クレジットスプレッド(Credit Spread)は、オプションを「売る」ことでプレミアム(受取)を先に確定させつつ、反対側に保険となるオプションを「買う」ことで最大損失を限定する戦略です。裸売り(ネイキッド)に比べて証拠金効率が分かりやすく、損失上限が明確なので、オプション運用の入口としても現実的です。
ただし「勝率が高い=安全」ではありません。勝率の裏側に、たまに来る大損が隠れます。クレジットスプレッドの本質は、損益分布(期待値)を設計し、負け方を管理することにあります。この記事では、クレジットスプレッドを“商品”としてではなく、“設計プロセス”として分解し、初心者でも事故りにくい組み立て方を具体例付きで解説します。
- クレジットスプレッドとは何か:勝ち筋は「時間」と「確率」
- なぜ“受け取り型”が成り立つのか:IVとリスクプレミアム
- 損益構造を数字で掴む:最大利益・最大損失・損益分岐点
- クレジットスプレッドの「設計」:4つのパラメータを決める
- 具体例で学ぶ:ブル・プットを「押し目買い」の代替として使う
- 管理(運用)が9割:エントリーよりも出口設計
- 最大の敵はギャップ:個別株で起きる“翌朝の事故”
- IVの読み方:高IVはチャンスだが、罠でもある
- ポジションサイズ設計:1回の事故で退場しない
- よくある失敗パターン:見た目の勝率に騙される
- 実装の手順:チェックリストで機械化する
- まとめ:クレジットスプレッドは“設計”と“管理”で差がつく
- 実務で避けたい落とし穴:期日前割当・配当・ピンリスク
- ギリシャ文字を最低限使う:デルタ、セータ、ガンマ、ベガの関係
- “良いスプレッド”の条件:流動性と約定コストを軽視しない
- 検証のコツ:バックテストは「負け方」を見る
- 最後の一言:向いている人、向いていない人
クレジットスプレッドとは何か:勝ち筋は「時間」と「確率」
クレジットスプレッドは、同一銘柄・同一満期で、ストライクの異なるオプションを1枚売り、別のストライクを1枚買う縦型(Vertical)スプレッドです。受け取ったプレミアムが、取引開始時点の最大利益になります。
代表形は2つです。
① ブル・プット・スプレッド(Bull Put Spread)
プットを売り、より下のプットを買います。相場が下がらなければ勝ち(時間が経つほど有利)で、下落が大きいと負けます。「押し目で買いたいが、買うならディスカウントで」という発想に近いです。
② ベア・コール・スプレッド(Bear Call Spread)
コールを売り、より上のコールを買います。相場が上がらなければ勝ちで、上昇が大きいと負けます。「上値が重い局面で、上昇を売る」発想です。
なぜ“受け取り型”が成り立つのか:IVとリスクプレミアム
オプションの価格は、ざっくり言うと「期待されるボラティリティ(IV:インプライド・ボラティリティ)」と「残存期間」に強く依存します。一般に、恐怖や不確実性が高い局面ではIVが上がり、オプションは高く売れます。売り手はその代わりに、急変時の損失を引き受けます。
クレジットスプレッドは、この“保険料”の受け取りを狙いながら、買いオプションで保険を掛けて損失を限定します。したがって成否は、「どの程度の不確実性(IV)が織り込まれているか」と「その不確実性が実現するか」の差で決まります。つまり、IVが高すぎる局面で「高く売って、平常化で買い戻す」のが基本形です。
損益構造を数字で掴む:最大利益・最大損失・損益分岐点
ここで一気に実務的になります。クレジットスプレッドは、ルールが明快です。例として、株価100の銘柄でブル・プットを組みます(1契約=100株)。
例:30日満期の 95P を売り(受取2.00)、90P を買い(支払0.70)
・受取(クレジット)=2.00−0.70=1.30(=130ドル)
・スプレッド幅=95−90=5(=500ドル)
・最大損失=スプレッド幅−受取=5−1.30=3.70(=370ドル)
・損益分岐点=売りストライク−受取=95−1.30=93.70
この瞬間に、勝ちの上限(130)と負けの上限(370)が決まります。ここで重要なのは、「勝率」ではなく「期待値」です。勝率が70%でも、勝ちが130で負けが370なら、負け方の頻度と大きさの管理がないと資金は減ります。
クレジットスプレッドの「設計」:4つのパラメータを決める
クレジットスプレッドの設計は、次の4つを決める作業です。
1) 方向:ブル・プットか、ベア・コールか
最初は、分かりやすい局面でのみ仕掛けます。たとえば、指数が上昇トレンドで押し目が買われやすい時はブル・プット、レンジ上限で上値が抑えられている時はベア・コール、というように「相場の癖」に合わせます。方向感が曖昧な時に、両建て(アイアンコンドル等)へ飛びつくのは事故の元です。
2) 満期:短すぎず、長すぎず
初心者が事故りやすいのは「満期が近すぎる」ケースです。満期が近いほど、ガンマ(価格変化に対するデルタの変化)が大きくなり、急変時に損益が跳ねます。逆に長すぎると、資金拘束が長期化し、途中で撤退したくなります。
運用上は、概ね20〜45日の範囲が扱いやすいです。時間価値の減り方(セータ)は満期が近づくほど加速しますが、ガンマも増えます。どちらを優先するかの折衷点がこの辺りです。
3) 距離(デルタ):どれくらい離して売るか
「どのストライクを売るか」は、デルタ(概ねITMになる確率の目安)で考えると整理できます。たとえばデルタ0.15付近の売りは“当たりにくいが、受け取りが小さい”傾向、デルタ0.30付近は“当たりやすいが、受け取りが大きい”傾向です。
最初は、デルタ0.15〜0.25あたりを目安にすると、勝率と受取のバランスが取りやすいです。ただし「IVが高い局面」では同じデルタでも受取が増えるため、IV環境で微調整します。
4) 幅:スプレッド幅(買いの位置)をどうするか
幅を広げるほど最大損失は増えますが、クレジットは必ずしも比例して増えません。初心者は「幅が広い方が安全」と誤解しがちですが、実際は逆になることもあります。理由は、遠い買いがほとんど保険として機能せず、実質的に裸売りに近づくからです。
目安として、指数オプションなら適度に幅を取り、個別株はギャップリスクを考慮して無理に広げない方がよいです。最終的には、最大損失を“許容損失”に収めることが先です。
具体例で学ぶ:ブル・プットを「押し目買い」の代替として使う
ここからは、実際にどう使うかをストーリーで説明します。あなたが「この銘柄は中長期で強いが、今は高値圏。押し目で買いたい」と考えているとします。
現物の指値買いはシンプルですが、約定しないと機会損失になります。一方で、ブル・プットは「下がらなければプレミアムを取れる」「下がっても損益分岐点までは許容できる」という形で、押し目待ちを収益化します。
例:株価100、支持線が95付近
・95Pを売り、90Pを買う(先ほどの例)
・損益分岐点は93.70なので、支持線を少し割り込んでもまだ耐える設計
この設計の本当の意味は、「95で買う」でも「100で買う」でもなく、93.70相当で買うのと同等のリスクを、時間の経過で収益化する点にあります。もし価格が95を割り込み、ポジションが含み損になったら、次章の“管理ルール”で行動します。
管理(運用)が9割:エントリーよりも出口設計
クレジットスプレッドは、エントリーの気持ちよさに比べて、管理が地味です。しかし管理がすべてです。ここでは、破綻しにくい現実的ルールを提示します。
ルールA:利益は「満期まで持つ」より早めに確定
最大利益130を狙って満期まで粘ると、終盤に逆行して利益が吹き飛ぶことがあります。実務では、受取クレジットの50〜70%を回収したら手仕舞う運用が一般的です。たとえば1.30のクレジットなら、0.65〜0.40で買い戻してクローズします。リスクを残したまま“残り小銭”を取りに行かないのが基本です。
ルールB:損失は「最大損失まで耐える」前に決める
最大損失が限定されているからといって、そこまで耐える運用は資金効率が悪いです。現実のマーケットは、負けが連続する局面があります。損失は、たとえば「受取の2倍で損切り」など、ルールとして先に決めます。
例:クレジット1.30なら、スプレッド価格が2.60まで悪化したらクローズ。これで損失が固定され、次に進めます。もちろん相場環境次第で最適は変わりますが、“最大損失まで耐える”は最初に捨てるべき癖です。
ルールC:ロールは「延命」ではなく「再設計」
負けポジションを次の満期へロール(先の満期に組み替え)する方法もあります。ただし、ロールは魔法ではありません。ロールするなら、
・時間を買う(満期を延ばす)
・位置を変える(ストライクを遠ざける)
・クレジットを取り直す(平均取得を改善)
この3点のどれで勝ち筋を再構築するのかを明確にします。「損切りが嫌だからロール」は、損失を先送りして悪化させる典型パターンです。
最大の敵はギャップ:個別株で起きる“翌朝の事故”
クレジットスプレッドの致命傷は、夜間の材料で価格が飛ぶギャップです。個別株の決算、訴訟、規制、CEO交代、買収破談などで、チャートの支持線が意味を失います。スプレッドは損失上限があるとはいえ、ギャップが起きると一気に最大損失へ近づきます。
したがって個別株で運用するなら、次を徹底します。
・決算日前後は避ける(またはサイズを極小にする)
・ニュース依存度が高い銘柄は避ける(バイオ等)
・指数や大型ETFを主戦場にする方が管理しやすい
「勝率が高い」のに急に負けるのは、ほとんどがギャップのせいです。ここを軽視すると、戦略そのものが崩れます。
IVの読み方:高IVはチャンスだが、罠でもある
IVが高いほどプレミアムは高く売れます。一方で、高IVは「市場が大きな動きを織り込んでいる」というサインでもあります。つまり、単にIVが高いから売るのではなく、“何を恐れてIVが上がっているのか”をチェックします。
具体的には、次のように整理できます。
・イベントIV(決算、重要指標、FOMCなど)→イベント通過でIVが急低下しやすいが、価格のギャップも起こりやすい
・ストレスIV(市場不安、急落局面)→戻りやすいが、連鎖下落もあり得る
初心者はイベントIVでの売りを避け、まずは「イベントのない高IV局面(相場全体の不安がIVに反映)」を狙う方が事故が少ないです。
ポジションサイズ設計:1回の事故で退場しない
オプション運用で最も多い破綻は、戦略ではなくサイズです。クレジットスプレッドは最大損失が見えているので、逆に張りすぎます。
シンプルなルールとして、1ポジションの最大損失を、口座の1〜2%程度に抑えると、連敗に耐えやすくなります。例えば口座100万円なら、最大損失1〜2万円に収める。先ほどの例の最大損失が約370ドルなら、為替を150円として約5.6万円なので、1枚でも大きい。つまり、その口座規模では「より幅の小さいスプレッド」か「ミニ/マイクロ相当の商品」か「そもそもまだ早い」という判断になります。
“できるか”ではなく、“やるべきか”で判断してください。資金に対して商品が大きいと、戦略が正しくても精神が耐えません。
よくある失敗パターン:見た目の勝率に騙される
クレジットスプレッドの失敗は、だいたい型が決まっています。
失敗1:受取が小さいのに、満期まで粘ってリスクを残す
「あと数日で満額取れるから」と粘り、急変で全て吐き出す。これは“残り小銭”を取りに行く病です。前述の通り、回収率で機械的に切る方が長期的に安定します。
失敗2:含み損を放置し、最大損失まで耐える
損切りできない人は、クレジットスプレッドと相性が悪いです。損失限定は、損切り不要を意味しません。最大損失まで耐える運用は「ギャンブルのような期待値」に近づきます。
失敗3:連続で同じ方向に売り続ける
上昇局面でベア・コールを繰り返す、下落局面でブル・プットを繰り返す、など。相場環境が変わったのに戦略の向きを変えないと、勝率が急落します。「今の相場が何を罰しているか」を毎週点検する必要があります。
実装の手順:チェックリストで機械化する
最後に、実際にエントリーする前のチェック項目を、文章として順番にまとめます。箇条書きに頼らず、意思決定の流れとして読める形にします。
まず、銘柄を決めます。初心者は指数(例:主要指数ETF)など、ギャップリスクが相対的に小さいものから入る方が良いです。次に、直近に決算や重要イベントがないか確認し、イベントがあるなら見送ります。イベントがないなら、現在のIVが過去水準と比べて高いか(高いほど売りが有利)を確認します。
次に、相場の向きを決めます。上昇トレンドならブル・プット、レンジ上限ならベア・コールというように、チャートの“確率が高い方向”に合わせます。その上で、満期は20〜45日を選び、売りストライクはデルタ0.15〜0.25程度を目安に設定します。買いストライクは、最大損失が口座の1〜2%に収まるように幅を調整します。
建てたら、出口ルールを先に登録します。利益確定は受取クレジットの50〜70%回収でクローズ。損切りはスプレッド価格が受取の2倍に悪化したらクローズ。これで「判断を後回しにして感情で触る」回数が激減します。
まとめ:クレジットスプレッドは“設計”と“管理”で差がつく
クレジットスプレッドは、オプション売りの旨味(時間価値の減少、IVの平常化)を取りに行きつつ、買いで最悪を限定する戦略です。勝率の高さが魅力に見えますが、勝率は幻想になりやすい。重要なのは、損益分布とサイズ、そして出口ルールです。
この戦略で本当に強い人は、銘柄の当てっこが上手い人ではありません。「負けが来る前提で、負け方を小さく固定し、勝ちを積み上げる人」です。ここを守れば、クレジットスプレッドは“地味に増やす”系の有力な選択肢になります。
実務で避けたい落とし穴:期日前割当・配当・ピンリスク
「損失上限があるから安心」と言っても、運用上の落とし穴があります。特に米国株オプションでは、次の3つを理解しておくと事故が減ります。
期日前割当(Early Assignment)
売ったオプションは、満期前でも行使される可能性があります。コール売りの場合は、配当の権利落ち前に行使されやすい(買い手が配当を取りに来る)ことがあります。プット売りでも深いITMになり、金利・配当・残存価値の関係で早期行使が合理的になることがあります。
クレジットスプレッドでは、もし売り側だけが割り当てられると、一時的に株式ポジション(ロングまたはショート)を抱えます。慌てるポイントは2つです。第一に、買い側オプションが保険として残っているので、理論上は最大損失を超えにくいこと。第二に、株式ポジションの建玉で証拠金が跳ねる可能性があることです。資金がギリギリだと、強制解消のリスクが増えます。
対策はシンプルで、配当の大きい銘柄のコール売りは避ける、満期直前にITMに近づいたら早めにクローズする、流動性の高い商品を選ぶ、の3つです。
ピンリスク(Pin Risk)
満期の引け値付近でストライクに“張り付く”と、行使・放棄が参加者ごとに分かれ、翌営業日に株式建玉が想定外に残ることがあります。とくに満期日に放置するほどリスクが増えます。これも「回収率で早めにクローズ」というルールが、そのままリスク低減になります。
ギリシャ文字を最低限使う:デルタ、セータ、ガンマ、ベガの関係
難しく見えるギリシャ文字は、クレジットスプレッドでは“事故防止のための計器”として扱うと理解が早いです。
デルタは方向感の強さ、セータは時間経過による有利さ、ガンマは急変時の危険度、ベガはIV変化の影響です。クレジットスプレッドは基本的にセータがプラス(時間で有利)になりやすい一方、ガンマがマイナス方向に効きやすく、急変に弱い構造です。つまり「普段は儲かるが、急にやられる」設計になりがちです。
だからこそ、満期を短くしすぎない、デルタを高くしすぎない、イベントを避ける、という基本が効きます。これは精神論ではなく、ギリシャ文字が示す構造的な理由です。
“良いスプレッド”の条件:流動性と約定コストを軽視しない
クレジットスプレッドは、2本のオプションを同時に扱うため、スプレッド(売買の気配差)が広いと一気に不利になります。バックテストで良さそうに見えても、実際の約定が悪いと成績は別物です。
初心者は、出来高が薄い個別株や、気配が飛びやすい満期を避け、板が厚い商品を選ぶのが現実的です。また、成行で入ると“スプレッドの不利”を丸ごと食らいます。基本は指値で入り、入らなければ見送る。これだけで期待値が改善します。
検証のコツ:バックテストは「負け方」を見る
クレジットスプレッドを検証する時、平均収益や勝率だけを見ると危険です。見るべきは、最大ドローダウン、連敗回数、そして「負けが起きた日の条件」です。たとえば、急落日に負けるのは当然として、どの程度の急落で損切りにかかるのか、ギャップで最大損失に近づく頻度はどのくらいか、を具体的に把握します。
検証のやり方は、まずルールを固定します(満期、デルタ、回収率、損切り条件、イベント回避)。次に、複数年で走らせ、特定の相場(急落、金融危機、ボラ急騰)を含む期間でどうなるかを見る。最後に、最悪局面での損失が資金計画に耐えるかを判断します。ここまでやって初めて“運用に耐える戦略”になります。
最後の一言:向いている人、向いていない人
クレジットスプレッドが向いているのは、「小さな利益を積み上げる」「ルールで動く」「損切りを受け入れる」人です。逆に向いていないのは、「当てたら大きく儲けたい」「含み損を抱えると手が止まる」「相場観だけで押し切りたい」人です。戦略は道具なので、性格と資金規模に合うものを選ぶのが最優先です。


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