなら、後から反転しやすい。株価指数が強くリスクオンでも、金利が下ならドル円は伸びづらい。こうした“同時市場”の整合性が、二段目の方向を決めます。
バックテストで「再現性があるように見える」典型的な錯覚
雇用統計トレードを検証すると、過去チャートでは「簡単に取れそう」に見えます。しかし、実運用では成績が再現しません。理由は主に3つです。
錯覚1:ティックやスプレッドを無視している
多くのバックテストは、OHLC(始値・高値・安値・終値)ベースです。しかし雇用統計は、足の中で飛ぶので、OHLCでは実際の約定が再現できません。特にストップが「安値で刺さった」ことになっても、実際はもっと悪い価格で約定します。
錯覚2:同じルールでも「流動性の質」が年で違う
市場構造は変化します。ボラが高い年、HFTが強い局面、ブローカーの約定条件の変化などで、同じルールの期待値が変わります。雇用統計は特に、その影響が増幅します。
錯覚3:サンプルが少なすぎる
雇用統計は月1回です。5年やっても60回しかありません。戦略のパラメータをいじるほど、過剰最適化(カーブフィット)になりやすい。再現性を求めるなら「単純なルール」「十分な期間」「実行コスト込み」を徹底するしかありません。
検証のやり方:個人でもできる“現実的バックテスト”
雇用統計の検証は、通常のテクニカル戦略より難しいですが、手順を工夫すれば可能です。
ステップ1:雇用統計日の抽出
まず過去5〜10年の雇用統計日をカレンダーで抽出します(発表時刻も含める)。夏時間・冬時間のズレも注意点です。日本時間では季節で発表時刻が変わるため、検証では必ずタイムスタンプを揃えます。
ステップ2:発表前後の1分足〜ティックを保存
ブローカーやデータ提供元の1分足(できればティック)を取得し、スプレッド情報も合わせて保存します。スプレッドが取れないなら、少なくとも「約定価格が悪化する前提」で安全側に倒します。
ステップ3:売買ルールを“動かさない”
雇用統計は、ルールを少し変えるだけで成績が激変します。最初から美しい最適化を狙うのではなく、固定ルールで耐えることが再現性への近道です。
ステップ4:結果は「損益」ではなく「分布」で見る
雇用統計は外れたときの損失が大きい。平均損益より、最大ドローダウンと損失の尾(テール)を見るべきです。ここを無視すると「たまたま勝った戦略」が量産されます。
現場の鉄則:雇用統計を“勝ちイベント”にしない
多くの人は雇用統計を「月に一度のチャンス」と見ます。ですが再現性の観点では逆です。雇用統計は事故が起きやすい日であり、通常運用のパフォーマンスを守るべき日です。
おすすめは、雇用統計を「イベント運用」として口座・ロットを分離することです。具体的には、普段の運用とは別に、雇用統計専用で小さな資金枠を作る。普段の戦略を壊さない設計ができます。
まとめ:雇用統計トレードの再現性は「戦わない設計」から生まれる
雇用統計トレードに再現性があるか?という問いに対する結論はこうです。
- 発表直後の方向当ては、個人にとって再現性が作りにくい(実行コストが致命的)
- 二段目・再評価局面を狙う、またはイベントを避ける設計なら再現性を作りやすい
- 検証はサンプルが少ないため、単純なルールと実行コスト込みで評価する
雇用統計は、派手な勝ちより、大きな負けを避ける力が最も効くイベントです。まずは「発表直後を捨てる」だけでも、成績は劇的に安定します。そこから二段目ルールを小ロットで検証し、再現できる部分だけを残していく。それが最短の実装ルートです。


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