クレジットスプレッド(Credit Spread)は、オプションを「売る」ことでプレミアム(受取額)を得つつ、反対側にオプションを「買って」最大損失を固定する戦略です。単体のオプション売り(裸売り)よりリスクを限定でき、初心者でも「負け方」を設計しやすいのが強みです。
ただし、勝率が高く見えやすい一方で、負けるときの損失が相対的に大きくなりがちで、管理ルールが雑だと一撃で数か月分の利益が消えます。この記事は、クレジットスプレッドを“再現性のある小さな収益エンジン”として運用するための設計図を、具体例込みで徹底解説します。
- クレジットスプレッドとは何か:最小限の前提
- なぜ“損失限定”が重要か:初心者が最初に踏む地雷
- 期待値を分解する:勝率・平均利益・平均損失の3点セット
- まずは型を決める:おすすめの“基本形”
- 具体例:プット・クレジットスプレッドを数字で理解する
- エントリー条件の作り方:感覚を排除して“数値化”する
- 利益確定のルール:満期まで持たない方が上手くいくことが多い
- 損切り・撤退のルール:ここが全て
- ロール(延命)をどう扱うか:初心者がやりがちな“負けの先送り”
- 銘柄選び:初心者ほど「流動性」と「ギャップ耐性」を重視
- ポジションサイズ:1回の最大損失を先に決める
- “プット売り”と“コール売り”の使い分け:相場の地合いで分ける
- ギリシャ文字の最低限:デルタとセータとベガだけで十分
- “勝ちやすいのに儲からない”問題:受取を改善する3つの工夫
- よくある失敗パターンと対策
- 最小の運用テンプレ:今日から回せるチェックリスト
- まとめ:クレジットスプレッドは“儲け方”より“負け方”で勝つ
- 実務上の注意:割り当て(Assignment)と早期行使の落とし穴
- 発注のコツ:中間値を基準に“ケチりすぎない”
- 検証と改善:トレード日誌で“自分専用のルール”にする
クレジットスプレッドとは何か:最小限の前提
クレジットスプレッドは「売り(ショート)+買い(ロング)」の縦型スプレッド(Vertical Spread)で、建てた瞬間にプレミアムを受け取ります。代表は2つです。
プット・クレジットスプレッド:低い権利行使価格のプットを買い、高い権利行使価格のプットを売る(実質は“下落が一定以上進まなければ勝ち”)。
コール・クレジットスプレッド:高い権利行使価格のコールを売り、さらに上の権利行使価格のコールを買う(実質は“上昇が一定以上進まなければ勝ち”)。
どちらも最大損失は「スプレッド幅 − 受取プレミアム(ネットクレジット)」で固定され、最大利益は受取プレミアムに限定されます。つまり、利益は小さく、損失はそれより大きくなりやすい。ここが設計の肝です。
なぜ“損失限定”が重要か:初心者が最初に踏む地雷
オプション売りは、値動きがない・想定より穏やかな相場で非常に強い一方、急変動(ボラティリティ急上昇)に弱いです。裸売りは最悪の場合の損失が巨大になり、証拠金も跳ね上がります。クレジットスプレッドは、保険(買いオプション)を同時に持つことで、最悪でも損失上限を固定します。
しかし「損失上限がある=安全」ではありません。安全なのは“破産しにくい”だけで、運用が雑だと資金は普通に減ります。スプレッドは「小さく勝って、たまに大きく負ける」構造なので、負けを小さく切る管理ルールがないと期待値が崩れます。
期待値を分解する:勝率・平均利益・平均損失の3点セット
クレジットスプレッドの成否は、次の式に集約されます。
期待値 = 勝率×平均利益 − 負け率×平均損失
勝率を上げるには「より遠い行使価格(OTM)」を売りますが、受取プレミアムが薄くなります。逆にプレミアムを増やすために行使価格を近づけると勝率が下がります。ここで多くの人が“美味しそうなプレミアム”に釣られ、近すぎる行使価格を売って事故ります。
初心者に必要なのは、勝率ではなく「平均損失を設計しておく」ことです。最大損失が固定でも、その最大損失を頻繁に食らうようでは意味がありません。だからこそ、エントリー条件と損切り・撤退基準を先に決めます。
まずは型を決める:おすすめの“基本形”
初心者が最初に採用しやすい基本形は、次の3点を固定した運用です。
1)満期は「30〜45日」中心
満期が近いほど時間価値(セータ)の減りは速いですが、ガンマ(価格変化の加速度)も大きくなり、急変動に弱くなります。逆に長すぎると資金拘束が長く、利回りが下がりやすい。最初は30〜45日を中心にし、利益が出たら途中で畳む方が管理しやすいです。
2)売る行使価格は「デルタ0.15〜0.25」目安
デルタは雑に言えば「そのオプションがイン・ザ・マネーに入る確率」の近似として使われがちです(厳密には違いますが、運用では目安になります)。0.15〜0.25は、極端に薄すぎず、近すぎもしない中間ゾーンです。初心者は0.10以下を狙って薄利になりすぎるか、0.30以上を売って事故りがちなので、まずはこのレンジが無難です。
3)スプレッド幅は「小さめ(例:5ドル幅)」から
スプレッド幅を広げると受取も増えやすい一方、最大損失も増えます。まずは幅を小さくして、建て玉管理の感覚を身につけた方が良いです。幅を大きくしても“上手くなる”わけではありません。上手くなるのはルール運用です。
具体例:プット・クレジットスプレッドを数字で理解する
ここでは米国株ETFを例に、完全に仮の数値で説明します(銘柄は何でも良いです)。仮に、価格が500のETFに対して、満期35日、デルタ0.20付近のプットを売ります。
例:500のETFで、490プットを売り、485プットを買う(5ドル幅)。ネットで0.90(=90ドル)受け取れたとします(米国オプションは通常100倍)。
このとき、最大利益は90ドル。最大損失は(5.00−0.90)×100=410ドル。勝てば90、負ければ最大410。かなり“負けが重い”構造です。だからこそ管理が必要です。
損益分岐点
損益分岐点は「売った行使価格−受取プレミアム」です。490−0.90=489.10。満期に489.10以上なら利益、下なら損失側になります。
この構造が強い相場
大前提として、横ばい〜緩やかな上昇相場。さらに、IV(インプライド・ボラ)が高めで、プレミアムが“厚い”局面ほど有利です。逆に、IVが低いのにプレミアムが薄い局面で売るのは、保険料が安すぎる火事保険を売るのと同じで、割に合いません。
エントリー条件の作り方:感覚を排除して“数値化”する
クレジットスプレッドの成績がブレる最大原因は「相場観で入る」ことです。相場観が当たるなら現物や先物で良い。スプレッドは、条件を決めて繰り返す方が強いです。以下は、個人が実装しやすい数値条件です。
条件A:IVが相対的に高い
IVが高いほどプレミアムが厚く、受取に対して“距離”を取りやすくなります。目安として、IVランク(過去に対してどの位置か)が高いときに売る、という発想が使えます。IVランクが取れない場合は、単純に「ここ数週間の中でIVが高い日」を選ぶだけでも改善します。
条件B:直近の急落・急騰の“直後”を避ける
暴落直後はプレミアムが厚く見えますが、下落トレンドが継続するリスクも高い。逆に急騰直後はコール側が厚くなりやすいが、ショートカバーでさらに伸びることもある。ここでのコツは、エントリーを「反発の初動」ではなく「落ち着いた2〜3日後」にずらすことです。これだけで無駄な最大損失を減らせます。
条件C:イベントカレンダーを確認する
決算、重要指標、FOMCなどの大きなイベントは、ギャップ(窓)を生みやすく、スプレッドが最も嫌う動きです。イベントでIVが上がるのは“理由がある”ので、初心者はイベントを跨がないのが基本です。跨ぐなら、幅を狭くしてサイズを落とすなど、別の設計が必要になります。
利益確定のルール:満期まで持たない方が上手くいくことが多い
スプレッドは「満期まで持てば勝率が上がる」と誤解されがちですが、実務的には途中で畳む方が安定します。理由は2つです。
1つ目は、利益の“後半”は効率が悪いこと。受取プレミアムの大半は早期に削れますが、最後の数日〜1週間は残りが薄く、リスク(ガンマ)が跳ね上がる割に追加利益が少ない。
2つ目は、早く回転させた方が、イベントや急変動を避けやすいことです。
おすすめの利益確定ライン
「受取プレミアムの50〜70%を回収したらクローズ」というルールが扱いやすいです。例えば90ドル受け取ったなら、30〜45ドルのコストで買い戻して終了。これで、ガンマリスクの濃い終盤を回避できます。
損切り・撤退のルール:ここが全て
クレジットスプレッドは、損切りが遅いほど期待値が崩れます。典型的な失敗は「損失が出てから祈って満期まで放置」。スプレッドは“祈るゲーム”ではなく、“撤退を織り込むゲーム”です。
撤退ルール例1:損失が受取の1.5〜2倍で撤退
90ドル受取なら、損失が135〜180ドル程度でクローズ。最大損失410ドルを避けるための現実的な線引きです。これを徹底するだけで、一撃の致命傷が減ります。
撤退ルール例2:ショート行使価格を終値で明確に割ったら撤退
プット側なら、終値で売った行使価格(例:490)を割ったら撤退。これは分かりやすい代わりに、ダマシもあります。ダマシのストレスが大きい人は、上の“損失倍率”ルールの方が精神的に続きます。
撤退ルール例3:デルタが0.35〜0.45に膨らんだら撤退
ポジションが危険域に入ったサインとしてデルタを使う方法です。価格が近づくほどデルタが上がるので、危険度を定量化できます。
ロール(延命)をどう扱うか:初心者がやりがちな“負けの先送り”
ロールとは、損失が出たポジションを、満期を先に延ばしたり行使価格をずらしたりして、受取プレミアムで損失を相殺しようとする操作です。理屈としては正しい場面もありますが、初心者がやると「撤退すべき損」を先送りして、より大きな損失に化けやすいです。
ロールを使うなら、次の条件を満たすときに限定します。
・ロール後も最大損失が資金管理の範囲内(サイズを落とす)
・追加で受け取れるプレミアムが十分(薄い延命は意味がない)
・イベント跨ぎにならない(最悪の組み合わせ)
ロールは“戦略”ではなく、“例外処理”として扱う方が成績が安定します。
銘柄選び:初心者ほど「流動性」と「ギャップ耐性」を重視
スプレッドはスプレッド(売値・買値の差)が広い銘柄だと、それだけで不利になります。初心者が選ぶべき条件は次の通りです。
1)出来高が多い(板が厚い)
ETFや大型指数系は約定が安定しやすいです。個別株は決算ギャップが大きく、初心者が最初にやると事故りやすい。
2)値動きが素直で、極端なニュースギャップが少ない
ハイボラ成長株はプレミアムが厚く“魅力的”に見えますが、スプレッドが嫌うのは急落・急騰です。まずは“退屈な銘柄”で型を作る方が、長期的に勝てます。
ポジションサイズ:1回の最大損失を先に決める
スプレッド運用で破綻する人は、エントリーが下手というよりサイズが大きすぎます。最初に決めるのは「何ドル(何円)まで負けていいか」です。
目安として、1ポジションの最大損失(理論上限)を資金の1〜2%以内に収めると、連敗しても口座が耐えやすいです。資金100万円なら、最大損失が1〜2万円以内に収まるように、スプレッド幅と枚数を決めます。
ここで重要なのは、最大損失が固定でも、その最大損失に近づく局面が定期的に来ることです。サイズが大きいと、撤退ルールを守れなくなります(心理的に)。つまり、サイズはメンタル管理の装置でもあります。
“プット売り”と“コール売り”の使い分け:相場の地合いで分ける
同じクレジットスプレッドでも、地合いで得意不得意が変わります。
プット・クレジットスプレッドが向く局面
・上昇〜横ばいの地合い(下げにくい)
・押し目が買われやすい環境(リスクオン)
・IVが上がっているが、パニックではない局面
コール・クレジットスプレッドが向く局面
・下落〜横ばいの地合い(上げにくい)
・戻り売りが機能しやすい環境(リスクオフ)
・過熱感があるが、トレンド転換が見えない局面
初心者にありがちな失敗は、上昇相場でコールを売って踏み上げられることです。相場全体が強いときは、プット側の方が“地合いの追い風”が入ります。
ギリシャ文字の最低限:デルタとセータとベガだけで十分
初心者が全部理解しようとすると手が止まります。まずは3つだけで運用できます。
デルタ:危険度の目安。売った側のデルタが上がるほど危険。
セータ:時間の味方。時間が経つほどスプレッド価値は減りやすい(利益になりやすい)。
ベガ:IVの影響。IVが下がると売りは有利(ポジション価値が減る)。IVが上がると不利。
つまり、クレジットスプレッドは「時間経過」と「IV低下」が味方で、「急変動(IV上昇)」が敵です。
“勝ちやすいのに儲からない”問題:受取を改善する3つの工夫
安全側に振りすぎると、勝率は上がっても受取が薄く、手数料やスリッページで削られます。そこで、リスクを爆増させずに受取を改善する工夫を3つ挙げます。
工夫1:IVが上がったときだけ売る(常時稼働しない)
プレミアムが薄いときに無理に回すより、IVが上がった局面だけに限定する方が、同じリスクで受取が増えます。稼働率を下げてでも、条件を絞る価値があります。
工夫2:受取/最大損失の比率を最低ライン化する
例として、受取が最大損失の20%以上ないならやらない、など。先ほどの例は受取90、最大損失410で約22%。この比率が低すぎると、いくら勝っても事故一発で崩れます。
工夫3:満期は同じでも、エントリーを“日内で待つ”
オプションは同じ日でも、相場の揺れでプレミアムが変わります。初心者でもできる改善は、寄り付き直後の荒い時間を避け、相場が落ち着いた時間帯に建てることです。これだけでクレジットが数%改善することがあります。
よくある失敗パターンと対策
失敗1:受取が大きいポジションばかり選ぶ
対策:デルタと受取/最大損失比率をルール化し、条件外は機械的に捨てる。
失敗2:損切りを先延ばしにする
対策:損失倍率ルールを採用し、発注時点で逆指値的なアラートを設定する(実際の注文が難しい場合も、アラートだけでも効果があります)。
失敗3:イベント跨ぎで一撃を食らう
対策:決算・FOMC・雇用統計などを跨がない。跨ぐならサイズを落とし、スプレッド幅も縮める。
失敗4:同じ方向に偏りすぎる
対策:プット側ばかり、コール側ばかりに偏ると、地合いが変わったときに連敗します。相場環境で使い分け、無理なら稼働停止する。
最小の運用テンプレ:今日から回せるチェックリスト
最後に、初心者がブレずに回すためのテンプレをまとめます。これを紙に書いて、毎回同じ順で確認してください。
(1)満期:30〜45日中心
(2)イベント:大イベント・決算を跨がない
(3)IV:相対的に高い日に限定(薄い日は休む)
(4)行使価格:デルタ0.15〜0.25
(5)幅:小さめ(例:5幅)から
(6)受取/最大損失:最低ラインを設定(例:20%)
(7)利益確定:受取の50〜70%回収でクローズ
(8)撤退:損失が受取の1.5〜2倍、またはデルタ閾値でクローズ
(9)サイズ:最大損失が資金の1〜2%以内
まとめ:クレジットスプレッドは“儲け方”より“負け方”で勝つ
クレジットスプレッドは、相場を当てにいくより、条件とルールで「小さく勝つ確率」を積み上げる戦略です。最大損失が固定されているからこそ、サイズと撤退を甘くすると、勝率の高さが逆に罠になります。
最初の目標は、派手に儲けることではなく、テンプレ通りに100回運用してブレを消すことです。そこまでできれば、受取の調整(IV局面の選別やデルタの最適化)で、初めて“伸ばす”段階に入れます。
実務上の注意:割り当て(Assignment)と早期行使の落とし穴
スプレッドは「買い」を持っているので破滅的にはなりにくいですが、運用上のトラブルは起きます。代表が割り当てです。
プット側で割り当てが起きると何が起きるか
ショートのプットがイン・ザ・マネーに深く入り、満期が近いと、買い手側の都合で早期行使されることがあります。すると、あなたは現物を買わされた状態(株式ロング)になります。スプレッドの“保険”であるロングプットを持っていても、ブローカーの処理や証拠金の計算によっては一時的に必要資金が膨らみ、余力不足で強制決済されることがあります。
対策はシンプルで、満期近くでITMに入ったら放置しないことです。利益が残っていても、管理不能なリスクに変わるなら早めにクローズします。特に配当が絡む銘柄は、コール側の早期行使が増えるため注意が必要です。
コール側の早期行使(配当絡み)
配当が近いと、コール買い手が配当取りのために早期行使することがあります。スプレッドでコールを売っていると、意図せずショート株(空売り)になり得ます。これも、イベント前にクローズする、満期を跨がない、という基本ルールでほぼ回避できます。
発注のコツ:中間値を基準に“ケチりすぎない”
スプレッドは2本足なので、約定させる技術が地味に効きます。板が厚い銘柄でも、指値が欲張りすぎると約定せず、相場が動いて条件が崩れます。
基本は、提示されている「Bid/Ask」の中間(ミッド)を起点に、0.01〜0.05刻みで寄せていくやり方です。初心者は“少しでも高く売りたい”欲が出ますが、機会損失の方が大きくなりがちです。狙いは一発の最良約定ではなく、ルール通りに回転させることです。
検証と改善:トレード日誌で“自分専用のルール”にする
クレジットスプレッドは、同じルールを回すほどデータが溜まり、改善が効きます。最低限、次の項目を毎回メモしてください。
・満期日、デルタ、スプレッド幅、受取プレミアム
・エントリー理由(IVが高い、イベント無し等)
・利益確定/撤退の実施日と理由
・そのときの相場環境(上昇、下落、レンジ)
20〜30回分が溜まると、「自分が事故るパターン」が見えます。たとえば“金曜引け前に入るとブレる”“イベント前に欲張ると負ける”など、改善点が具体化します。ここまで来ると、他人の最適解ではなく、自分の資金量とメンタルに合った最適解に近づけます。


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