- なぜ「赤字テック」は投資対象になり得るのか
- 最初に見るべきはPLではなく「キャッシュ」の設計図
- ランウェイ(残り時間)の作り方:3分でできる簡易計算
- 「焼け具合」を分解する:固定費型か変動費型か
- ユニットエコノミクス:顧客1人(1社)で儲かる構造か
- 粗利率は“品質”のシグナル:伸びるほど良いとは限らない
- 売上成長の“質”:伸び方が健康か、無理しているか
- 資本市場の“気分”に殺されない条件:希薄化の設計
- 転換社債(CB)の読み方:表面金利より「転換条件」と「満期」
- 「成長投資」と「延命」の境界線:何に金を使っているか
- 競争優位は“技術”より“切替コスト”で判断する
- マクロ環境の耐性:金利と資金調達の相性を見ておく
- 実践:赤字テックを“買える形”に落とし込むポジション設計
- 具体例で理解する:3タイプの赤字テックと見方の違い
- チェックリスト:初心者が見落としやすい赤信号
- まとめ:赤字テックは“数字で殴れる”投資家が勝つ
- バリュエーションの考え方:赤字でも「価格」は存在する
- Rule of 40を“使える形”にする:成長と収益性のバランス
- SaaS Magic Numberで販促効率を監視する
- コホート(顧客群)で見ると“本当の解約”が分かる
- 株式報酬(SBC)=見えにくい希薄化を必ず捕まえる
- ストレステスト:資金調達が1年閉じても生き残れるか
- 投資家が狙う“勝ち筋の催化剤”:何をきっかけに評価が変わるか
- 最後に:赤字テックを“研究”で終わらせず、収益に変える手順
なぜ「赤字テック」は投資対象になり得るのか
赤字テックは、損益計算書(PL)上は赤字でも、成長投資の真っ最中であることが多く、成功すれば利益が後から一気に立ち上がります。一方で、成功しなければ資金が尽きて終わる。つまり「リターンは大きいが、ゼロになる確率も高い」カテゴリです。ここで重要なのは、夢やストーリーではなく、生存確率を定量的に押し上げる条件を見抜くことです。
本記事は、赤字テックを「ギャンブル」ではなく「確率ゲーム」として扱い、初心者でもチェックできる順序で、資金繰り・事業採算性・希薄化(増資や転換社債)・競争優位・経営の質を点検する手順を提示します。
最初に見るべきはPLではなく「キャッシュ」の設計図
赤字の本質は「損失」ではなく「現金の流出」です。会計上の赤字があっても、前受金や運転資本の改善でキャッシュが増えるケースもあります。逆に黒字でも、在庫や売掛金が膨らみ現金が減ることもあります。赤字テックでは、まずキャッシュが何カ月持つかを見ます。
チェック順は単純です。①手元現金、②四半期あたりの営業キャッシュフロー(またはフリーキャッシュフロー)、③追加の資金調達余地(信用枠、転換社債、増資可能性)です。これをつなげると「ランウェイ(残り時間)」が見えます。
ランウェイ(残り時間)の作り方:3分でできる簡易計算
難しいモデルは不要です。決算資料で現金及び現金同等物を確認し、直近4四半期のフリーキャッシュフロー(営業CF−投資CF)を合計して平均します。月次に直すなら、四半期平均を3で割る。現金 ÷ 月次FCF流出が、ざっくりしたランウェイです。
例として、現金1,200億円、四半期FCFが▲300億円なら、月次流出は▲100億円でランウェイは約12カ月です。12カ月は危険水域です。理由は、資金調達は「必要になる直前」には不利になりやすく、交渉や手続きの時間もかかるからです。投資家としては、少なくとも18〜24カ月の余裕がある会社を優先します。
「焼け具合」を分解する:固定費型か変動費型か
同じ赤字でも性質が違います。固定費が大きい会社(研究開発費、固定給、データセンター固定契約など)は、売上が伸びると利益に転化しやすい一方、売上が伸びなければ一気に危機になります。変動費が多い会社(広告費を調整できる、外注比率が高いなど)は、守りに入ると焼却を止めやすい。つまり、生存確率が上がります。
見分け方は、販売費及び一般管理費(SG&A)と研究開発費(R&D)が、売上に連動して増減しているかです。四半期で売上が伸びていないのに、費用だけが一定以上増え続ける場合、固定費依存が強い可能性があります。
ユニットエコノミクス:顧客1人(1社)で儲かる構造か
赤字テックで最も重要なのは「規模が大きくなれば黒字になる」という主張が、数字で裏付けられているかです。その核がユニットエコノミクスです。B2Cなら顧客獲得コスト(CAC)と顧客生涯価値(LTV)、B2Bなら契約期間、粗利、更新率(リテンション)、拡張率(NRR:ネット売上維持率)を見ます。
ポイントは、LTVがCACを上回るだけでは不十分で、「回収期間(Payback)」が短いことです。金利が高い局面では、回収が遅いビジネスは資本市場から嫌われます。目安として、粗利ベースの回収が12〜24カ月以内だと強い。36カ月を超えると、資金調達環境次第で急に苦しくなります。
粗利率は“品質”のシグナル:伸びるほど良いとは限らない
粗利率が高いほど良い、という単純な話ではありません。SaaSは粗利率が高くなりやすい一方、導入支援やカスタマーサクセスが過剰になると、SG&Aにコストが回り利益が残りません。逆に、ハード+ソフトの会社は粗利率が低めでも、スケールとサプライチェーン最適化で改善していく場合があります。
注目は粗利率の「方向性」と「理由」です。粗利率が改善しているなら、値上げが効いているのか、原価が下がったのか、顧客構成が変わったのか。逆に粗利率が悪化しているなら、価格競争なのか、クラウドコスト増なのか、サポート負荷増なのか。理由が説明できない会社は危険です。
売上成長の“質”:伸び方が健康か、無理しているか
赤字テックは成長率だけで語られがちですが、成長の質が悪いと突然止まります。よくある罠は、①大口顧客依存、②一時的な販促での前倒し、③低採算案件の積み上げ、④会計上の売上認識の変化です。
初心者ができる実務的な見方は3つです。1つ目は顧客集中度。売上の一定割合を占める顧客がいるか。2つ目は解約率や更新率。数字が出ていない場合は、経営が触れたコメントや契約件数の推移を読む。3つ目は売掛金と未収収益の増え方です。売上より売掛金が速く増えるなら、回収に無理が出ている可能性があります。
資本市場の“気分”に殺されない条件:希薄化の設計
赤字テック投資の現実は、事業が良くても株主価値が希薄化で削られることです。増資、転換社債(CB)、ストックオプション(SO)で株数が増え、株価が上がりにくくなります。ここを読み違えると、「会社は生き残ったのに投資家は儲からない」が起きます。
見方は、必要資金と調達手段の整合性です。ランウェイが短いのに自社株買いをしている、あるいは無理に赤字のままM&Aを続ける会社は危険です。逆に、株価が高い局面で先回りして資金を厚くし、次の不況で攻める会社は強い。資金調達の“タイミング能力”は経営の質を反映します。
転換社債(CB)の読み方:表面金利より「転換条件」と「満期」
CBは一見すると低金利で資金が入るので好材料に見えます。しかし投資家側は、転換価格、転換プレミアム、満期、コール条項、ヘッジ取引の有無で株価への影響が変わります。転換価格が現株価に近いほど、上値が重くなりやすい。満期が短いほど、借り換えリスクが早く来ます。
初心者向けに要点だけ言うと、①満期までにキャッシュフローが改善する見込みがあるか、②転換されると株数がどの程度増えるか、③株価が上がったときに転換が進む設計か、の3点です。CBは「延命」ではなく「時間を買う道具」です。買った時間で黒字化の見通しが立たないなら危険です。
「成長投資」と「延命」の境界線:何に金を使っているか
赤字テックの支出は、未来の利益を作る投資であるべきです。広告費を増やして売上が伸びても、解約が増えたり、粗利が悪化したり、回収期間が伸びるなら、それは延命です。逆に、プロダクト改善で解約が下がり、単価が上がり、サポート工数が減るなら、投資は効いています。
決算説明資料で、KPIが「売上」しか出ていない会社は要注意です。少なくとも、顧客数、継続率、平均単価、粗利、CAC、回収期間のうち、複数が追える会社を選びます。KPIが出ていない場合は、競合比較で「何が勝ち筋か」を言語化できないことが多いです。
競争優位は“技術”より“切替コスト”で判断する
初心者が陥りやすいのは「技術がすごいから勝つ」という思い込みです。実際には、技術は模倣されます。長期の勝ち筋は、顧客が乗り換えにくい構造(切替コスト)や、データの蓄積、エコシステム、規制対応のノウハウにあります。
たとえばB2B SaaSなら、業務フローに深く入り込んでいるか、他システムとの連携が多いか、監査や規制対応で替えが効かないか。AI系なら、学習データの独自性、データ取得の継続性、推論コストの優位性があるか。ここが弱い会社は、価格競争に巻き込まれ赤字が永続化します。
マクロ環境の耐性:金利と資金調達の相性を見ておく
赤字テックの株価は、実力だけでなく「割引率(資本コスト)」で大きく揺れます。金利が上がると、遠い将来の利益の価値が下がり、PERのような指標が使えない赤字株ほど売られやすい。逆に金利が下がる局面では、資金調達環境が改善し、生存確率が上がるためリバウンドしやすい。
投資の現場では、個別銘柄の分析に加えて「市場の窓が開いているか」を見ます。IPOや増資が活況なら窓が開いている。ハイイールド債スプレッドが拡大し、資金調達ニュースが悪化しているなら窓が閉じています。窓が閉じた局面では、ランウェイが短い企業は急落しやすいので、ポジションを小さくするのが合理的です。
実践:赤字テックを“買える形”に落とし込むポジション設計
赤字テックは、当たれば大きい一方、外れればゼロに近づきます。だからこそ、銘柄選定と同じくらいポジション設計が重要です。具体策は、①分散、②段階投入、③撤退ルール、④希薄化イベント前後の管理、の4つです。
分散は、同じテーマ内で2〜3銘柄に分けます。段階投入は、決算のたびにKPIが改善しているか確認しながら買い増す。撤退ルールは、ランウェイが12カ月を切った、粗利が継続的に悪化した、回収期間が伸び続けた、など「数字」で決めます。希薄化イベントは、増資やCB発行が出た直後に反射的に買わず、資金使途とランウェイが改善するかを確認してから入ります。
具体例で理解する:3タイプの赤字テックと見方の違い
赤字テックは大きく3タイプに分かれます。タイプAはSaaS型で、粗利率が高く、解約率とCACが生命線。タイプBはハード+ソフト型で、粗利改善と在庫管理が鍵。タイプCは研究開発型で、マイルストーン達成と資金調達力が鍵です。
タイプAでは、NRRが高く、回収期間が短く、解約が低い会社が強い。タイプBでは、売上成長よりも粗利率の改善とキャッシュコンバージョンサイクルの短縮が重要。タイプCでは、技術の凄さよりも、提携先の質、資金調達の連続性、規制クリアの見通しを重視します。同じ赤字でも、見るKPIが違うという点が重要です。
チェックリスト:初心者が見落としやすい赤信号
最後に、赤字テックでよくある致命傷を文章で整理します。まず、経営が「黒字化の道筋」を具体的に語れない。次に、売上が伸びているのに粗利が下がる。さらに、売掛金が膨らみ回収が遅れる。加えて、KPIの開示が減っていく。最後に、資金調達のたびに条件が悪化していく。これらは、どれか一つでも重なると危険度が上がります。
逆に、良いサインは明確です。粗利率が改善し、解約が下がり、回収期間が短くなり、ランウェイが長い。経営が悪い局面でも数字を隠さず、手を打っている。赤字テック投資で勝ちやすいのは、「夢の物語」ではなく「生存確率を高める条件」が揃っている会社に、資金調達の窓が開いた局面で乗ることです。
まとめ:赤字テックは“数字で殴れる”投資家が勝つ
赤字テックは、未来の成長を買う投資ですが、未来は希望ではなく確率で評価すべきです。見るべきは、ランウェイ、ユニットエコノミクス、粗利の質、成長の質、希薄化の設計、切替コスト、資金調達の窓。これらを順番に点検すれば、初心者でも「生き残る赤字」と「消える赤字」を分けられます。
最初は難しく感じても、同じ枠組みで複数社を比較すると一気に理解が進みます。赤字テックは銘柄数を絞り、決算ごとに数字の改善を追い、改善が崩れたら機械的に降りる。これが、リスクを限定しつつ大きなリターンを狙う現実的なやり方です。
バリュエーションの考え方:赤字でも「価格」は存在する
赤字テックでも株価は動きます。つまり市場は何らかの尺度で値付けしている。代表は売上倍率(PSR)ですが、初心者がPSRだけで判断すると失敗しやすいです。理由は、同じPSRでも「粗利率」「成長の質」「資本コスト」「希薄化速度」で妥当性が全く変わるからです。
実務では、PSRを粗利倍率(EV/粗利)に置き換えると比較が楽になります。粗利率が40%の会社と80%の会社では、同じ売上でも利益ポテンシャルが違うためです。さらに、黒字化までの時間が長いほど、割引率の影響で評価は落ちます。結論として、バリュエーションは単独で見ず、必ず「粗利」「黒字化までの距離」「希薄化」をセットで扱います。
Rule of 40を“使える形”にする:成長と収益性のバランス
SaaSでよく使われるRule of 40は、「売上成長率+営業利益率(またはFCFマージン)が40%以上なら健全」という目安です。赤字テックでは利益率がマイナスなので、成長率が極端に高くないと達成できません。しかし、この指標の価値は、点数そのものより「どちらを改善すべきか」を示すところにあります。
たとえば成長率30%で利益率▲25%なら合計5%。この場合、広告費を増やして成長率を上げるより、解約率低下や単価上げで粗利と回収期間を改善し、利益率を▲25%→▲10%に持っていく方が生存確率が上がることが多い。逆に、プロダクトが強く自然成長が効くなら、利益率は多少犠牲にしても成長率を取りに行く判断が合理的な局面もあります。
SaaS Magic Numberで販促効率を監視する
販促が効いているかは「伸びた売上のために、いくら販促費を使ったか」で見ます。SaaS Magic Numberは、ざっくり言えば、直近の売上増分(年換算)を、前四半期の販促費で割ったものです。厳密な式は会社ごとに差がありますが、実務的には「1を超えると効率良好、0.5を下回ると黄色信号」くらいの感覚で十分です。
赤字テックで怖いのは、売上が伸びているのにMagic Numberが低下し続けるケースです。これは「伸ばすほど効率が悪化する」ことを意味します。市場が好況のうちは資金が入りますが、不況になると一気に止まります。Magic Numberが改善している会社は、同じ成長率でも資金繰りが楽になり、評価も戻りやすいです。
コホート(顧客群)で見ると“本当の解約”が分かる
月次や四半期の売上だけでは、ビジネスの健康状態が見えません。赤字テックでは「新規で穴埋めしているだけ」になりがちだからです。理想は、顧客獲得した月(または四半期)ごとに、時間経過で売上がどう残るか(コホート)を見ることです。
公開データでコホートが見えない場合でも代替はあります。契約件数の推移、ARPU(顧客単価)の推移、売上成長に対する販促費の増え方を組み合わせると、だいたいの感触がつかめます。売上が伸びているのに件数が減り、単価だけで持っている場合は、上位顧客への依存が強まっている可能性があります。
株式報酬(SBC)=見えにくい希薄化を必ず捕まえる
赤字テックは人材競争が激しく、株式報酬(SBC)を多用します。SBCは会計上は費用計上されますが、非現金費用として調整され「調整後利益」に戻されがちです。初心者がここを見落とすと、キャッシュは増えているように見えても、株数が増えて1株あたり価値が薄まるという形で損します。
実務では、希薄化率を年率で見ます。発行済株式数の増加率、SOの未行使残、RSU付与ペース、そして経営が「SBCをどう管理するか」の方針です。SBCが売上の10%を超えて固定化している会社は、評価が戻っても上値が重くなりがちです。逆に、成長期でもSBC比率を下げられる会社は、オペレーションが成熟しているサインです。
ストレステスト:資金調達が1年閉じても生き残れるか
赤字テック投資の“事故”は、市場が急に閉じるときに起きます。だから投資家は、ベースケースだけでなく、調達が難しいケースを想定します。簡単な方法は、売上成長が鈍化し、粗利が悪化し、販促を絞ってもFCF流出が残る状況を仮定し、ランウェイが何カ月残るか再計算することです。
ここで重要なのは「削れる費用があるか」です。広告を止めれば流出が大きく減るなら耐性がある。固定費が大きく削れないなら、調達が止まった瞬間に詰みます。決算資料のリストラや採用凍結の言及は、ネガティブに見えますが、同時に「焼却を止められる組織か」を測る材料でもあります。
投資家が狙う“勝ち筋の催化剤”:何をきっかけに評価が変わるか
赤字テックは、ニュースや決算で評価が急変します。狙うべきは、見た目の売上成長より、黒字化への確度が上がった瞬間です。典型は、①粗利率の連続改善、②解約率の改善、③回収期間の短縮、④大型顧客の継続・拡張、⑤資金調達条件の改善、です。
逆に危険な催化剤は、①安易な値下げ、②低採算の大型案件、③無理な海外展開、④大規模M&A、⑤経営陣の入れ替えが頻発、です。これらは短期的に売上を作れても、ユニットエコノミクスを壊しやすい。投資家は「売上が伸びた」より「儲かる形で伸びた」を重視します。
最後に:赤字テックを“研究”で終わらせず、収益に変える手順
知識は重要ですが、利益に直結するのは手順です。1社に深く刺さる前に、同業3社を同じ指標で比較し、強弱を言語化する。次に、ランウェイと希薄化を踏まえた上で、買うなら分割で入り、決算ごとに「改善の連鎖」が続くかだけを見て追随する。最後に、改善が止まったら、ストーリーに執着せず降りる。この一連のプロセスを回せると、赤字テックは“高難度”から“再現性のある仕組み”に変わります。


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