株価は「景気」だけで動くと思われがちですが、実務ではそれ以上に“割引率”である金利、とくに実質金利がバリュエーションの上限と下限を決めます。実質金利を読めると、上げ相場のどこで欲張っていいか、下げ相場でどこまで我慢すべきかの判断精度が上がります。
本記事は、実質金利(real rate)と株式バリュエーション(PER、PSR、EV/EBITDAなど)の関係を、初心者でも手順通りに観測・仮説・売買ルールに落とせる形に整理します。銘柄の「良し悪し」の前に、相場の“物差し”が伸び縮みしていないかをチェックしてください。
- 1. まず結論:実質金利は株価の「倍率(マルチプル)」を決める
- 2. 実質金利とは何か:名目−期待インフレ(ざっくり)
- 3. なぜ実質金利が上がるとPERが下がるのか:DCFを一行で理解する
- 4. 初心者が見るべき3つの金利:名目10年、10年TIPS、BEI
- 5. 実質金利で相場を4象限に分ける:何を買い、何を避けるか
- 6. 具体例:『実質金利が上がるのに株が上がる』はいつ起きる?
- 7. バリュエーション指標の使い分け:PERより“長期CF型”に注意
- 8. 日本の個人投資家向け実装:為替と実質金利の「2段階チェック」
- 9. ルール化:実質金利で「株の期待リターン」を調整する簡易モデル
- 10. セクター・スタイルの実務:実質金利上昇で強い/弱いの典型
- 11. 毎週10分のチェックリスト:ニュースより先に数字を見る
- 12. ありがちな失敗:実質金利の“変化率”を無視する
- 13. 実践シナリオ:3つのケースでどう動くか
- 14. 個人投資家向けの最終ルール:相場の「倍率」と「利益」を分けて管理する
- まとめ
- 15. もう一段深く:実質金利と「株式益回り」の比較で割高/割安を粗く判定する
- 16. よく聞く『Fedモデル』の扱い方:鵜呑みにせず、トレンド判断だけに使う
- 17. 実装アイデア:ETFだけでできる「実質金利感応度」の調整
- 18. リスク管理:実質金利ショックに備える2つの保険
- 19. 実践テンプレ:あなたのノートにそのまま貼れる観測フォーマット
- 20. 個別株選定に落とす:株にも“デュレーション”がある
- 21. “実質金利が下がったのに株が弱い”ときの読み解き
- 22. まとめの一歩手前:あなたの投資行動を変える3行ルール
1. まず結論:実質金利は株価の「倍率(マルチプル)」を決める
実質金利が上がると、将来利益を現在価値に割り引く係数が強くなり、同じ利益でも株価が安く評価されやすくなります。逆に実質金利が下がると割引が弱まり、PERなどの倍率が上がりやすい。これが基本です。
重要なのは「名目金利」ではなく、名目金利から期待インフレを差し引いた“実質”です。市場は『インフレで名目金利が上がっただけ』なら企業売上も名目で伸びると見て許容する一方、『実質で資金調達コストが上がった』局面では倍率を絞ります。
2. 実質金利とは何か:名目−期待インフレ(ざっくり)
実質金利は厳密には色々な定義がありますが、投資判断では次の2つを押さえれば十分です。
① 観測しやすい“市場の実質金利”:米国ならTIPS(物価連動国債)の利回りが代表例です。『10年TIPS利回り』は“実質10年金利”として相場が強く反応します。
② 推定する“期待インフレ”:代表はBEI(ブレークイーブン・インフレ率)で、名目国債利回り−TIPS利回りです。BEIは『市場が織り込む平均インフレ』の目安になります。
3. なぜ実質金利が上がるとPERが下がるのか:DCFを一行で理解する
株の価値は、将来キャッシュフローを割引率で現在価値に直した合計です(DCF)。割引率は大雑把に『無リスク金利+リスクプレミアム』で、無リスク金利の核が実質金利です。
たとえば『5年後から稼ぎが大きくなるグロース企業』は、利益が遠い分だけ割引の影響を強く受けます。実質金利が1%上がると、遠い利益の現在価値が大きく削られる。だからグロースは実質金利上昇に弱く、バリューは相対的に耐性が出やすい、という構図になります。
4. 初心者が見るべき3つの金利:名目10年、10年TIPS、BEI
毎日ニュースに出るのは名目10年金利ですが、株の倍率に効くのは“実質10年”です。最低限、次の3点セットを同時に眺めます。
・名目10年金利(U.S. 10Y):債券市場の総合温度感
・10年TIPS利回り(Real 10Y):株バリュエーションの圧力
・10年BEI(Breakeven 10Y):インフレ期待の方向性
株が下がっているのに名目金利も下がっている、という場面は珍しくありません。その場合、名目ではなく“BEIが下がって実質金利が上がっている”ことがあります。名目だけ見ていると原因を取り違えます。
5. 実質金利で相場を4象限に分ける:何を買い、何を避けるか
売買に使うなら、実質金利と景気(または株EPSの見通し)で相場を4つに分けると整理しやすいです。ここでは景気の代理として『ISMや雇用のサプライズ』ではなく、初心者が追いやすい『株の利益見通しが改善か悪化か』で代用します。
A:実質金利↓ × 利益見通し↑(理想形)…倍率も利益も伸びる。インデックス、グロース優位。
B:実質金利↑ × 利益見通し↑(強い景気だが金利負担)…利益は伸びるが倍率が圧縮。バリュー・金融・エネルギーが相対優位になりやすい。
C:実質金利↓ × 利益見通し↓(リセッション・ディスインフレ)…金利は下がるが利益が崩れる。ディフェンシブ、クオリティ、長期国債が効きやすい。
D:実質金利↑ × 利益見通し↓(最悪:スタグ的)…倍率も利益も逆風。キャッシュ比率、短期債、金(条件付き)などで守りを優先。
6. 具体例:『実質金利が上がるのに株が上がる』はいつ起きる?
実質金利上昇=株安、が基本ですが、例外が2つあります。ここを理解すると、ニュースで振り回されにくくなります。
例外①:利益成長がそれ以上に強い(B局面)。たとえばAI投資が過熱して設備投資・受注が強く、企業利益の上方修正が続くと、倍率圧縮を利益が相殺して株が上がることがあります。
例外②:リスクプレミアムが低下している。割引率は『実質金利+株式リスクプレミアム』です。実質金利が上がっても、市場が“安心”してリスクプレミアムを下げれば、結果としてPERが維持されることがあります。ただし、これはセンチメントに依存しやすく、崩れると速いので、ポジションサイズ管理が重要です。
7. バリュエーション指標の使い分け:PERより“長期CF型”に注意
実質金利の影響が大きいのは、将来キャッシュフローが遠い企業・業種です。典型は『赤字〜低利益だが成長期待が高い』タイプ。PERが計算できない場合はPSR(株価売上高倍率)やEV/売上などで評価されますが、これらも実質金利上昇局面で“正当化できる水準”が下がります。
逆に、成熟企業で足元の利益・配当が厚い場合、金利上昇でも『名目売上が伸びる(価格転嫁が効く)』なら耐性が出ます。ここで重要なのは“価格決定力”で、同じバリューでも原材料高を転嫁できない企業はむしろ悪化します。
8. 日本の個人投資家向け実装:為替と実質金利の「2段階チェック」
日本在住で米国株・米国ETFを触るなら、実質金利は株だけでなくドル円にも影響します。雑に言えば、米実質金利が上がる局面はドル高圧力になりやすい。円建てリターンは『株の損益+為替の損益』なので、次の順序で見ます。
Step1:米実質金利が上昇トレンドか(週足で上向きか)
Step2:その上昇が『BEI低下(ディスインフレ)』由来か、『名目金利上昇(タカ派)』由来か
BEI低下由来で実質金利が上がる場合、株には逆風でもドルは底堅いことがあり、指数の下げを円高がさらに悪化させるケースもあります。逆に、実質金利低下局面ではドル安・円高が起きやすく、米株が上がっても円建てでは伸びにくいことがある。ヘッジ有無の判断はここが出発点です。
9. ルール化:実質金利で「株の期待リターン」を調整する簡易モデル
難しい数式を避けて、運用に落ちるルールを作ります。ここでは『実質10年金利が上がるほど、株の期待リターン要求が上がる=許容PERが下がる』という考え方で、ポジション比率を調整します。
例:S&P500や全世界株をコアにしている場合
・実質10年が直近6か月で明確に上昇:株の積立は継続しつつ、追加の一括買いを減らし、現金 or 短期債ETF比率を+5〜15%に寄せる
・実質10年が横ばい〜低下:通常配分に戻す。イベント(FOMC、CPI)で急低下した直後は、1回で入らず3分割で買う
『何%で切り替えるか』は人によって違いますが、初心者は“方向”を重視し、閾値は大雑把で構いません。実質金利のトレンドが変わると、相場の評価軸が変わるためです。
10. セクター・スタイルの実務:実質金利上昇で強い/弱いの典型
相場は例外が多いですが、実質金利の変化には典型的な反応があります。個別株が難しい場合は、セクターETFで相対取引の発想を持つとブレが減ります。
実質金利↑で逆風になりやすい:ハイPERグロース、長期テーマ(利益が遠い)、不動産(REIT:資本コスト上昇+利回り競合)
実質金利↑でも相対的に持ちやすい:金融(利ざや改善は名目金利に依存するが、景気が強いときは追い風)、資源・エネルギー(価格転嫁+インフレ局面と相性)、クオリティ配当(ただし債券利回りが高すぎると配当株も競合で負ける)
実質金利↓で追い風:長期債、グロース、ハイテク、ディスカウント率に敏感な銘柄群
ここでのコツは『名目金利上昇=金融買い』と単純化しないことです。BEIが下がって実質金利が上がっている局面は“景気不安”のシグナルになり得るため、金融が必ずしも強くありません。
11. 毎週10分のチェックリスト:ニュースより先に数字を見る
初心者が勝ちやすいのは、派手な材料より“定点観測”です。毎週末に次だけ確認します。
① 10年TIPS利回り:上向きか下向きか(週足)
② 10年BEI:上向きか下向きか(インフレ期待の向き)
③ 株指数(S&P500など)のPER推移:PERが上がっているのか、利益が伸びて上がっているのか
④ ドル円(米資産を持つ場合):実質金利の変化と同方向か逆方向か
この4点で『株高=倍率拡大なのか、利益拡大なのか』が見えてきます。倍率拡大で上がっている相場は、実質金利反転で崩れやすい。一方、利益拡大が主因なら、押し目の質が良いことが多いです。
12. ありがちな失敗:実質金利の“変化率”を無視する
相場は水準より変化に反応します。実質金利が高い水準でも『低下方向』なら株に追い風になり得ますし、低い水準でも『急上昇』なら倍率が一気に潰れます。
具体例として、実質金利が0%→1%に上がる局面は、−1%→0%に上がる局面よりも心理的ショックが大きいことがあります。理由は、ゼロ近辺は“金融環境が緩い/きつい”の境目として意識されやすいからです。水準の節目(0%など)をまたぐときは、ポジションを軽くする、ヘッジを検討するなど、ルールを一段厳しくします。
13. 実践シナリオ:3つのケースでどう動くか
ケース1:CPIが鈍化し、BEI低下→実質金利上昇、株下落
この下げは“ディスインフレ不況”の匂いが出ます。グロースの買い下がりは急がず、まずはディフェンシブや短期債で様子見。買うなら3分割以上で時間分散。
ケース2:景気指標が強く、名目金利上昇→実質金利も上昇、株は横ばい〜じり高
利益が強いB局面。インデックスのコアは維持しつつ、過度に遠い成長期待の銘柄は比率を落とし、キャッシュフローが近い銘柄やバリュー寄りに寄せる。
ケース3:景気悪化で利下げ観測、実質金利低下、株反発
倍率が戻る局面。短期的には強い反発になりやすいが、利益が回復していないなら“戻り相場”の可能性もある。ここでは『利下げ=全面強気』にせず、決算で利益が底打ちしたかを確認してからリスクを増やすのが堅い。
14. 個人投資家向けの最終ルール:相場の「倍率」と「利益」を分けて管理する
実質金利は倍率を動かし、利益(EPS)は企業の稼ぐ力を動かします。あなたの売買ルールは、この2つを分離するとブレにくくなります。
・倍率要因(実質金利トレンド)が悪化:買い増し速度を落とす/ヘッジや現金比率を上げる
・利益要因(EPS見通し)が改善:押し目で買う/守り資産を減らす
そして“倍率の上げ相場”は崩れるのが速いので、利確ルールもセットで持ちます。たとえば『実質金利が2週間連続で上向きに転じ、指数が高値圏なら、上昇分の一部を必ず確定する』など、機械的に行うのが現実的です。
まとめ
実質金利は株式バリュエーションの土台です。名目金利のニュースに反応する前に、TIPS(実質金利)とBEI(期待インフレ)をセットで見て、『倍率が上がっているのか、利益が伸びているのか』を切り分けてください。これだけで、無駄な損切りと高値掴みが減ります。
次にやることは簡単です。毎週末に実質10年、BEI、PERの3点を記録し、相場がどの象限にいるかを書き出す。記録が2〜3か月溜まると、あなたの売買判断の再現性が一段上がります。
15. もう一段深く:実質金利と「株式益回り」の比較で割高/割安を粗く判定する
初心者が“相場の割高感”を掴む近道は、PERではなく益回り(E/P=利益÷株価)で考えることです。PERが20倍なら益回りは5%です。これを実質金利と比較します。
直感はこうです。『株の益回り−実質金利』が十分に大きいほど、株式を持つ“上乗せ(リスク補償)”があると考えやすい。逆に差が縮むと、株の相対魅力が落ち、倍率が調整されやすい。
たとえば、指数の益回りが5%で実質10年が2%なら差は3%。しかし実質10年が3%に上がれば差は2%に縮みます。差が縮んだ分だけ『市場はPERを下げるか、利益が伸びるまで株価が停滞する』形で調整しやすい、という見立てになります。
この比較は“単純すぎる”という批判もありますが、個人が相場の体温を測るには十分役立ちます。重要なのは、絶対水準より『差が広がっているか、縮んでいるか』です。
16. よく聞く『Fedモデル』の扱い方:鵜呑みにせず、トレンド判断だけに使う
市場では『株式益回り(E/P)と名目10年金利を比べる』いわゆるFedモデルが語られます。ただし、名目ではなく実質の方がバリュエーション説明力が高い場面が多く、また利益が景気循環で大きく変わるため、単発で割安/割高を断定するのは危険です。
実務的な使い方は、次のように割り切ることです。
・水準で『割安だ』と決めない
・差(E/P−実質金利)が“縮む方向”ならリスクを落とし、“広がる方向”ならリスクを取りやすい、といったトレンド判断に限定する
これならモデルの欠点(利益の見積もり誤差、名目/実質の混同、構造変化)に巻き込まれにくくなります。
17. 実装アイデア:ETFだけでできる「実質金利感応度」の調整
個別株で実質金利の影響を調整するのが難しい場合、ETFで“金利感応度”をコントロールします。発想は、金利に弱い資産の比率を落とし、強い資産を増やすだけです。
例:米株中心のポートフォリオ
・実質金利上昇局面:NASDAQ寄り(高PER)を減らし、バリュー寄りやクオリティ配当寄りへ。必要なら短期国債ETFを厚めにする。
・実質金利低下局面:長期テーマ(テック、成長因子)比率を戻す。反発局面は急激になりやすいので、リバランスは数回に分ける。
重要なのは、銘柄当てではなく“環境に合わせてベータを調整する”ことです。初心者ほどこのやり方で成績が安定しやすい。
18. リスク管理:実質金利ショックに備える2つの保険
実質金利はCPIや雇用統計、中央銀行会合で急変します。上昇ショックに備える保険は2つです。
保険①:現金・短期債の“待機弾”を常に残す。全力投資は、実質金利の急騰で身動きが取れません。
保険②:下落耐性の高い資産(ディフェンシブ株、クオリティ、あるいは相関が低い資産)を少量入れる。相関は平時に当てにならないこともありますが、ゼロよりマシです。
オプションでのヘッジもありますが、初心者はまず“現金バッファ”が最もコスト効率が高い。ヘッジはコストが継続的に発生するため、使うなら『イベント前に限定して短期で』など、ルールが必要です。
19. 実践テンプレ:あなたのノートにそのまま貼れる観測フォーマット
以下を週1でメモします。数字は後で検証できるので、感情的な売買が減ります。
・10年TIPS:今週の終値、4週移動平均、方向(↑/→/↓)
・10年BEI:今週の終値、方向(↑/→/↓)
・指数PER:前年差、方向(↑/→/↓)
・利益見通し:上方修正が多い/下方修正が多い(ざっくりでOK)
・来週の方針:買い増し強/中/弱、現金比率の調整、やるならリバランス幅
このテンプレを3か月回すだけで、『実質金利が動いたときに自分のポートがどう反応したか』が見えます。見えれば改善できます。
20. 個別株選定に落とす:株にも“デュレーション”がある
債券にデュレーションがあるように、株にも“利益の受け取りがいつ来るか”という意味でデュレーションがあります。利益が将来に偏るほど、実質金利の変化に敏感です。これを『株式デュレーション』と呼ぶことがあります。
具体的には、次のような銘柄はデュレーションが長くなりやすいです。
・今は赤字、数年後に黒字化するストーリー
・研究開発や設備投資が重く、回収が遠いビジネス
・PSRやEV/売上で買われている(利益が薄い)
逆に、足元で現金を稼ぎ、配当や自社株買いで株主還元できる企業はデュレーションが短めです。実質金利が上がる局面では、短いデュレーションの銘柄へ寄せるだけでポートフォリオの揺れが減ります。
21. “実質金利が下がったのに株が弱い”ときの読み解き
実質金利低下は通常プラスですが、それでも株が弱いときがあります。その典型は『景気後退で利益が崩れる』局面です。C局面では、倍率が戻っても利益が落ちるため、株価は方向感を失いがちです。
このとき個人がやりがちなミスは、実質金利低下=グロース全面買い、で突っ込むことです。利益見通しが悪化しているなら、まずはディフェンシブやクオリティで耐え、決算やガイダンスで“利益の底”を確認してからリスクを増やす方が再現性が高い。
22. まとめの一歩手前:あなたの投資行動を変える3行ルール
最後に、今日から使える3行ルールに落とします。
① 実質10年が上向き:倍率は縮みやすい。遠い成長は減らし、買いは分割、現金を増やす。
② 実質10年が下向き:倍率は戻りやすい。押し目の質が上がる。だが利益が崩れているなら急がない。
③ 名目だけ見ない:BEIとセットで、実質がどう動いたかで判断する。


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