クレジットスプレッドは、オプションを「売る」ことでプレミアムを受け取りながら、同時に別のオプションを「買う」ことで損失上限を固定する戦略です。単純な裸売り(カバードでない売り)と違い、最悪時の損失額が最初から決まります。初心者がいきなりオプションに触れるなら、まずこの「損失を数値で固定できる売り戦略」から入るのが現実的です。
ただし、クレジットスプレッドは「勝率が高い代わりに、たまに大きく負ける」構造になりやすい。ここを理解せずに「勝率80%」のような数字に惹かれると、1回の負けで過去の利益が吹き飛びます。この記事では、勝率の話ではなく、損益構造・期待値・ポジション設計・損切りルールまで、手順として使える形で整理します。例は株価指数ETF(例:SPYのような指数連動)を想定し、どの市場でも応用できる考え方に絞ります。
- クレジットスプレッドとは何か:2本のオプションで「受け取る」と「保険」を同時に作る
- 初心者が最初に理解すべき損益構造:勝率よりも「幅」と「受取額」のバランス
- なぜクレジットスプレッドが機能しやすい場面があるのか:時間価値と「行き過ぎ」の戻り
- まず覚えるのは2つだけ:デルタとDTE(残存日数)で「勝ちやすさ」と「危険」をコントロールする
- 具体的な設計手順:マーケット観→売る側(ショート)→買う側(ロング)→幅→受取額→損切り条件
- 勝ちパターンを作るコツ:利食いは「満額」を狙わず、早めに取りに行く
- 避けるべき地雷:決算・重要指標・政策イベント前に売らない
- 調整(ディフェンス)の基本:ロールと幅の組み替えは「損失を先送り」しない
- 実践例:指数が緩やかに上昇する局面でブル・プットを回す
- 失敗パターンを先に潰す:よくある「負け方」を構造で防ぐ
- 初心者のための「安全運用」チェックリスト:毎回同じ確認をする
- 最後に:クレジットスプレッドは「小さな保険会社」になる戦略だと理解する
クレジットスプレッドとは何か:2本のオプションで「受け取る」と「保険」を同時に作る
クレジットスプレッドは、同一満期の同一種類(コール同士/プット同士)で、ストライク(権利行使価格)の違う2本を組み合わせます。基本は以下の2種類です。
プット・クレジットスプレッド(ブル・プット):高いストライクのプットを売り、低いストライクのプットを買う。相場が「大きく下げなければ」利益になりやすい。
コール・クレジットスプレッド(ベア・コール):低いストライクのコールを売り、高いストライクのコールを買う。相場が「大きく上げなければ」利益になりやすい。
「売り」で受け取ったプレミアムから、「買い」のプレミアムを引いた差額が最初に受け取るクレジット(受取額)です。最大利益はこの受取額。最大損失は、ストライク差(幅)から受取額を引いた値です。つまり、戦略を建てる時点で損失上限が数字で確定します。
初心者が最初に理解すべき損益構造:勝率よりも「幅」と「受取額」のバランス
例として、満期まで30日で、以下のブル・プットを考えます。
・100のプットを売る(売り)
・95のプットを買う(買い)
・受取クレジット:1.20(1枚あたり120ドル相当、といったイメージ)
このとき、ストライク差は5。最大損失は 5 − 1.20 = 3.80 です。最大利益は 1.20。損益比は「勝つと1.20、負けると最大3.80」。この比率があなたの「商売の条件」です。勝率が70%でも、負け方が悪ければトータルで負けます。勝率を追う前に、まず損益比が自分の資金・性格に合うかを先に決めます。
ここで重要なのは、スプレッド幅(この例では5)を広げるほど、最大損失は増える一方で、同じデルタ帯で組むなら受取額も増える傾向があることです。つまり「幅」と「受取額」をどう置くかが、クレジットスプレッドの心臓部です。初心者は、幅を小さくして損失上限を抑え、回数で学ぶ方が安全です。
なぜクレジットスプレッドが機能しやすい場面があるのか:時間価値と「行き過ぎ」の戻り
オプション価格には時間価値があり、満期が近づくほど(他条件一定なら)時間価値は減っていきます。売り手は、この時間価値の減少を味方にできます。これが「時間が味方」という感覚の正体です。さらに、指数や大型株は、瞬間的に行き過ぎても戻りやすい(平均回帰的な動きが出やすい)局面があります。クレジットスプレッドは「大勝ち」ではなく、「大外れが起きなければ利益」を狙うので、レンジ相場や緩やかなトレンドでは働きやすい。
一方で、急落・急騰の局面では負け方が鋭くなります。オプションのIV(インプライド・ボラティリティ)が跳ねると、スプレッド価格が急拡大し、含み損が一気に膨らみます。ここで「損失上限があるから放置でいい」と考えると、資金が減るだけでなく心理が崩れ、次の判断が雑になります。スプレッドは損失が限定されていても、管理は必要です。
まず覚えるのは2つだけ:デルタとDTE(残存日数)で「勝ちやすさ」と「危険」をコントロールする
初心者が最初に見るべき指標は、複雑なギリシャ文字を全部ではなく、まずデルタとDTEです。
デルタは「そのオプションがイン・ザ・マネーに入る確率の目安」として使われることが多い指標です(厳密には違いますが、実務的には目安として機能します)。売る側は、デルタが小さい(=当たりにくい)位置を選びます。例えばデルタ0.15〜0.25程度は、初心者が位置取りの感覚を掴むのに扱いやすい帯です。
DTEは、残り何日で満期か。売り戦略は「時間価値の減り」を取りに行くので、極端に短い(0〜5日)とガンマ(値動き感応度)が強くなり、少しの値動きで損益が荒れます。逆に長すぎると、時間価値の減りが遅く、資金拘束が長くなります。初心者は、まず20〜45日程度を基本レンジとして、経験を積みます。
具体的な設計手順:マーケット観→売る側(ショート)→買う側(ロング)→幅→受取額→損切り条件
クレジットスプレッドの設計を「感覚」ではなく「手順」に落とします。以下は実務的に再現しやすい順番です。
1)マーケット観を一言で決める
「上がる」ではなく、「大きく下げない」「急騰しない」「レンジ」など、スプレッドが得意な形に言い換えます。ブル・プットなら「大きく下げなければOK」、ベア・コールなら「大きく上げなければOK」。
2)売る側のストライクをデルタで決める
例えばブル・プットでデルタ0.20のプットを売る。これで「当たりにくい位置」を確保します。初心者は、チャートの支持線を当てにしすぎず、まず統計的な位置取り(デルタ)を優先します。
3)買う側のストライクを「幅」で決める
買う側は保険です。幅は口座規模に合わせて決めます。幅5のスプレッドで最大損失が3.80なら、1枚の最悪損失は約380ドル相当。これを自分の許容損失に合わせます。初心者は「1トレードで口座の1%〜2%以内」に収める設計が現実的です(これを超えると、数回の連敗で継続できなくなります)。
4)受取額が「幅の何割」かを見る
受取額が幅の20%(幅5に対し1.0)なら、損益構造はまだマシ。10%(0.5)だと、勝っても薄利で、負けが重い。相場が低IVのときは受取額が薄くなりやすく、無理に回すと期待値が下がります。
5)損切り(または調整)条件を先に決める
「最大損失まで我慢」は最も危険です。初心者が使いやすい目安は、スプレッド価格が受取額の2倍〜3倍になったら撤退(例:1.20で売ったなら2.40〜3.60で買い戻す)。もう一つは、残存日数が減っても回復しない場合に撤退する時間損切りです。ルールがないと、含み損が膨らんだときに判断が止まります。
勝ちパターンを作るコツ:利食いは「満額」を狙わず、早めに取りに行く
クレジットスプレッドは最大利益が受取額に固定されます。満期まで引っ張って満額を取りに行くと、最後の数日で急変したときに利益が消えます。初心者は、受取額の50%程度を確保したら利食いするルールの方が運用しやすい。たとえば1.20で売ったスプレッドが0.60まで下がったら買い戻して終了。これなら、時間のリスク(突然のイベント)を減らせます。
「半分で利食い」は、数字上はもったいなく見えますが、実際は「勝ちを積み上げ、負けを小さくする」運用に寄せるための設計です。勝率を上げるというより、破綻確率を下げるための工夫と捉えるべきです。
避けるべき地雷:決算・重要指標・政策イベント前に売らない
オプションの売り戦略の敵は、ギャップ(窓)です。引け後に悪材料が出て翌日大きく下に窓を開けると、損切り注文を入れていても想定価格で約定しないことがあります。初心者が最初に避けるべきは、個別株の決算をまたぐ売りスプレッドです。指数でも、雇用統計やCPI、中央銀行会合など、急変の確率が高いイベントをまたぐと、管理難度が跳ねます。
「IVが高いから売り時」という話は正しく見えますが、イベント前のIV上昇は理由があって起きています。理由のあるボラティリティに逆らうのは、初心者にとっては危険です。イベントを避けるだけで、運用はかなり安定します。
調整(ディフェンス)の基本:ロールと幅の組み替えは「損失を先送り」しない
スプレッドが不利になったとき、よくある対処がロール(満期を先に延ばす)です。ロール自体は有効ですが、初心者がやると「損失の先送り」になりやすい。ロールするなら、必ず次の条件を満たすようにします。
・ロール後の受取額(追加クレジット)で、リスクが本当に改善するか(単に期間が伸びただけではないか)
・ロール先で、同じ幅のままではなく、幅を縮める・デルタを落とすなど、構造を軽くできるか
・ロールが「希望」に基づくものではなく、事前ルール(価格・日数・損失率)に基づくか
例えばブル・プットが崩れたら、次の満期へ延ばす代わりに、売りストライクを下げてデルタを落とし、追加クレジットが薄いなら撤退する、などです。ロールは便利ですが、無限に逃げ続ける道具ではありません。
実践例:指数が緩やかに上昇する局面でブル・プットを回す
ここでは、指数が「急落しない」環境を想定し、ブル・プットを例示します。手順は以下です。
・DTEを30日に設定
・デルタ0.20付近のプットを売る
・さらに下のストライクを買い、幅を5にする
・受取額が幅の15〜25%に収まっているか確認
・利食い:利益が受取額の50%に達したら買い戻し
・損切り:スプレッド価格が受取額の2.5倍で買い戻し
・イベント週は新規を控える(または小さくする)
たとえば「想定外の下落」が来なければ、時間経過でスプレッド価格が下がり、利食いに到達しやすい。逆に下落が来たら、損切りにより撤退し、口座を守る。ここで重要なのは、勝つときは小さく、負けるときも「管理で小さく」する設計です。最大損失まで行く前に撤退することで、尾部リスクを抑えます。
失敗パターンを先に潰す:よくある「負け方」を構造で防ぐ
失敗1:受取額が薄いのに無理に売る
低IV環境で無理にプレミアムを取りに行くと、受取額が小さく、損益比が悪化します。その状態で回数を増やすと、数回の負けでトータルが崩れます。対策は単純で、「受取額が幅の◯%未満ならやらない」というフィルタを置くことです。
失敗2:満期まで引っ張って逆転される
最後まで粘るほど、残り時間は少なくてもガンマの影響が強くなり、ちょっとした値動きで損益が崩れます。対策は、利食いルールを早めに固定すること。50%利食いはそのための仕組みです。
失敗3:ポジションサイズが大きすぎる
スプレッドは「損失が限定」なので、サイズを上げたくなります。ここが罠です。1回の負けが大きいと、戦略の継続が不可能になります。対策は、1トレードの最悪損失を口座の1〜2%以内に抑えること。これを守るだけで破綻確率は下がります。
失敗4:イベントをまたぐ
ギャップは管理不能になりがちです。対策は、決算や重要指標週は新規を避ける、どうしてもやるなら幅を小さくして保険を厚くすることです。
初心者のための「安全運用」チェックリスト:毎回同じ確認をする
クレジットスプレッドを「同じ手順で」回すために、チェックリスト化します。判断を単純にし、感情を減らすのが目的です。
・DTEは20〜45日か
・売る側のデルタは0.15〜0.25程度か(最初はここから)
・受取額は幅の15〜25%程度あるか(薄いなら見送り)
・最大損失は口座の1〜2%以内か(超えるなら枚数を減らす)
・利食い条件(例:50%)と損切り条件(例:2.5倍)を発注前に決めたか
・重要イベントをまたがないか(CPI、雇用、FOMC、決算など)
・同じ方向に複数ポジションを積み上げていないか(相関の罠)
最後に:クレジットスプレッドは「小さな保険会社」になる戦略だと理解する
クレジットスプレッドの本質は、「頻度の高い小さな保険料(プレミアム)を集める代わりに、まれに大きな支払いが来る」ビジネスモデルです。保険会社が破綻しないのは、保険料の設定と引受量(ポジションサイズ)と再保険(ヘッジ)があるからです。あなたがスプレッドを売るときも同じで、受取額の薄い契約を大量に引き受けない、イベント前に引き受けない、損切りを徹底する、という「経営」が必要になります。
この戦略は、相場を当て続けるためのものではありません。「当てなくても、当たりにくい位置で、損失を限定し、同じ手順で回す」ことで、再現性を作ります。まずは小さい幅・小さい枚数で、チェックリスト通りに10回回し、どの場面で崩れやすいか(急落・イベント・低IV)を体で覚える。それが最短で上達する道です。


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