再エネ(太陽光・風力)の導入が進むほど、電力会社や国が直面するのが「発電できるのに送れない」という系統制約です。ニュースでは“再エネが余って出力抑制”と表現されますが、投資家の観点では、これは送電網の更新需要(系統増強・保守更新・デジタル化)が長期で続くサインでもあります。
この記事では、送電網更新を「景気循環」ではなく制度・物理制約・安全規制が作る長期テーマとして捉え、初心者でも実践できる銘柄選別の方法、決算で見るべき数字、失敗しやすい落とし穴、そして売買のシナリオ作りまで具体的に解説します。
- 送電網更新需要とは何か:なぜ今“送る側”が主役になるのか
- 何がボトルネックになっているのか:5つの詰まりポイント
- 送電網更新で儲かる企業タイプを5分類する
- 初心者でもできる「数字で判定する」銘柄スクリーニング
- 具体例で理解する:2つの投資シナリオ
- 失敗パターン:送電網テーマで個人投資家がやりがちな3つのミス
- “今どの段階か”を判断する:送電網投資サイクルの見取り図
- 実践:あなたのポートフォリオに組み込む方法
- まとめ:送電網更新は“静かな長期テーマ”で勝つ
- 日本市場で“手触り”を出すための観測ポイント
- 海外(米国・欧州)を見て“先回り”する発想
- 金利局面での考え方:送電網テーマは“金利に弱い/強い”が混在する
- 最終チェック:買う前に確認する簡易DD(デューデリジェンス)10項目
送電網更新需要とは何か:なぜ今“送る側”が主役になるのか
電力システムは大きく「発電」「送電」「配電」「需要(消費)」で成り立ちます。再エネの普及で注目されがちなのは発電(太陽光パネル、風車)ですが、現実の制約は送配電に集中します。
理由は単純で、電気は原油のようにタンクに貯めておけません(蓄電池で“ある程度”は可能でも、規模とコストに限界があります)。そのため、発電地点と需要地点を結ぶ送電線、変電所、変圧器、遮断器、制御システムが「詰まる」と、発電を止めるしかない。これが出力抑制や接続待ちの本質です。
投資テーマとしてのポイントは、送電網の更新が「建てたら終わり」ではなく、老朽更新・増強・災害対策・サイバー対策・需給制御の高度化などで複数の需要が同時進行する点です。つまり、単一イベントではなく、複合要因で“長く続く”需要になりやすい。
何がボトルネックになっているのか:5つの詰まりポイント
送電網更新の需要は一括りにされがちですが、どこが詰まっているかで恩恵を受ける企業が変わります。ここでは典型的な5つのボトルネックを押さえます。
1)変圧器・開閉設備の不足(物理的な供給制約)
変電所の心臓部である大型変圧器は、設計・製造・試験・輸送まで時間がかかり、供給がタイトになると納期が伸びます。納期が伸びる=工事が遅れる=投資計画が後ろ倒し、という悪循環が起きます。投資家にとっては、供給制約が強いほど価格転嫁力と受注残を持つメーカーに追い風になります。
2)送電線ルートの許認可(政治・住民合意の制約)
新規の送電線は用地確保、環境アセス、景観・騒音、住民合意などで時間がかかります。ここが詰まると、既存設備の増強(増容量)や、系統制御(ソフト面)への投資が相対的に増えます。したがって「建設会社だけ」ではなく、制御ソフト、監視装置、需要応答(DR)などに注目が移ります。
3)再エネの立地と需要地のミスマッチ(地理の制約)
風力は沿岸・高原、太陽光は地方、需要は都市部に偏りやすい。結果として、遠距離・大容量の送電(HVDCなど)や地域間連系の強化がテーマになります。ここは設備投資が大きくなりやすく、長期案件として受注が積み上がる傾向があります。
4)系統運用の複雑化(運用の制約)
火力中心の時代は出力調整が比較的容易でしたが、再エネは天候依存で変動します。瞬時の需給バランスを保つため、監視・制御・予測が重要になります。ここで伸びるのが、SCADA/EMS、配電自動化、スマートメーター、系統解析ソフトといった“デジタル系”の領域です。
5)災害・サイバー・安全規制(リスク対応の制約)
台風・山火事・洪水など極端気象への対策や、重要インフラとしてのサイバー防御が必須になっています。設備更新に「強靭化」という名目が乗りやすく、予算が削られにくいのが特徴です。景気後退でも、電力インフラの安全投資は止めにくい。テーマ投資としての“粘り”がここにあります。
送電網更新で儲かる企業タイプを5分類する
銘柄選別でまずやるべきは「どのバリューチェーンの企業か」を整理することです。初心者が混乱しやすいので、ここでは5分類に落とします。
A)重電・電力機器(変圧器、遮断器、開閉設備、保護リレー)
特徴は、単価が高く受注残が積み上がりやすいこと。好況時には設備投資の波で伸び、供給制約がある局面ではマージンが改善しやすい。一方で、素材コスト(銅・鉄)や工場稼働率の影響を受けます。
チェックポイント:受注残(バックログ)の増加、採算(粗利率)の改善、納期長期化による前受金の増加。
B)送電線・変電工事(EPC、建設、保守)
工事系は売上の“見え方”が分かりやすい反面、労務費上昇や工期遅延のリスクがあります。契約形態が固定価格だと採算悪化しやすいので、契約条件を確認する癖が重要です。
チェックポイント:工事採算(セグメント利益率)、未成工事支出金の推移、工期延長の開示。
C)電力IT・制御(監視、最適化、需給制御、サイバー)
“送電網更新”をハードではなくソフトで取りに行く領域です。再エネ比率が上がるほど運用が難しくなり、ここは構造需要になりやすい。サブスクや保守契約でストック化できる企業は、評価(バリュエーション)が高くなりがちです。
チェックポイント:継続課金比率、保守売上の伸び、導入実績(電力会社・自治体・大規模需要家)。
D)素材・部材(電線、アルミ、銅、絶縁材)
送電網更新は電線需要を直接押し上げますが、素材価格に左右されやすいのが難点です。ここは「設備投資テーマ」より「資源サイクル」に引っ張られます。テーマ投資としては、価格転嫁の巧さと、供給能力(増産余地)を見ます。
E)エネルギー貯蔵・需要側(蓄電池、DR、VPP)
系統が詰まると、送電線を増やす以外に“需要側で調整する”方向に政策が動きます。蓄電池や需要応答は、系統投資の代替/補完になります。売上が立つまでの時間はかかりやすいですが、制度が整うと急に伸びます。
初心者でもできる「数字で判定する」銘柄スクリーニング
テーマ株は雰囲気で買うと痛い目を見ます。最低限、決算資料で確認できる指標に落として判断してください。ここでは、個人投資家が実務で使える“5つの数字”に絞ります。
1)受注(新規受注)と受注残(バックログ)
送電網更新は案件が長いので、受注残が積み上がっている企業ほど将来の売上が見えます。直近の売上が横ばいでも、受注残が伸びているなら“仕込み”の対象になりやすい。
2)粗利率(またはセグメント利益率)の改善
同じ売上成長でも、価格転嫁や高付加価値化で利益率が改善している企業の方が株価は素直に上がりやすい。逆に売上だけ伸びて利益が伸びない会社は、コスト増に飲まれている可能性があります。
3)在庫と運転資本の増え方
設備メーカーは受注が増えると在庫も増えがちです。ただし、在庫の増加が売上成長と釣り合っていない場合、部材の滞留や生産トラブルの可能性があります。“在庫が増えてるから成長”と短絡しないのが重要です。
4)設備投資(CAPEX)と研究開発(R&D)
供給制約が強い局面では、生産能力を増やせる企業が勝ちます。CAPEXが増えているか、増産の投資が具体的に確認できるか。ソフト系ならR&Dが将来の競争力に直結します。
5)顧客の質(規制産業・公共案件比率)
送電網投資は規制産業・公共セクターの比率が高く、景気後退に強い一方で、価格交渉が厳しい場合もあります。顧客構成が偏りすぎていないか、地域分散があるかも見てください。
具体例で理解する:2つの投資シナリオ
抽象論だけでは売買に落とせません。ここでは架空の例(実在企業ではありません)で、どう考えるかを示します。
シナリオ1:受注残が積み上がる重電メーカーを“業績が出る前”に拾う
あなたは決算説明資料で、変電設備の受注が急増し、受注残が前年比で大きく積み上がっているのを確認したとします。一方で売上はまだ横ばい。理由は納期が長く、売上計上が先だからです。
この場合、売買の発想は「売上が伸びたら買う」では遅い。受注残が増え、粗利率が底打ちしている段階が最も“期待が乗りやすい”局面になります。エントリーは分割で、材料が出た日に飛びつかず、押し目で拾う。決算ごとに受注残が維持できているかをチェックし、崩れたら撤退します。
シナリオ2:系統制約が深刻化する地域で“ソフト投資”が増える局面を狙う
再エネが急増した地域では、送電線の増強が間に合わず、出力抑制が常態化します。ここで政策が「送電線を増やす」だけでなく「需要側で吸収する(蓄電池・DR)」へシフトし始めると、制御ソフトやVPP関連が急に注目されます。
この局面では、ハードメーカーよりも、電力会社や自治体への導入実績を持つソフト企業が一気に評価されることがあります。決算で売上がまだ小さくても、導入案件数や契約の継続課金が増えているなら、テーマが“本物”になりつつあるサインです。ただし、期待先行で高値掴みしやすいので、材料の連続性(次の案件、次の地域)を確認してから買う方が安全です。
失敗パターン:送電網テーマで個人投資家がやりがちな3つのミス
ミス1:素材(銅)に引っ張られる銘柄を“テーマ株”として買う
電線需要が増えても、銅価格が下がると株価が一緒に沈むケースがあります。テーマで買ったのに資源相場で負けるのは典型です。素材比率が高い企業は、テーマというより“資源サイクル”で見るべきです。
ミス2:受注が増えたのに利益が出ない会社を「そのうち回復」と放置する
工事系や装置系は、固定価格契約やコスト超過で利益が出ないことがあります。受注増=儲かる、ではありません。利益率の改善が伴わないなら、テーマが正しくても銘柄選択が外れています。
ミス3:「政策が追い風」と言われた瞬間に一括で買う
政策ニュースは株価に織り込まれやすく、発表直後は割高になりがちです。テーマ投資の基本は、ニュースで上がった後ではなく、数字(受注残・利益率)で裏付けが出る前に仕込むことです。一括買いではなく、決算をまたいで分割するのが現実的です。
“今どの段階か”を判断する:送電網投資サイクルの見取り図
送電網更新は、概ね次の順で進みます。今どこにいるかで、狙う企業タイプが変わります。
①問題顕在化(出力抑制・停電・災害)→ ②政策・規制(投資枠拡大、認可)→ ③発注(入札・仕様)→ ④受注(バックログ増)→ ⑤納入・工事(売上計上)→ ⑥運用・保守(ストック化)
株価が最も動きやすいのは、②〜④の段階です。⑤は数字が出る一方で、期待が剥落することもあります。⑥は地味ですが、保守・ソフトのストックが積み上がる企業には長期で効きます。
実践:あなたのポートフォリオに組み込む方法
送電網テーマは、短期の材料トレードにも、中期の成長テーマにもなります。初心者はまず「中期」で組む方が失敗しにくいです。
コア(中期)とサテライト(短期)を分ける
コアは受注残と利益率が安定している重電・保守系、サテライトは政策や入札で動くソフト・新興を少額で。こうすると、テーマが一時的に冷えたときでも崩れにくくなります。
買い増し・損切りのルールを“数字”で決める
おすすめは、決算ごとに「受注残が前年同期比で伸びているか」「利益率が悪化していないか」の2点を確認し、どちらかが崩れたら比率を落とす。逆に、受注残が伸び、利益率も改善なら押し目で買い増す。感情ではなく、チェック項目で機械的にやるのがコツです。
まとめ:送電網更新は“静かな長期テーマ”で勝つ
送電網更新需要は、再エネ拡大・老朽化・災害・サイバー・地政学といった複数要因で支えられ、短期の景気循環よりも長く続きやすいテーマです。投資家として重要なのは、ニュースで盛り上がる前に、受注残と利益率という数字で裏付けを取り、バリューチェーンのどこが詰まっているかを見極めることです。
「発電」だけを追うのではなく、「送る」「守る」「制御する」に目線を移すと、投資アイデアは一段増えます。次の決算から、ぜひ受注残と利益率を確認し、あなた自身の“系統ボトルネック投資”の候補リストを作ってください。
日本市場で“手触り”を出すための観測ポイント
日本で送電網テーマを追うなら、株価材料になりやすい「現象」を定点観測すると理解が速くなります。難しい統計を完璧に追う必要はありません。初心者は次の3つだけで十分です。
観測1:出力抑制(再エネの捨て発電)が増えているか
出力抑制は「電気が余っている」というより「送れない・調整できない」という問題の表面化です。特に特定エリアで抑制が増えるなら、系統増強か、蓄電池・DR導入が進む余地が大きい。地域が絞れるほど、工事会社や設備メーカーの受注に結びつきやすくなります。
観測2:系統接続の“待ち”が増えているか
発電所は建てられるのに、系統接続が遅れて事業化できないケースが増えると、規制・制度側が動きやすくなります。制度変更は株価が動く起点になりやすいので、「待ち」が社会問題化しているかをニュースで拾うだけでも十分なシグナルです。
観測3:系統運用の高度化(需給調整市場・VPP等)が進むか
送電線の増設には時間がかかるため、短中期は“運用でしのぐ”方向に寄ります。需給調整の市場整備や、VPP(仮想発電所)・蓄電池の公募が増える局面は、ソフト・制御系の企業の追い風になります。
海外(米国・欧州)を見て“先回り”する発想
送電網は各国事情が違いますが、先に詰まった国の対策は、遅れて詰まる国でも起きやすい。投資アイデアを広げるために、海外の典型パターンを押さえます。
米国:広域での送電線整備と“接続待ち”の深刻化
米国では地域間で電力の需給が大きく違い、広域送電の重要性が高い。風力・太陽光の導入が進むほど接続待ち(インターコネクションキュー)が問題になり、送電増強・系統解析・管理ソフトの需要が膨らみます。日本株でも、海外売上比率が高い重電・制御企業は、国内より先に数字に出ることがあります。
欧州:再エネ比率上昇と“配電網”の投資不足
欧州は分散型電源(屋根ソーラー等)が広がり、送電だけでなく配電網のデジタル化が課題になりやすい。スマートメーター、配電自動化、系統保護の更新など、比較的小型案件が大量に積み上がる傾向があります。ここはストック型ビジネスを作れる企業が強い領域です。
金利局面での考え方:送電網テーマは“金利に弱い/強い”が混在する
初心者が見落としがちなのが、同じ送電網テーマでも金利の影響が違う点です。金利が上がると「設備投資=資本コスト増」でネガティブに見えますが、規制産業のインフラ投資は、料金認可で回収できる設計になっている場合があります。一方、成長期待で高PERになりやすいソフト企業は、金利上昇でバリュエーションが圧縮されやすい。
つまり、金利上昇局面ではハード・保守寄り、金利低下局面ではソフト・成長寄りが相対的に優位になりやすい、という“相場の癖”があります。テーマを信じても、局面で比率を変えると成績が安定します。
最終チェック:買う前に確認する簡易DD(デューデリジェンス)10項目
最後に、初心者でも再現できるチェックリストを提示します。これを“全部”満たす必要はありませんが、少なくとも半分以上は確認してから買うと、外れにくくなります。
- 受注残(または受注の伸び)が継続している
- 利益率が改善、または悪化の理由が一過性と説明されている
- 主要製品の納期・供給制約について言及がある(=需給の主導権がある)
- 増産・外注・工場投資など供給能力の強化策が具体的
- 顧客が電力会社・公共案件に偏りすぎず、地域分散がある
- 大口案件の集中(1社依存)が強すぎない
- 原材料・人件費の上昇をどこまで価格転嫁できているか説明がある
- サイバー/安全規制対応など、更新需要が“必須”になる要因を持つ
- キャッシュフローが悪化していない(運転資本の膨張に注意)
- 株価が政策ニュースだけで上がっていない(数字の裏付けがある)
チェックが弱い銘柄は、買うとしても小さく始め、決算で裏付けが出てから増やすのが安全です。


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