転換社債コンバージョン戦略:CBアービトラージの実務を個人が再現する手順

デリバティブ

転換社債(Convertible Bond:CB)は、債券でありながら株式に転換できる権利を持つため、価格の源泉が「債券価値」と「株式オプション価値」に分解できます。この分解ができると、CBを単なる“ハイリスクな社債”として扱うのではなく、相対価値(Relative Value)で収益機会を捉えられます。

本記事では、CBを買い、同時に発行企業の株を空売りするコンバージョン戦略(CBロング+株ショート)を軸に、個人投資家が「機関がやっているCBアービトラージ」をどこまで再現できるかを、初歩から具体例まで落とし込みます。結論から言うと、再現できる部分と、個人が不利な部分が明確に分かれます。不利な部分を理解せずに“手法名だけ”で飛び込むと、期待収益が借株コストとスリッページに吸われて終わります。

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転換社債(CB)の本質:債券+コールオプションの合成

CBはざっくり言えば「社債(元本・利息)+株式に転換できる権利」です。転換権は、株価が上がれば上がるほど価値が増えるため、性質としてはコールオプションに近いものです。

CBの価格(理論)は次の3要素の合計に近いと考えられます。

① 債券価値:満期まで持てば償還される(ただし信用リスクあり)
② 転換権価値:株価上昇の恩恵を取り込める
③ 付随条件の価値:繰上償還条項、下方修正条項(リフィックス)、株価条件、コールプロテクションなど

ここで重要なのは、②(転換権価値)は市場のボラティリティ(変動率)と強く連動する、という点です。つまり、CBの価格には「市場が織り込む株価の将来変動(IV)」が埋め込まれています。

コンバージョン戦略とは:CBロング+株ショートで“市場方向”を消す

コンバージョン戦略(Conversion)は、CBを買い、同時に同銘柄の株式を空売りします。狙いはシンプルで、株価が上がっても下がっても取り得るように、株価方向の影響(デルタ)を小さくすることです。

なぜこれで収益が出る可能性があるのか。ポイントは「CBが織り込むボラティリティ」と「実現するボラティリティ」の差、そして「転換権の価格付けの歪み」です。機関投資家は、CBの転換権を“オプション”として評価し、割安なら買う、割高なら売る(または買わない)。

ただし個人はCBを空売りできないのが通常なので、多くの場合は「CBロング+株ショート」の片側だけで勝負する形になります。これが、難易度を上げます。

まず押さえるべき用語:デルタ・ガンマ・ベガを日本語に直す

オプション用語はそれ自体が壁になります。ここでは最小限の意味に落とします。

デルタ:株価が1円(または1%)動いたとき、CB価格がどれくらい動くかの感度。デルタ0.5なら株価上昇の半分くらいCBが反応するイメージです。
ガンマ:デルタがどれくらい変化するか。ガンマが高いと、細かくヘッジを調整するほど有利になりやすい。
ベガ:市場が織り込むボラ(IV)が変わったときにCB価格がどれくらい動くか。

コンバージョン戦略は、デルタを小さく(またはゼロ近く)して、ガンマとベガの収益機会を狙う発想です。

収益源は3つしかない:個人はここを言語化できないと負ける

CBコンバージョンの期待収益は、基本的に次の3本柱に整理できます。

① ボラティリティ収益(ガンマ・スキャルピング)
デルタヘッジをしながら、株価が上下に振れるほど“小さく儲ける”構造が生まれます。株が上がればショートが損をするがCBが得をする。株が下がればショートが得をするがCBが損をする。そこでデルタを調整し続けると、振れが大きいほど損益が積み上がる可能性があります。

② クレジット収益(信用スプレッドの縮小)
CBは社債なので信用リスクを抱えます。市場が「この会社危ない」と思えばCB価格は下がり、利回りは上がります。逆に信用不安が後退すれば、CBは上がります。株ショートで方向を抑えながら、信用改善の恩恵を取りに行く発想もあります。

③ 需給収益(発行・償還・コール条項・ヘッジ需要)
CBはイベントが多いです。発行直後はヘッジ需要で株が売られやすい、株価条件を満たすと繰上償還(コール)が意識される、リフィックスで転換価額が下がると株の需給が変わる、など。これらを理解すると、単なる“割安割高”より前に、短期の需給歪みが見えます。

具体例で理解する:数値で“コンバージョン”を手計算する

ここからはイメージを固定します。仮に次の条件のCBがあるとします(数値は説明用の単純化です)。

・CB額面:100万円(1本)
・CB市場価格:102万円(プレミアム2%)
・転換価額:2,000円(1株あたり)
・発行企業株価:1,900円(転換価額より下=転換しにくい状態)
・転換比率:100万円 / 2,000円 = 500株相当
・CBのデルタ:0.35(株価変動への感度が35%程度)

このとき、理屈上の“デルタヘッジ”は、500株×0.35=175株を空売りします。株価が1%上がったとき、CB側が概ね+0.35%動き、ショートした株が-1%分損をする。175株だけショートしていれば損益が相殺に近づく、という考え方です。

ただし現実にはデルタは固定ではありません。株価が上がり転換が現実味を帯びるとデルタは上がりやすく、株価が下がるとデルタは下がりやすい。つまり放置すると、意図せず株方向のポジションが生まれます。コンバージョンで失敗する典型は、デルタが変わっているのにヘッジを更新しないことです。

個人が最初にぶつかる壁:借株コストと株式貸借の可用性

株ショートにはコストが乗ります。制度信用・一般信用・貸株市場、どれを使えるかで条件が激変します。特に個別株の一般信用は、貸株が枯れると「売り禁」「逆日歩」「品貸料」などでコストが跳ねます。コンバージョン戦略は、理論上は“マーケットニュートラル”でも、実際は借株市場に強く依存します。

個人がやる場合、最低でも以下を事前に数値化してください。

・借株コスト(年率)
・逆日歩の発生頻度の体感(制度信用なら特に)
・売り禁リスク(ヘッジ解消不能)
・配当・株主優待の取り扱い(空売りでは配当相当額の支払いが発生)

ここを軽視すると、せっかくボラ収益が出ても、コストが上回ります。機関投資家がCBアービトラージで優位なのは、借株の調達力が強いからです。

もう一つの壁:CB市場の流動性と“出口”

株と違い、CBは板が薄いことが多いです。特に日本のCBは、銘柄によってはスプレッドが大きく、指値を置いても刺さらないことがあります。すると「ヘッジは機動的にやる必要があるのに、CB側が動かせない」という歪みが出ます。

この歪みは、逆に言えば“需給の歪み”として利益機会にもなりますが、個人にとってはストレス要因です。エントリーもエグジットも、株のように滑らかではありません。

個人でも優位を作れるケース:リフィックス(下方修正条項)を理解する

日本のCBで個人が勝ち筋を作りやすいのは、リフィックス付きCBの構造理解です。リフィックスは、株価が下がると転換価額も下げる仕組み(一定条件の下)で、発行体から見ると株価下落局面で希薄化が進みやすい条項です。

投資家から見ると、リフィックスは「株が下がるほど転換権が生き残る」性質を持ち、単純なコールオプションより下方に強い面があります。ただし同時に、リフィックスが発動しそうになると、市場は希薄化を嫌って株を売りやすくなり、下落が加速することもあります。

ここで重要なのは、CB価格だけを見ないことです。転換価額の修正ルール、修正頻度、下限(フロア)、発動条件を読んで、株価のどこで市場心理が変わるかを地図に落とします。

チェックリスト:CBの条項で“地雷”になりやすいポイント

CBは契約です。条項の読み落としが致命傷になります。特に次は、個人が見落としがちな重要点です。

・コール(繰上償還)条項:発行体が早期償還できる条件。株価が上がるとコールで上値が抑えられることがある。
・コールプロテクション:一定期間はコールできない保護。これが短いと、上値余地が削られる。
・強制転換条項:条件を満たすと転換が実質強制される設計。
・転換価額修正(リフィックス):下方修正があると株側需給が変わり、ショートの難易度も変わる。
・償還条件(現金か株か):満期償還が現金か株かでリスクが別物になる。

条項は難しく見えますが、要点は「上に行ったときにどこで止められるか」「下に行ったときに何が起きるか」です。これだけを抽出して、図にしておくと判断が速くなります。

簡易バックテストの考え方:個人は“理論値”より“損益の分解”を優先する

CBアービトラージの理論値計算(クレジットモデル、二項木、モンテカルロ)は、個人には重いです。代わりに、実務的な損益分解を使います。具体的には、日次で次を記録していきます。

・CB価格の変化(円)
・株価の変化(円)とショート株数から計算した損益
・借株コスト(日割り)
・配当相当額(発生日ベース)
・ヘッジ株数の変更履歴(デルタ更新)

このログを取ると、儲かった/損したの理由が分解できます。コンバージョン戦略は“雰囲気”でやると破綻しやすいですが、ログで構造化すると改善が回ります。

戦略設計:個人向けに現実的な3パターン

個人が取り得る設計は、実は3つに絞れます。

パターンA:CBロングのみ(方向性を受け入れる)
ショートが難しいなら、CBを“下に強い株式”として持つ発想です。株が上がれば転換権で追随し、株が下がっても債券価値が下支えする、という期待。ただし信用悪化で債券価値が崩れると全滅します。クレジット分析が必須です。

パターンB:部分ヘッジ(デルタを小さくする程度)
完全ニュートラルを目指さず、借株が可能な範囲でヘッジします。目的は“致命傷を避ける”ことです。ヘッジ不足の方向性は残りますが、ボラ収益の要素は一部取り込めます。

パターンC:イベント集中(発行直後・コール接近・リフィックス局面)
常時運用ではなく、条項イベントで需給歪みが出やすい局面に限定します。個人の強みは、機関のように大量に回さなくても良いことです。対象を絞り、コストが低い局面だけを取る方が勝率が上がります。

“失敗パターン”を先に潰す:CBでよくある事故

CB絡みの事故は、だいたい形が決まっています。

第一に、信用悪化です。株が下がっても債券で守られるという期待が、信用不安で崩れる。CBは「株+社債」なので、最悪は両方沈みます。発行体の現預金、借入、利払い能力、償還原資、資金繰りイベント(増資、借換)を見ないと危険です。

第二に、借株の崩壊です。売り禁や逆日歩でヘッジが維持できず、株が反発した瞬間にショートが踏まれて戦略が破綻します。コンバージョンは「ヘッジできる前提」の戦略なので、この前提が崩れると意味がありません。

第三に、条項の読み違いです。コールで上値が止まる、強制転換で想定外のタイミングで株ポジになる、リフィックスで株需給が崩れた、など。CBは“契約書を読める人が勝つ”市場です。

実戦の銘柄スクリーニング:どのCBを見ればいいか

個人が現実にスクリーニングするなら、次の順番が合理的です。

流動性:売買代金・気配の厚み・スプレッド。ここが無いと検証すらできません。
信用:格付けが無い場合は財務諸表で代替。短期借入依存や現金枯渇企業は避ける。
条項:リフィックス、コール、下限、満期、利率。地雷が無いかを確認。
借株:一般信用の可用性、逆日歩の履歴感、貸借銘柄か。
株のボラ:株が動かないとガンマが働きにくい。出来高が薄すぎる銘柄も避ける。

この順番で見ると、候補が一気に減ります。減って良いです。CBは数を打つより、条件が揃う局面を待つ方が期待値が上がります。

最後に:コンバージョン戦略の“本当の本質”

コンバージョン戦略は、魔法ではありません。結局は「市場が誤って値付けしているリスク(ボラ、信用、需給)」を見つけて、それを最も効率的に取りに行く技術です。個人が勝つには、機関と同じ土俵(巨大な借株・超低コスト執行・モデル)で戦わないことが重要です。

具体的には、条項イベントで需給が歪む瞬間、リフィックスの心理節目、コール接近で上値が削られる局面など、“構造が見える場所”に限定し、ログで損益を分解しながら精度を上げていく。これが、個人が現実的に取り得るCBコンバージョンの戦い方です。

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